第3話「モデルと極秘新婚生活、スタート。」
朝――。
台所から、カチャカチャとフライパンをあおる音が聞こえてくる。焼きたてのベーコンの香りが漂い、神谷悠真はぼんやりと寝ぼけた頭を擦りながらリビングに向かった。
「おはよー悠真、やっと起きた?」
エプロン姿の姉・瑞希が、フライパンをふりながら振り返った。ツインテールにまとめた髪、薄化粧、そしてしっかりした動作――普段はややルーズな姉も、朝食作りだけはきちんとしている。
「……ん。おはよ」
「寝癖ついてるよ、直してきたら?」
「あとで……」
そんな会話を交わす中、階段のほうから小さな足音がした。
「ん……おはよう、瑞希……悠真くん」
そこに現れたのは――篠原美紅。
彼女はくしゃっと寝癖のついた髪を無造作にまとめ、可愛いピンクのパジャマを着て階段を降りてきた。
その姿を見た瞬間、悠真の時間が止まった。
(……なんだこれ……天使か……?)
パジャマは柔らかそうなコットン素材で、柄はシンプルな小花模様。肩がわずかに見えていて、健康的な色気すらある。だがそれよりも、化粧気のない自然な笑顔と、少し眠そうに目をこする仕草が――信じられないほど可愛かった。
そのまま悠真は、無言で10分以上、美紅の姿に見とれていた。
じっと。
ただ、じっと。
朝食の香りも、テレビの音も、まったく耳に入らず、彼女だけを目で追っていた。
「……ねえ悠真?」
瑞希の声が響く。
「……な、なに」
「お前さあ……もう“奥さん”なんだから、そんなに見つめなくていいだろ?」
「……!」
「結婚してんだし、もっと堂々としろっての。こっちが照れるわ」
その言葉に、美紅も恥ずかしそうに目を伏せた。
「だ、だって……こんな姿、瑞希以外に見せたの初めてなんだから……」
顔を赤くしながら、椅子に腰を下ろす美紅。
瑞希が焼いたベーコンとスクランブルエッグを皿に盛り付けながら、笑いながら一言――
「ま、そんな可愛い嫁さんが来てくれたことに、感謝しなよ? 悠真」
「……うん。ありがとう……姉ちゃん」
それは、どこか家庭のような、でもまだ“夫婦”という言葉に慣れない、そんな朝だった。
──
その日の午後、悠真は大学へ向かった。
授業の合間、友人たちと中庭で缶コーヒーを飲みながら、何気ない話題が始まる。
「なあ、悠真。昨日の雑誌見た?」
「……なに?」
「篠原美紅ってモデル、やばくね? あの透明感、マジ天使レベル」
その名前を聞いた瞬間、悠真は思わず缶を握る手に力が入った。
「俺、ああいう子タイプなんだよなあ。彼氏とかいるのかな……」
もう1人の男子が付け加える。
「でもさ、お前の姉の瑞希さんも可愛いよ? 美人姉妹とか言われてそうじゃん?」
「わかるけどさ、俺はやっぱり美紅さん派かなー。あんな人と結婚できたら、人生勝ち組だよな」
悠真は、何も言えなかった。
言えるわけがなかった。
本当は――その“人生勝ち組”とやらが自分自身であることを。
(……目の前にいますけど。しかも、結婚してますけど……)
心の中でそう呟くも、口にはできない。
なぜなら、ふたりの結婚は“極秘”だからだ。
言いたい。でも言えない。
羨ましがられたい。でも守りたい。
その狭間で揺れる、秘密の夫婦生活が、始まったばかりだった――。
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