第2話「交際0日で、結婚届にサインしてしまった。」
翌朝――。
眩しい光がカーテン越しに差し込み、神谷悠真はゆっくりと目を覚ました。頭がぼんやりしていて、まるで夢を見ていたような気分だった。
(……夢じゃ、なかったよな)
リビングに出ると、テーブルの上には飲みかけのワイングラスと、乱雑に置かれたグラス類。ソファでは姉の瑞希が毛布にくるまり、爆睡していた。
その横には――
「おはよう、悠真くん」
軽く寝癖を整えた姿で、篠原美紅がキッチンに立っていた。パーカーにショートパンツというラフな格好。だが、その姿さえ絵になっていて、悠真はまたしても視線を逸らしてしまう。
「お、おはようございます……っていうか、昨日……あれ、本気じゃないですよね?」
「うん? 何のこと?」
「えっと……“結婚”って」
「ああ……それ?」
美紅はふっと笑いながら冷蔵庫からミルクを取り出し、コーヒーを淹れながら言った。
「昨日はちょっと酔ってたし、瑞希ちゃんもノリで言ってただけでしょ。でも――」
悠真の視線が、テーブルの隅に落ちていた一枚の紙に吸い寄せられた。
それは、どう見ても婚姻届だった。
「うわ、姉ちゃん……マジで持ってきてたのかこれ……!」
「記入……されてるけど?」
「はっ⁉︎」
美紅の指が、さらりと紙の一部を撫でる。
そこには、自分と美紅の名前が――酔った勢いで書かれていた。
「いやいやいや、嘘でしょ……!?」
「ちゃんと本名だね、字もきれい。……ねえ、悠真くん」
「な、なに?」
美紅はそのまま正面に立ち、まっすぐ悠真の目を見た。
「もし、私が“本当に結婚してみたい”って言ったら……どうする?」
「………………えっ?」
唐突な言葉に、心臓が跳ねた。目の前の“推し”が、本気とも冗談ともつかない目で問いかけている。
「もちろん、すぐに籍入れるのは現実的じゃないと思う。仕事のこともあるし、事務所もあるし。でも……」
一瞬、ためらうように目を伏せて、それでも彼女は続けた。
「“交際0日婚”って、面白そうだなって思っちゃったの。なんていうか……ちゃんとした恋愛ができるのか、自分でもわからないから。普通に恋愛して、交際して、結婚って……私には向いてないのかもって思うときがあるの」
「……それは、どうして」
「……有名になってから、人が“私”じゃなくて、“モデルの篠原美紅”としてしか見てこないから」
その言葉には、ふだん雑誌では見せないような、どこか弱さがにじんでいた。
「でも、悠真くんは違った。初対面なのに目も合わせてくれなかったし(笑)、でも、すごく……大事にしてくれそうな気がした」
「……そんなこと、言われたら……」
「ねえ」
彼女が一歩近づいた。距離が近すぎて、心臓の音がバレそうなくらい。
「――結婚、してみる? 交際ゼロから、はじめる“夫婦”ってやつ」
静かなリビングに、しばし沈黙が落ちる。
悠真は――震える手で、ふたたびペンを取った。
「……俺なんかでよければ……お願いします」
まるで夢のような返事。
だがそれは現実で、ふたりはそのまま婚姻届に署名し、母親にだけ「提出はまだ」だと伝えたうえで、極秘の“夫婦”としての生活が始まる。
“交際0日”で、突然始まった結婚生活。
それはまだ、誰にも知られていない――
まさに、ふたりだけの秘密の契約だった。
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