第8話「“家族になろう”という言葉の重さ」
映画の地方ロケが無事に終了し、ふたりが東京の自宅へと戻った夜。
窓を少し開けたリビングには、夏の終わりの風がゆるやかに吹き込んでいた。
撮影を終えた安堵感。
そして、もう“ただの夫婦共演”とは言えなくなった実感。
それを胸に、悠真と美紅はダイニングテーブルに向かい合って座っていた。
湯気の立つハーブティーを手にしながら、美紅がそっと口を開いた。
「ねえ、悠真くん……あの夜のこと、覚えてる?」
「……映画の? それとも、そのあと?」
「そのあと。……あなたが“子どもが欲しい”って言ってくれたこと」
静かな空気が流れる。
悠真はゆっくり頷き、美紅の手にそっと自分の手を重ねた。
「もちろん、忘れてない。……むしろ、あれ以来ずっと、頭から離れなかったよ」
「……私ね、あの言葉、すごく嬉しかった。
でも同時に、怖かったの。
女優としての仕事も、体力も、自分の将来も……全部守れる自信が、あるって言えるほど強くなかったから」
「……うん」
「でも、今日やっと、覚悟が決まったの。あなたとなら、“母親”になれるって」
その声には、迷いのない芯の強さがあった。
女優としての顔でも、モデルとしての顔でもない。
ただ、“ひとりの女性”としての、覚悟と愛情。
「だから、ちゃんと考えたいの。ふたりの“家族”って、どういうかたちがいいのか」
「……俺も、話そうと思ってた。今じゃなくてもいい。けど、どこかのタイミングで、家族全員で話す機会をつくろう。姉ちゃんや両親とも」
「うん。……もう、私たちふたりだけじゃなくなるかもしれないから」
ふたりは、見つめ合い、微笑み合い、そして静かにキスを交わした。
◇
その数日後――
瑞希が、自宅を訪れた。
「……で、話って何?」
悠真と美紅が並んで座り、瑞希はソファで腕を組んでいる。
「家族として、大切な話をしたいんだ」
「家族……?」
悠真が頷く。
「俺たち、そろそろ“夫婦”じゃなく、“親”になる未来も見据えて動こうと思ってる」
「……!」
瑞希の目が一瞬だけ見開かれ、そして驚きのあと、ふっと優しく笑った。
「やっとか。てっきり、もうそういう気配あるのかと思ってた」
「え?」
「だってさ、映画のクライマックス見た関係者みんな言ってたよ。“あれは演技じゃない”って。
つまり、**リアルな愛の形を見せられるってことは、もう心も身体も覚悟できてるってことなんだよ」」
「……そう、かも」
「じゃあ、私から言わせてもらうね?」
瑞希は、美紅のほうへ顔を向けて、まっすぐな目で言った。
「おめでとう。そしてありがとう。……あんたが悠真を選んでくれて、本当によかった」
美紅は、両手で顔を覆いながら、小さく肩を震わせた。
その姿を見て、悠真もそっと寄り添い、瑞希と目を合わせた。
「ありがとう、姉ちゃん」
「なによ、今さら。私はずっと味方だって言ってきたでしょ?」
そして、ふたりを見守るように瑞希が付け加える。
「“家族になろう”って言葉はね――
誰かと未来を共に歩くってこと。
それは簡単じゃないけど……その覚悟があるふたりなら、きっと大丈夫」
その夜、ふたりは窓辺に立ち、夜風に吹かれながら、再び小さな手を重ねた。
「……ねえ、美紅」
「うん?」
「子どもが生まれたらさ、君みたいに優しくて、強くて、ちゃんと“本気で笑える子”に育てたいな」
「……じゃあ、あなたみたいに、誠実で、ちゃんと“手を離さない人”になってくれるように育てよう」
ふたりは、いつものようにキスを交わした。
でもそのキスは、“夫婦”としてのものではなく、
未来の“父と母”としてのキスだった。
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