特別編6話「カメラの前で、恋人じゃない“恋”をする」
――撮影2日目。
ドラマのセットが組まれたスタジオの一角。
スタッフたちが照明を調整し、助監督が段取りを確認する中、悠真と美紅は静かにリハーサルの位置についた。
今日のシーンは、恋人役としての“初めてのキス”。
それも――感情がぶつかり合ったあとの、“涙交じりのキス”という重たいシーンだった。
監督の意図は明確だった。
「君たちの実際の関係性には、もちろん重みがある。でもこの作品の中では、“恋人未満”から“恋に落ちていくふたり”を見せてほしい」
つまり、“夫婦としてのぬくもり”ではなく、
“恋に気づいた瞬間”の一度きりの、とびきり甘くて、切ないキス。
カメラの前で、恋人じゃない“恋”を演じろ――
それは、ある意味で、最も高度で、最も難しい演技だった。
◇
「悠真くん、大丈夫?」
リハーサル前、控室で並んで座った美紅が声をかけてきた。
「うん、たぶん……でも、俺、やっぱり“演技として”キスするの、ちょっとだけ怖い」
「……うん、分かるよ。私も」
「本番で本気になりすぎたらどうしようって、思う」
「でも、もしそうなっても――それは、“お芝居”としてじゃなくて、“あなたが私を想ってくれてる証拠”だって思うよ」
「……そっか」
悠真は、彼女の目を見て、深く頷いた。
「じゃあ……俺は、演じてるふりをして、本当に君を好きになってるようにキスする」
「ふふ、ずるい。でも……それが正解かも」
◇
本番。
カメラのスイッチが入り、
静まり返ったスタジオに、ふたりの呼吸だけが微かに聞こえる。
――シーンは、静かな夜の廊下。
美紅演じるヒロインが、想いを隠して悠真演じる男に背を向ける。
その背中を、ふいに引き寄せて、
振り返らせ、涙をぬぐって、そして――キス。
セリフはない。
けれど、ふたりの目が合った瞬間、
空気が変わった。
悠真の手が、美紅の頬に触れた。
美紅は、目を閉じる寸前に小さく震え――
そのまま、ゆっくりと唇が重なる。
一秒。
二秒。
三秒。
ふたりは、深く、ゆっくりと、
“演技ではない感情”を、確かめるようにキスを続けていた。
スタッフが固唾を飲む中、
誰もが息を飲んで見つめていた。
「……カット」
監督の声が響いたのは、10秒以上経ったあとだった。
ふたりは、そっと顔を離した。
お互いに何も言わないまま、少しだけ照れくさそうに、でも満足そうに微笑んだ。
「……リアルすぎて、セリフ要らなかったな」
助監督がぽつりと呟き、スタッフの間に小さなどよめきが走る。
「本物の恋人が、今恋に落ちたみたいだった」
「演技じゃないだろ、あれ……」
◇
撮影後の控室。
ふたりはソファに並んで座り、互いに顔を見合わせた。
「……ごめん、ちょっとだけ本気だった」
「私も。……でも、それでいいよね?」
「うん。演技を超えてしまうくらい、君のことが好きなんだって、改めて気づいたから」
ふたりは、静かに手を取り合う。
カメラの前で演じた“恋”は、
誰よりも本物に近かった。
それは、“交際0日婚”という形から始まったふたりが、
今もなお――“恋”をし続けている証だった。
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