第1話「推しモデルが、家に来た夜。」
土曜日の夕方。講義もバイトもない週末の空気は、どこか緩やかで、大学2年の神谷悠真は、自室でお気に入りのコーヒーを淹れながら、久しぶりに雑誌をめくっていた。
「……やっぱ、可愛いな」
ページの中央には、淡い春服を身にまとったモデル・篠原美紅が微笑んでいる。小学生の頃に偶然テレビCMで見て以来、ずっとファンだった。どこか品があって、でも自然体な雰囲気。飾らない笑顔に、心を奪われていた。
彼女は遠い世界の人間。自分とは住む世界が違う。だからこそ、好きでいられる。推しとして、そっと応援していた。
「悠真ー! ちょっと玄関出てー!」
突然、リビングから姉の声が飛んできた。神谷瑞希。同い年で、双子のように育った姉。女子大生で、最近はファッションモデルとしての活動も始めていた。
「……何?」
玄関を開けると、そこには、まさかの人物が立っていた。
「……え?」
「こんにちは。あ、悠真くん、だよね? 瑞希から話は聞いてるよ」
――その瞬間、心臓が一拍、跳ねた。
そこにいたのは、雑誌で見ていたあの人。篠原美紅。どこかで見間違えてるのかと思ったが、声も顔も、本人そのものだった。
「ちょっと今日、撮影帰りでこっち寄ったからって。ご飯一緒に食べよーって誘ったら、ついてきた」
瑞希がニコニコと笑いながら言うが、悠真の頭の中は混乱の渦だった。
“推し”が……姉の友達……?
え、これ夢? なにこの状況?
「てか悠真、昔からこの子好きだったでしょ? テレビとか見て、“この子、天使”とか言ってたじゃん」
「なっ……言ってないって!」
「言ってたわよー。ほら、あのとき、ファンクラブ入ろうとしてさー、でも年齢制限あって諦めたやつ。覚えてるでしょ?」
悠真の頬が見る間に赤くなる。信じられないことに、篠原美紅本人がそれを聞いて、くすっと笑っている。
「なんか、すごく嬉しいかも。そんなふうに言ってもらえるの、久しぶりだなあ」
「……ご、ごめんなさい」
「なんで謝るの(笑)」
食卓には瑞希が作ったおつまみが並び、美紅はナチュラルにソファに座ってワインを手にした。悠真はというと、隅で固まりながら、推しが目の前でお酒を飲んでいるという現実に頭が追いつかない。
時間が経つにつれ、瑞希はいつも通りテンションが上がり、お酒も進み……その瞬間だった。
「よーし決めた! 悠真、あんた、この子と結婚しな!」
「はぁっ⁉︎」
「だってあんた、好きだったんでしょ? 小さい頃からずーっと。ね? 美紅、どう? 弟と結婚してくんない?」
「ちょ、やめろって姉ちゃん!」
「いいじゃん、ノリで結婚しちゃえば! 今流行ってるでしょ、“交際0日婚”ってやつ!」
――その言葉に、美紅は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。そして、少しだけ酔いが回ったその表情で、にこりと微笑む。
「……うん。いいかもね」
「………………え?」
「悠真くんみたいな人、嫌いじゃないよ。っていうか、見ててすごく純粋で……なんか、癒されるっていうか」
「いやいやいや、そんな……っ」
「あー、でも私たち、“交際”はしてないから、もし結婚したらほんとに“交際0日婚”だね」
からかうように、でもどこか楽しそうに美紅が笑った瞬間、悠真の頭が真っ白になった。
まさか、自分の人生において――“推し”との結婚という未来が現実に近づくなんて、思ってもいなかった。
だが、これが始まりだった。
推しモデルとの、予想もしなかった交際0日婚という物語が。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——
ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!
その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。
読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。
「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!
皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。