特別編4話「現場での再会、そして静かなジェラシー」
それは、CM放送からさらに数週間が経ったある日。
美紅の次なる仕事は、ドラマの撮影現場だった。
今回の作品は、恋愛を軸にした社会派ドラマ。
キャスト陣には、実力派若手俳優も並ぶ注目作。
そして――その中に、悠真の名前も“特別キャスト”として連なっていた。
もちろん、美紅と“恋人役”として共演するのは悠真だけ。
スタッフも関係者も、“リアル夫婦が演じるカップル”としての期待を寄せていた。
◇
スタジオに入ると、既にヘアメイク中の美紅が笑顔で出迎えた。
「悠真くん、おはよう」
「……うん。なんか、こういう場所、慣れないけど……頑張る」
「大丈夫。いつもみたいに、私の隣にいればいいから」
そう言って笑う美紅の言葉に、緊張が少しだけ和らぐ。
そのとき――
「おはようございます、美紅さん!」
「久しぶりですね。前回のファッション誌以来ですね!」
若い男性スタッフたちが、次々に美紅に声をかけてきた。
現場にいるスタッフの半分以上が、彼女のことを“女優”や“モデル”として知っている人ばかり。
当然、そこには過去に一緒に仕事をしていた男性俳優やカメラマンの姿もあった。
「うわ、今日の衣装も似合ってるなぁ……」
「旦那さん、うらやましいっす」
そんな声があちこちから聞こえ、悠真は思わず背筋を伸ばす。
――頭では理解していた。
彼女は“みんなの憧れ”で、“自分の妻”でもある。
でも、その両方を同時に受け止めるのは、簡単なことじゃない。
静かにモニターの横に立ち、美紅がカメラの前で立つ姿を見つめる。
プロの表情で笑い、動き、セリフを口にする姿。
「……かっこいいな」
それは本音だった。
ただ、それと同時に、胸の奥に生まれたのは――
自分だけが知っている彼女の姿を、他の人に見せることへの静かな嫉妬だった。
◇
撮影が一区切りついた休憩時間。
「悠真くん、こっち来て」
美紅が手招きし、ふたりは控室の隅で顔を寄せた。
「ねえ、さっきからちょっと元気ないけど……どうしたの?」
「……いや、なんか。君がたくさんの人に囲まれてるの見ると、俺、すごく“普通”に思えてくるんだ」
「……そう思わせてたら、ごめんね」
美紅は、少しだけ寂しそうに微笑んでから、
小さな声で言った。
「でもね、私がいちばん安心できるのは……カメラが止まった後に、“美紅”じゃなくて“私”を見てくれる悠真くんだけなんだよ」
「……美紅」
「だから、撮影中どんなに笑ってても、誰と並んでても――心は、ずっとあなたの隣にあるよ」
その言葉に、胸の奥のざわめきがすっと静まった。
そしてふたりは、人目のない控室のカーテンの裏で、
ほんの数秒――やわらかく、甘いキスを交わした。
ふたりの“本当の関係”は、カメラにも照明にも映らない。
だけどそれは、どんな演技よりも真実で、どんな台本よりも温かかった。
◇
撮影が再開される前、美紅が小さく笑って言った。
「……今日は、頑張ったから。夜は“ご褒美キス”、してもいい?」
「うん。俺のほうから、何度でも」
照れながら、でも真っ直ぐに返す悠真の言葉に、
美紅は安心したように微笑んだ。
演技と現実の境界線を行き来しながらも、
ふたりの絆は、確かに強くなっていた。
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