特別編1話「全国放送の朝と、ふたりだけの夜」
――朝、午前7時。
まだ肌寒さの残る春の朝。
キッチンでは、瑞稀がエプロン姿で目玉焼きを焼いていた。
リビングのソファでは、まだ寝ぼけた様子の悠真と美紅が毛布にくるまって並んでいる。
「……テレビ、つけてみようか」
悠真がリモコンを取り、何気なく地上波のニュース番組にチャンネルを合わせる。
すると、その瞬間。
「今、話題沸騰中!“リアル夫婦”による共演CMが全国で放送スタート!」
爽やかな音楽と共に画面が切り替わると、そこには見慣れた2人の姿――
そう、悠真と美紅のCMが、朝の情報番組で特集されていたのだった。
バルコニーで肩を寄せ合い、食卓で笑い合い、洗濯物を一緒に干す――
たった15秒の映像の中に、“夫婦の日常”が自然体で詰まっていた。
瑞稀はフライパンを持ったまま、振り返ってテレビを凝視した。
「……うわ。マジで全国デビューしてるじゃん、あんたら」
美紅と悠真は、一瞬言葉を失ったまま、ソファの上で顔を見合わせる。
お互いの顔が、画面の中にも、横にもあって……どこか不思議な感覚だった。
瑞稀は半分呆れ顔で笑う。
「羨ましいねぇ、全国放送だよ。リアル夫婦で。……あんまり羽目は外すなよ? 好きだからって、CM中にキスしないでね」
「し、してないよ……!」
「したいとは思ったけど……」
「悠真くんっ!」
美紅が真っ赤になって突っ込むと、瑞希はケラケラと笑って、先に朝ごはんを食べ始めた。
そして数分後――
キッチンから離れた瑞稀の後ろ姿を見送りながら、リビングには美紅と悠真、ふたりきりが残った。
無言のまま目を合わせて、気まずいような、照れくさいような空気が流れる。
「……なんか、不思議だね」
「うん。……自分たちがテレビに映ってるの、変な感じ」
「でも――」
美紅はそっと、悠真の袖を引いた。
「あなたと一緒だったから、できたよ」
静かな言葉。
何よりも温かくて、どこよりも深い実感だった。
◇
大学に着いた悠真は、その“放送の影響”を改めて体感することになる。
校門をくぐった瞬間、数人の先輩たちに囲まれ、
「おーい神谷! 見たぞ今朝のニュース!」
「お前、マジで全国区じゃん!」
「CMのあの笑顔、ズルいぞ!」
後輩の女子たちからも、
「結婚、うらやましすぎます……!」
「あのCM、保存しました!」
と黄色い声を浴びる羽目になった。
すると、そこに現れたのが――
航、圭吾、憲剛の3人だった。
「おい有名人、登場」
「今日の学食、お前の席はもうないかもな?」
「憲剛、あいつのサイン欲しいんだろ? 今のうちにもらっとけ」
悠真はため息をつきながら、でも少しだけ嬉しそうに笑っていた。
「……頼むから、日常を返してくれ……」
◇
一方その頃、美紅は事務所の応接室で、女性社長と軽く打ち合わせを終えたところだった。
「……ありがとう、美紅。今回のCM、本当に良かったわ」
「いえ……私も、すごく楽しかったです」
「あなたが選んだ相手が、ちゃんとあなたの隣に立ってる。それが画面を通して伝わった。おかげでスポンサーも次の企画に乗り気だし、事務所は安泰よ。ほんと、ありがとう」
その言葉に、美紅は一瞬、胸が熱くなった。
ちょうどそのタイミングで、ドアの隅から瑞稀がひょこっと顔を出した。
「社長、先に出ますね。あ、美紅」
「……うん?」
「弟のこと、よろしくね。あいつ、照れてるけど、めちゃくちゃ君のこと大事にしてるから」
そう言って、瑞稀はそのまま仕事先へと向かっていった。
◇
――その夜。
仕事を終えて帰宅した悠真が、ソファで一息つこうとしたそのときだった。
「……おかえり」
「ん、ただいま――っ」
言い終えるより早く、美紅がそっと近づき、
そのまま――いきなり、甘くて濃厚なキスをしてきた。
唇が重なり、吐息が混ざり合う。
長く、深く、想いのすべてが溶けるようなキスだった。
「……どうしたの、急に」
「なんとなく。……ありがとうって言いたくなったの」
「俺こそ。……ありがとう、今日も隣にいてくれて」
CMに映った“理想の夫婦”の姿よりも、
こうして誰も見ていない夜の部屋で交わすキスのほうが、
何倍も本物で、何倍も甘かった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——
ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!
その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。
読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。
「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!
皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。