第2話「“推しと共演”という現実」
「本当に……決まったんだな」
CM共演の正式連絡が届いた夜。
リビングのソファで台本を開いた悠真は、改めて静かに呟いた。
そこに書かれていたのは、“生活雑貨メーカーのブランドイメージCM”。
共演者は「夫婦役」として、美紅――そして、**神谷悠真(特別出演)**と記されている。
「これ、ちゃんと“特別出演”って書いてあるのが……なんかくすぐったい」
そう言って笑う美紅は、撮影の衣装リストやスタッフ表をテーブルに広げていた。
モデルとして、そして女優として。
数多の現場を経験してきた彼女ですら、このCMにはどこか特別な緊張を抱いていた。
「だって、ね? 悠真くんと一緒に、しかも“全国放送”なんて。私、仕事で見せる顔とプライベートを、こんな風に繋げることってなかったから」
「俺もだよ。ずっと、君を画面越しに見てきたのに……今度は、その隣に“出る側”として立つなんてさ」
ふたりは顔を見合わせて、自然と笑みがこぼれる。
そのとき、台本の1ページに目が留まった。
【シーン4】
バルコニーにて、夫が妻の肩を抱き寄せるカット。
セリフなし。自然な雰囲気で“親密さ”を醸し出すように。
「……ねえ、これ」
悠真はゆっくりと指を置いた。
「このシーン、本当に“演技”でいけるかな。俺、たぶん……我慢できないかもしれない」
美紅は少し驚いた顔をした後、ふっと肩を落として笑った。
「いいよ。演技じゃなくても、ちゃんと“本物”に見えるほうが自然でしょ?」
「……じゃあ、俺、撮影中に言うかも。“夜、帰ったらキスしよう”って。……小声で、だけど」
「ふふ……それ、絶対スタッフにバレるって」
「いいんだよ。君が笑えば、それでいい」
彼の真っ直ぐな言葉に、美紅は頬を赤らめながら、小さく頷いた。
◇
翌日。
事務所では、CMに関わるスタッフの顔合わせが行われていた。
悠真は初対面のプロデューサー、カメラマン、スタイリストたちに緊張しながら挨拶を済ませる。
だが彼を見た誰もが驚いたのは、“その距離感”だった。
「……あれが旦那さん? 初対面とは思えないくらい自然だね」
「ていうか、ふたりの空気が完全に夫婦じゃん。もう“演技指導”いらないレベルでしょ」
女性スタッフのささやき声が聞こえる中、悠真は美紅の隣に立ち、そっと手を伸ばして小声で囁いた。
「……今日の撮影終わったら、先に風呂入ってて。あとで、ちゃんと……」
「……ふふっ、待ってる」
ふたりの間にある空気は、カメラが捉える“演技”を超えていた。
◇
CM撮影初日。
照明が入り、カメラが回り始めた。
悠真はゆっくりと美紅の肩に手をかける。
スチール用の静止画、ムービー、短尺動画。すべてがスムーズに進み、スタッフの指示を待つ間も、ふたりは笑いを絶やさなかった。
そのとき、美紅がふと呟く。
「ねえ、悠真くん。私ね、こうして一緒に“作品”を作れるの、すごく嬉しいよ」
「俺も。……君とだから、出ようって思えたんだ」
その言葉に、美紅はそっと彼の手を握り返した。
このCMはただの仕事じゃない。
ふたりにとって、“夫婦でありながら、同じ夢の中に立つ”という、新しい一歩だった。
◇
撮影は無事終了。
CMは全国放送が決まり、ティザー映像が公開されるとSNSで即話題に。
「リアル夫婦の自然すぎる雰囲気が尊すぎる」
「美紅さんの隣、イケメン誰!? →旦那さん!? え、え、リアルすぎ」
「これこそ交際0日婚の理想形」
反響は想像以上に大きく、ふたりは次の企画――ドラマでの本格共演に進むことが決まる。
だがそのときはまだ、誰も知らなかった。
この共演が、演技を越える“本気の愛”をさらに深く描くことになるとは――。
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