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後編

大変お待たせ致しました。

後編です。

熱が入りすぎてやや長くなってしまいました。お時間に余裕がある時にお読み下さい。


また、前編を読んでいない方はぜひ読んでから後編を読むことを強くお勧めします。

 「助けてくれー!リリディア!」

 ロン大聖堂前の広場で、ポールが叫んだ。

 作戦会議終了後、俺達デーモンズは二手に分かれて、それぞれの目的地に向かった。

 リリアナとマインはソドム小学校を、そして俺とシルヴィア、ポールの3人はロン大聖堂の隣の塔を目指した。

 しかし、俺達3人班は、ロン大聖堂前の広場『キルラ広場』で厄介な敵と遭遇してしまった。

 何と、錆びた包丁を握ったゾンビがいたのである。

 しかも、人間だった頃に、1950年代のデスタウンで連続殺人事件を起こした元料理人だ。

 人間はゾンビ化すると理性を無くし、人肉を食らう欲求に支配された存在になるが、人間だった頃の記憶の一部は持ち続けているという話を親父から聞いたことがある。

 時々人間時代に得意だったことを活かして襲ってくることがあるのがその証拠だと。

 なるほど。納得だ。

 大聖堂の近くには、住民や大聖堂を守ろうとして、滅多刺しにされた上で食い殺された自警団員が10人以上倒れていた。

 彼らの遺体の上には、群がるように野良犬やネズミ、烏などが集まっている。

 元々脱走したゾンビの1体だったので、あいつも捕まえる予定だったが、やはり危険すぎる。

 包丁ゾンビも、早く誘導しなければならない。

 俺達3人はそう思い、塔へ走ったが、その直後、広場に並んでいる屋台の陰からゾンビが何十体も現れた。

 どいつも、体にえぐい刺し傷と噛み跡があった。

 中には、知っている顔の奴もいた。小学生の頃、こっそりおやつを分けてくれた奴も。

 やりやがった。

 更に、包丁ゾンビも俺達に気づき、たまたま近くにいたポールに襲いかかってきた。

 ポールはクロスボウが得意だが、近接戦は苦手だ。

 つまり、今のポールは大ピンチである。

 「そいつに近づくな!!」

 俺は包丁ゾンビに対して能力を使った。頭と目が熱くなっていくのを感じる。

 包丁ゾンビはピタッと動きを止めた。

 しかし、これでは周りのゾンビからの防御が疎かになってしまう。

 「シルヴィア!」

 「任せて!」

 俺はシルヴィアに頼み、近づいてくるゾンビ達を蹴散らしてもらった。

 「あ、ありがとう。リリディア」

 「仲間を助けるのは当然だろ。それより、そこの包丁野郎の拘束を頼む」

 「・・・・・・!了解!」

 ポールには、包丁ゾンビの拘束をしてもらうことにした。

 今朝、社長に「念のために持っていきなさい!」と持たされたロープが、今日は大活躍だ。

 これが終わったら、3人で急いで塔に駆け込み、すぐに放送の準備を始めよう。時間がない。

 「グルルルル・・・・・・!」

 忙しい時に、厄介な唸り声だ。

 背後から、ゾンビ犬が近づいてくる。

 亡くなった自警団員の遺体を食っていたから、この場に残っていたのだろう。

 「リリディア!!あ、やめ・・・・・・!どいて!!」

 シルヴィアは俺の危機に気づくと、助けに向かおうとしたが、大勢のゾンビに邪魔されてなかなか進めなかった。

 一度能力を解除し、それからすぐにまた能力を使ってゾンビ犬とゾンビ集団を止めれば、俺とシルヴィアの危機はどうにかなる。

 だが、能力を解除すれば、包丁ゾンビの近くにいるポールが真っ先に襲われてしまう。

 俺はポールを止めた。

 「待て、ポール。そいつの拘束は後にしてくれ」

 「え?どうし・・・・・・あ!?」

 ポールは振り向くと、驚いた。

 「先に、後ろの奴を始末してくれないか?」

 「リリディア・・・・・・」

 気まずい。カッコつけた直後に背後を取られるリーダーを情けなく思ったに違いない。

 「ポール、後でいくらでもがっかりしてくれて良い。だが、今は家族や仲間のため、最善の手を――」

 「しないよ!!がっかりなんて!!」

 ポールは俺に言い返すと、クロスボウに矢を装填し、弦を引いて固定した。

 「僕はリリディアに何度も助けてもらってる。初めて会ったあの時からずっと。さっきだって。だから、恩返しをさせてくれないか?」

 「ポール・・・・・・。わかったよ」

 ポールはまっすぐ俺を見つめている。視線の気配ですぐにわかった。

 これ以上は無粋か。

 だが・・・・・、そうだな。生き残る希望を持つために、せめてこれだけは言わせてくれ。

 「この仕事が終わったら、サイラスと皆で祭りに行こう。お楽しみがあった方が、一層やる気が出るだろ?」

 思いつきの提案だったが、ポールの顔は明るくなった。

 「了解!」

 ポールは元気に返事をした直後、クロスボウを俺の背後に迫っている奴に向け、矢を放った。

 「ギャウンッ!」

 ゾンビ犬は叫び声を上げて倒れた。

 これで少しは余裕ができたか?

 「ありがとう、ポール。ところで、矢はあと何本ある?」

 「あと4本」

 「少し足りないな」

 余裕は――なさそうだな。

 ゾンビの集団は、少なくとも30体以上はいる。4本の矢だけで全員仕留めるのは難しい。

 仕方ない。この手だけは使いたくなかったが、仲間の命がかかっている。

 「よし、共食いさせよう。能力を一旦解除して、あのゾンビ達に能力を使うぞ」

 「え!?でも、ウイルスが飛び散っちゃうんじゃ!?」

 「・・・・・・良い消毒の仕方を知っているから、心配するな。さあ、早速始めよう。グズグズしていると、シルヴィアが危ない。ポール」

 「言われなくても、あの包丁さんは僕が相手をするよ。きちんと距離はとるから」

 「ならば、良し!合図したら、始めるぞ!」

 俺が叫ぶと、ポールの足音は遠ざかっていった。

 後は、能力を解除すれば良い。

 シルヴィアがゾンビ達を蹴り飛ばし、ナイフで腹を切りつける音が広場に響いている。

 しばらくして、風が吹き、遺体のポケットからビー玉がこぼれ落ちた。

 「今だっ!!」

 俺はこのタイミングで能力を解除した。

 予想通り、自由になった包丁ゾンビはポールに襲いかかろうとした。

 しかし、

 「ゲヒャヒャヒャアァー!!」

 「うるさい」

 既にポールは距離をとり、新しく装填した矢であいつの腹を狙っていた。

 俺はフッと笑うと、シルヴィアがいる方向を向いた。

 シルヴィアは善戦しているが、あの調子だとすぐに体力が尽きる。

 俺はシルヴィアを取り囲むゾンビ達に、能力を使った。

 「共食いしろっ!!」

 また頭と目が熱くなった。

 ゾンビの集団はお互いを見つめ合ったかと思うと、次の瞬間、激しく目の前の『肉』を貪り始めた。

 「シルヴィア、今の内に!」

 「・・・・・・わかったわ!」

 シルヴィアはその隙を突き、ゾンビ達の中から抜け出した。

 悪いな、お前達。

 ゾンビ化した奴を治して人間に戻してくれる治療薬はまだ開発されていない。

 あるのは、捕まえるか、殺すかの二択だ。

 逃げた20体のゾンビは「生け捕り」の指示が出ているので捕まえるが、それ以外のゾンビは被害の拡大を防ぐために殺すしかない。

 ゾンビを野放しにすれば、皆が襲われて、傷つけられて、同じ存在――ゾンビにされてしまう。

 だから、俺は今を生き抜くために、残った家族や仲間を生かすために、お前達を死に追いやるのだ。

 ゾンビ達がグロテスクな肉片になっていくのを見届けながら、俺は静かに祈った。

 俺が地獄行きになるのは確実でも、こいつらだけはもう少しマシな世界に行けるようにしてほしいと。

 「リリディア、その・・・・・・」

 シルヴィアが震えた声で話しかけてきた。

 気づかってくれているようだ。今日も優しいな、シルヴィア。

 「すまない。大丈夫だ。それより、こいつらが片付いたら、あの包丁野郎の拘束を確認して、さっさと準備するぞ」

 俺はニッコリと笑った。

 その直後、ポールの戸惑う声が聞こえた。

 「何なんだ、こいつ!?」

 少し目が離せないので、俺はシルヴィアにきいた。

 「シルヴィア、ポールに何かあったのか?」

 「え?あ・・・・・・!?あのゾンビ、矢を包丁で弾いてる!!」

 「コミックかよ」

 信じられない言葉だった。

 クロスボウが放つ矢は、時速200km以上。錆びた包丁如きで弾けるはずはないのだが。

 しかし、相手はゾンビ。あり得ないという考えは捨てるべきだろう。

 「待っていてくれ。すぐサポートする」

 俺はゾンビの集団が共食いで全滅するのを待ち、1体も動かなくなったところで、能力を解除した。

 そして、ポールがいる方を向くと、焦っている彼が慌ててクロスボウに矢を装填している姿が見えた。

 「足なら!!」

 ポールは弦を引いて固定すると、クロスボウを包丁ゾンビの足に向け、矢を放った。

 だが、驚くべきことに、矢が足に届く寸前で、包丁ゾンビが包丁で矢を別の方向に弾き飛ばした。

 「「はあぁぁー!?」」

 思わずポールと一緒に叫んでしまった。実際に見ても、やはり意味不明だ。

 包丁ゾンビは涎を垂らしながらゆっくりとポールの元へ歩き続けている。

 ポールはそれを見て、ため息をついた。

 気持ちはわかるが、そんな場合じゃないぞ。

 「こいつだけは始末した方が良い気がするが、それではダメだな。ポール、能力を使うから」

 「リリディアはシルヴィアと一緒に塔へ行って!僕は大丈夫だから!」

 「は?だが、それでは」

 「考えがあるんだ!お願い!」

 「・・・・・・わかった。でも、」

 「死なないよ、絶対」

 「それなら良い」

 俺はポールを信じ、シルヴィアと一緒に塔へ走った。

 予定より大分遅れてしまったが、まだ間に合う。

 頼んだぞ、ポール。

 リリアナとマインも、サイラスを頼む。





 「ほら、チョコだ。食え」

 無精髭を生やした大人が、子ども達にお菓子を配ってる。

 「え!?誕生日でもないのに、良いの!?」

 「こんな時くらい、贅沢しても良いだろ?ああ、でも、ドゥールー教徒の連中には秘密にしろよ」

 「うん!ありがとう、優しいおじちゃん!」

 子ども達は笑顔でお礼を言うと、お菓子を抱えて走り去っていった。

 「お、おじちゃん・・・・・・??はっきり言われると傷つくぞ」

 お菓子を配り終えたその大人は、涙目になりながらそう言った。

 彼の名前は、ミハイル。本当の名前はわからないけど、皆からはそう呼ばれてる。

 私達のボスで、便利屋の社長であり、自警団の部隊の隊長でもある。

 今回は自警団の仕事(とは言っても報酬とか出ないからただ働きみたいなものだけど)があるから、こちらを優先したみたい。

 私は社長に報告した後、聖主様を待ってる間、その仕事を手伝ってる。

 すると、そこへ笑い声が聞こえてきた。

 「ハハハ!!良いではないか。子どもに人気で」

 「聖主様!!他人事みたいに!!」

 泣きそうになってるミハイルさんのところへ、聖主様がいらっしゃった。

 黒髪に、青い瞳。鋭い目つき。立派な口髭とシルクハットが目立つけど、内面は誰よりも純粋な人。

 髪の色とファッションセンスを除けば、リリディア兄にそっくりだ。

 私は聖主様にご挨拶した。

 「聖主様、お元気そうで何よりです」

 「リリアナ!無事だったか!」

 聖主様は、『私達』を心配して下さった。

 嬉しいな。不気味がられてきた私達姉妹を拾ってくれただけじゃなく、名前まで覚えているなんて。

 でも、今は感動してる場合じゃない。

 サイラス兄を助けてあげないと。

 「聖主様。お伝えしたいことがあります」

 「わかっておる。サイラスを助けるための作戦についてだろう?詳しく聞かせてもらおうではないか」

 ミハイルさんが聖主様の横でうなずいてる。

 事前に、少し内容を知らせてくれてたみたい。

 私は聖主様に作戦内容をお伝えした。

 「・・・・・・そうして、サイラス兄を奪還し、ゾンビ達を別方向に誘導するのです」

 「し、死ぬ気なのか???」

 リリディア兄同様の反応をされてしまった。

 この表情、やっぱり親子だ。

 「その作戦では、リリアナやマインが負う負担が大きすぎる。自警団の部隊をいくつか護衛につけなくてはダメだ」

 「恐れながら、それでは成功しません。この作戦では、全て上手くいってると敵を油断させた上でどん底に落とす必要があります。大人数で動いたら、何を企んでるかバレちゃいます」

 「く・・・・・・っ」

 聖主様は唇を噛まれたけど、最終的にうなずいて下さった。

 「・・・・・・わかった。これ以上は止めん。だが、死なない努力は忘れるな」

 「了解!」

 私は返事をした。

 やっぱり、似ていらっしゃる。

 「聖主様!」

 そこへ、自警団の1人が走ってきた。

 「サイモン様がゾンビ犬を蹴散らされている間に、ゾンビネズミに包囲されています!!」

 「何?すまない、リリアナ。弟に無理を言って、時間を作らせてもらったのだ。もう行かなくては」

 「いいえ。お気をつけて!!」

 私はミハイルさんと一緒に、聖主様を見送った。

 「・・・・・・結局、聖主様は」

 「気づいていらっしゃらなくても良いんです。私達姉妹は2人で一つなんですから。それより、頼んでいた物と協力者はどうでした?」

 「ああ、揃ったぞ。例の物は倉庫に隠してある。協力者のお嬢ちゃんの方は、食堂に案内して待たせてるぞ。ここはもういいから、行ってきな」

 「ありがとうございます」

 私はお礼を言い、その場を後にした。


 食堂に入ると、大勢の住民が震えながら非常食のパンをかじってた。

 そういえば、もうお昼だ。リリディア兄達、お腹空いてないかな?

 そう思ってると、突然大声が響いた。

 「あ!マイン!」

 声がした方を向くと、女の子がこちらへ走ってくる。

 彼女はドフッと私のお腹に突進して、ハグしてきた。

 私よりも5歳は年下で、元気いっぱいの近所の子・ソフィアだ。

 彼女が、今回の作戦の協力者だ。

 「あなたのパパとママは?」

 「今、弟達の薬をもらいに行ってる。ゾンビ騒ぎのせいで、持病の薬持って来れなかったから」

 「そっか・・・・・・。力になれることがあったら、何でもするからね」

 「ありがとう!」

 ソフィアはハグをやめて、顔を上げた。

 「でも、今はサイラス様を助けることが優先でしょ?早く取引しようよ!」

 「そうだね」

 私はソフィアの言葉にうなずいた。

 作戦には、ソフィアがいつもイタズラ用に持ち歩いてる蛇のおもちゃが必要になる。

 だから、私は自分が持ってる宝物と交換することで手に入れることにした。

 「はい、どうぞ!大切に使ってね!」

 ソフィアは先に懐から蛇のおもちゃを出して、私に差し出してきた。

 私も、リュックのポケットから、宝物を出した。

 「私のも、大切にして」

 「わあ・・・・・・!!」

 ソフィアが目を輝かせた。

 私の宝物は、兎の柄が入ったブランド物のペンだ。

 小学生の頃、姉妹同士でテストの評価を競って、私が勝ったら、ママがご褒美に買ってくれたんだ。

 毎日のように殴ってくるママが、本当は私達のことをちゃんと見てくれてた気がして嬉しくて、このペンを宝物にしてた。

 でも、私達はある日突然、どちらも捨てられた。この地区の皆が居場所をくれなかったらどうなってたことか。

 だけど、私はママを憎みきれなくて、ペンを捨てられなかった。

 このペンに罪はないのはわかってるのに、見てると胸が苦しくなる。

 「うん、大切にする!!」

 ソフィアがまぶしい笑顔を見せた。

 これで良かった。私が持ってるよりも、この子が持ってた方がペンも幸せなはず。

 それに、これでサイラス兄を助けるのに必要な物が手に入った。

 もう家族を失うのは嫌だ。

 「ありがとう」

 私はソフィアにお礼を言うと、ペンを渡し、代わりに蛇のおもちゃを受け取った。

 「・・・・・・ねえ、マイン」

 「どうしたの?」

 「サイラス様を絶対に助けてね。サイラス様、祭りの準備で、困ってる人を助けて回ってくれたの。私のパパとママの出し物も手伝ってくれたし。あんな良い人が酷い目に遭うなんておかしい」

 「その通りだね。頑張るよ」

 現実は残酷だ。リリディア兄やサイラス兄のような良い人でも、酷い目に遭って、苦しみ続ける。

 でも、それをおかしいと思う心を忘れちゃダメなんだ。

 私はソフィアをご両親のもとに帰すと、食堂を静かに出た。





 俺とシルヴィアは、塔の中で準備を進めていた。

 運が悪いことにスピーカーに汚れがたまっているので、掃除に時間がかかってしまっている。

 その上、汚れが生ゴミによるものだから、タチが悪い。

 俺は窓から体を乗り出しながら、スピーカーの掃除を続けている。

 「クソ・・・・・・!こんなことをしている場合じゃないのに!」

 「頑張ろう、リリディア。ポールも、あの姉妹も、皆戦ってる。私達がくじける訳にはいかないよ」

 シルヴィアはゴミを集めながら俺に言った。

 「わかっている。だからこそ、だ」

 このままでは放送ができるのは夕方頃になってしまう。それまでサイラスが無事である保証はない。

 混乱の中でゴミがたまったのか、それとも、悪意のあるバカ共(アーラ)がやらかしたのか。全く!

 俺が苛立っていると、そのタイミングで大聖堂の鐘が鳴った。もう昼飯の時間か。

 「もしかして、今日は昼飯抜きか・・・・・・?」

 「一旦休む?」

 シルヴィアにきかれ、俺は大きく深呼吸してから答えた。

 「・・・・・・いいや。休むのは後だ。さっさと終わらせてからにしよう。ポール達を待たせすぎるのは良くない。それに、飯なら、祭りの時に皆でいっぱい食えるしな」

 「フフ。そうだね」

 俺とシルヴィアは手を動かしながらうなずき合った。





 アーラが騒ぎを起こし始めてから数時間後、日が暮れて、街が真っ赤に染まった。

 ソドム区全体に飛び散った血が目立たなくなるくらい、一色だ。

 そんなに時間が経ったにも関わらず、アーラの連中はわずかな距離しか進めていなかった。

 「ギャーッ!!?」

 「またか!?クソ!!呪われた一族のくせに邪魔ばかりしやがって!!」

 俺が全力で抵抗し、彼らの進むスピードを遅らせていたのだ。

 おかげでかなりボコボコにされてしまったが、少しでも皆が対策を立てるための時間を稼げるのなら、無駄じゃない。

 「何をやっても、無駄だっ!!いい加減下らん希望は捨てないと、後悔するぞ??」

 ジャッキーは、俺の髪をつかんで、唾を飛ばしまくった。

 だが、俺は怖がらない。怖がってたまるか。皆が酷い目に遭わされることの方がもっと怖いんだ!

 「無駄じゃない!!」

 俺は力を振り絞って、ジャッキーのお腹に頭突きを入れた。

 ジャッキーは汚い悲鳴を上げて倒れこんだ。

 「どんな目に遭っても、屈せずに立ち向かう!!それで皆が助かるなら、無駄なんかじゃないんだ!!」

 俺はジャッキーを見ながら言った。

 その直後、俺はまたジャッキーの取り巻きに殴られた。

 「粋がるなよ、キルス野郎っ!!お前みたいなゴミが、一丁前なセリフを吐くな!!」

 ジャッキーはその言葉を聞くと、笑いながらゆっくりと立ち上がった。

 「ハハハハハッ!!そいつの言う通りだな」

 取り巻きは1歩下がり、入れ替わるようにジャッキーが再び俺の前に立った。

 「いくら粋がろうと、ゴミはゴミ。良くて害虫。それがお前らキルス教徒の――キルス家の人生だ。その無駄で無価値な命を芸術に生まれ変わらせてやろうという俺達の慈悲深さが何故わからん?」

 「ふざけるな!!誰がそんなこと頼んだ!?結局、自分の自己満足のためだろ!?ゾンビが脱走して、皆が大変な時にこんな騒ぎを起こして!!」

 「フ・・・・・・、フハハハハハハハハハハハハハハハッははッ!!!!!」

 話の途中で突然笑い出した狂人を見て、俺は鳥肌が立った。

 「な、何がおかしいんだ!?この悪魔!!」

 「おっと、フフ。これは失礼。あまりの鈍さに笑いが抑えられなくてな」

 「は??どういうことだ!?」

 「本当にわからないのか?なら、特別に教えてやろう。研究施設であった今朝の爆発・・・・・・、あれを仕組んだのは俺達だ」

 「は・・・・・・??な、何を言ってるんだ!??」

 俺は耳を疑った。

 いくらテロリストとはいえ、自分が生まれ育った街を危険にさらすようなバカな真似をするはずがない。

 しかし、ジャッキーの目はそれが嘘でも冗談でもないことを語っていた。

 「そんな・・・・・・」

 「おかしいと思わなかったか?爆発が起きて、ゾンビが脱走した直後のタイミングで俺達が動くなんて。そうだ。全ては、この芸術を完成させるために仕組んだことさ」

 ジャッキーは、醜悪な笑みを浮かべた。

 「簡単だったぜ。盗んだ研究員の服を着て、偽造した身分証を持って侵入して、やばそうなゾンビが収容されている棟の老朽化した壁に時限爆弾を仕掛けるだけで良かったんだからな。後はタイミングを見て、キルス教徒を捕まえて、ゾンビ共を呼べば、穢れた命を材料に素晴らしい作品を作れるという訳だ」

 嬉々として犯行自慢をする彼の姿は、本当に自分と同じ人間なのかと疑うほど恐ろしいものだった。

 「お前・・・・・・、本当に人間なのか?」

 「キルス家の害虫からそんな質問をされるとはなぁ!人間だよ。少なくとも、お前ら忌むべき一族よりはな!!」

 ジャッキーはそう叫ぶと、懐からナイフを出した。

 また俺を切りつけるつもりかと思ったが、そうではなく、ただ手に持って、ナイフの刀身をうっとりと眺め始めた。

 「見ろよ、美しいだろ?いくら害虫を切っても、きちんと手入れをすれば、輝きを失わない世界一の芸術品だ。これは子どもの頃に、父が贈ってくれたものだ。俺はこれを見て感動し、『芸術』の世界に足を踏み入れた。だが、俺を導いてくれた父は1958年のあの日、ゾンビに食われて死んだ。お前らが作り出したウイルスに感染した怪物に殺されたんだよ」

 「・・・・・・!!お前、あの陰謀論の支持者なのか」

 1958年のあの日、最初にゾンビが発見されたのがソドム区だったことから、ドゥールー教徒を中心に、『ゾンビを生み出したのはキルス教かキルス家だったのではないか』という陰謀論が広がった。

 当然そんな事実はなく、それどころか、俺の父と伯父は自分達のいとこと3人で特殊能力を使い、街をゾンビから救ってる。キルス教の自警団も、父さん達と一緒に活動してたって聞いてる。

 それなのに、陰謀論は消えなかった。

 その上、その支持者がソドム区に侵入して、俺の目の前でこんな大惨事を引き起こしてる。

 何て迷惑な話だ・・・・・・!!

 「陰謀論?事実だろ?全く、とぼけることだけは上手いな。これだからキルス家はぁ!」

 ジャッキーは俺に視線を戻すと、ナイフの刃先を向けた。

 「お前らが俺の父親をウイルスの実験台にしたのと同じように、俺もお前らを芸術にしてやる。自分のやったことは自分に返ってくるんだよっ!!フハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 逆恨みで暴走するこの狂人を、どうすれば止められるのだろうか。

 俺は震えながらも、精一杯睨み返した。


 俺は全力で抵抗し、時間を稼ごうとし続けたが、血を失いすぎたせいで力が出なくなってしまい、瞬く間に押さえつけられてしまった。

 「現実を受け入れろ」

 ジャッキーはしゃがむと、俺の顔を見下ろした。

 「ソドム区はお前ら自身が生み出したウイルスの力で滅ぶ。それによって、俺の世界一の作品が完成する。これが避けられない運命というものだ。あのお方もさぞお喜びになるだろう」

 「あ・・・・・・、あのお方?」

 「お前には関係ないことだ。良いか?お前は、これから俺のペットになるか、『作品』として永遠を生きるかの二択しか残されていない。だから、俺達がやったことだって特別に話してやったんだ。つまり、お前に自由に質問ができる権利なんかないんだよ」

 彼はそう言うと、強引に二択を迫ってきた。

 「さあ、どうする?ペットになるか?芸術になるか?」

 「どっちも・・・・・・、嫌だ!!」

 俺は力を振り絞って叫んだ。

 もう限界が近い。だが、最期まで屈しない。

 俺だって、皆の家族なんだから。

 「・・・・・・その目。やっぱり、お前らは害虫だ。小学校がもう見えてきたし、お前は用済みかな」

 ジャッキーは俺の髪をつかむと、喉元にナイフを突きつけた。

 「おめでとう。お前は一足先に芸術になる。あっちで、大好きな皆が美しく生まれ変わる様子を見学すると良い」

 「ぐうぅ・・・・・・!」

 俺は彼の充血した目を睨み続けた。

 ナイフの刃先が喉の皮膚にゆっくりと刺さっていく。

 「フハ!フハハハハハハハァァア!!」

 狂人の高笑いが、ソドム区中に響き渡った。

 しかし、その次の瞬間、トラックの荷台に『何か』が投げ入れられ、手も笑いも止まった。

 これは――発煙筒!?

 ジャッキーは青ざめ、取り巻き達に指示を出そうとしたが、既に遅く、発煙筒からはモクモクと赤い煙が吹き出し、トラック全体を包んでいった。

 「ゴホゴホ!?」

 「ウゲーッ!!?ゴホッ!!」

 咳きこむ声が多く聞こえてくる。

 中には、荷台からバタッと落ちてしまった者もいた。

 俺も小さく咳をしたが、アーラの連中ほど元気に反応する力は残ってなかった。

 しばらくして、視界が遮られたせいなのか、トラックが止まってしまった。

 「シャシャシャシャシャ!!!」

 「ウォオーウ!!」

 ゾンビ達の奇声がゆっくりと近づいてくる。

 ゾンビは足が遅いが、人間が目の前にいる限り、止まることはない。

 アーラのテロ作戦ではそれが役に立ったが、この状況では彼ら自身の首を絞めることになる。

 「何故止めた!?」

 ジャッキーの叫び声が聞こえる。大分焦ってるな。

 「や、やめろ!!来るな、化けも――ぎゃああー!?」

 トラックの外からは、荷台から落ちたアーラのメンバーの悲鳴がした。

 ジャッキーはそれを聞いて、更に激しくわめき散らしてる。

 すると、続けて別の何かが投げ入れられた。細長くて、くねってて、周りの色を反射してる。

 これは、蛇??煙のせいではっきりと見えない。

 ジャッキー達も、『それ』に気づいたが、何か様子がおかしかった。

 「シジッキヘビだ・・・・・・!!ジジッキヘビだぞ」

 「嘘だろ!?逃げるしかないじゃねーか!!?」

 彼らは『それ』をジジッキヘビと呼んだ。

 ジジッキヘビは、ドゥールー山に生息する赤い毒蛇で、体が鏡のように輝いてる点が特徴だ。

 強い毒を持っており、街の先住民が侵入者を撃退するために利用してたと言われてるけど、ドゥールー教では『神の使い』とされており、毒の利用はもちろん、たまたま遭遇して襲われたとしても、手を出すことは許されてない。

 ドゥールー教徒は、ジジッキヘビと遭遇したら、ひたすら逃げるしかないんだ。

 でも、俺には『それ』がジジッキヘビどころか、普通の蛇には見えなかった。

 頭と尻尾が左右に一定のリズムで動いてるし、威嚇も、人間を狙う様子もない。

 まるで機械だ。

 「うわああぁーっ!!」

 ジャッキーの取り巻き達は次々と荷台から飛び降り、逃げ出していく。

 あまりの恐怖に『芸術』も、餌も、ご主人様も忘れてしまったようだ。

 「こら、待て!!作戦をどうする気だ!!あのお方に言いつけてやるぞ!?」

 さすがのジャッキーも激しく動揺しており、俺の喉からナイフを離してしまった。

 荷台の外では、悲鳴、奇声、鈍く響く金属音、血飛沫の音がした。

 俺は注意して周りの様子を伺い、状況を把握しようとしたが、その直後、荷台に誰かが飛び乗ってきた。

 「誰だ!?」

 「ボス、こいつはオイラに任せて下さい」

 その誰かは、アーラのメンバーが着ていた上着を羽織ってたが、やや小柄で、声が微妙に高かった。

 しかし、煙のせいか、或いはパニックになってるせいか、ジャッキーはその人物を怪しまなかった。

 「わかった。仕方ない。俺がトラックを運転してやる!!」

 ジャッキーが荷台から降りると、その人物は俺のそばに歩み寄り、静かに膝をついた。

 顔と顔が近づく。

 マスクとゴーグルをしてるけど、ゴーグルのレンズ越しに赤い瞳がはっきり見えた。

 俺は、目の前の人物が誰なのか察した。

 「助けに来たよ、サイラス兄」

 危険を顧みず、こんな所へ来るなんて。

 俺は複雑な気持ちで、彼女の美しい目を見つめた。







 作戦は順調!!

 やっぱり、リリアナ姉と無茶を言って良かった。

 今からちょうど数時間前。

 私とリリアナ姉は、元々のゾンビ捕獲作戦と並行して、サイラス兄の救出作戦も実行する案を出した。

 案はこうだ。

 まず、リリディア兄達3人が元々の作戦通り塔へ、私達姉妹がソドム小学校へそれぞれ向かう。

 リリディア兄達が放送の準備をしてる間、私達はミハイルさんや聖主様に報告と説明を済ませる。

 その上で、ソフィアと、赤い煙の発煙筒を見つけてきてもらう。

 そして、奴らが完全に油断しきったタイミングを見計らって、トラックの荷台に発煙筒を投げ入れてパニックを起こさせ、更に追い討ちをかけるように、ソフィアとの取引で手に入れた蛇のおもちゃも投げ入れる。

 ドゥールー教徒は基本的にジジッキヘビと遭遇するのを怖がってるから、調子に乗ってる所をどん底に落とすには、ソフィアが持ち歩いてる電池入りの蛇のおもちゃが必要だし、反射で赤く見せるために赤い煙の発煙筒を選んだ方が良い。

 また、ドゥールー教徒とのいざこざに備えて、発煙筒自体は学校にも、普通の家にもあるから、手に入れることは難しくない。

 後は私達のどちらかがサイラス兄を助け出して、ソドム小学校まで運んであげればサイラス兄救出作戦は成功。

 一方、リリディア兄達は、私達が赤い煙を上げたのを確認したら、放送の準備を完了させて、ゾンビ達を誘導する段階に移る。

 発煙筒は、武器であり、リリディア兄達への合図でもある。

 放送でゾンビが誘導できたら、ゾンビ達も例の脱走した連中は落とし穴で全員捕獲する。

 これで、ゾンビ捕獲作戦も完了。

 以上が、私達の考えた最高の案だ。


 リリディア兄に話すと最初は反対されたけど、最終的には賛成してくれた。

 その後に開かれた作戦会議では、私達の案を取り入れながら作戦の練り直しが行われた。

 アーラがゾンビ達を引き連れてることを考慮して、襲撃時にはそれを逆手に取るなどの細かい修正が入っていく。

 その中で、リリディア兄はナイフを布で拭きながら話してたから、本当はこの案に賛成じゃないのかなと思ったけど、実はそうじゃなかった。

 作戦会議が終わる直前、私達姉妹の内誰がサイラス兄を運ぶのか話し合い始めたタイミングで、リリディア兄は突然私にそのナイフを渡してきた。

 私になら、サイラス兄を任せられるって言葉を添えて。

 私は、どちらかと言うといつも落ち着いてるリリアナ姉の方がカオスな状況の中でも上手く動いて助けられるんじゃないかなと思ったけど、リリディア兄はそれを聞いて首を振った。

 「マインはどんな時も、周りの奴を見ている。落ち着きがないのは、誰よりも他人を気遣っているからだ。俺は知っているんだからな」

 リリディア兄は私の目をじっと見つめた。

 「俺のいとこは、繊細な上に、うちの一族の中でも一番のお人好しだ。そんな奴を安心させながら、避難させられるのは、マイン以外いない」

 私はリリアナ姉に、リリディア兄へ何か言わなくて良いの?と、目配せした。

 でも、リリアナ姉はお手上げのポーズをして首を振ってた。

 もう決定事項みたい。

 「わ、わかった!やるよ!」

 私は覚悟を決めて、拳を握った。

 正直、怖がらせちゃう予感しかしないけど、期待に応えない訳にはいかない。

 「・・・・・・でも、何でナイフを?しかも、リリディア兄がいつも大切に持ち歩いてるやつだし」

 「ああ、去年誕生日に親父からもらったプレゼントだ。大事に使ってくれよ?」

 「・・・・・・!?受け取れないよ!!武器なら、メリケンサックで十分だよ!!」

 「念のためだ。相手はテロリストだぞ?ゾンビと違って、悪知恵がある。武器は多い方が良い。それに、あくまで貸すだけだ。ちゃんと返しに帰って来い」

 リリディア兄はずるい。

 そんなこと言わなくたって、死にに行くつもりはないのに。

 でも、口喧嘩してる時間は残されてなかったから、私は笑顔を作ってうなずいた。

 「うん!絶対!」

 「良し!!それで良い!!全部片付いたら、皆で楽しもう。それまで、全力で戦うぞ!!」

 「「「「了解!!」」」」

 作戦会議が終わると、デーモンズは新しい作戦の通りに二手に分かれて別々の方向へ走った。

 リリディア兄、わかってるから。

 何が起きようと、私達は生きる。サイラス兄も、ソドム区の皆も全員助ける。

 私とリリアナ姉にとって、ここは大切な居場所だから。





 「やっと終わった!!」

 俺は喜びの声を上げた。

 夕方になっちまったが、スピーカーの汚れを取ることができた。

 すると、ちょうどそのタイミングで、ソドム小学校の方から赤い煙が上がっているのが見えた。

 「リリディア、あれって・・・・・・!」

 「ああ。ついに始まったな。俺達も、急ぐぞ」

 「ええ!」

 俺とシルヴィアは、放送の準備のスピードを加速させた。





 マインは、懐からナイフを取り出した。

 そのナイフは柄が銀色で、髑髏の文様が目立ってた。

 青いシース(鞘)に収められており、抜かれた刀身は反射する位丁寧に手入れされてる。美しい。

 俺はこのナイフに見覚えがあった。

 「リリディアの・・・ナイフ?何で?」

 マインはニッコリと笑った。

 「リリディア兄が貸してくれたの。念のためにって」

 彼女はそう言うと、ロープを切ってくれた。

 「あのバカがいつまたトラックを走らせるかわかんないから、ちょっと乱暴にやるよ」

 「リリディアが・・・・・・?」

 リリディアが大切にしてたナイフをあっさりと貸したことに少し驚いた。

 俺は、まだまだリリディアのことを知らないみたいだ。

 マインはナイフをズボンのポケットにしまうと、上着を脱いで躊躇なく破き、包帯代わりに俺の体に巻いた。

 「サイラス兄、おんぶするよ」

 そして、笑顔のまま俺を軽々と背負った。

 「・・・・・サイラス兄」

 「ん?」

 「自警団の皆から聞いたよ。時間を稼ぐためにいっぱい抵抗してくれたんだよね?おかげで、十分な準備をして助けられる。ありがとう」

 「マイン・・・・・・」

 「サイラス兄は、超頑張った偉い子!後は私達に任せて、ゆっくり休んで」

 とても優しい言葉だった。

 俺は思わず涙をこぼしてしまった。

 「ありがとう・・・・・・!助けに来てくれて」

 「当たり前!」

 マインは俺を背負ったままトラックを降りた。

 煙は薄くなってきたが、まだ視界はぼやけてる。

 しかし、マインは迷うことなくまっすぐ走り出した。

 「道・・・・・・、大丈夫?」

 「平気平気!来た道覚えてるから!」

 マインは自信満々に答えた。

 まぶしいな。

 天使がいるとしたら、マインみたいな存在なんだろう。

 「今、リリアナ姉がトラックから逃げ出したアーラの連中を殴ってくれてるから、その間に小学校へ――」

 マインが穏やかな口調で説明を始めたが、その次の瞬間、鳥肌が立つほどの恐ろしい殺気を背後から感じた。

 「マイン!!後ろ!!」

 「えぇ!?」

 パァンッ!と銃声が鳴り響く。

 マインは直前でよけたので銃弾に当たらなかったが、近くの壁に銃痕ができた。

 俺とマインは一旦止まって、銃弾が飛んできた方を向いた。

 そこには、荒々しく息をする狂人が拳銃を構えて立ってた。

 「フゥ・・・!フゥ・・・!芸術を理解できないバカ共がァ!!」

 その顔に、数分前までの笑みはない。

 あるのは、汗と鼻水でぐちゃぐちゃな彼の素顔だけだ。

 「荷台で何話してると思ったら!クソが!殺してやる!ぶっ殺してやる!!」

 仮面をかぶることすらやめた狂人の素顔は、誰よりも醜かった。

 内面の酷さが表に出てしまったんだろう。

 とても危険な状況だ。

 俺はマインを逃がそうと思った。しかし、

 「マイン、・・・・・・俺はいいから、逃げて」

 「却下!」

 マインは俺を捨てようとしなかった。

 「サイラス兄は休まなきゃでしょ。こんなクズがいる通りに置いていけない!」

 「ク、クズ?」

 ジャッキーがマインの言葉に反応した。

 マインはニヤリと笑い、彼の目を見た。

 「え?そうだよ?テロリストに成り下がったくせに一丁前に芸術家気取りとか、バカを通り越してクズじゃん。全世界の芸術家に詫びろ、ク・ズっ!!!!」

 「穢れた小娘がぁ!!黙れー!!」

 年下の女の子に現実を教えられた狂人は唾を飛ばしながら、マインの頭に狙いを定めた。

 マイン、一体何を考えてるんだ??

 「お前らみたいな生きる価値のない害虫共を利用してやるんだ!!俺ほど慈悲深く、偉大な芸術家はいないだろ!?きっと、あのお方だって褒めて下さる!!」

 「あ、そう」

 体がやや傾いた。

 ま、まさか!?

 「なら、あんたは害虫以下ってことだね!」

 マインは、何と拳銃を構える狂人の顔に、自分の靴を蹴ってぶつけた!!

 話で顔に注意を向けさせ、その隙に靴を脱いでおいたのか!

 「ふざけるなぁああ!!!」

 ジャッキーは顔にぶつかった靴を払いのけ、マインに向けて引き金を引いた。

 しかし、マインは当たり前のように銃弾をよけ、ズボンのポケットに入れてたあのナイフを取り出した。

 「私はマジ」

 彼女は冷静にシースからナイフを抜くと、ジャッキーが拳銃を握ってる手を狙って投げた。

 一瞬でナイフは狂人の手に刺さり、汚い悲鳴と共に拳銃は地面に落ちた。

 「終わったね、おめでとう」

 マインは靴を履き直した。

 「ああああー!!穢れる穢れる穢れる穢れる穢れる穢れる穢れる穢れる穢れる穢れる穢れる穢れる穢れる穢れる穢れるぅぅうー!!」

 ジャッキーはわめきながら転げ回った。

 マインはドン引きしながらも、彼を無視して小学校へ向かおうとしたが、不穏な言葉が聞こえて足を止めた。

 「終わるなら、道連れだ」

 振り向くと、ジャッキーがゾンビのように大きく口を開けて飛びかかってきた。

 あまりの恐ろしさに、俺は青ざめた。

 しかし、マインは何故か平気そうだった。

 「リリアナ姉!」

 「隙ありパァンチ!!」

 バキッと肋骨が折れる音が響いた。

 折れたのはマインの肋骨ではない。

 「んんぅるるるー!?」

 ジャッキーが奇声を上げて横に倒れた。

 「危なかったね。よし」

 肋骨を折って、俺とマインを助けてくれたのはリリアナだった。

 アーラのメンバーに変装してたマインと違い、リュックを背負い、血まみれのメリケンサックをはめたいつもの姿をしてる。

 どうやら、ジャッキーが俺とマインに気を取られてる隙に彼の横に近づき、パンチを1発食らわせたようだ。

 気配を消すのが上手くなってて、俺も気づかなかった。

 マインとリリアナはハイタッチした。

 「ナイスパンチ!!」

 「サンキュー、マイシスター!!」

 そして、リリアナは俺の方を見ると、ニッコリと微笑んだ。

 「良かった。サイラス兄、落ち着いてるね。リリディア兄の言う通り、マインが運ぶ役で正解だった」

 「リリディアが?」

 マインとリリアナが助けに来てくれたのは、リリディアが指示したからなんだろうか?

 俺がそのことについてきこうとしたその時、ジャッキーがかすれた声で叫んだ。

 「お前ら、何やってる!?殺せ!!芸術を台無しにした害虫共を、1匹残らず叩き殺せ!!!!」

 リリアナはクスッと笑い、ジャッキーを見下ろした。

 「無駄だよ、無駄無駄。あんたの取り巻きは全員ダメになっちゃったもん」

 「な、何!?」

 ジャッキーのおでこに、更に多くの冷や汗が流れ出した。

 「6人いた取り巻きの内、4人がゾンビに食べられちゃって、残りの2人は私にボコボコにされた後、どこかの店の屋上でお昼寝してる。アーラも、もうおしまいだね♪」

 つまり、アーラは、もうジャッキーだけになってしまったということだ。

 「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ・・・・・・!害虫なんかにやられるはずが・・・・・・」

 ジャッキーは現実から逃げようとしているようで、もはや会話すらできない。

 すると、塔の方からキーンッと音が鳴った。

 「な、何?」

 「「リリディア兄!!」」

 「え・・・・・・!?」

 マインとリリアナはその音を聞いて、リリディアの名前を呼んだ。一体、どういうことだ??

 『聞こえるか?皆ぁ!』

 音に続いて聞こえてきたのは、リリディアの声。

 まさか、この放送で後ろのゾンビ達を?

 『俺はリリディア・キルス!これから、俺はゾンビ達をキルラ広場に集める!明日までは絶対ここに近寄るなよー!?危ねえからな!』

 リリディアの放送を聞いて、小学校の方から喜びの声が上がった。

 「リリディア様・・・・・・!」

 「リリディア坊ちゃんがそう仰るなら!」

 「俺達、もう少しで助かるのか!?」

 「ありがとうございます!リリディア様!デーモンズの皆さん!」

 盛り上がる皆の中で、俺も静かに喜んだ。

 リリディア、大丈夫そうで良かった。

 『あ、そうだ。サイラス!』

 リリディアは途中で突然俺を呼んだ。

 「俺?」

 『直接助けに行けなくてごめんな。俺はここでやらなきゃならない仕事があるんだ。でも、安心してくれ。俺は信頼できる2人を送った。あいつらになら、サイラスを任せられる』

 俺は思わず笑った。

 いつも悪ぶってるのに、何だかんだで心配してくれてるんだ。

 昔から変わらないな。

 「やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろぉぉおー!!!!」

 壊れそうな位奇声を上げるジャッキーをよそに、ゾンビ達は向きを変え、放送を流してるスピーカーのある方へ、塔のある方へと歩いていく。

 人間の生の声より、スピーカーの声の方が効くようだ。

 「クズはどんな役を演じようとクズなんだね」

 マインが言うと、ジャッキーは悔しそうに拳を地面に叩きつけた。

 地面に、傷口から流れ出した血が広がっていく。まるで赤い湖だ。

 『俺は仲間達と力を合わせて、逃げ出したゾンビ達を捕まえる。だから皆、あともう少し踏ん張ってくれ。ここを乗り越えれば、祭りだ。このクソみたいな毎日の中でありのままに楽しめる最高の時間が待っている。皆、頼んだぞ。俺達デーモンズが依頼を達成するまで待っていてくれ!!』

 リリディアがそう呼びかけると、ソドム区の地面が揺れるほど大きな返事が返ってきた。

 「「「「「おおおー!!!!!」」」」」

 これじゃあ、スピーカーで呼びかけた意味がない。相変わらず矛盾だらけだ。

 でも、この地区のノリは嫌いじゃなかった。


 放送が終わると、ジャッキーはよろめきながら立ち上がった。

 マインとリリアナは警戒したが、彼の目は別の方向を向いてた。

 「全部、あいつのせいなのか。そうか・・・・・・。あいつが!」

 ジャッキーはブツブツ言うと、突然叫びだし、その場から逃げ出した。

 「あ、逃げるな!」

 リリアナはジャッキーを追いかけようとしたが、マインに止められた。

 「あんな大怪我で遠くまで逃げられる訳ない。今はサイラス兄をソドム小学校まで運ぶことを優先しよう。あいつを捕まえるのは後で。ね?」

 「・・・・・・仕方ない。わかった!」

 俺は申し訳なく思い、謝ろうとしたが、その時、まぶたが突然重たくなってきた。

 「んん・・・・・・?」

 身体の端から端までゆっくりと力が抜けていく。

 無理をしすぎたせいで、ついに限界が・・・・・・?

 俺は一生懸命抗おうとしたが、しばらくしてシャッターが降りるように目を閉じてしまった。





 「サイラス兄・・・・・・?サイラス兄!」

 サイラス兄が急に動かなくなって私は一瞬焦ったけど、リリアナ姉は笑顔のまま人差し指を口元に当てた。

 「大丈夫。よく聞いて。呼吸音がするでしょ?眠っちゃっただけ」

 よく聞いてみると、リリアナ姉の言う通り、息はあった。

 「良かった・・・・・・!安心した途端に、眠気が来ちゃったのかな?」

 「そうだね!でも、念のためにあっちでお医者さんに診てもらおう。酷い怪我だし、万が一ってこともある」

 「うん!」

 私はリリアナ姉の言葉にうなずくと、サイラス兄を背負ったまま3人でソドム小学校まで走った。





 「ポール、大丈夫か!?」

 俺はシルヴィアと一緒に塔を飛び出した。

 「あ、モグモグ。リリディア!」

 広場では、ポールがクロスボウを抱えながら母親に持たせてもらったホットドッグをかじっていた。

 俺はほっとして胸をなでおろしたが、はっとして周りを見回した。

 「リリディア?」

 「ポール!あの包丁野郎はどうした?逃げたのか!?」

 「ああ、あいつなら向こうの壁に」

 ポールは大聖堂の向かい側にある小屋の方を向いた。

 俺も小屋の方を見てみると、そこには包丁ゾンビが小屋の壁に貼りついていた。――いや、正確には、2本の矢で両手を射抜かれ、壁から動けない状態にされている。

 そして、包丁ゾンビの足元には、ご自慢の錆びた包丁が割れた状態で落ちていた。

 放送の間に、あいつを止めるなんてすごいぞ。さすがポール!

 「すげえじゃねえか、ポール!どうやったんだ?」

 「簡単だよ。作戦に乗じたやり方をしただけ。包丁ゾンビと戦う中で、あいつが僕の矢を弾いたのは、矢が飛ぶ時の音に反応できたからだって気づいたんだ。そこで考えたんだ。スピーカーを通した放送が始まればわずかな音に反応できなくなる。だから、放送が始まるまで小屋に誘導して上手く包丁から逃げて、放送が始まったタイミングで一気に矢を1本ずつ放ったんだ。成功して良かったよ」

 「名探偵みたいだな!」

 俺はポールの肩を軽く叩いた。

 「後は俺とシルヴィアに任せて、塔の上にいろ。矢も尽きた頃だろ?」

 「悔しいけど、そうだね。例の9体以外にもたくさんゾンビが来るのに、矢がない状態で戦い続けるのは無謀だし」

 「あんなゲームのボスキャラみたいな奴を止めてくれたんだ。ポールはしっかりと仕事をしてくれた。わかっているから、心配するな」

 「リリディア・・・・・・」

 ポールはしばらく俺を見つめたが、「わかったよ」と言ってまたホットドッグをかじり、塔の方へ歩いて行った。

 「さて、2人でどうやってゾンビを減らしていくかな?包丁ゾンビがあそこまで厄介なのは想定外だった」

 「でも、バラバラに動かれるよりはやりやすいと思うわ」

 「それもそうだな!」

 俺とシルヴィアは2人で笑った。

 「あ、そうだ。私達もお昼にする?もう夕方だけど」

 「そうだな。ポールも無事だったことだし、飯にするか!」

 俺達はゾンビ達が集まってくるまでの間、リュックに入れていた弁当を出して食うことにした。

 ここは血や肉のせいで少々臭いが、この辺りはどこでも同じ臭いがする。気にしてはダメだ。

 食って、力をつけないとここからの決戦で生き残れないからな!





 「マイン!リリアナ!」

 私達がソドム小学校に戻ると、ソフィアが抱き着いてきた。

 「サイラス様の救出、成功したんだね!」

 「まあね!ただ、サイラス兄、すごい大怪我してるの。さっき寝ちゃったし。これからお医者さんに診てもらおうと思って。確か、ここに避難してたよね?」

 「任せて!案内する!」

 「助かる!ありがとう!」

 私はソフィアにお礼を言った。

 その直後、ソフィアの後ろに見覚えのない男が突然転がってきた。

 「ん???????」

 私とリリアナ姉はとっさにソフィアを背に庇った。

 よく見ると、そいつは泡を吹いて気絶してた。

 「どういうこと?」

 「あ、そうだ。言い忘れてたけど、さっき、火事場泥棒が来たの」

 「火事場泥棒!?」

 「それも、15人。小学校の倉庫に侵入してきてたみたい。校舎から何mも離れてるから、バレないと思ったみたい。でも、今、サイモン様がやっつけてくれてるところなんだ」

 ソフィアが恐ろしいことを笑顔で教えてくれた。

 でも、妙だね。普通、火事場泥棒は避難所から離れた場所で泥棒するものだ。

 こんな人がぎゅうぎゅうの場所でそんなことするなんて、おかしい。

 私がそう思ってると、サイモン様がこちらにいらっしゃった。

 「すまない、ソフィア!当たらなかったか!?」

 「大丈夫です!」

 ソフィアは元気に返事した。

 サイモン様はサイラス兄にそっくりで、黒髪に青い瞳の優しい人。

 いつもは眼鏡をされてるんだけど、戦闘中だからか今は特別製ゴーグルをつけていらっしゃる。

 「「サイモン様、お疲れ様です!!」」

 私とリリアナ姉はサイモン様にご挨拶した。

 「おお、リリアナ、マイン!兄さんが心配してたぞ・・・・・・て、サイラス!?」

 サイモン様は私が背負ってるサイラス様をご覧になって、目を丸くされた。

 「無事助け出してくれたのか!?」

 「はい!でも、大怪我してるので、お医者さんに診てもらわないと!」

 「あ、そうか!あのクズ共に拷問されてたもんな!待ってろ、確か今体育館に――」

 「キルス野郎!!」

 突然、汚い悪口が。

 サイモン様の後ろを見ると、屈強な身体の大男が鉄パイプを振り上げて襲い掛かろうとしてた。

 「滅びろ、害虫共っ!!!!」

 すると、サイモン様のゴーグルのレンズがうっすらと青く光った。

 「邪魔・・・・・・するなっ!!!!」

 サイモン様は勢いよく振り向くと同時に、その大男の顔面に強烈なパンチを食らわせた。

 大男は情けない悲鳴を上げ、泡を吹いて倒れてしまった。

 「一撃で・・・・・・!?さすがサイモン様ね!」

 リリアナ姉の言葉に、私もうなずいた。

 「すごすぎる」

 サイモン様はフウッと息をつかれると、私に声をかけてサイラス兄を代わりに背負われた。

 「これで15人。後で自警団に知らせよう。それより、リリアナ、マイン。ありがとう。僕の息子を助け出してくれて」

 「見捨てるなんて、私達らしくないですから!」

 「当たり前のことです!」

 サイモン様に感謝された私とリリアナ姉はつい照れてしまった。

 しかし、その直後、リリアナ姉の言葉である恐ろしいことに気づいてしまった。

 そう・・・・・・。リリディア兄に借りたナイフが、テロリストの手に刺さったままどこかへ行ってしまった状況なのだ。

 私は笑顔の裏で、涙を流した。





 「お?またブロッコリーをよけてるのか?」

 「もう。リリディアには関係ないでしょ?」

 日が沈み、真っ暗になる中、俺とシルヴィアは大聖堂前のステージ台に座って遅めの昼飯を食っていた。

 「好き嫌いすると強くなれないぞ?誰かを守るためには力が必要だ。そして、力を生み出すエネルギーは食事から、だ。わかるだろ?」

 「う・・・・・・。それはそうだけど・・・・・・、食べたくないわ!食感が何か嫌だもの!」

 「仕方ないな。じゃあ、交換するか?ほら、ほうれん草だ」

 俺は自分の弁当にあるほうれん草をシルヴィアに見せた。

 ほうれん草はブロッコリーと同じ栄養素を持つ野菜だ。交換するにはピッタリな野菜だろう?

 「え?でも、市場での争奪戦でやっと手に入れた貴重なやつでしょ?」

 「良いんだ。シルヴィアの体調が崩れたら大変だからな」

 「・・・・・・もう。わかったわよ」

 俺とシルヴィアはほうれん草とブロッコリーを交換した。

 ブロッコリーを食ってみると、塩が効いていて美味かった。

 「うめえじゃねえか」

 隣のシルヴィアも、ほうれん草を食いながら目を輝かせている。

 「リリディアのほうれん草も、美味しいわ!」

 俺とシルヴィアはお互いに見つめ合い、笑った。

 「懐かしいわね。昔、いじめっ子にお菓子を盗み食いされて泣いてた私に、ジュースと交換でクッキーを分けてくれたことがあった」

 「当たり前の取引をしただけだ。でも、懐かしくはあるな」

 「やっぱり、ポールじゃないけど、リリディアは良い人だよ」

 「・・・・・・良い奴ではないさ。俺は、皆を守るためなら鬼にも悪魔にもなれる冷酷人間だ」

 俺は夜空を見上げた。

 早くも、星々が輝き始めている。

 「神が俺を見ているとしたら、間違いなく俺を地獄行き確定の男だと思っているに違いない」

 「そんなことない」

 シルヴィアはカタンッと横に弁当を置くと、俺の手に手を重ねてきた。

 「本当に冷酷なら、今頃皆を見捨ててとっくに逃げ出してたはず。矛盾してるよ」

 「そ、それは・・・・・・」

 「私・・・・・・、私は!そんなあなたのことがだ――」

 シルヴィアが何かを言おうとしたとの時、突然無線機に連絡が来た。

 「すまない。出るぞ」

 「・・・・・・ええ」

 俺は弁当を横に置き、無線機を出した。

 そして通信に応じると、相手はマインだった。どうやら良いニュースと悪いニュースがあるようだ。

 気分が良いので、良いニュースから聞いてみると、サイラスの救出に成功し、今、体育館のベッドで寝かせているところとのことだった。

 アーラの連中に酷いことをされたと聞いていたが、医者によると、出血が酷かったものの、命に別状はなかったようだ。

 意外とタフな奴だ。安心したぞ。

 しかし、その後に聞かされた悪いニュースには不安になった。何と、アーラは事実上の壊滅状態になったものの、ジャッキーとやらは逃げ出したままになっているというではないか。

 現在、俺のナイフを手に刺したまま自警団の追跡をかわしているらしい。

 ジャッキーが逃亡した際に俺のナイフを失くしてしまったことを涙声で謝るマインを慰めた後、俺は通信を終了させ、頭を抱えた。

 「ど、どうしたの?」

 「ジャッキー・ベルが、あのテロリストがどこかにいる。連中を全滅させることまでは作戦には入っていなかったが、奴が今自由の身ならほぼ間違いなく俺達の邪魔をしに来る。こんなことなら、最初から奴らを始末すること前提で作戦を立てるべきだった」

 親父からもらったプレゼントがどこかへ行ったのは悲しいが、それ以上に皆が危険な状況の中にいる時間が続くことに後悔と焦りを感じてしまう。

 「でも、キルス教では基本的に殺人は禁止されてるんじゃ?」

 「ああ。特に人間をゾンビに襲わせて殺すのはな。だが、奴らはキルス教の聖地で、この地区でそのルールを破った。俺も同じレベルまで落ちて、連中を殺すべきだったんじゃないか・・・・・・?」

 「リ、リリディア!」

 シルヴィアが叫んだ。

 俺はフッと笑い、シルヴィアの方を向いた。

 「悪い。弱音吐いちまったな」

 「そうじゃなくて、前!」

 シルヴィアが指さした方向を見ると、9体のゾンビと、大量のゾンビ化したネズミや野良犬が広場に侵入してきていた。

 9体のゾンビの方は、遠くからは見えづらいが、耳にはっきりと番号が彫られている。間違いない。俺達が狙ってた連中だ。

 「よし、仕事の時間だ。暴れるぞ」

 「ええ。全力でいくわ!」

 俺とシルヴィアは弁当と無線機をしまうと、戦闘準備に入った。

 皆を脅かす奴らは、全員道連れにしてやる。


 俺とシルヴィアは役割分担をしながら奴らに対処した。

 俺は『ゾンビキング』の能力を使ってゾンビネズミやゾンビ犬達を空き地の端に誘導し、その隙にシルヴィアが9体のゾンビをナイフで傷つけ、挑発して落とし穴に誘導するというものだ。

 本来5人でやるはずの作戦だったので正直きついが、やるしかない。

 俺達2人は必死で奴らを広場から離れさせた。

 しかし、そこから先は意外と順調で、あっさりと空き地まで来ることができた。

 ここまで来れば、後は楽勝!

 ――そう思った瞬間。


 「今だぁあああああああー!!!!!!!」

 物陰の中から突然汚い男が俺に襲いかかってきた。

 俺は男に地面に押し倒され、俺のナイフと同じ位美しいナイフを喉元に突きつけられた。

 両頬には恐竜のタトゥーが入っており、よく見ると手にはナイフで刺されたような穴がある。

 俺はその特徴から、この汚いクズが誰なのかを察した。

 「お前が・・・・・・!お前が、ジャッキー・ベルかぁああああ!!!!!」

 「やっと会えたな、害虫王子♡」

 放送で俺の居場所を知り、ずっとつけていたのか!?

 集中力が途切れて能力が解除されたことで、ゾンビネズミやゾンビ犬達が解放され、俺達にゆっくりと向かってきた。

 「何てことを・・・・・・!お前も、死ぬんだぞ!?」

 「構わないさ。芸術を完成させられないなら、生きていても仕方ない」

 ジャッキーは狂ったように笑った。

 いや、元から狂ってはいるが。

 「リリディア!」

 シルヴィアが心配して叫んだが、俺は作戦続行を指示した。

 「ゾンビを、9体とも落とせ!!何としても、依頼を達成するんだ!!」

 「・・・・・・了解っ!!」

 シルヴィアは力強くうなずくと、笛をポケットから取り出して吹いたり、ナイフで切りつけたりして再びゾンビ9体の誘導を始めた。

 俺はにんまりと笑って、ジャッキーの充血した目を見た。

 「そうか。お前にも、曲げられないものがあるのか。だが、それは俺達だって同じだ。俺達は生き残る。今日も、明日も、その先も!」

 「生き残って・・・・・・、どうするっていうんだ?」

 ジャッキーが鼻水を垂らしながらきいてきた。

 「またウイルスをばらまくのか?・・・それとも、また被害者面して、お涙頂戴するのか?そんな下らないことを続けるより、俺の芸術となって永遠を生きた方がよっぽど有意義だと思わないか?俺はそのために壁を爆破したり、スピーカーを『素敵』にしてあげたり、お前のいとこを餌に使ってあげたりして色々と頑張ったんだ」

 やっぱり、今回の騒動のおかしな点は全てアーラの仕業だったか。

 だが、こうしてわざわざ自分の犯行を喋るということは、何か狙いがあるということだ。

 俺は3回深呼吸して、考えてみた。

 ・・・・・・どれも、俺がキレそうなことばかりだ。俺をわざと怒らせ、判断力が鈍ったところで隙をついて殺す気か。

 「幼稚だな」

 「な・・・・・・、何だと!?」

 「何でもねえよ。ナイフのセンスは立派だが、やっぱり俺達は分かり合えない。頭のレベルが違うからな。何を話しても、通じる訳がない」

 「お前ぇええええええええー!!!!!!!」

 俺は逆にジャッキーを挑発し、隙を作らせた。

 そして、ナイフをつかんで体を素早く起こし、奴の顔面に頭突きを食らわせた。

 「うるせえ!!」

 俺はジャッキーからナイフを力づくで奪い取ると、逆に奴を押し倒して喉元に突きつけた。

 「クズが。一丁前にプライド持ってんじゃねえよ」

 ちょうどそのタイミングで地響きがした。

 落とし穴にゾンビ9体が落ちた音だ。

 「依頼達成だな。俺達デーモンズの勝ちだ」

 「フハ!!フハハハハハハハハッハハハハハ!!!!!!!」

 ジャッキーは急に笑い出した。

 「・・・・・・何がおかしい?」

 「いや、失礼。それで?俺をどうする?」

 「え?そりゃ、拘束して自警団に渡す」

 「バカが!!拘束される前に、俺はまた暴れるぜ?横のゾンビネズミやゾンビ犬を止める時も、邪魔してやる!!芸術を・・・・・・邪魔した報いだ!!!!」

 俺は横を見た。ゆっくりとだが、ゾンビネズミやゾンビ犬達が近づいてきている。あと2mか。

 視線を下の汚いクズに戻し、ため息をついた。

 「お前・・・・・・、マジで殺すぞ?」

 「殺してみろ!!殺してみろよ!?ほら、・・・教えのルールを破って殺してみろよ!!」

 ジャッキーは嬉々として俺を挑発した。

 何もかも失っているくせに、無敵か?

 「殺れ殺れ殺れ殺れ殺れ殺れ殺れ殺れ殺れ・・・・・・ゴホッ!殺れ殺れ殺れ殺れぇえええええ!!」

 ジャッキーがかすれた声で叫び続けている間、ゾンビネズミやゾンビ犬達は歩き続け、あと1mのところまで来てしまった。

 俺は決断を迫られた。

 「俺は・・・・・・」

 答えは決まっていた。

 俺は家族や仲間を守る。たとえ、敵の命を犠牲にしてでも。

 ナイフの刃先を喉元に刺――そうとしたが、その時だった。

 「やめよ、我が息子よ」

 親父の声が聞こえ、ナイフを止めた。

 俺は声がした方を向くと、大勢の自警団員と、ロッソ姉妹、ポールを連れた親父が腕組みをして立っていた。

 「親父・・・・・・?お前ら?」

 「そんな人でなしのために、神とわしを捨ててくれるな」

 親父は悲しそうな笑顔でそう言うと、『ゾンビキング』の能力を使った。

 「止まれ」

 親父の青い瞳が光り、ゾンビネズミやゾンビ犬達の動きがピタッと止まった。

 「・・・・・・リリディア」

 「何?」

 「リリディアの気持ちはわかっているつもりだ。だが、わしはできれば、そういうことはしてほしくないのだ。わしらを大切にしてくれるのは良いが、わしらの気持ちも考えてほしいぞ」

 「ああ・・・・・・、気をつける」

 俺はナイフを捨て、ジャッキーから離れた。

 俺が離れた途端、屈強な体格の自警団員が何人もジャッキーに飛びかかり、上から押さえつけた。

 「やめろ!触るな、穢れる!!」

 ジャッキーは怪我人とは思えない程元気にわめき散らしたが、彼らに連れられてどこかへ消えていった。

 「本来の依頼にはアーラ退治は含まれていない。奴らの裁きは自警団に任せておきなさい」

 「わかった。ところで、親父達は何でここに?」

 「ポールが無線で教えてくれたのだ。ジャッキー・ベルらしき男がゾンビ達の後ろからついていくのを見たと。それで、こんな状況になることを予想し、皆で駆けつけたという訳だ」

 「なるほどな。ありがとう、親父。自警団の皆も、ありがとう」

 戦闘中の俺とシルヴィアには無線で連絡できないし、かと言って、ゾンビ達を誘導しているのに塔の上から直接声をかけたら作戦は台無しになる。

 ポールは最善の判断をして、俺とシルヴィアを助けてくれたのか。

 俺はポールの方を向いた。

 「ありがとう、ポール。助かったよ」

 「リリディア・・・・・・!」

 ポールに礼を言うと、こちらにシルヴィアが走ってきた。

 「ごめん、遅れちゃって・・・・・・!」

 俺はシルヴィアにも礼を言った。

 「シルヴィアも、無茶に付き合ってくれてありがとう」

 「え・・・・・・!?う、うん!」

 シルヴィアは頬を赤くしてうなずいた。

 俺はリリアナとマインにも礼を言った。

 「リリアナ、マイン。2人も、サイラスを助けに行ってくれてありがとう。俺はためらったのに、2人は堂々と動いてすげえよ」

 「え、そ、そんなことは・・・・・・!」

 「私、リリディア兄の大切なナイフを失くしちゃったし・・・・・・」

 「でも、サイラスは死なずに済んだ。俺はそれで十分だ」

 俺がそう言うと、マインが泣き出して抱きついてきた。

 俺はマインを静かに抱き返した。

 仲間達との連携で、この長い1日の依頼を達成できた。

 そして、家族のおかげで俺はルールを破らずに生き残れた。

 「皆、本当にありがとう」

 俺は改めてその場にいる皆に礼を言った。





 翌朝、ソドム区を囲っていたバリケードは全て撤去された。

 キルス教は俺達デーモンズが拘束した20体のゾンビを施設に渡す見返りに、市にソドム区への封鎖をやめさせたのだ。

 更に、感染してゾンビ化した者達を始末し、増えてしまったゾンビネズミやゾンビ犬達も依頼を達成した際に捕まえることに成功した。

 おかげで、ソドム小学校に避難していた住民は元の家に戻ることができた。

 しかし、依頼は達成したが、まだ後始末という仕事が残っていた。

 ゾンビの遺体から感染が広がる前に速やかに対処する必要があった。

 俺達デーモンズは自警団と一緒に、共食いさせて全滅させたゾンビ達の遺体を集め、ソドム区の端にあるビルの廃墟の屋上で燃やした。

 非常用のガソリンをかけて燃やしたので、火の勢いは強かった。

 この廃墟はかつて、親父と叔父貴と例のあの女の3人が捕まえたゾンビを拘束し、閉じ込めた場所らしい。

 当時はゾンビが人間に戻れるという『夢』が抱かれていた時代であり、殺すことは許されていなかったため、ここに入れていたようだ。

 だが、時代が変わり、廃墟の老朽化が進んだ今となっては、ゾンビ達の遺体を燃やす以外使いどころがない建物になってしまっている。

 ありがたいが、残酷なものだ。

 俺は火の中から飛ばされてきた灰をつかみ、目をつぶった。

 戦いが終わって振り返ってみると、たくさんの血が流れた。いつも以上の血だ。

 今回のような悲劇や、これから続くであろうゾンビの惨劇を防ぐための力は、特殊能力だけでは足りない。これまでは地区全体の連携でカバーしていたが、今回は犠牲が大きすぎる。

 もっと研究して、他の力を探すことが必要だ。

 アーラにまんまと利用される研究施設の連中はもちろん信用できない。

 やるなら、自分達でだ。

 だが、それには多額の資金が必要になる。

 ・・・・・・それなら、俺はその金を用意できるような社長になろう。何年かかろうと、企業を大きくして、ゾンビについての研究を支援し続けてやる。

 そのためなら、何だってする。

 燃える火の前で、無言で誓った。





 テロリストグループ・アーラによるソドム区襲撃事件から4日後。

 記者である妻が市の対処を批判する記事を書いたことで街の外にもこの事件が知れ渡り、他のマスコミも取材に来るようになった。

 それにより、デスタウン市警はやっとその重い腰を上げてアーラの犯罪行為の捜査を始めた。

 その結果、我が息子・リリディアや甥のサイラスの証言の通り、数々の悪行や陰謀を行っていたことが判明した。

 更に、アーラの今回のテロを支援していた者が市役所にいたこともわかり、何十人もの職員が逮捕されていった。

 彼らは金を横領してテロの資金として渡したり、市民の個人情報を勝手に渡したりとロクなことをしておらず、わしは妻の記事を読んでいて初めて頭が痛くなった。

 住民に避難勧告をせず、一方的にバリケードでソドム区を囲むよう指示した市長もテロへの関与を疑われたが、さすがはデスタウン市警というべきか彼にはきちんとした捜査はせず、うやむやのままだ。

 また、テロとは別に、火事場泥棒に入った連中も、市長からの指示があったと言っていたが、その証言の翌日に独房で突然死しているのが発見され、真相はわからないままだ。


 一方で、明るいニュースもあった。

 アーラのせいで荒らされてしまった広場で、住民達が自発的に「祭りをやりたい!」という思いから飾り付けと復旧に取り組み始め、今日ついに準備が終わったのだ。

 キルス教が指示した訳でもないのにすごいな。

 息子の・・・・・・、リリディアの名演説が効いたのだろうか?

 そうだとしたら、誇らしいな。

 今でも十分に自慢の息子だが、人々の心を動かす話は誰にでもできることではないからな。

 成長が楽しみだ。


 ほとんどの住民が寝静まった23時。

 わしは密会のため、大聖堂に来た。

 アーラのせいで中が汚されていたが、リリディア達が先日手伝ってくれたおかげできれいになっていた。

 安心して、あのお方を迎えられる。

 わしは隅の席に座って静かに祈った。

 しばらくして、大聖堂内が白い光に包まれた。

 ついにいらっしゃった。

 「やあ、ジョシュア。我が息子よ」

 光が消えると、目の前に我が父が現れた。

 灰色の肌、髪のない頭、大きく黒い目、白い瞳、スラリとした体形の体。地球のスーツをビシッと着た真面目な姿の男性。

 それが我が父アースマン・リベルルだ。

 「父上・・・・・・!お久しぶりです。ほら、サイモン。そんな所に隠れていないで、父上にご挨拶しなさい」

 わしは聖人像の後ろに隠れて腕組みするサイモンの方を向いて言った。

 サイモンはわしよりも早く来ていたのに、気配を消してずっとあそこに立っていたのだ。我が弟ながら少し変な子である。

 「兄さん、そいつを何で信用してるの?母さん達をずっと放っておいて、ある日突然やって来て使命だなんだと意味不明なことを言ってくるやばい奴じゃないか」

 「こら、サイモン!わしらも親になったからわかるだろう?子どもには明かせない事情というものがあったのだ!」

 わしがサイモンを叱ると、父上は手で制止した。

 「サイモンの言う通り、私は良い父親ではなかった。あの時私にできたことは、あの災いを予想して遺伝子を操作し、2人に特殊能力を与えてやることだけだった。許してほしいとは言わない。だが、せめて私と顔を合わせて話してほしい。私も家族のためなら何でもするつもりだ」

 「何でも・・・・・・か。それはわかるが」

 サイモンは気まずそうに言った。

 父上は深く傷ついたサイラスの身体を、故郷の優れた医療技術で治療し、予定より早く治してみせたのだ。

 ただかわいい孫のために。

 「あの件に関しては感謝してる。だが、母さん達にした仕打ちは忘れてないからな」

 サイモンはそう言うと、やっと聖人像の陰から出てきた。

 わしは息をついた。

 そして、父上の宇宙のように美しい目に視線を戻し、懐に手を入れた。

 「やれやれ。では、早速本題に入りましょう」

 懐から出したのは、袋に入れた5枚のクッキーだ。

 「お礼は不要とのことでしたが、せめて気持ちだけでもお受け取り下さい。サイモンと一緒に作りました」

 「サ、サイモンも!?」

 父上が驚いてサイモンの方を向いた。

 「別に・・・・・・、借りは返す主義ってだけだから。ただそれだけだからな」

 サイモンの言葉にわしは呆れてしまったが、父上は感動したらしく、涙を流した。

 「嬉しい・・・・・・!ありがとう、2人とも」

 父上はわしらからクッキーを受け取ると、大切そうに抱えた。

 父上は、とある使命を与えられてこの星にやって来たお方だ。

 その使命からわしとサイモンを創造したが、同時に我が子として愛してもいた。

 使命と家族との間で苦しんでいたため、端から見るとおかしいところもあったかもしれない。

 だが、わしは父上の家族愛を信じている。父上はどんな時も、わしらを見守ってくれているからな。

 「父上、もしよろしければ、このまま少しお話しても?リリディアの大活躍をお聞かせしたいです。我が自慢の息子の話を」

 「む・・・・・・!兄さんはいつもそうやって!僕のサイラスだって、立派だったぞ!」

 「おお・・・・・・!おお!良いぞ。2人とも、ぜひ聞かせてくれ!」

 わしらはそのまま息子自慢で盛り上がった。

 祭りの前夜だが、こういう夜更かしも良いだろう。





 7月12日。リベール祭当日。

 早朝からガヤガヤ騒がしく、俺は起きて外に出た。

 キルス教が神聖な色としている向日葵色の旗が家々に掲げられ、通りの店では祭り限定のスイーツを販売する準備が進められていた。

 目が覚めてしまっているので、俺は歩いて回ってみることにした。

 せっかくの祭りの日だしな。

 「おお、おはようございます!リリディア坊ちゃん!」

 「リリディア様!」

 「後でうちにも寄って行って下さいよ?」

 「リリディアァアあああ!!後で賭けに参加しろよ!?勝ち逃げは許さねえぇえええ!!」

 一部おかしな挨拶があったが、俺は皆に手を振って応えた。

 「おう!」

 「「キャアー!!」」

 皆その度にはしゃいでいる。

 ロックスターが来た訳でもないのに大げさだ。


 キルラ広場を覗きに行くと、綺麗に直った屋台が並び、店員達が準備を進めていた。

 まだ祭りが始まっていないのに、良い雰囲気だ。

 次に大聖堂を見に行こうとしたが、横から木の枝を踏む音がして足を止めた。

 その方を見ると、ポールが駐車場に停まっている多くのトラックを街路樹の陰に隠れて見つめていた。

 あいつ、トラック好きだったか?

 俺は疑問に思ったが、駐車場に停まっているトラックのほとんどがルクレール株式会社やレイク株式会社のものだったので、大体察した。

 ポールは仲良くなった時、こっそり俺に言っていた。自分はこの街の大企業の社長の隠し子だと。

 ルクレール社は機械部品の物流を、レイク社は食品の物流をそれぞれ担当している。

 2社とも、デスタウンを代表する大企業で、ニューヨーク周辺地域の物流を支えている。

 2社の内、どちらの会社の社長の息子なのかは言わなかったが、この街の大企業と言ったら、それらの会社しかない。

 この祭りは、2社にとっても、稼げるチャンスなのだろう。

 そのチャンスに乗じる2社のトラックを目にして複雑な気持ちなのは間違いない。

 俺はポールに近づき、肩を叩いた。

 「よう」

 「リ、リリディア!?」

 「祭りなんだ。皆が楽しむために金を使う。彼らがチャンスを狙うのは仕方ないことだ」

 「うん・・・・・・。そうだね。でも、つい気になっちゃうんだ。僕と母に散々嫌がらせして追い詰めておいて、この地区で稼ごうとするなんて」

 「そうだな。確かにどうかしている」

 まともな精神ではないことは確かだな。

 「僕、リリディアが羨ましい」

 「え?何でだ?」

 「父親と・・・・・・、聖主様と仲良しじゃん。僕達と違う」

 「そういうもんかね」

 俺は息をついた。

 「俺は親父と喧嘩ばかりだぞ?」

 「え、そうなの!?」

 「ああ。親父はお人好しだからな。まあ、親父だけじゃなくて、うちのほとんどの家族に言えることだが。俺が必要なことをしようとすると止めようとするんだ」

 家の数と同じ位、家族の事情も様々だ。

 まあ、1つ言えることは、悩みのない家庭なんてないってことだな。

 悩んでいるのは、ポールだけではない。

 「俺の名前は、遠い国の言葉で『夜明け』を意味する。その名前に恥じない大人になってほしいとよく言われたが、こんなゴミみたいな街でそんなご立派な人間になる余裕なんかない。襲ってくる敵を踏み躙ってでも家族や仲間を守ることを目指すしかない。それなのに、親父はいつも綺麗事ばかり言う」

 「でも、リリディアはそんな聖主様が好きなんでしょ?」

 「・・・ロッソ姉妹並みに鋭いな。まあ、嫌いではない。できるなら、そういう綺麗な夢を見たままでいてほしいさ。だが、そのためには力が必要なんだ」

 「リリディア・・・・・・」

 「つまり、俺が言いたいのは、どの家族も悩みを抱えているってことだ。俺達もそうだ。お前は1人じゃない。辛くなったら、いつでも相談してくれよ」

 「・・・・・・うん!」

 ポールの顔がやっと明るくなった。

 俺はうんうんとうなずいた。

 「さあ、今日はお待ちかねの祭りだ。悩みは一度脇に置いて、楽しむぞ!」

 「お、おー!」

 俺とポールは笑いながら拳を突き上げた。


 それから数時間後。

 『盛り上がってるか、お前ら!!?』

 ステージ台に立つミハイルさんが拳を突き上げ、広場の皆にきいた。

 「「イエーア!!」」

 集まった連中も、屋台の店員達も、警備の自警団員達も、皆ノリノリで拳を突き上げて答えた。

 『よし、良いぞ!もうすぐ9時!祭りの開催まであとわずか!一緒にもっと盛り上がって、最高の時間を迎えるぞ!』

 「「おー!!」」

 「ミハイルさん、こんな日も仕事なのか・・・・・・」

 俺は塔の前でつぶやいた。

 事前に集合場所を塔の前に決めてポールと待っていたが、ギリギリになってもシルヴィア達が来なかった。

 皆が盛り上がっている様子をただ見ているだけなんてつまらない。

 俺はそう思ったが、その後、嫌な予感がした。

 ソドム区襲撃事件の時みたいに何かトラブルがあったんじゃないか?

 しかし、それは杞憂に終わった。

 「「リリディア兄!!」」

 リリアナとマインが俺を呼んで走って来た。

 「リリディア、お待たせ」

 ロッソ姉妹に続いてシルヴィアも来た。

 サイラスも・・・・・・、何か箱を抱えたまま爺さんを連れて歩いてきた。

 「サ、サイラス!?どうした・・・??」

 「ああ、ミュラーさんの屋台の目覚まし時計壊れちゃってね。必要な道具持って来たところなんだ」

 「助かるよぉ。サイラス坊ちゃん」

 爺さん、じゃなかった。ミュラーさんはゆっくりとサイラスに礼を言った。

 何かギリギリになった理由がわかった気がする。

 「あー・・・・・・。忙しそうだし、もう少し待ってようか?」

 「大丈夫。すぐ終わるよ」

 サイラスはニッコリと笑った。

 良かった。たった数日で回復したとか言われても心配だったが、今のサイラスはとても元気そうだ。

 「わかった。信じる」

 「エヘヘ」

 俺達はサイラスがミュラーさんの目覚まし時計を直すのを見守りながら祭りの開催を待った。


 サイラスは目覚まし時計を開け、問題を確認すると、慣れた手つきで修理してしまった。

 あっという間に終わった。

 それとほぼ同じタイミングで9時を知らせる鐘が鳴り、花火が打ち上げられた。

 空にカラフルな花が咲いた。

 皆の歓声が響き渡る。

 『お待たせ致しましたぁー!!皆お待ちかね、リベール祭の開催を宣言するぜぇえー!!』

 「「イエーーアアアァッ!!!!」」

 ミハイルさんの宣言で、広場が熱気に包まれた。

 「すごいな、サイラス。たった数分で直すなんて」

 「構造を理解すれば難しくないからね。はい、ミュラーさん」

 サイラスはミュラーさんに目覚まし時計を渡した。

 「ありがとうぅ」

 ミュラーさんはサイラスに礼を言うと、自分の屋台に戻っていった。

 「治ったばかりなのに、よくやるな」

 「俺がやりたいことだからね」

 「全く・・・・・・」

 俺は息をついた。

 「他に頼まれていることはないのか?」

 「ないよ。これで終わり。お待たせ」

 サイラスがそう言うと、リリアナとマインが飛び跳ねた。

 「やった!!それじゃあ、リンゴ食べに行こう!」

 「えー?ポップコーンが良いよ。サイラス兄も、好きだよね?」

 「えっと・・・・・・」

 サイラスは苦笑いした。

 2人のお気に入りなのも変わらないな。

 俺は笑った。

 「ハハハハハハ!さあ、行こう。祭りの時間だ」





 「調子に乗りやがって。裏切り者の血と邪教徒共が・・・・・・!」

 私は思わず本音を漏らした。

 ここはデスタウン中央部にある市庁舎。街の中心だ。

 そこに勤めている私、ロバート・クルーティーは苛立ちを隠せなかった。

 市長である父に進言してアーラを利用し、ソドム区を滅ぼす計画は順調に進んでいたのに、キルス家の連中がぶち壊しやがった!!

 我々の目的を達成するためにはこれが一番の近道だというのに、余計なことをしやがって!

 その上、そんなことをしておいて、あんな風にはしゃぐなんて。

 キルス家を崇めて同じ様に騒ぐキルス教徒共も同類だ。

 市庁舎からソドム区が丸見えで、その様子が窓から目に入るのだ。

 苛立つのも仕方ないだろ?

 その時、ドアをノックする音がした。

 私は慌てて深呼吸し、心を落ち着かせた。

 「・・・・・・入って下さい」

 「失礼致します」

 秘書が部屋に入ってきた。

 「例の件について、新しい報告が入りました」

 「ほう。ジャッキー・ベルを追い詰めたのが誰かわかったんですね」

 計画をぶち壊したのがキルス家なのは明らかだったが、実際に誰があの芸術家気取りを追い詰めたのかはわからないままだった。

 密かに調査を命じておいたが、ついに判明したか!

 「はい。ジャッキー・ベルの手に刺さっていたナイフがソドム区で発見されたのですが、それはリリディア・キルスが愛用していたものでした」

 秘書は持っていたファイルの中から写真を出し、私に渡してきた。

 血で刀身が赤く染まった、髑髏の文様の柄が特徴のナイフだ。

 「リリディア・キルス・・・・・・。確か、街へのストレスを喧嘩で解消しようとしていた愚かな小僧でしたね。本当に彼が?」

 「ナイフの持ち主は彼で間違いないと確認が取れています。また、リリディア・キルスはジャッキー・ベルとナイフを使って争っていたという目撃証言もあります」

 「そうですか・・・・・」

 私は息をついた。

 キルス家とキルス教徒は元々厄介な存在だが、リリディア・キルスは更に厄介な存在、いや、大きな脅威になるかもしれない。

 「彼を見くびっていましたね。彼は将来危険人物に育つかもしれません。デスタウンを脅かす魔王に」

 「ま、魔王??恐れながら、少し大げさな表現では?」

 「いいえ。どんな大木も、最初は小さな芽から成長します。それに気づかなかったのは、私のミス。今からでも、すぐに対策を立てなくてはなりません」

 私は再び窓の方を向き、そこからソドム区を眺めた。

 「リリディア・キルス。覚悟して下さい」





 「え?」

 俺は誰かに呼ばれた気がして周りを見回した。

 「どうしたの?」

 シルヴィアがソフトクリームを舐めながら首をかしげた。

 「いや、何でもない」

 恐らくあんなおかしな事件に巻き込まれたせいで疲れてしまっているのだろう。

 

 今、目の前ではポールが射的で景品を当てまくっている。

 「空気抵抗を計算して、的とのズレを調整すれば・・・・・・」

 そんなことをブツブツ言いながら、ポールはお菓子やぬいぐるみを淡々と落としていく。

 店員にとっては、悪夢でしかない。

 しかし、青ざめる店員達をよそに、リリアナとマインはポールに譲ってもらったお菓子を無邪気に喜んで食っている。

 「・・・・・・やりすぎるなって言っておくべきだったかな」

 「ポールって、常識人に見えて意外とやばいところあるから」

 シルヴィアは苦笑いした。

 「ところでシルヴィア。何か欲しい物はないか?」

 「え、え!?何で?」

 「記念だよ、記念。大丈夫。ポールみたいに無茶はしねえから」

 シルヴィアにはいつも色々と支えてもらっているからな。

 せっかくだし、記念の物をプレゼントしたい。

 俺は見渡してみると、落ち着いた青のポーチが景品として飾られている屋台を発見した。

 確か、半年前あの色のポーチをシルヴィアが欲しがっていたな。

 「シルヴィア、見てみろ」

 俺はその屋台を指さした。

 「この前欲しいって言っていたやつじゃないか?」

 「お、覚えてたの?」

 「当たり前だろ。仲間のことなんだから」

 「でも、あの屋台・・・・・・」

 「ああ、パンチングマシンだな」

 屋台にはパンチングマシンがある。腕に自信がある奴しか挑めない。

 シルヴィアはナイフの扱いが上手いが、単純に腕力が強い訳ではない。自信がなさそうにつぶやくのもわかる。

 だから、代わりに俺が行こう。

 「俺がとってくるよ。待ってな」

 「え!?別にそこまでしなくても!」

 「感謝の気持ちだから」

 俺がそう言うと、シルヴィアの頬が赤くなった。

 そういうのを恥ずかしがるのか。シルヴィアにも、知らない一面があるようだ。

 すると、迷子を親の元まで連れて行っていたサイラスが戻って来た。

 「それなら、俺も参加しようかな」

 「は、はあ?お前は休め。この前怪我したばっかりだろ?」

 「デーモンズの皆に救ってもらった感謝の気持ちに、俺も何かプレゼントしたいんだ。特殊能力はないけど、腕力には自信がある方だよ?」

 「・・・・・・どうしてもか」

 俺はため息をついた。

 「そういうところは俺と似ているな。仕方ない。なら、どちらがポーチを取るか競争だな」

 「わかった!」

 サイラスは元気にうなずいた。

 この祭りは今年も楽しい。家族も、仲間も、皆笑顔だ。

 俺はこのゴミみたいな街で、これからも戦い続ける。皆を守るために。

 そして、またこの時間を皆で過ごそう。来年も、再来年も、その先もずっと。

 俺とサイラスは屋台の方へゆっくりと歩き出した。

お読みいただき、ありがとうございます。いかがだったでしょうか?

もしもリリディアのその後が気になるようでしたら、次回作も読んでいただけると嬉しいです。

それでは、またお会いしましょう。

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