前編
初めまして。小説家志望の天園風太郎です。
これから語るのは、特殊な能力を受け継いだとある少年の夏の物語です。
彼の不思議な青春時代をのぞいてみませんか?
俺は小学生の頃、親父に聞いたことがある。
何故、自分は親父と同じ力を持っていて、他の皆は持っていないのかと。
親父は笑顔で答えた。
――これは神様からの贈り物なのだよ。だから、リリディア、その力は自分のためではなく、誰かのために使いなさい。
聖職者の親父らしい言葉だった。
でも、綺麗事が大嫌いな俺だが、その言葉だけは今も忘れられない。
◆
ここはデスタウン市。アメリカのニューヨーク郊外にある物流都市だ。
人口は約3万人。経済は発展しているが、犯罪発生率は高く、その上、人肉を食らう存在『ゾンビ』まで度々現れるとんでもない街だ。
そんな厄介な街を周りの地域がよく思うはずがなく、物流関係の仕事以外、外との交流がほとんどない。
更に、こんなやばい状況なのに、街の警察は腐敗していて真面目に仕事することが滅多にない上に、市民の間では、多数派のドゥールー教徒が少数派のキルス教徒を迫害する問題があり、全体的にまとまりがない。
毎日、血なまぐさい臭いが漂っている。
まさに、『死の街』だ。
この俺、リリディア・キルスはそんな街に生まれた。
キルス教のトップに立つ『聖主』を父に持つが故に色々と苦労したし、キルス家の人間だからって理由でいじめられたこともあったから、デスタウンが嫌いで、中学時代はグレて仲間達と暴れ回っていた。
高校に入学してからは落ち着いて、親父の手伝いをするために、キルス教と関係が深い便利屋でアルバイトをしているが、今でもこの街は好かん。
今日は厄介な依頼が来た。何と、研究施設から脱走したゾンビ20体の捕獲だ。
今朝、150体のゾンビが収容されている施設で大きな爆発があり、それに乗じて20体もゾンビが外へ出たらしい。
1958年に初めてゾンビが確認されてから、街中のゾンビが街の南東部のソドム区にある施設に集められてきた。
「ゾンビが最初に出現したのはこの地区だから、研究の場所として適している」なんて説明が市からあったというが、こういう非常事態が起きても十分な対処がされていないのを見ると、嫌がらせの意図があるとしか思えない。
ソドム区にはキルス教徒が多く住んでいて、親父がいる大聖堂まであるからな。
全く、俺の出身地区に舐めた真似してくれるぜ。
むかつくが、この依頼はキルス教から出されている。しっかり仕事するか。
「シャーッ!!」
仲間達と出発してすぐに、ゾンビと遭遇した。こちらを向いて、血まみれの口を開けている。
よく見ると、体は少し腐っていて、耳には番号が彫られている。
元々は人間だったのに、ウイルスに感染しただけでこうなるなんて残酷だ。尊厳なんてない。
しかし、相手は同情する時間も与えてくれず、こちらへ歩いて来る。
悪く思うな。これ以上感染を拡大させたら、皆が危ないんだ。
俺は、自分の特殊能力『ゾンビキング』を使った。
「止まれ!!」
そう叫んだ途端、目と頭が熱くなり、それと同時に目の前のゾンビも動きがピタッと止まった。
そう。俺は、『ゾンビを操る能力』を持っているのだ。
特殊能力の持ち主は他に何人もいるが、この能力を持っているのは俺と親父だけである。
今、俺の青い瞳は、光っているはずだ。力を使っている時だけ何故か光を放つのだ。もちろん、親父も同じだ。
しかし、能力を解除したり、集中力が途切れて能力が解除されたりすると光らなくなる。目や頭の熱も、しばらくすると治る。
だが、能力が解除されると、ゾンビも自由になり、また暴れ出してしまう。
便利なようで、扱いが難しい力だ。
しかし、仲間達がサポートしてくれるので、この依頼は達成不可能ではない。
「シルヴィア!」
「任せて!」
俺の後ろから美しい白銀の髪の女子が飛び出し、リュックから出したロープで目の前のゾンビを素早く拘束した。
彼女は、シルヴィア・グッドロー。幼なじみの1人で、俺を手伝ってくれている。
「ありがとう。それじゃあ、解くぞ」
俺は能力を解除した。
すると、ゾンビは狂ったように首を動かし、身をよじろうとした。
しかし、強く縛られているため、暴れても無駄だった。
「ふう・・・・・・。これで、あと19体か」
「無理しないで。自警団も協力してくれてるし、例の作戦もあるでしょ?」
「そうだな。だが、一応意識しておいた方が良いだろ。ゾンビは、常に俺達の理解を超えるんだからな」
爆発でゾンビが20体も逃げ出したこともそうだが、市の連中がその直後にやった対処も、この危機的状況のきっかけになっている。
市は、施設が爆発して10分でソドム区をバリケードで囲ったが、住民に避難勧告を一切しなかった。
キルス教の自警団が総動員されて対処している中で、こんな行為をするなんて、最低どころの騒ぎじゃない。
このままでは、ソドム区そのものがゾンビの地区と化してしまう。だから、『ゾンビキング』の能力を持つ俺の所にも、依頼が来たのだ。
全てのゾンビを捕まえる覚悟でやった方が良い。
「あ・・・・・・!リリディア!」
「!?」
シルヴィアが何かに気づき、前を指差したのでその方を見ると、3体のゾンビが互いに押しのけ合いながらこちらに迫ってきていた。
物音を立てすぎたか。まあ、好都合だ。
「シルヴィア、近づいて来ているゾンビはあいつらだけか?」
俺はシルヴィアにきいた。
『ゾンビキング』の能力が効くのは、視界に入っているゾンビだけだ。死角にゾンビが隠れている場合、そのゾンビは操れない。
「待って。やばい!後ろからも来てる!」
シルヴィアの言葉に驚き、振り向いてみると、5体のゾンビが迫ってきていた。
挟み撃ちか。
「シルヴィア、あの5体は俺が」
「何言ってるんだ、リリディア。君は前の3体に集中してくれ」
クロスボウを抱えた黒髪の男子が首を振った。
彼はポール・ブラウン。最近仲間になった奴だ。
「だが、いくら何でも数が多い。あちらを優先して拘束した方が良い」
「大丈夫。僕達があの5体を止める。その間に、君は前の3体の足止めをしてほしい」
「そうだね。その方が仕事も早く終わるわ」
シルヴィアまで、ポールの案に賛成し始めた。
こうして話している間にも、ゾンビ達は1歩ずつ近づいてきている。
仕方ない。決断しよう。
「わかった。その案でいこう。お前達は後ろの5体を止めてくれ。その間、前の3体は俺に任せろ」
「「リリディア兄!」」
今度は、ロッソ姉妹か。
「手加減しなくて良い?」
「ちょっとはしゃいじゃうかも」
姉のリリアナ・ロッソと妹のマイン・ロッソがそれぞれ言った。
彼女達は赤髪と赤い瞳を持つ双子で、見た目も声もそっくりだ。意外と性格も似ている。
「はしゃぐな、仕事中だぞ。でも、全力でやれ。力の出し惜しみはするな」
「「はーい!!」」
さて、話はこれ位にして、さっさと動くぞ。
「お前達、絶対死ぬなよ」
「「「「了解!」」」」
俺は再び前を向いた。
こいつらになら、背中を任せられる。
俺は『ゾンビキング』の能力を使い、前の3体の動きを止めた。
その間、4人は背後から迫ってくる5体のゾンビの相手をした。
シルヴィアがナイフでゾンビ達を切りつけ、ポールが愛用しているクロスボウで、危険な動きをしているゾンビの腹を狙って矢を放ち、動きが鈍ったところをメリケンサックをつけたロッソ姉妹が痛ぶる。
後ろから聞こえる音だけで、4人の見事な連携がわかる。
1分も経たない内に、4人はゾンビ5体を拘束してしまった。
「リリディア、こっちは終わったよ!」
「良かった。後はこいつらを縛って・・・・・・」
その次の瞬間、隣にある家の窓が割れる音が響いた。
「・・・・・・は?」
思わずその方を向くと、顔が半分腐ったゾンビが口を大きく開けて俺に飛びかかってきていた。
「クソ!」
俺はやむを得ず、懐に隠し持っていたナイフを抜き、そいつの口を切り裂いてやった。
ゾンビの顎が外れる。これなら噛みつかれない。
俺はその後すぐゾンビを壁へ蹴り飛ばした。
驚かせやがって。
「ジャー!」
「ヴァー!?」
「グオルルル・・・・・・」
蹴り飛ばした直後、別の方向から3体分の奇声が聞こえてきた。
集中力が途切れたせいで、能力が解除されたのだ。
俺はすぐ対処しようとしたが、ゾンビ達は集団で一斉に襲いかかってきた。
能力を使う余裕がない。
なら!
「シルヴィア!ポール!」
「任せて!」
「わかった」
俺はシルヴィアとポールの力を借りて対処することにした。
俺は真ん中のゾンビを、シルヴィアは右の奴をそれぞれ切り裂き、ポールは左のゾンビの腹に3本も矢を放った。
そして相手の動きが鈍くなったところで、すかさず押し倒し、ロープで拘束した。
その後、壁にめり込んで痙攣していたゾンビの方もちゃんと拘束しておいた。
合計10体。出発してから数分でこんなに捕まえてしまうとは。脱走した連中の半分じゃないか。
俺達、アルバイト部隊『デーモンズ』の実力は最高かもしれない。
俺達は無線で自警団にゾンビ10体を拘束したことを報告すると、ゾンビ達を回収するから引き渡しのためにその場で15分だけ待機してほしいと言われた。
残り10体とはいえ、ゾンビ達は逃げ遅れた住民を襲って仲間を増やしているかもしれないのだ。待ってなどいられない。
俺は断ろうとしたが、その時、シルヴィアが俺の肩に手を置いた。
「リリディア。落ち着いて。着実にやっていかないと」
「・・・・・・悪い。シルヴィア」
俺はシルヴィアに謝ると、3回深呼吸して心を落ち着けた。
いけない。焦って大局を見られなくなっちまうのは、俺の悪い癖だ。
確かに、この捕まえたゾンビ達は拘束されているとはいえ、放置すれば知らない内に共食いを始める可能性がある。その場にいなかったら止められず、最悪そこら中にウイルス入りの血や肉片がまき散らされることになる。
そうなれば、ネズミや野良犬がそれを口にして感染し、ゾンビネズミやゾンビ犬として人間を襲う事態になるだろう。
実際、何度もゾンビを捕まえたり、殺したりしても、ゾンビが現れ続けるのは、ネズミや犬などの動物がゾンビの死体を食って感染し、人間を襲うという負のサイクルがあるからだ。
俺は危うくソドム区を地獄そのものに変えるところだった。
シルヴィアが注意してくれて助かった。
俺達は言う通りに待機することにした。
それから27分も経った。さすがに、いくら何でも遅い。
他のゾンビ達はばらけているのか、待っている間見かけなかった。
そうして待ち続けている中で、俺達の間に気まずい空気が漂い始めた。
すると、何故かモジモジしていたポールが口を開いた。
「ねえ、リリディア」
「ん?どうした?」
「リリディアは、いつからあの能力を使えるようになったの?」
ポールの質問に、他の仲間達は目を丸くした。今更それを質問するのかと驚いたのだろう。
だが、疑問に思うのは当然だ。ポールは去年この地区に来たばかりだし、他にこの能力を使える奴は親父以外いないからな。
「気になるか?」
「うん。仲間になってから色々と麻痺してたけど、やっぱり不思議なことだなって。リリディアのお父さんも確か、同じ能力を使えるよね?遺伝で生まれつき使えたの?」
「どうだろうな・・・・・・」
俺は過去を振り返ってみた。
「俺が能力を使えるってわかったのは、10歳の頃だった。いとこのサイラスがソドム区に遊びに来た時、突然茂みからウイルスに感染した犬・・・ゾンビ犬が飛び出して、あいつに襲いかかろうとしたんだ。俺はサイラスを助けようとして思わず叫んだんだ」
「あー・・・、あったわね。そんなこと」
シルヴィアも当時のことを思い出したようで、懐かしそうに言った。
「ただ、『そいつに近づくな!』って言って、追い払うつもりだった。でも、叫んだ直後、俺の目と頭が急に熱くなって、そのゾンビ犬も、止まったんだ。それで、俺にもこの能力があることがわかった」
今でも、あの時のことは忘れられない。何も取り柄がないと思っていた自分に、誰かを守れる力があると知ったのだ。
「だが、俺は怖かった。この力自体、よくわからないものだからな。そもそも、何で親父と俺以外の奴はこの力を持っていないのか?俺は、疑問を親父にぶつけてみた」
「そ、それで何て答えが?」
「『これは神様からの贈り物なのだよ。だから、リリディア、その力は自分のためではなく、誰かのために使いなさい』だとさ。親父らしいよな。でも、背中を押された気がしたよ。ビビってる場合じゃない。そんな暇があったら、1日でも早く使いこなせるように練習しなきゃダメだって」
「リリディア・・・・・・。やっぱり、君は良い奴だ」
「は????どこを見たら、そう見えるんだ?」
俺はポールのズレた感想に呆れてしまったが、他の仲間達も何故かうなずいていた。
訳がわからない。
まあ、空気が少しはマシになったし、話したのは良かったかもしれんけどな。
「ところで、リリディア。その話で思い出したんだけど、そろそろサイラスが遊びに来そうな時期じゃない?」
シルヴィアがきいてきた。
そういえば、そうだな。だが、この状況では難しいだろう。というより、来ないでほしい。
「多分、今年は無理だろう。こんな危険な状況じゃ、遊ぶどころか、外に出ることもできない」
「だよね。残念」
サイラスは、親父の弟の息子だから、俺のいとこにあたる。
目つきが鋭いが、顔立ちは整っていて、その青い瞳は空みたいに綺麗だった。髪の色は、俺の金髪と違い、黒髪だったが、それ以外は俺とそっくりだった。
物心ついた時から大の仲良しで、俺はあいつがいじめられていたら、すぐ助けに行った。
サイラスは、叔父貴と同じで機械いじりが得意で、お人好しだが、そんな所をつけ込まれることが多かったのだ。
正直、あいつにはこんな状況のソドム区に関わって傷ついてほしくない。どうか無事でいてくれ。
待機してから40分後。やっと、ゾンビ達を回収する大型トラックが来た。
俺は感情を抑え、トラックを運転してきた自警団員にきいた。
「遅かったな。何かあったのか?」
「申し訳ありません」
彼は謝ったが、答えは言わなかった。
その自警団員は昔からキルス家と家族同然の付き合いをしていた男だったから、俺は彼の様子を見て、普通じゃないと察した。
何か隠しているのか?
「・・・・・・本当に何かあったんだな」
「そ、そんなことは。私がのろいせいです」
「嘘だな。お前、鼻が赤くなってるぞ。嘘つくときはいつもそうだ」
「は・・・・・・!」
その自警団員は慌てて鼻を両手で隠した。
引っかかったな。
「嘘だよ。お前、お袋のパイをつまみ食いした時も同じ手に引っかかってたぞ」
「ひ、ひどいです!」
「何を当たり前のことを。俺はひどい奴に決まっている。だが、鼻を隠したってことは、何か秘密があるってことだぞ。話してみろよ」
「・・・・・・」
彼は黙りこんでしまったが、しばらくして口を開いた。
「落ち着いて聞いて下さい」
「ああ」
「・・・・・・サイラス様がテロリストに人質に取られました。大聖堂の広場で襲われて・・・・・・!」
「何?」
俺は耳を疑った。
「どういうこと!?」
「サイラスって、リリディアのいとこだよね?」
「嘘でしょ!?」
「命知らず!」
デーモンズの仲間達も、驚きを隠せなかった。
だが、俺は内心動揺しながらも、それを表に出さなかった。
さっきは焦って目先のことに囚われた結果、地区全体を更なるカオスに導くところだったからな。
さすがに反省した。
今日からは慎重に、冷静に振る舞わなくては。
「サイラスが?あいつは、今ライト区にいるはずだろ?ここに来ているなんて聞いてないぞ」
サイラスは、叔父貴と一緒に街の北西部のライト区に住んでいる。
同じ街とはいえ、離れた地区同士なので、気軽に行き来はできない。
それに、遊びに来る時は、必ず事前に連絡を入れていた。
あいつが来ることに気づかないなんて、あり得ないはずだが・・・・・・。
「実は、祭りが近いので、自分も準備を手伝うと仰って下さったのです。リリディア様には心配をかけたくないから秘密にしてくれと口止めもされまして」
「あいつ、余計なことを・・・・・・」
今日は1984年7月7日。7月12日にソドム区で開催される『リベール祭』まであと5日だ。
リベール祭とは、今から約87年前の1897年7月12日に俺の曽祖父にあたるロン・キルスが、街の東部にあるリベール山で光の神リベルルから啓示を受けたことを祝って毎年開かれる祭りだ。
確かに、祭りの準備に向けて、地区中が慌ただしかった。
ゾンビの脱走騒ぎで忘れていたが、それが起きるまで、皆の関心はリベール祭に向いていた。サイラスも、夏にこの地区に遊びに来ると、必ずこの祭りに参加して楽しんでいたな。
俺も、サイラスや仲間達との祭りは悪くなかった。
それでも、あいつが俺に声をかけなかったのは、多分、小学生の頃のことを気にしているんだろう。
その上、自分も毎日ドゥールー教徒に囲まれて色々と大変なのに、こっちの心配までして。
俺の家族はお人好しばかりだ。
「それで、何でテロリストに捕まったんだ?」
「子ども達を避難所のソドム小学校に逃していた所を、後ろから殴られ、人質に取られました。テロリストは7人からなる過激派グループ・アーラです。彼らはドゥールー教徒の中でも最もキルス教徒を憎んでいます。キルス教徒なら、人質は誰でも良かったのでしょう」
「アーラか。俺も見たことがある。どうしようもないクズ共だ」
アーラは、キルス教徒を逆恨みしている奴らの集まりだ。
キルス教徒を見つけると奇声を上げて襲いかかり、爆竹を投げつけたり、爆破事件を起こしたりしている。
特に、リーダーのジャッキー・ベルは、一般のドゥールー教徒も引くほどイカれていることで有名で、数々の事件を引き起こしてきた。
「そして・・・、あいつらはサイラス様をトラックに乗せて痛めつけ、悲鳴を上げさせてゾンビを呼び寄せながらソドム小学校に向かっています。その進撃の阻止とサイラス様の奪還をしようとした結果、遅れてしまいました」
「・・・・・・」
言葉が出なかった。あんな良い奴に、何故そんなことができるのか。
「そ、それで、成功したんですか?」
シルヴィアがきいた。
「いいえ。どちらも失敗しています。少し速度が遅くなりましたが、進み続けています」
自警団員は首を振って答えた。
ロッソ姉妹は、「「最低」」と怒った。
「ゴミ以下の奴らが、サイラス兄に何てことを!」
「身の程ってものを教えてあげようよ!お姉ちゃん!リリディア兄!」
俺は2人を見ると、息をつき、手で制止した。
「まあ、待て。叔父貴がいるだろ?叔父貴に参戦してもらえば、あんな連中楽勝だ」
叔父貴――サイモン・キルスは、『グレートウォーリアー』という特殊能力の持ち主だ。親父と違って、ゾンビは操れないが、身体能力を強化することができる。
バトルなら負け知らずのはずだ。
それに、叔父貴はサイラスのことをとても愛している。息子があんな目に遭わされて黙っている訳がない。
「それが・・・・・・、サイモン様は避難所で、聖主様と一緒に皆を守られていらっしゃいます」
「お、親父とか?」
「はい。お2人だけがゾンビとテロリストから避難所の皆を守れる実力者ですので・・・・・・」
「・・・なら、仕方ないな」
「「それなら!!」」
ロッソ姉妹は目を輝かせながら、声を重ねた。
何を期待しているかはわかるが、今が仕事中だということを忘れていないか?
「デーモンズは、作戦通りに動くぞ」
「「「「え!?」」」」
ロッソ姉妹だけではなく、シルヴィアやポールにも驚かれてしまった。
気持ちはわかるが、この依頼を達成しないといけない状況なのは変わりない。
俺だってサイラスを助けに行きたい。サイラスを傷つけた奴らが憎い。親父達を守りたい。
だが、最善なのはこの作戦だけだ。
「ゾンビが集まっているらしいが、何体いるかわからんだろう。そんなあやふやな数に賭けるよりも、作戦で集めた方が確実だ」
俺達の作戦は、半年前の作戦をアレンジしたものだ。
背景を説明すると、ソドム区の中心には、キルス教の大聖堂『ロン大聖堂』があり、多くのドゥールー教徒が汚してやろうと狙っている。
そこで、半年前、ロン大聖堂から10m離れた場所の空き地に大人数が入るような巨大な落とし穴を掘り、誘導して落としてやろうという作戦が立てられた。
落としてどうするかというと、落ちた連中にはその後、奉仕活動をさせようとしていたらしい。更生を期待していたのだろう。
だが、落とし穴を掘るところまでは上手くいったが、ドゥールー教徒の監視網は甘くなく、奴らの間で情報が共有されていたせいで、結局誘導に引っかかる奴はいなかった。
それ以降はずっと放置され続けていたが、この状況になって、俺達が利用してやろうと考えた訳だ。
ここからがアレンジした点だ。
幸いなことに、大聖堂の隣の塔にはスピーカーが付いている。礼拝とかの時間を告げるものだが、今回はゾンビ達を集めるための放送をするために使う。ゾンビは音に敏感な習性があり、より大きな音がした方へ向かうことが多いからだ。
そして、集まってきたゾンビ達を俺達が囮になって空き地まで誘導し、落とし穴に落とす。それで、ゾンビ20体の捕獲が完了。
それが、俺達の作戦だった。
今は少し状況が変わったが、作戦は予定通り実行するつもりだ。ゾンビ達を音で集めれば、あちらの負担も減るだろう。
これが最善――のはずだ。
「待って、リリディア。それで、後悔しない?正しいかどうかじゃなくて、納得できる?」
シルヴィアが俺にきいた。
「もちろんだ。俺は、お前達も、親父達も信じているからな。これで納得はできる」
俺はシルヴィアの目を見て答えた。
家族や仲間のことは俺が一番知っている。その中での最善の手がこれだ。後悔なんてある訳ない。
「リリディア、目が揺れて――」
「「リリディア兄!」」
シルヴィアが何かを言おうとした途端、ロッソ姉妹が俺に話しかけてきた。
「何だ?シルヴィアと今話しているだろ?」
「ごめんなさい!でも、話を聞いてて良いことを思いついたの。ゾンビを集めるのも、サイラス兄を助けに行くのも、手分けして両方やれば良いんだよ!」
「私とリリアナ姉が助けに行けば、上手くいく!」
マインは自信満々に言った。
俺は首を振った。
「そんな簡単な話じゃない。分散したら、連携が難しくなる。戦闘中はまともに無線を使えないだろ?」
「でも、やる価値はあるよ!聞いて!」
リリアナがそう言うと、シルヴィアが息をついた。
「一度聞いてみよう。リリディア」
「仕方ないな・・・・・・。」
俺はシルヴィアに促され、話を聞いてみることにした。
「だが、その前にさっさとゾンビ達をトラックに乗せるぞ。話はその後でも、遅くない」
俺達は大型トラックの荷台にゾンビ10体を乗せて見送った後、リリアナとマインの話を聞いてみた。
・・・・・・予想以上に無謀だった。
「さすがに無茶だ。許可できないな」
「でも、この策なら確実にサイラス兄は助かるよ。リリディア兄!」
「やるしかないよ」
俺は却下しようとしたが、リリアナとマインは諦めずに迫ってきた。
「それに、リリディア兄、さっき、言ってたじゃん。私達を信じてるって」
「まさか、嘘だったの・・・・・・?」
「う・・・・・・」
痛いところをついてくる。相変わらずずる賢い。
だが、そんな彼女達なら、テロリスト相手でも上手くやるかもしれない。
「シルヴィア、ポール。お前達はどう思う?」
俺はシルヴィアとポールにも意見を聞いたが、2人ともロッソ姉妹に賛成だった。
何でも、見て見ぬふりは自分達らしくないらしい。
・・・・・・そうだよな。
「わかった。わかったよ。それじゃあ、リリアナとマインの案を取り入れよう。早速作戦を練り直すぞ」
俺はそう言うと、仲間達と作戦会議を始めた。
確かに、黙ってられる訳ないよな。
でも、皆死ぬんじゃねえぞ。
◆
「美しい・・・・・・!これが、絶望の色!」
狂人の叫び声が辺り一帯に響き渡った。
ゾンビ9体と、ゾンビ化したネズミや野良犬達を引き連れ、狂人が乗ったトラックは進んでいる。
目指す場所は、ソドム小学校。
街の南に流れるレプタイルズ川の川沿いに建てられた小学校であり、大勢の住民が避難している避難所だ。
そこにゾンビ達をぶつけ、大量虐殺をさせるつもりなんだ。
「ほら、裏切り者の血!気合い入れろ!」
狂人は、血まみれになった俺のお腹をナイフで切りつけた。
「うあああぁー!!!」
俺が泣き叫ぶと、ゾンビ達はますますスピードが速くなった。
声に反応しているんだ。
その光景を見て、狂人と、奴の取り巻き達は下品な笑い声を上げた。
この連中にとって、俺、サイラス・キルスは人質ではなく、ゾンビを誘導するための餌だ。
「サイラス!サイラスゥー!!!」
「待て、サイモン!ゾンビが近づいてきている。辛いが、皆を守らねば!!」
遠くから、父さんとジョシュア伯父さんの声が聞こえる。
ごめんなさい。子ども達を早く逃がせていれば、こんなクズ共に捕まって、2人や皆に迷惑をかけることはなかった。
俺はただ、優しくしてもらった分、お返しをしたかっただけなんだ。
そういえば、俺に一番優しくしてくれたリリディアは今頃どうしているんだろう?
ゾンビに襲われていたらどうしよう・・・・・・。
「おい、害虫野郎」
狂人は、俺を酷い名前で呼ぶと、俺の髪をつかんで顔をのぞきこんできた。
両頬に恐竜のタトゥーを入れた、不気味な雰囲気の男――ジャッキー・ベル。
この狂人は、ドゥールー教徒の仲間達からも引かれてしまうほどのやばい奴。慕っているのは、この荷台と運転席にいる取り巻きだけだ。
「キルス教徒の中でも、最も穢れた一族のお前を確保できたのは何故だと思う?それは、神が・・・・・、ドゥルグノ様が力を貸して下さっているからだ!よく見ておけよ。お前達穢れた命を使って、最高の芸術を誕生させてやる!!」
ジャッキーは唾を飛ばしながら喚き散らした。
ドゥルグノは、デスタウン北部の山・ドゥールー山に封印されたという闇の神で、ドゥールー教では救いの神として崇められている。
闇の神の理屈はよくわからないけど、少なくとも、自己満足のためにこんな大惨事を起こしている彼に、まともな信仰心なんてある訳ない。
ただ自分の行為を正当化するために、神を頼っているだけだ。
悔しいのは、そんな奴に捕まって、利用されていることだ。俺には、父さんのような特殊能力なんてない。
無力な人間だ。
だけど、俺は魂まで屈しない。
俺だって、キルス家の男なんだ。
「お前みたいな奴に、芸術なんて生み出せるもんか!」
俺は顔を近づけてきたジャッキーに、頭突きを食らわした。
ジャッキーの鼻がゴキッと鳴る音が響く。
「あああああぁぉ!!!?」
ジャッキーが叫びながらその場に転がると、怒った彼の取り巻き達が俺を殴り倒した。
「よくもやりやがったな。裏切り者の血が!」
「後ろの奴らのえさになりてぇか?ああ!?」
俺はジャッキーの取り巻き達からリンチを受けたが、それでも耐え続けた。痛みで叫んでしまうが、抵抗をやめるつもりはない。
それが、弱い俺にできる唯一のことだから。
後編に続きます。