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龍と私  作者: きなこもち
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「本当にいいのか?」


ルイナに初めて出会った場所でシルヴィールはルイナに確認する。ルイナは俯いたまま頷いた。


「あのね…ルイナ…。」


レティが何か言おうとするが結局何も言えず押し黙る。


「もうここに居たくないんです。私を上へ返してください。」


嫌いになってくれと思った。嫌いになってこんな奴いなくなって良かったと思って欲しかった。


優しいシルヴィール達の事だ。きっと気に病むだろう。

シルヴィールがルイナを一瞬で嫌いになる言葉を知っていた。けれど言えなかった。


“バケモノ”なんて。


ルイナが散々言われてきた言葉。これだけはどうしても言えなかった。


(今更気にしたって…もう遅いのに…。)


シルヴィールがルイナを抱えて穴の上まで飛ぶ。

ルイナはずっと下を向いてシルヴィールの方を見なかった。


シルヴィール達龍は穴の上まで登れないそうで、ルイナを穴の縁まで連れて行って、後はルイナが自分自身で上に上がった。


ルイナは直ぐに踵を返して、走り出す。


「ルイナ…」


後ろでシルヴィールの呟く声が聞こえたが振りえらなかった。


それからルイナは3日間歩き続けて王城へたどり着いた。城門で1度止められたが、ルイナの真っ白な髪と真紅の瞳、そして国王の面影を感じる顔を見て、城の中へ通された。


直ぐに謁見の許可が降りる。


玉座の間に入るとルイナはカーテンシーをした。シュトリアとの練習により見違えるほど綺麗になっている。


「なぜ戻ってきた!!」


ルドヴィアスは声を荒らげ、手に持っていた腕輪を投げた。

腕輪はルイナのすぐ横を飛んで行き、音を立てて地面に落ちる。


「落ち着いてください。陛下。ルイナ殿下、なぜ生きて戻ってこられたのですか?」


宰相はルドヴィアスを宥め、彼と同じことを口にする。

いつの間にか老けているルドヴィアスを見てルイナは直感した。


(もう長くないんだね。)


ルドヴィアスが何を考えてルイナに混沌の種を飲ませたのかは分からない。けれどルドヴィアスの寿命はもうすぐなのだろう。急いているのが分かった。


「陛下も…宰相も…変だね…。」


龍には人間を恨んでいる者も居るが、無闇に攻撃をしない。人間も龍と分かり合えるものもいる。

それなのに知ろうともせず害そうとしている。


目の前の人間が変な人に思えた。


ルイナの言葉にルドヴィアスが真っ赤になる。


「閉じ込めておけ!!」


その言葉を合図にルイナは拘束された。抵抗する気も起きない。何も知らずに穴に向かった時よりもずっとルイナは死にたかった。


けれどルイナの想像と違い、ルイナは生かされた。

小屋ではなく牢に閉じ込められ、小屋に居た時よりもずっと沢山の食事を与えられた。


時折誰かがルイナを殴りに来る事は変わらないけれど。


どれくらいの時間が経っただろうか。光すら入らない地下牢でルイナはずっとシルヴィール達を思っていた。自分に失望したであろう悲しみと、もう酷い目にあってないかの心配と、忘れて欲しいという願望。

自分はきっと居てはいけない存在だから、殴られるのは当たり前で、あの日々は夢だったのだと何度も思い込む。

だからこの頬に伝う涙も意味の無いものなのだと。


また今も誰かが来た。毎日殴りに来る人達だ。ひとしきりいたぶると意識が朦朧とするルイナを横目に話し始めた。


「そういえば近々穴の中に入るんだってさ。何があるか分かんないってのにようやるよな。」


「いや、噂によれば恐ろしい怪物がいて、それを征討しに行くって話だぞ。」


「まったくどうやるんだよ。」


「その怪物を撃つための力を手に入れたんだって。俺たちに渡された武器だってそれで造られてるって話さ。」


ルイナは目を閉じてじっと話を聞く。怪物はきっと龍の事で撃つ力は混沌のことだろう。

ルドヴィアスは混沌を使って穴の中の龍を殺そうとしているのだ。


(…どうしよう。助けなきゃ…。)


そう思ったが、何も出来ない。第一ルイナは災いを呼ぶ側なのだから。


彼等は去っていき、牢にはルイナ1人になった。

痛む身体を起こすとするりと何かが落ちた。髪紐だった。


龍眼石もあの綺麗な石もシルヴィールに返した。けれどこの髪紐だけは手放せなかった。


髪紐を拾うと渡してくれた時の言葉が蘇る。出会えて良かったと今思ってくれているのだろうか。


ぽろぽろと涙が零れる。どうしようも無かった。


(きっと恨んでる…私のこと…別れる時だって……。)


そしてふと思う。シルヴィールは別れる時どのような顔をしていただろうか。


出ていきたいと伝えた時の悲しそうな目。なんで決めつけていたのだろうか。


(シルヴィール様は…私のこと恨んでなんか居ない…。)


それどころか心配してくれた。彼だけではなく皆そうだった。


傷つく方が楽だったから、勝手に決めつけて逃げていただけだ。ルイナはあの小屋から1歩も動けていなかった。


今まで沢山傷つけられてきた。信じたくないと思うほどに。


でも、彼らの優しさは嘘だったのだろうか。あの時の感謝は笑顔は喜びは嘘だったのだろうか。


ルイナはふるふると首を振る。


嘘だなんて思いたくない。


出会えて良かったと笑うシルヴィールを、皆を、信じられる自分でいたい。


ルイナはぐっと涙を拭う。髪紐で手早く髪をまとめ、今までの状況を整理した。


近いうちにルドヴィアスは穴の中へ攻め入る。ルイナが殺されずに居るということは、ルイナはその時に使われ、なおかつ死んでいては駄目なのだろう。

そしてルドヴィアス達はルイナのこの力を知らない。


ルイナのやるべきことが定まった。
















「出ろ。」


冷たい声に連れられルイナはどこかへ連れていかれる。目隠しをされ猿轡を噛まされ腕を後ろで縛られた。


ルイナはそれを予想していたので予め袖に尖った石を入れている。

ルイナの力が非力だと思っているのか手を縛っているのは普通の縄だった。


荷馬車に詰められ、揺られる。降ろされたそこはきっと穴の前だ。


「降りろ。」


その言葉と共に落とされる。地面に激突する前に吊り下がる感覚がした。

そしてけたたましい音を立てて何かが展開される。そして瞬く間にルドヴィアスらが転移していた。


(混沌を使った術…。厄介だな…。)


でもそれも全て混沌だ。ルイナに浄化出来る。


ルイナはまた荷馬車に積められ、移動した。


荷馬車が走り、音を立てている間に、ルイナは袖から石を取りだし、慎重に縄を削る。


荷馬車が止まるその衝撃でざくりと縄が切れた。急いで猿轡と目隠しを外す。荷馬車の壁に耳を当て外の音を聞いた。


「何用だ。」


固く冷たいがそれでもよく知った声が聞こえる。シルヴィールだ。


「貴様を殺しに来た。」


ルドヴィアスが意気揚々と言う。それに呼応するように軍が声を上げた。


「何故そのようなことをする?」


シルヴィールが冷静に問う。だがルドヴィアスはせせら笑った。


「なぜって龍など要らぬからだ。」


「貴様は龍を知っているのか。」


「知っているとも。だから殺すんだ。」


空気の温度が下がったのが分かる。ルイナですら感じ取れる殺気がルドヴィアスに向けられた。


「なるほど、では致し方ない。」


(戦闘が始まりそう…。早くしないと…。)


ルイナの計画は戦闘が始まえばほとんど意味が無い。


どんどんと荷馬車の壁を叩く。様子を見に来た者の隙をつき逃げ出す算段だった。


荷馬車の閂を外す音がする。荷馬車を開けたのは豪奢な鎧を着た、若い人だった。


ルイナはしばし重巡したが、その人を押しのけ荷馬車を出る。その人は不思議なことに逃げたと騒ぐこともルイナを捕まえる素振りも見せなかった。


ルドヴィアスとシルヴィールの睨み合いの均衡が崩れようとしている。

ルイナは軍の真ん中へ走り、地面に手をついた。突然現れた少女に皆困惑する。


ルイナはそれに構わず、地面に力を流した。地面に巨大陣が現れる。軍の人々もルドヴィアスも困惑した声を出した。


「ルイナ…?」


シルヴィールは見知った力の持ち主の名前を呟く。ここへ来ている龍達はこの陣は誰が作ったのかをすぐに察していた。


ルイナが力を注ぐと陣が強い光を放つ。途端、軍の、ルドヴィアスの持っていた武器が溶け始めた。


「なんだこれは…?!」


装備も馬具も何もかもが溶けていく。混沌で造ったそれらは全てルイナの力により浄化された。


「おのれぇ!ルイナを探して殺せ!混沌を呼んでも構わん!」


「ルイナ!」


シルヴィールは駆け出した。混乱する軍の中ルイナを探す。

宰相が何かの陣を展開しようとしたがそれも全てルイナの力で浄化された。


その時ぬっと形を持った混沌が姿を現す。でかしたとルドヴィアスは顔を輝かせたが、その混沌は龍達によって斬られ、瞬く間に煙になった。


次々と姿を見せる混沌を恐れ、軍は壊滅状態に陥り、誰もルドヴィアスの命令を聞かない。


レティは龍騎士団と共に混沌を斬り、シルヴィールはレティを探した。


武器を持たない兵士達は逃げ惑い、龍に助けられる。戸惑いながらお礼を言えば、会釈で返された。


それを繰り返すうちに兵士達に1つの考えが浮かんでくる。


((龍は…悪い奴じゃないのか…))


すっかり戦意喪失し、龍達も戦う気がない人を避難させていた。


徐々に視界が開けてくる。見知った白い髪が見えた。


だがそれはルドヴィアスも同じだった。そして彼の方が一足早い。


ルイナの胸をルドヴィアスの剣が貫いた。


「死ね!!」


勢いよく引き抜く。だが、ルイナは力を注ぐのを辞めなかった。


ルイナの視界にシルヴィールが映る。それだけで心が踊る。フィリオールにいた時もそうだった。


歓喜、羨望、憧憬、どんな言葉にも似つかない。


この感情はきっとそう。


「愛しています。シルヴィール様。」


ルイナはシルヴィールがこの先幸せであるようにと願い、ありったけの力を注いだ。




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