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龍と私  作者: きなこもち
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ルイナがシルヴィール達と出会ってから数日が経った。ルイナに与えられた部屋は豪奢でお姫様が住んでいた部屋のようだ。

そして約束の通り、身の回りの世話はレティがしてくれ、毎日3食の美味しい食事と温かいお風呂まである。王宮で暮らしていた頃とは程遠かった。

ここまで様々なことをしてくれたシルヴィール達に感謝の気持ちを表現したいが、あいにく今は浄化の力が使えない。色々悩んだ末に直接聞いてみることにした。


「あの、レティ様…。」


「どうしたの?ルイナ?あとレティでいいよ。」


「えっと…レティ…さん。私にも何か出来ることはないでしょうか…。」


ルイナに出来るのはせいぜい使用人の真似事くらいだ。だが、ここの使用人は皆教育が行き届いており、ルイナでは場違いだろう。


「うーん…。ルイナが好きなことして欲しいけど…。要は暇ってことだよね?」


「いやっ違っ…」


「それなら図書館へ行くのはどう?」


「…図書館ですか?」


母から習ったので読み書きは一応できる。話も通じるので使っている言語は同じなのだろう。ちょうどルイナも自分の無知さに嫌気がさしていたところだった。


ルイナは今シルヴィールと一緒に夕食をとっている。多忙らしい彼が時間を作ってくれたのだ。気の利く話がしたい。

けれどルイナは何も知らない。気を使ってシルヴィールが話しを振ってくれるがその殆ども理解が出来ないのだ。


「…行ってみたいです。」


「うん、なら決まりね。せっかくだからお城を案内するよ。」


レティの手を取って部屋から出る。彼女はルイナの手を握りながら城の中を歩いた。


「ここはフィリオールで1番大きな建物だから、部屋数も多いの。ルイナが使えそうなお部屋だけ教えるね。」


少し前にこの穴の中はフィリオールというと教えてもらった。だが、ルイナは一度も外には出ていない。体調もあるが何より言い出せなかった。


(外も見てみたいな…。)


少し歩くとレティは立ち止まった。


「ここは執務室だよ。今なら主様がいるはず。」


大きな扉には龍の刻印がある。レティはとんとんとノックをすると返事を待たずに扉を開けた。


「主様?いる?」


ひょこりと扉から顔を出す。ルイナもレティに習った。執務室はとても広く、奥の方に大きな机と立派な椅子があり、そこにシルヴィールが座っていた。傍にオヴィットもいる。

シルヴィールはルイナを見ると驚いて席を立った。


「ルイナ?身体は大丈夫なのか?」


シルヴィールに手を引かれて執務室の中へ入る。ここ最近でシルヴィールとルイナの中は深まった。ルイナはアヴィツトリア嬢と呼ばれるのに慣れていない。それに自分の生家の名前が好きではなかった。だからシルヴィールにルイナかミドルネームのローザと呼んで欲しいとお願いしたのだ。


「はい、大丈夫です。…シルヴィール様。」


お返しにとルイナもシルヴィールからファーストネームで呼んで欲しいと言われた。それに伴いオヴットやレティのこともファーストネームで呼ぶようになった。誰かのことをそう呼ぶのは初めてで慣れない。なんだかとてもくすぐったかった。


「ルイナが元気だから、ここを案内してたの!それに退屈そうだったし。」


レティが状況を説明する。オヴットとシルヴィールは納得して頷いた。


「そうか。部屋にある本では退屈だったか。すまない。」


シルヴィールがルイナに謝る。確かにあの部屋には本があった。


「あの…読んでよかったのですか?」


ルイナは読んでいいものとは思わなかった。置物のように思っていた。

シルヴィールが目を見開く。そして困ったような顔をした。


「ああ、あれはルイナの為に用意したものだったのだが…。ルイナ、君はもう少し我儘になってくれ。」


「我儘…。」


我儘もシルヴィール達の悲しそうな顔の訳も分からない。ルイナにとって与えられるものはせいぜいカビたパン程度だったから。


「分からなくても良いのですよ。ただ、こちらでは遠慮はしないで欲しいということです。」


見かねたオヴットが柔らかくルイナを諭す。ルイナは頷いた。


(…我儘。頑張ってみよう。)


ルイナの決意は少々的外れだったが、それに突っ込む人は誰もいなかった。

レティがそろそろ行こうとルイナに言うと、シルヴィールはそれを引き止める。


「これを持っていってくれ。」


そう言ってシルヴィールはルイナの首に何かをかけてくれた。


「これは…。」


首飾りだ。金色の大きな宝石に銀色の細いチェーンが通っている。なんだかシルヴィールに似ていた。


「お守りだ。肌身離さず持っててくれ。」


「ありがとうございます。」


きらきらと光る金色はルイナの知らない宝石だ。ルイナの疑問を察してレティが説明してくれる。


「これは龍眼石って言って、豊富な魔力が含まれてるの。ルイナの体調も少しは良くなるはず。」


魔力は龍達が魔法を使うのに必要な力だと言う。レティの言った通り胸の苦しみが無くなった。


「楽になりました。本当にありがとうございます。」


ふわりと笑みがこぼれた。シルヴィールもつられて微笑む。


「気をつけて行っておいで。」


シルヴィールとオヴィットに別れを告げ、レティと共に城の中を歩く。レティの話を聞きながらしばらく進むと、中庭に出た。

ふわりと風が頬を撫でる。暖かな陽気が心地よかった。


中庭は綺麗に整えられていて、色とりどりの花が咲いている。中にはルイナの知らないものもあった。


「レティさん、これはなんて言うんですか。」


気になる花があってレティに尋ねる。白い花弁に赤いやく。見たことがないがとても綺麗だ。


「あ、これはねぇ、女神の花っていうの。女神様に似てるから。」


(女神様に似ている…?)


ルイナが知っている女神様は真っ白だ。穢れを知らず、人ならざる崇高な存在。無垢であるが故に女神様の像はどれも白色で色の塗られた絵も白だった。

こんな血のような真っ赤な色なんて女神様には無かった。


「女神様はどんなお姿なんでしょうか…?」


もしかしたらここでは違うのかもしれない。ルイナはレティに尋ねる。レティはルイナの方をじっと見て考え込んだ。


「…白い肌に白い絹のような髪。でも瞳だけは血のように赤かったわ。まるでルイナみたいな。」


レティは少し寂しそうだ。記憶の奥底を懐かしむみたいに。


(もしかして…本当に会ったことがあるのかな…。)


だとしたら聞いてみたい。ルイナ達のことを知っているのか、知っていたとしたらなぜ今まで放っておいたのか。

少し女神様が憎かった。


レティと共に好きな花の話をして、中庭を後にする。シルヴィールから貰った龍眼石のお陰でルイナの体調はすこぶる良かった。

それをレティに伝えると、城の外へと連れ出してくれた。


城の外は騒がしく、沢山の人がいた。それでも城壁の中だから、ここにいるのは関係者なのだとルイナを安心させるようにレティは言う。


麗らかな陽気と優しい風は春を感じさせる。季節など、前は気にして居られなかった。ただ生きるのに精一杯で。ここに来られて良かったと改めて思う。


レティと歩いていると、何かがぶつかり合う音と人の必死な声が聞こえた。


「あの、ここにも騎士団があるのですか?」


ルイナの城でもこの音は聞こえた。縁のなかったものだったけれど、人の気配はルイナを少し安心させた。

ここにも騎士団があるのだとしたら少し気になる。そんなルイナの様子に気づいてレティは微笑んだ。


「せっかくなら見ていこっか。」


レティに着いていくと大きな広場に着いた。そこには沢山の人が木刀を持って訓練をしている。

指揮官のような人が振り向いて、レティとルイナを見た。慌てて佇まいを直す。


「レティ様!お疲れ様です!」


彼の声につられて、全員がこちらを向く。そして訓練をやめ、ばっと頭を下げた。


「「「お疲れ様です!」」」


指揮官のような人はこちらに近づいてくる。怖くなって、ルイナは思わずレティの後ろに隠れた。


「こら、ケルド、ルイナが怖がってるじゃない。」


レティがケルドを叱る。彼は申し訳なさそうに縮こまった。


「すみません。レティ様。そして、そちらのお方。」


ケルドの纏う雰囲気は柔らかい。ルイナは悪い人ではないのだと分かり、レティの後ろから出て、カーテンシーをする。


「ルイナ・ローザ・アヴィツトリアと申します。」


「ご丁寧にありがとうございます。アヴィツトリア嬢。貴方が我が主を救ってくださった方ですね。本当にありがとうございます。」


ケルドはルイナの前に跪いてお礼を言う。ルイナはどうすればいいのか分からずどういたしましてと小さい声で言った。すると先程のやり取りを聞いていたらしい。人達がわっと集まってくる。


「貴方が主様を救った人ですか?」


「ありがとうございます!」


「ちっちゃい…。」


「可愛らしいわね。」


口々に言われ戸惑う。こんなに沢山の人に囲まれたのは初めてだった。そんなルイナの前にケルドさんは立ち、皆を嗜める。


「こらこら、あまり騒ぐんじゃない。」


彼の声で一気に静かになる。だが依然と視線はこちらを向いたままだ。ケルドはルイナの方を向いて軽く頭を下げた。


「改めまして。ケルド・ルーヴィア・フリドリアと申します。龍騎士団の団長を務めております。」


「よろしくお願いします…。」


慌ててルイナも頭を下げる。頭の中には沢山の疑問があった。


(この方たちも龍なのかな…?レティさんのことも知らないし…。シルヴィール様は実は偉い方なの…?)


その様子を勘違いしたのか、皆がルイナを心配そうに見てくる。それも自分の無知も恥ずかしくて俯きながら小さな声で尋ねた。


「あの…皆さんも龍…なのですか…?」


皆顔を見合せてきょとんとする。そして意外そうな視線をレティに送ったあと、1人が話し始めた。


「はい、俺たちは皆龍っすよ。もしかして、なんにも聞いてない感じすか?」


ルイナはこくりと頷く。話しかけてくれた彼はにっこり笑った。


「分かりました。説明しますね。あ、俺フォイって言います!」


フォイと名乗った彼は分かりやすく、ルイナにこの世界のことを話してくれた。


まず、この世界に住む者はほとんど龍であること。龍王と呼ばれる者が統治していること。そして今代の龍王はシルヴィールであること。


シルヴィールは自分のことをそんなに偉くないと言っていたが、実は頂点に居たことを知ってルイナは焦り始めた。


(わ、私…失礼な態度取ってなかったかしら…。)


そんな戸惑いを他所にフォイは説明を続ける。


「龍王は1番力が強い龍がなるんです。俺たちの中で主様が1番強いんすよ!もちろんそれだけじゃないっすけど。だから俺たち、めちゃめちゃ貴女に感謝してるんす!」


フォイの言葉に皆頷く。だが、奥で誰かがぽつりと呟いた。


「でも人間だろ…。」


声のした方を向くと、鋭い視線がルイナを睨んでいる。真っ赤な髪と青い瞳が印象的だ。


「それは…そうすけど…。」


フォイは言い返せないでいる。世間知らずのルイナは人と龍の間に何があったかなんて知らない。でも自分に向けられる視線に悪意が込められているのは理解出来た。


「俺たちが何されてきたか分かってんのか?ちょっと怪我を治したくらいでそれを許せってのか?違うだろ?!だからっ…」


言葉を重ねる彼をレティが睨みつける。それだけで次の言葉が出せなくなった。


「言い過ぎ。見ていないことを想像で口にしない。あんたは主様の怪我の具合もルイナのことも何も知らないでしょ。」


淡々と口にするレティからは静かな怒気を感じる。空気が重くなってしまった。


「不快にさせて申し訳ありません。アヴィツトリア嬢。後でしっかり言っておきます。」


ケルドが頭を下げる。レティは何も言わずに踵を返した。赤髪の彼が何か言いたそうにこちらを見ている。それが少し気にかかったが、ルイナはレティを追いかけた。


2人で歩いていても会話がない。ルイナも何を言えばいいのか分からなかった。


「…ごめん。」


ぽつりとレティが呟く。


「傷つけちゃったよね。」


「いえ、大丈夫です。皆様優しい方ですし。私も……あまりここのこと知りませんから。」


そもそも彼が非難したのは“人間”であって、ルイナ個人でない。罵倒も暴力もなかった。それだけで出来た人だ。

レティは言葉を口の中で転がしていたが、飲み込んで笑みを浮かべた。


「図書館、行こっか。」


「はい。」


えも言われぬ気まずさを振り払うためにレティとルイナは様々なことを話す。そうしているうちに大きな建物にたどり着いた。


「ここが図書館だよ。中に司書がいるから。ゆっくりしてね。帰る時には司書に言って。迎えに行くから。」


矢継ぎ早に言葉を放って、レティは手を振って駆けていく。その後ろ姿を見送ってからルイナは扉を開けた。重そうなそれは意外と軽やかに開き、ルイナの眼前には開けた空間と、たくさんの本が広がった。


「…すごい。」


ルイナが元々住んでいた小屋は物置のようなもので使用人が使わなくなったものが大量にあった。その中には本もあって、ルイナはそれを擦切れるまで読んでいた。

そのような環境だったから、目の前の景色は夢のようだ。


辺りを見ながら奥へと進む。本が読める椅子と机とカウンターがあり、そこに誰かが座っていた。


(この人が司書…かしら?)


そう思って覗き込む。分厚い本を読んでいたその人はルイナに気づき、顔を上げた。


「こんにちは。何かお探しですか?」


穏やかな声は先程の緊張を解き、ルイナは読みたい本を考える。


「えっと…この世界のことについて知りたいです。」


漠然とした答えだったが、特に何も言わずに微笑んで、その人は立ち上がった。


「分かりました。案内致しますね。」


その人について行きながら図書館を歩く。古びた紙の匂いが心地よかった。階段を上がり、奥へと進むとその人は立ち止まった。そして手を振ると何冊かの本がふわふわと本棚から出てきてルイナの前に来る。


「こちらが良いと思います。」


ルイナは本を受け取る。ずしりとした重みが手を伝わった。


「ではごゆっくり。」


そう言ってその人はその場を後にする。ルイナも本を抱えて慎重に降り、机と椅子に向かった。本を置いて席につき、表紙を見る。1冊目は歴史書だった。


表紙を捲り、中を見る。分かりやすいものを選んでくれたようでフィリオールの成り立ちとその辿った道行を丁寧に説明していた。


ルイナは夢中になってそれを読んだ。そこには女神ルシューシア、龍神のこと、龍と人間との間にあったことが書かれていた。


龍は元々人間と共に地上に居た。だが、人間は強大な力を持つ龍を恐れ、混沌の力を使い迫害した。そして混沌の力により世界に大穴が空き、龍はそこに蔓延る混沌を退治しに行った。人間は穴の上に混沌で作った結界を貼り、龍をそこに閉じ込めた。そして龍たちは穴の中で生活を始め、フィリオールが誕生した。

女神ルシューシアはその事に心を痛め、人間たちを諫めたが、反対に人間たちは女神を封印してしまった。それに激怒した龍神は人間達の国のほとんどを滅ぼし、自身も眠りについた。この時の出来事が龍の怒りとして伝わり、龍の花嫁が生まれた。


ルイナは赤髪の彼が人間を嫌っていた理由を理解した。こんなことをやっていたのなら当然だ。


(……ごめんなさい。)


女神が居ないのも、龍が秘匿されているのも全て人が起こしたことだった。もちろんそんな人だけでは無いことをルイナも知っている。ただ、人間は龍を分かり合えないものと見ていた人が多かった。


(どうにかして、共にあれないのかな。)


いがみ合うより、分かり合う方がいい。そう思うけれど、ルイナはどちらの事情も知らない。何とも言えない気持ちが心の片隅に残った。


歴史書を読み終わり、他の本も開く。1冊は龍が使う魔法について。ルイナにはほとんど理解出来なかったがそれでも読んでいて楽しかった。そしてもう1冊は女神の力について。


(これ…。)


ルイナはあの人にこの世界について知りたいとだけ伝えた。だが、あの人はルイナが人で、しかも女神の力が使えるのだと見抜いていた。


(すごいな。)


ルイナの目線の端で本に囲まれているその人が凄い人に思えた。


本には女神の力とその使い方、効果が書かれている。これはルイナが母から習ったものだ。懐かしむような気持ちで読み進めているとあるページで手が止まった。


(女神の一族…?)


本によると女神は皆に力を与えた訳では無いらしい。1人、それも年端のいかぬ少女だけが力を貰ったそうだ。そして彼女の子孫には度々女神の力を使えるものが生まれた。この一族は決まって真っ白の髪と真っ赤な瞳を持って生まれるそう。普通は成長とともに皆と同じ茶色や金といった髪色や瞳の色になるが、稀にそのまま成長するものがいる。それが女神の力を使えるもののようだ。


ルイナの母の髪色は薄い灰色。故にルイナの母は不貞を疑われていた。母が死に、ルイナがあのような生活を送っていたのも王の子だと思われていなかったからだ。


それでも母はルイナに貴女はこの王家の子だといいきかせていた。それはこの性質のことを知っていたからだろう。


(でも…何でお母様は私を王家の子だと言ったのかしら?)


母は望んで王家に居た訳では無い。国王が気まぐれと好奇心で手を出しただけだ。それでも母はルイナのことを愛し可愛がってくれたが、ルイナが王家の子ではないことを誰よりも望んでいたはずだ。

ルイナの血筋を疑われた時、やけに確信めいた言い方をしていた。母に何か考えがあったのだろうか。


読み終わって本を閉じる。ルイナが知りたかったことは知れたが、やけに悩んでしまった。


ルイナが考え込んでいるといつの間にか司書の人が背後に立っていた。ルイナは驚いて振り返る。


「読み終わられましたか?」


「はい……あの、どうして私が女神の力を持っているって分かったのですか?」


ルイナの疑問に司書の人はくすりと笑った。


「そのような色を持っていらっしゃるのですからすぐに分かりますよ。」


(そのような色……あぁ。)


ルイナの髪と瞳のことを言っているのだろう。実際白い髪も赤い瞳も珍しい色合いだ。フィリオールではまるで女神様を見ているかのような人がいる。この人もそういう人なのだろうか。


「貴方も…女神様を知っているんですか…?」


「ええ、会ったこともあります。貴女が読んだ本に書かれていることが起こってからは一度もあっていませんが。」


寂しそうにそう言う。ルイナは申し訳ない気持ちになった。


「あぁ、貴女を責めている訳では無いですよ。私も人を知っていますから。欲深いのは1部だと分かっています。」


慌てて慰めの言葉を口にする。ルイナは目の前の人は優しいのだと思った。


「あの…お名前を聞いてもよろしいですか?」


ルイナは初めて名前を聞いた。知りたいと思った。


「あぁ、申し遅れましたね。私はシュトリアと申します。」


シュトリアと名乗ったその人は柔らかく微笑む。ルイナも立ち上がってカーテンシーをした。


「ルイナ・ローザ・アヴィツトリアと申します。」


「これは、ご丁寧にありがとうございます。ルイナ嬢。ですが、無闇に名を教えては行けませんよ。」


シュトリアは優しくルイナを諌める。


「名は力を持ちますから。特にファーストネームを教える時には気をつけてくださいね。名を使って身を縛る術もありますから。」


(ファーストネーム…。)


ルイナの知っている人は皆ファーストネームを教えてくれた。それはルイナが無害そうに見えたからなのだろうか。


「…皆様…名を教えてくれました…。私はちゃんと害がないように見えてますか…?」


ルイナにとって害がないように振る舞うのは大事な事だ。殴ってくる人は皆ルイナの事を邪魔だと思っていたから。


シュトリアは少し困った顔をする。なんだか不思議なものを見たようなそんな感じだ。


「そうですか…。貴女は信頼というものを……。少しずつ覚えていけばいいですからね。」


シュトリアはふわりと微笑む。ルイナはシュトリアの言葉の本当の意味を理解した訳ではなかった。けれどシュトリアがルイナにとって悪くない感情を向けているのは分かっていた。


「他に何か読まれますか?」


シュトリアの問いにルイナは首を振る。図書館の窓から指す光はもうオレンジ色できっとレティが心配する。

その旨を伝えると、シュトリアは直ぐにレティを呼んでくれた。


(2人は、知り合いみたい。)


ルイナの知らない魔法で会話をする楽しそうなシュトリアを見て、そう思う。


「レティから“直ぐに行く”そうです。それで、ルイナ嬢。」


「?」


シュトリアは言いにくそうに視線を彷徨わせて、ルイナを見た。


「時間がある時にまた来てください。貴女の知りたいことを何でも教えますよ。」


シュトリアは眉を下げる。そこに含まれる感情はルイナが感じたことの無いものだ。


「……貴方が良ければ……。」


「!」


シュトリアの顔が明るくなった。ルイナは自分の言葉で喜んで貰うのは初めてだった。


「…っ。」


何か言おうとして言葉が出てこない。探しているうちにレティがルイナを迎えに来た。お礼を言って図書館を後にする。


お待ちしていますね。


そう言ったシュトリアの笑顔が忘れられない。


「何かいい事でもあった?」


レティが聞いてくる。ふわふわと浮つく気持ち。


(私…嬉しかったんだ…。)


初めて自分から名前を聞いた。もう一度会いたいと言って喜ばれた。その時の気持ちは歓喜、ルイナが久しく感じていなかったものだ。


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