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龍と私  作者: きなこもち
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「面を上げなさい。ルイナ。」


頭上から声が降ってくる。ルイナは恐る恐る顔を上げた。視界に入ってきたのは何段も高い位置にある玉座に腰をかけた久しぶりに見る父親の顔だった。


ルイナ・ローザ・アヴィツトリア。絹のような白い髪とルビーを思わす真紅の瞳の末の王女。彼女はアヴィツトリア王家現国王ルドヴィアス唯一の妾の子だ。

それ故に煙たがられ虐げられている。ルイナの母親はルイナが6つの時に死んだ。それまでは母と離宮で慎ましく暮らしていたが、母が居なくなると、離宮まで取り上げられ、王宮の端にある小屋に閉じ込められた。

食事は1日に1度、カビたパンが一つだけ。水すらも満足に与えられず、屋根から落ちてくる雨水を貯めて飲んでいた。


父や他の兄弟が会いに来るはずもなく、時折やってくる使用人に殴られたり蹴られたりしていた。


今朝もそんないつもと同じだと思っていた。けれど突然見た事のない人達がやってきてルイナを王宮へ連れていった。頭と身体を雑に洗われ、サイズの合っていない豪奢なドレスを着せられて、声がかかるまで絶対に頭を上げてはいけないことだけ言われ、ここへ通された。


(てっきり忘れられたのかと思ってた。)


表情一つ変えない国王にルイナはそう思う。ルイナとルドヴィアスが会ったのは6歳頃、母が死んだ時だけだ。


「君はいくつになったのか。」


ルドヴィアスが退屈そうに聞いてきた。ルイナは一瞬戸惑う。ルイナをここへ連れてきた人は決して口を開いてはいけないと言っていた。

カツカツカツとルドヴィアスが玉座を指で叩く。急かされているのがわかった。


「16になります。」


慌ててそう言うと指がぴたりと止まった。これで良かったのかと心配になったがルイナはルドヴィアスの方を見れなかった。ルドヴィアスは下で控えていた宰相に目配せする。宰相は頷いてルイナに近づいた。


「おめでとうございます。第7王女ルイナ殿下。貴女は『龍の花嫁』に選ばれました。」


宰相は笑顔でそう言う。対してルイナの表情は固くなった。


『龍の花嫁』


それが何を指すのか、無知なルイナでも知っている。


この世界の真ん中には大きな穴がある。底が見えないほど深く、湖ほどの大きさの穴だ。その穴には古来から龍が住んでいると言われており、その龍が百年に一度目を覚まし、この世に災いをもたらすのだという。

それを鎮めるために捧げられるのが『龍の花嫁』だ。周辺諸国の王族の中から年頃の娘を差し出すのだそう。今年はルイナの国が選ばれたと殴りに来る使用人から聞いていた。


取り繕っているが有り体に言えば生贄だ。


(なるほど厄介払いってことね。)


自身の家族を差し出したくなかったからわざわざルイナを呼んで年齢を確かめた。ルイナの年齢すら覚えてなかったのだ。

他にも宰相は色々言っていたがルイナの頭には何も入ってこなかった。ただぼんやりと敷かれている絨毯の毛を眺めている。


(私、死ぬのかな…。)


死ぬのは怖くない。この世に未練なんてないのだから。この苦しみから救われるのだとしたらこれも悪くないかもしれない。


「では、明日よろしくお願い致しますね。」


宰相はそう締めくくった。龍の花嫁を捧げる儀式は明日の明朝数人で行われるらしい。本来ならば国を上げての行事なのだがそんなことルイナは知る由もなかった。


その日の夜ルイナは今まで見た事がないほどの豪華な食事を食べた。テーブルいっぱいの食事は最後の情けのように感じる。ルイナの味覚はとっくの昔に機能しなくなっていたが雰囲気だけを楽しんだ。


その後ルイナはまた雑に洗われ、いつもとは違う豪奢な部屋に通された。ルイナの身体に不釣り合いな滑らかな服を着て、暖かいミルクを飲む。こうしているとお姫様になったかのようだ。


「王女殿下、こちらをお飲みください。」


部屋を訪ねてきた宰相に何か手渡される。黒い丸薬のようなものだった。薬か何かだろうがどうせ死ぬのだしと言われるままに飲み込んだ。


宰相はルイナが丸薬を飲むのを確認すると部屋を出ていく。ルイナは1人になった。

することをないので早々にベッドに入る。目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。

その日は夢を見なかった。











明け方、ルイナは起こされた。メイドにされるがまま、着替え、髪を整え、軽く化粧をする。

鏡で見るルイナは不格好でなんだか笑えてきた。


宰相と数人の関係者と共に隠れるように王宮を出る。しばらく馬車に揺られていると穴に着いた。馬車から降りると眼前に虚ろが広がる。

底の見えないそれに何人かが身震いをした。

宰相に促されルイナは穴へ近づいた。


(母様に会えますように。)


優しかった母を思い浮かべる。ルイナは穴へ飛び降りた。


永遠と下へ落ちていく。いつの間にかルイナは意識を失った。
















何かの音で目を覚ます。


(ここは…死後の世界?)


薄暗い洞窟のようだった。起き上がって辺りを見回す。何も無い。立ち上がって慎重に歩く。かつんと靴に何かが当たった。顔を上げて咄嗟に口を塞ぐ。危うく叫びそうになった。

目の前に化け物がいる。蛇のような鱗に覆われた身体、太くて大きい角、蝙蝠のような翼、口から除く鋭い牙。これが龍なのだろうか。


自分よりも何倍も大きいそれにルイナを腰を抜かす。先程から響いていた轟音はこの龍の呼吸音だったのだ。


「あ、あ、あぁ…。」


情けない声が口から漏れ出る。瞼が開いて、ギョロりとこちらを見た。金色の瞳が光っている。


『お前は何だ。何故ここにいる。』


口を開いていないのに頭の中で声が響く。低い男の声だ。ルイナは何も言えず、ただ龍を見つめる。


『お前、喋れないのか。』


龍の顔がこちらへ近づいてくる。ルイナの目から涙が溢れた。


『生きているな。娘、名は。』


遠のきそうな意識の端で母に言われたことを思い出す。初めてあったなら誰であっても挨拶をするのだと。


ルイナは立ち上がり震えながら礼をした。


「ルイナ・ローザ・アヴィツトリアと申します。龍の花嫁として参りました。」


ぎこちないカーテンシーを龍はじっと見つめている。ルイナがいつまでも顔を上げなかったので龍はため息をはいた。


『はぁ、もういい。』


龍はルイナから顔を離す。ルイナは顔を上げて龍を見た。


「食べないのですか…?」


ルイナは疑問に思っていたことを聞く。てっきり頭から丸飲みされるかと思っていた。


『龍は人は食わん。お前、上へ帰りたいか。』


突然そんなことを聞かれて戸惑う。だが既に答えは決まっていた。あんなところに戻りたいわけが無い。


「いいえ、私は死ねると思ってここに来たのです。帰りたくありません。」


先程よりもはっきりした声で答える。この状況に少しずつ慣れてきていた。龍はそうかとだけ答えると顔を背けた。


龍が何も言わなくなったのでルイナは龍を観察する。よく見ると綺麗な鱗に傷が入っていた。

下を見ると真っ赤に染っている。今まで意識していなかったが鉄の匂いが充満していた。


(怪我をしているの?)


怪我や病気に種族や性別などの差異はないと母に教えられた。目の前にいるのが例え自分より数十倍も大きい生物だったとしてもそれは同じこと。


ルイナは恐る恐る近づく。龍の呼吸は荒く苦しそうだ。きっと怪我が深いのだろう。


ルイナは傷を確認しようとそっと手を伸ばした。


『何をしている!!』


龍はこちらを向いて怒鳴った。頭の中に大きく響く。驚いて後ずさった。


『お前…何をしようとした?よもやあの人間たちと…』


龍は言いかけてごふっと血を吐く。ルイナを一瞥すると傷口を守るように丸くなって目を閉じた。


ルイナはガクガクと震えながらでもしっかりと龍を見つめる。


どれほど時間が経っだろうか。龍はいつの間にか寝てしまっていた。


ルイナは立ち上がりそっと龍へ近づく。鱗に触っても龍は起きなかった。


(血を吐いたもの。傷が開いたんだわ。)


龍を起こさないように慎重に傷を確認する。傷は思ったより深く龍の身体を蝕んでいた。


(こんなに分厚い鱗を切るなんて…。それに毒が身体に回ってる。)


龍の身体を切ったものには毒が塗られていたようだ。これがさっきの吐血の原因の1つでもあるだろう。


ルイナは傷口の近くに手を当てる。ルイナが目をつぶると当たりが眩く光った。


ルイナにはある力がある。それは怪我や病気、呪いや毒などを癒し治す力だ。ルイナの母はそれを浄化の力と呼び、ルイナが上手く使えるように教えてくれた。なんでもこれは母の一族の力だったそうだ。

母はルイナにこの力を隠すように言っていたが、ルイナは時折傷ついた動物や怪我をした使用人をこっそり治していた。苦しそうな人達を放っておけなかったのだ。

母が言っていた通り種族が違っても苦しみに差異はない。それに昔、本で読んだ優しいお姫様。ルイナはそういう人でありたかった。


ルイナは自分を襲わず話を聞いてくれた龍のことを助けなくてはと思った。


ルイナが力を注ぐほど光が増していく。傷口が徐々に治っていくのを感じた。光がゆっくり消えていき、傷のないまっさらな鱗が見えてくる。


「…良かった…治った…。」


力を使いすぎたようでルイナは目眩を感じ、ふっと崩れ落ちるよう意識を失った。
















ふわりと意識が浮上する。目を開くと眩しい明かりが目に入った。


「ん…。」


ルイナはゆっくり体を起こす。倦怠感はあれど思ったよりも体調は良かった。辺りを見回す。見慣れない部屋だ。置いてある家具も寝ているベッドも見るからに高級そう。ルイナは身体を硬直させた。


(……夢?)


最初は王宮かと思った。けれど穴の中に誰か来るとは思えない。


「あ、起きた。」


声がする。振り向くとルイナよりも年下の少女が何かを持って部屋に入ってきていた。


(だ、誰…?!)


ルイナは咄嗟に逃げようとする。が、身体に激痛がはしった。


「動かない方がいいよ。主様が治療したけどまだ完治してないから。」


少女はベッドの側のテーブルに持っていたものを置いた。それはどうやら水差しのようだ。少女は水差しからコップに水を注ぎ、ルイナに渡す。ルイナは戸惑いながらも水を飲んだ。ほんのりハーブの味がして喉を潤していく。


ルイナが水を飲んだのを確認して少女はまたねと言い部屋を出ていった。


しばらくしないうちに少女が戻ってくる。少女に続いて2人の男が部屋に入ってきた。


「ああ、起きたか。」


低く艶やかな声が響く。男のうちの1人がこちらを見つめていた。腰まで届く美しい銀色の髪、太陽を思わせる金の瞳。ルイナは直感した。この人が少女の言う主様だ、と。


咄嗟に声を出そうとするが上手く音にならず、咳き込む。少女が駆け寄って背中を摩ってくれた。


「無理をするな。あれほど力を使ったのだから。ありがとう。私を治癒してくれて。」


男は柔らかい頬笑みを浮かべる。ルイナは不思議な気持ちだった。今までは気味が悪いと吐き捨てられ、怖がられるだけで、こんな優しい笑みを向けられたことはない。


(あぁ…こんな…暖かい気持ちになるのね…。)


じわりと拡がったそれにルイナはまだ名前をつけられなかった。


「…い…え…わた…私の方こそ助けていただいて…ありがとうございます。」


落ち着いてゆっくりと声を出す。少し掠れていたが、感謝は伝えられた。


「いや、当たり前のことだ。それで、気分はどうだ?話せるか?」


「大丈夫です。」


「そうか、ならば少し話そう。」


男はふっと手を振る。するとどこかから椅子が3個出てきた。見慣れない光景に戸惑っていると、男はふっと笑った。


「そうか、君はこれを知らないのか。」


ルイナはその意味をあまり理解出来ていない。だが、余計なことだろうと聞き返すことはしなかった。

皆が席につくと男はゆっくり話し始めた。


「まずは自己紹介からだな。私はシルヴィール。隣にいるのがオヴィット。そしてこの子はレティだ。」


金の目の彼はシルヴィール。隣にいる黒髪で眼鏡をかけている男がオヴット。ルイナが目が覚めた時に初めてあった彼女はレティと言うらしい。


「私はルイナ・ローザ・アヴィツトリアと申します。」


名乗り頭を下げる。カーテンシーは出来そうにない。


「そんなにかしこまらないでくれ。アヴィツトリア嬢。私はそんなに偉くないからな。」


そう言われてルイナは頭をあげる。


「君に聞きたいことがいくつかある。答えられる範囲で構わない。」


「はい。」


「ありがとう。では1つ目だ。君は人間か?」


いきなり聞かれて答えに詰まる。変な質問だ。人間かどうかなんて。


「はい、人間です…。」


「そうか。君は龍の花嫁といったな?それが何かわかるか?」


「えっと…龍の怒りを鎮めるために差し出すもの…と聞きました。」


そこまで言うとオヴィットがため息をついた。ルイナが思わず固まると、慌てて笑みを浮かべた。


「貴女に怒っている訳ではありませんよ。ただ、そのような迷信がまだ信じられているのか思いましてね。」


(迷信?龍の花嫁が?)


ルイナの世界では有名な話だ。本にも載っている。だから迷信と言われても納得いかなかった。


「ふふっ顔に出てますね。何故迷信なのかと。」


オヴィットがルイナの気持ちを見透かして笑う。ルイナは怒られると思い、身をすくめた。


「…アヴィツトリア嬢。疑問に思えば口に出してもいいのですよ。知りたいと思うことは悪いことでは無いのですから。」


オヴィットは優しくルイナを諭す。ルイナはそっと頷いた。


「……龍の花嫁は有名な話です。間違っているんですか?」


「間違いというよりは曲解されたという方が正しいです。まずは貴女にこちらの世界について説明しましょうか。」


そう言ってオヴィットはルイナに説明を始めた。


「アヴィツトリア嬢は創話についてどれくらいご存知でしょうか?」


創話というのは世界の成り立ちの話のことだ。一般教養で貴族ならばほとんどが知っている。だがルイナは教育をうけていない。

知らないとは言い出せず、押し黙っているとオヴィットは微笑んだ。


「なら、創話からお話ししましょうか。初め、この世界は混沌が溢れるプシュカと命が宿るセリュカの2つ分かれていました。ですがプシュカに宿る混沌がセリュカを侵食し、命達を苦しめたのです。そこに女神ルシューシアが現れ、セリュカにある混沌を浄化しました。しかし混沌は姿を持ち、命を攻撃し、女神を害そうときました。姿を持った混沌は浄化が出来ず、女神が殺されそうになった時、女神に助けられた1匹の蛇が龍になり混沌を打ち破ったのです。龍と女神は共に絶えず現れる混沌を穿ち、命を守るようになり、命達は彼らを崇めるようになった、というのが創話の内容です。」


初めて聞いた内容だったが何故かすんなりと理解出来た。ルイナが頷くとオヴィットさんは話を続けた。


「龍は蛇に、女神は人に、それぞれ己の力を分け与えました。力を貰った蛇は龍になり、力を与えた龍を龍神として祀りました。龍神から力を与えられた蛇達が私たちの祖先です。あなた達の言う“龍”ですね。」


「それじゃあ…龍は本当に居るんですね。」


ルイナは龍がいるなんて信じていなかった。多分ルイナ以外の人々もそうだろう。災害などの抗えないものを龍として形容しているのだと思っていた。


(でも、何で穴の中にいるのかな?一緒に暮らしていたように聞こえたけれど…。)


「だから、龍は人を喰いませんし、花嫁も必要としていない、ということですよ。」


「そして、龍神が与えた力というのがこれだな。」


シルヴィールの手に炎が現れる。ルイナは驚き、思わず手を近づけた。


「暖かい…」


「ああ、本物だからな。火傷するから触らないように。」


シルヴィールは炎を消し、そのままルイナの方へ手を振る。するとふわりと優しい風がルイナの頬を撫でた。


「これも力の一つだ。私達は魔術と呼んでいる。」


「魔術…。」


幼い頃読んだ本に書いてあった。この世界には昔不思議な力があったのだと。火を灯し、水を生み出し、風を吹かせて、土を操る力。ルイナが目にした力はまさにそれだった。


「…私のこれも魔術なんですか?」


「いいや、君の力は女神が与えたものだ。」


「女神様が…?」


女神ルシューシアはこの世界で祀られている唯一の神様だ。ルイナの国でも信仰されている。だがルシューシアが与えた力についてはどこにも記されていなかった。


「そうだ。龍神は自身と同じ蛇に力を与えたが、女神は元々セリュカに住んでいた人間に自身の力を分け与えた。女神が居なくとも混沌に侵されることなく、暮らしていけるように。」


シルヴィールは一旦言葉を切ってルイナを見つめた。


「君は女神に愛されている。優しい子だ。」


何を思ってシルヴィールがこの言葉を言ったのかは分からない。けれど、ルイナにはそれで充分だった。


「ありがとう…ございます…。」


歪む視界をそのままにルイナはお礼を言った。ぽたぽたと雫が手の甲に落ちる。シルヴィールはルイナが泣き止むまで背中をさすってくれた。

今までの自分が肯定された気がした。


ルイナが泣き止むとオヴィットがこれからの事を説明してくれる。


「アヴィツトリア嬢、貴女のことはひとまずこちらで預かります。貴賓として扱いますので何かありましたら何時でも仰ってください。」


「あの、元の世界に帰らなくてもいいんですか…?」


てっきり帰ることになるかと思っていた。シルヴィール達にルイナの面倒を見る義務などないし、ルイナがいても邪魔になるだけだ。


「君は帰りたくないのだろう?」


「えっ…。」


「ならばいくらでもここにいるといい。」


「アヴィツトリア嬢は主様を助けてくれた恩人でもあるからね。」


レティの言葉に2人も頷く。


「…ありがとうございます。」


ルイナはもう一度お礼を言う。ルイナのお礼にオヴットは頷いて、説明を続ける。


「部屋は後で案内致しますね。侍女は…」


「はい!あたし!あたしする!」


「分かりました。ではレティにお願いします。人手が必要でしたらなんなりと。」


「あたしだけで大丈夫よ。よろしくね。ルイナって呼んでいい?」


「え…はい…。あの…え…?」


とんとん拍子に進んでいく話にあまり着いていけない。部屋も侍女もルイナの人生で有り得ないことだった。


「あたしのことはレティでいいよ!呼び捨てね!」


にっこりと可愛らしい笑みを浮かべる少女。レティは手を差し出す。癖のついたふわふわの桃色の髪。少し濃いエメラルドのような翠色の瞳。親しさを感じさせ、ルイナはレティの手を取った。

と、同時につきりと鈍い痛みが身体に走る。


「痛っ!」


「大丈夫か?!」


「どうしたんですか?!」


「ルイナ?!」


身体のうちから染み込むように痛む。グッと堪えていると段々と収まってきた。


「大丈夫です…。」


「大丈夫そうには見えないわ。何があったの?」


レティが心配そうにルイナに手を伸ばす。ふとルイナはシルヴィールのほうを見た。彼は辛そうな顔をしている。


「あの…大丈夫ですか…?」


「すまない、アヴィツトリア嬢。私の所為だ。」


「え…?」


シルヴィールの言葉にルイナだけでなく、オヴィットもレティも彼の方を向いた。彼は眉を寄せて申し訳なさそうだ。


「アヴィツトリア嬢、君の力は女神の力だ。だが人が持てるのには限りがある。恐らく、私のことを治療する時に使い切ってしまったのだろう。通常、使い切っても女神が居れば力は回復する。」


「じゃあ、女神様に祈れば…!」


ルイナがそう言うとレティがふるふると首を振る。


「ルイナ、この世界にね、もう女神様は居ないの。」


「えっ…」


(女神様が居ないってどういうこと…?)


母が生きていたころ住んでいた離宮には女神様の像があった。母に聞くとこの国では家に必ず女神の像を置いて、起きてすぐと、寝る前、食事の前に必ず祈るのだと教えてくれた。

女神様が祈りを聞いて、加護を与えてくれるのだと。

だからルイナは1人になって、像が無くなっても祈ることを辞めなかった。


「女神様は何時居なくなったんですか…?どうして居なくなったんですか…?」


「それは…。」


オヴットが言い淀む。答えづらい内容なのだろうか。


「……アヴィツトリア嬢。いずれ君には話さなければならないのだろう。だが、今ではない。」


シルヴィールがやんわりとルイナを遠ざける。ルイナもこれ以上何も聞けなかった。


「ルイナ、動ける?君の部屋に案内するよ!」


少し重くなった空気がレティの明るい声で変わる。ルイナは恐る恐る体を動かした。痛みはない。レティの手を借りてベッドから降りる。着ている服は寝ている間に変わっていたらしい。着心地のいいネグリジェになっていた。


ルイナが立つとオヴィットとシルヴィールも立ち上がり、シルヴィールは手を振って椅子をしまった。


「アヴィツトリア嬢、君の身体の不調は私が必ずどうにかする。だからそれまでの間はここで好きにすごしてくれ。」


「ありがとうございます。でも、あまり気にしないでください。」


辛そうなシルヴィールにルイナは微笑む。


「私は貴方を治したこと後悔してませんから。」


「そうか…ありがとう。」


ルイナの言葉にシルヴィールもふっと微笑んだ。

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