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王太子に捕まりました!


 スワード・シュッツ・ラズルシェーニ。

 このラズルシェーニ王国の王太子にして、王国随一の美男である。

 スワードの彫刻よりも美しい顔立ちと、雪影の如き銀髪、水面のように輝く青瞳は人々の憧れの的だ。

 その美しさは国内外で宝石を凌駕すると評されるほどで、そんな彼につけられた異名は「王国の麗星」。

 夜空で輝く、孤高の麗しき星、何もかも完璧で手が届かない存在……など、そんな意味合いでつけられた異名だとか。

 男を知らないシャルロッテには些か、いや死ぬほど「王国の麗星」は刺激が強すぎた。

 シャルロッテは想定外の事態に緊張で体が硬直した。

 まさかこんなに尊い男と鉢合わせるなんて、と。


「シャル! お前なぜここに!?」

「おとっお父様! わっわたし生ショコラを壊さずに……調理器具をケーキが差し入れにっ……!」

「落ち着け! 何を言っとるかさっぱり分からん!!」


 シルト侯爵は突然の娘の登場に驚き、シャルロッテのもとへ駆け寄った。

 そして固まる娘を見て急速に青ざめる。

 それもそのはず、シャルロッテが固まるのはとても良くない兆候だからだ。

 「怪力令嬢」であるシャルロッテは幼い頃から令息達に嫌煙され、父親と使用人以外の男とまともに接することがなかった。

 ゆえにシャルロッテは年頃の男を前にすると「緊張」や「興奮」で一気に昂る。

 その結果、彼女は体が固まった末に高確率で怪力発動しやらかしてしまうのだ。

 侯爵はそれを知っていた。だから今シャルロッテが固まっていて、おまけに手にケーキなんぞを持っているのは非常に危険なのである。

 シャルロッテが「やらかす」条件がばっちり揃っているからだ。


(しかも相手はスワード殿下だぞ!? シャルロッテが緊張しないわけがない! 今世紀最大の大大大ピンチ!!)


 背筋が凍ったシルト侯爵はシャルロッテに即刻退場レッドカードを出した。


「シャル今すぐ帰りなさい! そうじゃないとお前っ……!!」

「大袈裟だな侯爵、これで怒るほど私は狭量ではない。ところでシルト家の令嬢というと……」


 ──グッチャアア!!


 遅かった。

 シャルロッテは「王国の麗星」スワードを目の前に「緊張」で怪力発動してしまった。

 見れば彼女の両手は渾身の生ショコラケーキを箱ごとぶっ潰して震えている。

 一方スワードを見やれば、彼の真っ白なチュニックの至る所にチョコレートが飛び散っていた。

 王宮へ来る道中、シャルロッテの体温でチョコレートが溶けていたようである。

 これぞまさにチョコレート・フォンデュ、などと言っている場合ではない。


(終わった……)


 「不敬罪」がシャルロッテの頭をよぎる。チョコレートを浴びたスワードは目を丸くし、彼女の顔と潰れた箱を交互に見て閃いたように言った。


「なるほど、君があの『怪力令嬢』か」

「ひっ!?!?」


 スワードは狩りをするが如く、シャルロッテの手首を性急に掴んだ。

 先程までの冷静なスワードはどこへやら。

 今や烟るまつ毛の下から、獰猛な眼光が見え隠れする。

 シャルロッテの全毛穴から汗が噴き出た。


「こっ高貴なお召し物を汚してしまい申し訳ございません! たたた確かに『怪力令嬢』ですがわざとやっているわけではありません! か弱くなって人並みに恋がしたい、普通の人間です……!」

「殿下どうかお許しを! 忌まわしき怪力で自らの首を絞める憐れな娘なのです! 罰するならどうか私めを!」


 シャルロッテは涙ながらに訴え、スワードは彼女の顎を摘んで顔を突き合わせた。彼女の美しい顔も、すでに涙と鼻水でぐずぐずだ。

 そして一瞬、スワードは意地の悪い笑みを湛え、またすぐに王太子然として爽やかに微笑んだ。


「罪には問わない。が、代わりに王宮に住め」

「「はい?」」


 シャルロッテと侯爵の腑抜けた反応が綺麗に重なる。さすが親子というところだろうか。

 そして涙に濡れる親子の間抜けな顔が、スワードに切実な視線を送り続ける。彼は楽しげに話を続けた。


「私は陛下の代理で軍事を担っている。『怪力令嬢』の謎を解明できたら、それを応用して兵力を底上げできそうじゃないか?」

「へ? ですが殿下の軍事事業はすでに施策を進めていらっしゃ……」

「何か言ったか? シルト侯爵」

「いいいえ!? 何も!?」


 シルト侯爵がスワードに問いかけるとスワードは侯爵を一瞥した。

 そんなスワードに侯爵は跳ね上がってサクッと折れる。王太子の命令を断れる身ではないことを、侯爵もシャルロッテも分かっていた。


「恋がしたいのだろう? シャルロッテ・シルト」


 スワードはシャルロッテの顔を覗き込み、ニカッと白い歯を溢した。


「私が『か弱く』なる手伝いをしよう。君はか弱くなれる、私は兵力を強くできる。これでWin-Winだと思うが、どうだ?」


 長年の夢への切符が目前にぶら下げられている。少々強引な手口ではあるが断る理由がない。か弱くなれる、恋ができる。

 シャルロッテに一片の迷いもなかった。


「わたし、やります! 絶対に『か弱く』なって見せますわ!」

(見てなさい「怪力令嬢」呼ばわりしてきた人達! シャルロッテ・シルトは必ず生まれ変わるんだから!)


「決まりだな。まずは茶でも飲んで今後のことを話そう」

「はっはい! ではわたしがお茶を淹れ──」



 その日、王宮がざわついた。

 とある令嬢が王宮のティーポットを2個とティーカップを5客、グラスを4杯、立て続けに割ったらしい。

 やる気で昂るシャルロッテは、初日から怪力を遺憾なく発揮したのであった。



ここまでお読みいただきありがとうございます!

引き続きお楽しみいただけたら幸いです。

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