第99話 父と娘
あれから会議を終えた俺は、王都マルンを三日後の朝に出ることをみんなに伝えて、一足先にフェルとポーラを迎えに行く。
昨日に引き続き、今日の天気もあまり良くなく、今にも雨が降りそうな雲の下、俺は一人で城の門へと辿り着く。
すると、いつも通り門番をしている衛兵の側で、見知った顔が俺の姿を確認すると共に駆け寄ってきた。
「レオン様ー。待っていたのじゃ」
「えっと……いつから待ってた?」
「十五分前くらいですよ〜」
「そっか。待たせてごめんね」
「全然大丈夫なのじゃ」
昼に迎えに行くと言ったが、いつ頃とは決めていなかった。
城の中で待つこともせずに、こんな曇天模様の外で待つなんて、余程楽しみにしていたのだろう。
「じゃあ、向かおうと思うだけど……一応最後の確認ね。二人は心の準備できてる?」
「もちろんなのじゃ」
「はい〜」
「もしもおじさんの考えが、フェルとポーラの予想と違っていても……しっかり受け止められる?」
「……のじゃ」
少しだけ不安そうな表情をしたフェルの頭をポーラが撫でる。
「大丈夫ですよ〜。どんな理由でも……私たちにはマーゼちゃんが居るので〜」
「……そうじゃな。大丈夫なのじゃ!」
「分かった。なら、向かおうか」
フェルとポーラの気持ちを再度確認した後に、俺たちはおじさんのボロ家へと歩き出す。
今から行く場所はフェルとポーラの人生の分岐点と言っても過言ではない。
そんな重い場所に行くのにも関わらず、俺は普段と変わらない他愛のない話をした。
まぁ、主に昨日の飲みについてだが。
時間はあっという間であった。
俺の話に笑ってくれた二人はおじさんのボロ家に近づくにつれて、緊張が目に見えるほど顔に出ていた。
寂れた景色が見えた辺りで、
「レンくん。こっちこっち」
と先に着いていたレティナが暗い路地裏から顔を覗かせて、手招きをしていた。
俺たち三人はそんなレティナに導かれて、路地裏に入っていく。
すると、そこにはレティナだけではなく他のみんなも一緒に待ってくれていた。
「のじゃ? みんな集まってどうしたのじゃ?」
「あれ? レンくん伝えてなかったの?」
「う、うん。まぁね」
「もうー仕方ないなー」
レティナは呆れながらもフェルとポーラに今回の作戦を伝える。
作戦といってもただレティナが、フェルとポーラに向けて隠蔽魔法を行使するだけだ。
直接おじさんと話せない欠点に、フェルとポーラは少し残念そうな顔を浮かべていたが、真実を知る為ならばと納得していた。
「でも、本当にレティナ様はすごいのじゃ。隠蔽魔法なんて普通の魔術師なら習得できない難しい術式じゃと言うのに……」
「そうだね〜。私たち〜色々な魔法文書を読んだんですけど〜隠蔽魔法なんて〜さっぱりでした〜」
「ふふっ。褒めてくれてありがと。沢山修練を積んだからね」
そう言うレティナは、照れながら魔法を行使する。
「じゃあ、いくよ? 姿隠し」
俺の目から見ても何が変わったのか分からない。
ただ、気配はあまり感じなくなった気がする。
「ありがとうございます〜」
「レティナ様、ありがとうなのじゃ」
「どういたしまして。念の為だけど、二人はできる限り気配を消しといてね。感情もあまり動かしてちゃダメだよ? 少しの違和感で気づかれちゃうかもしれないからね」
「分かったのじゃ」
「はい〜」
これで準備は整った。
じゃあ、行こうか、と口を開こうとした時、突然ルナが俺にしがみついた。
「えっ? どうしたの? ルナ」
「レオン、あのね……?」
「うん」
何故か泣きそうなルナは上目遣いにして俺を見上げている。
何かルナが不安になるようなことがあったのだろうかと考えてみるが、少しも思いつかない。
困っている俺に対して、ルナは俯きながら口を開いた。
「ルナも……気配消せない」
「……あっ」
「……」
「えっと……もしかしてゼオも?」
「はい。修練不足で……すみません」
ルナとゼオのことをすっかり忘れていた。
二人はまだ子供だ。
悪いところは見せたくないし、良いところだけを見てほしいに決まっている。
だから、直前まで言えなかったのだろう。
俯いている二人を見て、気配を消すことが当たり前だと思っていた自分に憤りを感じる。
が、そんな表情は見せずに俺は笑顔を作った。
「謝らないでゼオ。ほらっルナもそんな顔しない。言ったろ? 仲間に頼ればいいって。大丈夫だよ、レティナがいるから」
「は、はい!」
「レティナちゃん〜お願い〜」
「はーい。姿隠し」
レティナがルナとゼオにも隠蔽魔法を掛ける。
そんな二人を見た俺は気持ちを切り替えた。
「じゃあ、行くよ」
「のじゃ」
「はい」
俺を先頭に後ろからみんなが追随してくる。
おじさんのボロ家は路地裏から歩いてすぐだ。
窓の下に各々が身を潜めたのを見た俺は、ごくりと唾を飲み込み、コンコンとノックをしてから扉を開けた。
「おじさーん、いるー?」
シーンと静まり返るボロ家。
そんなボロ家の二階からギィギィと軋む音が鳴り、階段を降りてくるおじさんが俺を見て、その場で立ち止まる。
「……また来たのか。レオン」
「……まぁね」
昨日の話を聞きに来た。
そう口にしなくても伝わっているだろう。
俺はおじさんから目線を逸らして、目の前にある椅子に腰を下ろす。
「おじさんも座れば?」
「……ちっ」
俺の表情から今日は逃げられないと悟ったのだろう。
明らかに嫌な顔をしながら近寄ったおじさんは、 「よっこらせ」 と言いながら椅子に腰を下ろした。
「単刀直入に言うね。フェルとポーラはおじさんの娘だよね?」
「……」
「沈黙は肯定と取るけど……」
「……」
おじさんは俺と視線を合わせようとしない。
「……どうして二人を捨てたの?」
「……」
「いい加減答えてよ。それとも捨てたんじゃないとか?」
「……」
無言を貫き通すおじさん。
数秒経ってもおじさんから返事を返そうとする意思が感じられなかった俺は、はぁとため息をついた。
「……答えなよ。なんで二人を捨てたのか。それとも……最初から愛してなかったの?」
「……っ」
眉をピクリと動かしたおじさんの表情は、少し苛立ち気味に感じた。
……これじゃ話し合いにならない。
そう思った俺は次の言葉を投げようと口を開く。
その時、
「レオン。てめぇ……全部聞いてやがるんだろ?」
「……なにを?」
「ちっ。しらばっくれやがって」
視線を逸らしていたおじさんは、俺と目線を合わせたのち、言葉を続けた。
「ランド王国史上最年少でSランク冒険者へと昇り詰めたリーダー。レオン・レインクローズ……この街でも有名らしいな?」
「……」
「……おかしいと思ったんだ。こんな何もない所に冒険者が来るなんて……まさかそれが城の差し金とはな」
「ちょっと待って? 何か勘違いしてると思うけど、俺がおじさんと会ったのはただの偶然だよ?」
「はっ。偶然だと? ふざけんじゃねえ!」
バンッと力強くテーブルを叩いたおじさんは、俺の言葉を信じていないようだった。
「偶然俺と出会って、偶然フェルとポーラをここに連れてきたって言ってんのか? 舐めんなよガキ」
ミシミシとテーブルから軋む声が聞こえたかと思うと、そのテーブルはおじさんの力によって勢いよく潰された。
パラパラと木屑が舞っている中、俺は口を開く。
「申し訳ないけど、それが事実だよ。後……おじさんの話は昨日聞いたんだ。とぼけて質問したのは謝る。ただ、本当に……」
「……そんな奇跡あるはずねえだろ。城から何を言われてる? それともギルドからか?」
「だから……」
「ふざけんじゃねぇぞ…………ふざけんじゃねぇ!!!」
おじさんの怒号と共に、ピリピリとした空気が漂う。
元はBランク冒険者だと言っていた。
だが、目の前で放っている闘気はBランク冒険者とは思えない程のものであった。
感情のままに闘気を放つおじさんは、俺をギリッと睨みつける。
「今更俺にあの二人を見せつけて楽しいか?? 自分の城ですくすくと育てましたって言いてぇのか??」
「抑えてよ……おじさん」
「万が一奇跡が本当に起きたと言うなら……レオン、証明して見せろよ」
「……無理だね。言えることは一つ。これが偶然でもなんでもなく……事実って話だけ」
「っ!!」
立ち上がったおじさんからギリっと歯を食い縛る音が聞こえたかと思えば、俺の視界いっぱいに拳が広がった。
それを首を捻って難なく避けた俺は、もう一度おじさんに言葉を放つ。
「おじさん……抑えて。俺は喧嘩をしに来たんじゃない」
「ちっ。どの口がぁ」
息を荒立たせているおじさんには、俺の言葉は届かない。
なら、俺の言葉ではなく彼女の言葉なら……
「絵本を沢山読んでくれて……何をしても褒めてくれて……その度に頭を撫でてくれた」
誰の言葉なのか察したのか、おじさんの闘気がすぅーっと消えていく。
「ポーラが幸せそうな顔で教えてくれたんだ。おじさんとの思い出……きっとおじさんも覚えているんじゃない? ……ねぇ、話してみてよ。真実が知りたいんだ」
目を大きく見開いているおじさんは数秒固まる。
俺はそんなおじさんの返事を待つ為に、じっと瞳を見続けた。
「………………帰ってくれ」
そうぽつりと呟き、背を向けて歩き出すおじさん。
これでは昨日と同じで、何も聞き出せていない。
フェルとポーラは真実を知りたがっている。
俺はすぐに椅子から腰を上げて、おじさんを引き止めようと肩を掴むのであった。




