第96話 過去②
「えっと……それって……?」
立ち上がった俺を見上げて、首を傾げるマーゼ王妃に詳細な説明をする。
「おじさんの話が真実であるか、嘘であるかなんて今は分かりませんよね?」
「はい。そうですね」
「じゃあ、フェルとポーラに直接判断してもらうんです。ただ、おじさんが二人を前にして本音を明かすとは思えないので、少し作戦を立てなければならないですが……」
「え、えっと、ちょっと待ってください。レオンさん……自分が何を言っているのか分かっていますか?」
「はい? これが一番いいと思うんですが……」
「確かに事件の真相があの方の言ってる通りなら良いです。ただ……」
口籠るマーゼ王妃は、不安気な表情で視線を逸らす。
マーゼ王妃が言いたいことは先程俺が思ったことと同じだろう。
嘘だった場合、フェルとポーラの心に傷をつけてしまうと。
ただ、そんな事は重々承知している。
それでも、あの二人に隠して裏で話を進めるよりかは、本人たちがおじさんから直接聞いた方が、最悪の結果でも納得はできるはずだ。
俺はマーゼ王妃の気持ちを理解した上で、強めの口調で言葉を発した。
「マーゼ王妃……貴方は過保護すぎますよ」
「……っ」
「俺もマーゼ王妃の言いたいことは理解しているつもりです。ですが、フェルとポーラはもう子供じゃありません。短い付き合いですが、二人の芯の強さは見れましたし、何よりもう隠すことができないほど、二人はおじさんのことを知りたがっている」
「そ、それは……」
瞳が揺らぐマーゼ王妃に俺は言葉を続ける。
「マーゼ王妃もおじさんが理由無しに人を斬り殺す罪人だとは思っていないのでしょう? なら、信じてみませんか? フェルとポーラと……あの優しい人を」
俺は真剣にマーゼ王妃を見つめる。
すると、俺の想いが伝わったのか、マーゼ王妃はまるで心配事を何処かへ飛ばすように、首をふるふると振った後、キリッとした目つきで俺を見つめた。
「分かりました。レオンさん。いえ、レオン・レインクローズ。貴方にフェルちゃんとポーラちゃんを任せます。だから……どうか……どうかよろしくお願いします」
頭を下げるマーゼ王妃に愕然とした俺は、宙に浮いた思考を脳内へ戻し、瞬時にマーゼ王妃の側で膝をつく。
「あ、頭を上げてください。こんなところ誰かに見られたら、大変なことになってしまいます」
「いえ……本当は私が動くべき話だったのです」
「し、仕方ないですよ。マーゼ王妃は王妃様なんですから。無闇に街へと外出したら、それこそ大騒ぎになりますよ」
他国の冒険者に頭を下げる王妃様。
世界がどこまであるのか知らないが、そんな事をさせる冒険者は唯一俺だけだろう。
いや……何も嬉しくないんだけど。
むしろ凄く怖いんだけど……
マーゼ王妃の行動にドッと冷や汗をかいた俺は、一歩後ずさる。
「え、えっと……じゃ、じゃあ、フェルとポーラに伝えてきます。マ、マーゼ王妃も忙しいみたいなので、俺はこの辺で失礼しますね」
「はい。二人のこと……よろしくお願いします」
マーゼ王妃に軽く会釈をした後、俺はそそくさと部屋を出る。
扉をパタンと閉めた俺は、額の汗を服の袖で拭いながら一息ついた。
「お疲れ様です。レオン様」
「わぁっ!」
「ははっ。そんなびっくりしなくてもいいじゃないですか」
「す、すみません。居るとは思わなくて……」
「はははっ」 と気持ちよく笑う騎士の前で、落ち着きを取り戻していく。
普通に考えれば王妃の扉の前で護衛がいないはずがない。
ていうか……これ内容聞かれてない……?
「あぁ。大丈夫ですよ。この部屋は防音ですので」
「そ、そうですか」
この人はテレパシーか何かを使える人かな?
まだ笑っている騎士は、 「いやーいいもの見たな」 と独り言を呟きながら、歩き出す。
きっとフェルとポーラの部屋へと案内をしてくれるのだろうと思った俺は、その後ろで縮こまりながらついていくのであった。
「では、レオン様。失礼します」
「あ、あぁ。ありがとうございます」
部屋の前まで辿り着いた騎士は、軽く頭を下げて立ち去って行く。
マリン王国では、騎士と冒険者の仲はいいのだろうか?
あまりにもランド王国の騎士とは違う態度で接してくれた騎士に対して、俺は少しだけ頬が緩んだ。 が、フェルとポーラのことを考えた俺は緩んだ頬に両手で鞭を打ち、深呼吸を一度してからコンコンと扉をノックする。
「二人ともいる?」
部屋の中からは返事ではなく足音が聞こえ、そのまま扉が開かれる。
「レオン様お帰りなのじゃ。どうじゃった?」
「ただいま。とりあえず……中に入ってもいいかな?」
「どうぞ~どうぞ~」
二人の横を通り過ぎ、部屋の中央まで歩いた俺はその場で立ち止まる。
「それでそれで? レオン様。お父さんの話を聞きたいのじゃ」
「そうだね〜。もう私たち〜受け入れる準備ができてますよ〜」
後ろから聞こえる二人の声色は、俺から真相が明かされることを信じているのか、うきうきとした声色をしていた。
きっと……信じているんだ。
おじさんは何か理由があって二人を捨てたのだと……
そう思った俺は、フェルとポーラに振り向き、ゆっくりと口を開く。
「結論から言うね、二人とも。申し訳ないけど、この話は俺の口から伝えることができない」
「……えっ?」
先程のうきうきとした声色が消え失せたフェルは、動揺した顔を見せる。
「えっとねーー」
「……なんですかそれ。私とフェルちゃんは心の準備ができました。なんでも受け入れます! だから……」
「ちょ、わ、分かってるよ。だからーー」
「レオン様。どうしてなのじゃ? もしかして……お父さんは……本当にうちたちのこと……」
「そんなわけない! そんなわけ……お父さんは……優しくって……」
「で、でも、レオン様がマーゼちゃんから聞いて、うちたちに伝えれないって!」
まるでマリーとカルロスの言い合いのような勢いに、俺は思わず口をつぐんでしまう。
「き、きっと……それは何か理由があるの。じゃないと……」
「その理由も教えてくれないんじゃ。だったら、真実なんて一つしかないのじゃ」
「どうしてそんなこと言うの? まだ分からない」
「分かるのじゃ。そうに決まってるのじゃ。うちたちは理由も無しに捨てられーー」
「ちょっと待てー!!」
不毛な争いに終止符を打つ為、俺は声を張り上げて二人の肩に手を置いた。
「人の話は……最後まで聞こうね? 教えられなかった?」
「……教えられました」
「……のじゃ」
笑顔を取り繕いながら二人に圧を掛ける。
まぁ俺も理由から話せば良かった、と反省しながら、言葉を続けた。
「何か勘違いしてると思うけど、俺の口からは伝えれないってだけで、真実を隠そうとしているわけじゃない」
「……?」
「……のじゃ?」
「真実を話すのは……君たちのお父さんの口からだ」
ぽかんと口を開ける二人に、俺ははぁとため息をつきながら言葉を続ける。
「フェル……ポーラ。今日はもう時間も時間だから、明日おじさんから話を聞こう。また三人で行っても追い返されるだけだと思うから作戦を立てる。今日中には俺が考えるから、二人は身体を休めておいて。いいね?」
「は、はい」
「の、のじゃ」
「よし、じゃあ、今日は解散で。後、明日の昼頃にまた城に来るから、いつでも外に出られるようにしておいて」
「は、はい」
「の、のじゃ」
「じゃあ、また明日ね。おやすみ」
二人の肩から手を離し、そのまま部屋を後にする。
扉がパタンと閉まった拍子に、
「やっ、やった〜」
「今日は眠れないのじゃー!」
と扉から漏れた声が聞こえてきて、思わず笑みを浮かべた俺は歩き出す。
……あれ? ていうか……防音じゃなくないか??
ほんの些細な事……いや、割と大事に気づかない振りをして、宿屋へと帰路につく俺であった。




