第95話 過去
コンコンというノック音が響いて、フェルが扉を開く。
扉から姿を見せたのはこの城に入った当初、部屋の前でフェルとポーラを止めていた二人の騎士であった。
「レオン様大変お待たせしました。マーゼ王妃様のお暇が取れましたので、ご案内致します」
その言葉にきょとんとした後、俺はすぐに立ち上がり、ポーカーフェイスを装う。
「ありがとうございます。では、そこまで案内よろしくお願いします」
「むむぅ。もうそんな時間じゃったか」
「そうですね〜。あっという間でしたね〜」
気づけば二時間程話していたようだ。
体感的にまだまだ時間があると思っていた俺は、くつろぎながらポーラの話を聞いていた。
フェルとポーラの前ではもう気楽に接していられるが、他の人は別だ。
だらしない体勢で聞いている姿を見られるのは、少しだけ恥ずかしい。
二人の騎士の後ろを付いていき、案内された部屋へと辿り着く。
「レオン様を連れてきました」
「入っていいですよ」
「はっ」
扉越しから聞こえてきた声に反応した騎士はそのまま扉を開け、俺たちに向けて左手で中に入るよう促す。
その騎士に軽く会釈をした俺は、
「では、失礼します」
と声に出し部屋の中へと入った。
「レオンさんどうしたの?」
「すみません。大事な時間を取らせてしまって」
「いえいえ、いいのよ。とりあえず座りなさいな」
その好意に甘えた俺は、マーゼ王妃の対面にゆっくりと座る。
フェルとポーラも続いて、俺の両隣に腰を下ろした。
「それで……? ただ世間話をしに来たって感じでは……なさそうね?」
フェルとポーラの顔をちらっと見たマーゼ王妃は、俺に視線を戻す。
「はい。マーゼ王妃に聞きたいことがありまして」
何から聞こうかと考えてはいたが、聞くことなんて大まかに一つだけだ。
一度深呼吸をした俺は話を切り出す。
「フェルとポーラの親についてです」
「っ!?」
「……やはり何か知ってますね。教えてほしいです」
俺の言葉に大きく目を見開いたマーゼ王妃は、動揺した気持ちを落ち着かせたのか、すっといつもの表情に戻る。
「……話すことはできません」
「……? 何故でしょうか?」
「レオンさん。貴方はランド王国の冒険者です。この国に必要なフェルちゃんとポーラちゃんの事情を話すわけにはいかないのです」
「なるほど……」
つまり、マーゼ王妃はこう言いたいらしい。
信頼をしてないと。
だが、その言葉は妙に引っかかるものを感じた。
まるで、この話自体を避けたいみたいな。
そんなやりとりをする俺とマーゼ王妃に、フェルが横槍を入れる。
「マーゼちゃん、うち知りたいのじゃ。お父さんのこと……それにレオン様も側に居てほしいのじゃ」
「……お父さん? フェルちゃん、どうしてお父さんなの? お母さんのことは聞きたくない?」
「もちろんお母さんのことも聞きたいのじゃ。でも……」
テーブルの上に手を付いて身を乗り出したフェルは言葉を繋げる。
「お父さんの話から聞きたいのじゃ。それで、どんな理由でももう一度お父さんに会いたいのじゃ」
「……そっ……か。でも、フェルちゃん……本当は言いたくなかったけど……貴方たちの両親はもう亡くなったの」
「それは嘘だね〜」
「……」
「マーゼちゃん〜私たちは〜お父さんに会ったんだよ〜」
「……えっ?」
信じられないといった表情をしているマーゼ王妃をよそに、ポーラは口を開く。
「だからね〜なんで優しかったお父さんが〜私たちを捨てたのか知りたいな〜」
「うちもじゃ」
揺るがない決心を持っているフェルとマリーは、マーゼ王妃を見つめている。
そもそもこの二人に嘘は通用しない。
それは俺よりも長く一緒に暮らしていたマーゼ王妃の方が分かっているはずだが……
何故隠そうとしているのか分からない現状に、少しだけ嫌な予感が俺を襲う。
マーゼ王妃は二人を愛している。
二人もマーゼ王妃を愛している。
おじさんという本物の親が現れたところで、その気持ちが無くなるはずがない。
もしもマーゼ王妃が二人を束縛したいという気持ちがあるなら別だが……これはもっと他に……
「……なるほど。分かりました。では、二人のご両親の話をするかどうかは、レオンさんに判断してもらいましょう」
「ん?」
考え込んでいた俺はマーゼ王妃から放たれた言葉を理解できないでいた。
「どういうことでしょう?」
「フェルちゃん。ポーラちゃん。一度席を外してもらえる?」
「……どうして〜?」
「言ったでしょう? この話が聞きたいのならば、まずレオンさんの判断が必要だと」
「う、うちもここに居たいのじゃ」
「いや、ダメです。これが呑めないならこれ以上は何も言いません」
まるで子供を叱りつけるような口調で話すマーゼ王妃に、フェルとポーラが俺を見つめる。
俺は不安そうな表情をする二人に向けて、笑顔を取り繕った。
「じゃあ、とりあえず俺だけ聞くよ。少しの間だけ、自室で待ってもらえる?」
「……」
「で、でも……」
「大丈夫だって。マーゼ王妃も何か考えがあってのことだからさ……ね?」
数秒の沈黙の後、ポーラをゆっくりと腰を浮かせた。
「フェルちゃん〜。今は従うしかないよ〜。マーゼちゃんも退かないみたいだし〜」
「……分かったのじゃ」
ポーラの言葉に納得したフェルはソファから立ち上がり、しょんぼりとした顔で部屋から出て行く。
「……待っています」
切実な思いで頭を下げたポーラは、そんなフェルを追いかけるように部屋を後にした。
少しだけ胸が締め付けられる思いをするが、今は気にしていられない。
二人が出て行ったのを確認すると、再びマーゼ王妃に視線を移す。
「では、マーゼ王妃……」
「……分かりました。ちなみに聞きますが、二人のお父さんに会ったのはどの辺りで……?」
「中央の噴水場から東南の位置にある寂れた地区ですね」
「なるほど……」
ふっと寂しく笑ったマーゼ王妃はそのまま言葉を続ける。
「本当は……ずっと隠していたかったんです。あの方もそう思っていたのでしょう」
「おじさんと面識があるのですか?」
「はい……もう二十年程前でしょうか。二度ほど護衛についてもらったことがあります」
「マーゼ王妃のですか……」
「はい。でも、まだその時はここに嫁ぐ前の話です……一人でBランク冒険者までなったあの方は、この街では有名でした」
寂しそうな表情を浮かべるマーゼ王妃は淡々と口を開く。
「いつも無愛想な表情をしてるのに……その瞳はとても優しくて……そう……今のレオンさんのような」
「……は、反応に困ります」
「ふふっ。でも、少し強面だったからですかね……あの方に近づく人はあまりいませんでした。とても優しい人なはずなのに、もったいないなと当時は思っていたものです……そんなあの方に子供が産まれたと聞いたのは、それから一年後のこと。私がここに嫁いでからすぐでした」
「……一つ質問よろしいでしょうか?」
「はい」
「何故……マーゼ王妃が一人の冒険者の私情を知り得たのでしょうか?」
王妃ともなれば冒険者との面識は皆無になるはずだ。
それはこの国も同じだと思うのだが……
俺の言葉にぽけーっとするマーゼ王妃は、理解が追い付いたのか、柔らかな表情で微笑んだ。
「あぁ。それなら騎士から聞いたのですよ。ランド王国の王妃様は分からないですが、私と騎士たちはたまに世間話をするくらいの仲なので」
「……な、なるほど」
「はい。話を戻しますが、ポーラちゃんが生まれた二年後にフェルちゃんも産まれました……ただ奥様は、フェルちゃんが産まれるのと同時に亡くなられました。あの方にはとても辛い出来事だったのでしょう……ですが、それでもポーラちゃんとフェルちゃんを男手一つで育てていたと聞いています」
「そんなおじさんが……どうして二人を捨てたんでしょう?」
これが一番聞きたかったことだ。
あの人が愛していた娘を捨てた理由を。
俺の素直な疑問にマーゼ王妃は顔を俯かせた。
「……捨てたのではないのです」
「……えっ?」
捨てて……ない??
未だに確信に辿り着けない俺は、マーゼ王妃の言葉に耳を傾けることしかできない。
「今でも……私は分かりません」
「何がでしょう……?」
「レオンさんは……罪なき人を殺めたいと思った時はありますか?」
「……すみません。言ってる意味が理解できないんですが……もちろん今まで……」
ドクンッ
と心臓が飛び跳ねる。
一人だけ……俺の頭によぎった者がいる。
第一騎士隊長ルキース・リスレイガ。
国による裁きは受けなかったがあいつは確実に罪人だ。
だから、殺したいと黒い感情が出たのも仕方なかったことで……
言葉に詰まらせてしまったのがいけなかったのか、マーゼ王妃は複雑そうな表情を浮かべた。
「やはり……レオンさんでも……」
「い、いや、ないですよ。何故そんなことを聞くのでしょうか?」
「……」
ドクドクと心臓の鼓動が早まる。
俺の動揺を悟られたのか知らないが、マーゼ王妃は少しの間口を噤んだ後、信じられない言葉を口にした。
「……あの方は殺人の罪で繋囚されたんですよ」
「……どういう……ことですか?」
俺の質問にマーゼ王妃は再び顔を俯かせた。
あのおじさんとは出会ってまだ間もない。
だが、殺人を犯すような人柄でもないし、ギルドが認めたBランク冒険者だ。
冒険者というのは血の気が多い者が多くいるが、人を無闇矢鱈に斬り殺す者は居ない。
それにBランク冒険者になれた者が、性格に難があるとは思えない。
殺人の罪で繋囚されたと言うマーゼ王妃のことを疑うわけではないが、少しだけ信じられない言葉であった。
俯いたマーゼ王妃は、そのままテーブルを見つめながら口を開く。
「その言葉通りの意味です。あの方は四人を斬り殺しました」
「証拠は? おじさんは罪を認めたんですか?」
「……はい」
「……じゃあ、何故極刑にしなかったのでしょうか? 四人を斬り殺したのならば、普通は極刑だと思うんですが」
「情状酌量の余地があったのと……これは秘密にしてくれますか?」
「……はい」
「私が裏で口を出しました」
「えっ……」
その言葉に思わず呆気に取られる。
王妃が冒険者の罪を軽くする。
こんな事許されるわけがない。
それがまかり通れば、悪事は全て揉み消すことが可能になるからだ。
俺は一つ咳払いをした後、口を開く。
「情状酌量の余地って言いましたが、具体的には?」
「正当防衛であったそうです……先に殺そうとしたのは四人の方だったと」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってください。もし本当に正当防衛なら無罪では? それにマーゼ王妃は加担したのですよね?」
「はい。ただ……被害者の中には力も何もないお医者様が居たそうで……正当防衛という理由でそのお医者様を殺すのは、司祭も納得できないものがあったらしいです。私の意見とあの方がBランク冒険者だったということで、極刑は免れましたが、十年の繋囚が決められました」
マーゼ王妃の言葉を聞いた俺は、顎を触って思考に耽る。
医者がもし凶器を持ったとしても、Bランク冒険者の手にかかれば赤子の手を捻るのも同然だ。
だが、おじさんはその医者含めて四人全員を殺した。
そうなれば、理由としては真実味に欠けるものがあるのは間違いない。
「レオンさん」
「はい?」
「貴方は……これが真実だと思いますか? この話をフェルちゃんとポーラちゃんに……伝えるべきことだと思いますか?」
顔を上げたマーゼ王妃は、悲痛な表情をしていた。
フェルとポーラを席から外した理由が、今になってやっと分かった。
おじさんが言った理由が真実だとすればただの正当防衛になる。
ただ……逆の場合は最悪だ。
優しい人の皮を被った罪人で、無差別に人を斬り殺したというなら二人の心に深い傷をつけることになる。
前者であれと願うのは簡単だが、二人のことを考えればひどく思い悩む。
ただ……
俺はゼオの言葉を思い出す。
(ポーラさんとフェルさんのお父さんはきっとまだ愛してくれているはずです。もしも、お二人のお父さんが酷いお父さんだったら……一緒に泣いてあげますから……もう一度向き合ってみませんか?)
ゼオの言葉でフェルとポーラは、もう一度向き合う決意を決めた。
ならば、俺がやることは一つだけ。
「……マーゼ王妃」
「はい」
「それなんですが……俺思いついちゃいました」
「え? 何をでしょう?」
目を丸くさせているマーゼ王妃に、俺は立ち上がり力強く言葉を発した。
「俺の口でもマーゼ王妃の口でもなく……おじさんの口から直接聞かせてあげましょう」
マーゼ王妃は俺の言葉の意味が読み取れなかったのか、王妃らしからぬぽかーんとした表情をするのであった。




