第93話 昔話
窓から見える景色はどんよりと黒い雲に覆われ、激しい雨が家の屋根を打ち付けていた。
「僕とルナは双子です。ポーラさんとフェルさんと同じで、ずっと一緒に暮らしていました」
ゼオが語り出す。
それに口を挟む者は誰も居なかった。
「僕たちがまだ赤ちゃんだった頃、両親は魔物に襲われて亡くなりました。その時の記憶はもちろんありません。どんな風に僕たちを愛してくれていたかも分かりません。本当ならその時に僕たちの命も一緒に尽きるはずでした」
フェルは俯いていた顔を上げて、ゼオを見つめている。
ポーラもゼオの口から出る言葉に、嘘偽りがないか判断するようにじっとゼオの顔を見ていた。
「そんな僕たちの命を救ってくれたのは、一匹の龍です。最初は気まぐれに救ってくれた。ですが、歳を重ねるごとに僕たちに愛情を注いでくれて……」
幸せな日々を送っていた昔を思い出すかのように、一つ一つ振り絞りながらゼオは言葉を続ける。
「十年経った頃、その龍は黒絶病になりました。どんな治癒も効かず、どんなポーションでも治らない。ずっとずっと一緒だと思っていた……本当のお父さんのように愛してくれたっ……」
少しだけ震えた声を出したゼオは拳をぎゅっと握り、無邪気に微笑んだ。
「そんなお父さんは幸せそうに天国へと旅立ちました。でも、お父さんがくれた愛情を忘れたことはありません……だから、ポーラさんに伝えたいんですよ。
お父さんが生きてる今は、現実から逃げないでくださいって。ポーラさんとフェルさんのお父さんはきっとまだ愛してくれているはずです。もしも、お二人のお父さんが酷いお父さんだったら……一緒に泣いてあげますから……もう一度向き合ってみませんか?」
あまりにも優しい声色にフェルとポーラはいつの間にか涙を流していた。
そんな二人にルナは近寄り、手を取る。
「きっと大丈夫だよ。あのおじちゃん優しい人だったもん。ルナはこの目で見たんだから」
本当の両親も育ててくれたブラックもいないルナとゼオの言葉は、悲しさや寂しさなど微塵も感じさせないもので、そのあまりにも健気な二人に少しだけ視界が滲む。
うっうっと嗚咽を漏らすフェルと静かに涙を流すポーラが落ち着くまで、俺たちは黙ってその様子を見守るのであった。
「私のお父さんは……優しい人でした〜」
泣き止んだポーラはぽつりと呟き、遠い目で窓から見える景色に視界を移す。
「絵本を沢山読んでくれて〜何をしても褒めてくれて〜その度に頭を撫でてくれました〜」
「……うん」
「あの家に入った時〜幼い頃の記憶がぶわ〜って蘇ってきたんです〜。いつも笑顔で私たちを……私たちを抱きしめてくれて……」
ポーラの視線が隣にいるフェルに向けられ、そのままフェルの頭を優しく撫でる。
「そんな優しいお父さんが〜どうして私たちを捨てたのか〜未だに分かりません〜。レオンさん。私はまたお父さんと話したいです〜」
「そっ……か。うん。そうだよね」
「うちも……知りたいのじゃ。お父さんがどんな人で、どうして私たちを捨てたのか……」
おじさんがフェルとポーラを捨てた理由。
俺は顎を触って思考に耽る。
幼子を捨てる理由なんて大きく分けて二つしかない。
金銭に余裕がなかったか、愛情がなかったか。
だが、フェルとポーラから話を聞く限り、その二つが理由ではないだろう。
おじさんはBランク冒険者だったと言っていた。
つまり、生活に困ることはないはずだ。
そして、フェルとポーラは愛されていた。それが、現実逃避からできた幻想ではない限り。
それなら……理由はなんだ?
思考を巡らせる俺をよそに、レティナが口を開く。
「ねぇ、フェルちゃんとポーラちゃんは城で育ったんだよね?」
「はい〜」
「そうなのじゃ」
「城で王妃様に招かれたのって、魔法適正があるだけだったんよね? 私思ったんだけど……本当にそれが理由なのかな?」
「……?」
「のじゃ?」
「この国がどれだけ魔法を重要視しているのか知らないけど……普通はそれだけで国王が住んでいる城に招かないと思うけど」
確かにレティナの言う通りだ。
城に招かれる前に可変魔法を習得していたとなれば話は違うが、フェルとポーラが可変魔法を覚えたのはその後だったはず……
もしかして……マーゼ王妃が何かを知っている?
確信に至るわけではないが、情報収集をしなきゃ何も分からない。
俺は一つ咳払いをして、口を開いた。
「よしっ。じゃあ、フェルとポーラ。一度城に戻ろうか。マーゼ王妃に話を聞きに行こう」
「……? マーゼちゃんにですか〜?」
「うん。今はまだ分かんないけど、二人の過去を知ってるかもしれない」
「それは……私たちに何か隠し事をしてるってことですか?」
ポーラが真剣な眼差しで見つめてくる。
俺はそんなポーラを安心させるように笑顔を取り繕った。
「大丈夫だよ。ポーラ。仮に知っていたとしても、マーゼ王妃は二人の為を想って隠していると思うんだ……小さい頃から、愛してくれたんでしょ?」
俺の言葉にポーラの表情は段々と柔らかくなっていき、ふっと微笑んだ。
「……そうですね〜。分かりました〜」
「でも、レオン様。マーゼちゃんはいつも忙しいのじゃ。話を聞けるかどうかも分からないのじゃ」
「それなら、明日聞きに行けばいい。どちらにしても、何か知っている可能性は高いと思うからね」
「分かりました〜」
「それと、みんなはおじさんに話を聞きに行ってほしい。フェルとポーラといた俺だったら何も話してくれないだろうけど、みんなは違う。俺から何も聞いていないように装って、さりげなくおじさんの過去を聞き出してくれないかな?」
「把握した。ミリカ得意」
「分かったー」
「それ……俺にできるかぁ? そういうのすげぇ苦手なんだが」
「大丈夫ですよカルロスさん。カルロスさんはいつも通りご飯でも食べてれば、怪しまれません」
「言い方は気に食わねぇが……そうだな。じゃあ、聞き出しはお前らに任せるわ」
「皆さん〜どうかよろしくお願いします〜。それと〜」
そう言いながらポーラはベッドから立ち上がり、ゼオとの距離を縮めると膝を曲げた。
「ゼオ君。私に立ち向かう勇気をくれて……ありがとうございます」
「いえいえ。元気が戻ったようで何よりです」
「ねぇールナはー?」
「ルナちゃんもありがとうございます」
ポーラはルナとゼオに小さく頭を下げる。
その様子を見た俺は、ほっと安堵した後、外套を取りにカルロスの部屋を後にした。
正直なところ俺では、ポーラの心の内を洗いざらい吐かすことはできなかったかもしれない。
俺の両親はまだ生きているし、俺自身愛情を注がれて育ってきた。
なので、おじさんに捨てられた二人と俺の間には、分かろうとも分かり合えない溝があったのだが……
「ゼオも……ほんとに成長したな」
ぽつりと呟き、身支度を整える。
フェルとポーラの問題をいまだに解決できてはいないが、あの場で淡々とポーラに語りかけるゼオを思い出して、俺はつい笑みが溢れるのであった。




