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第92話 現実逃避


 宿屋へと着いた俺は、レティナとルナがいる部屋の扉をコンコンとノックする。


 「はーい」


 部屋の中からレティナの声が聞こえてきて、ガチャリと扉が開かれた。


 「あれ? レンくんに……フェルちゃんとポーラちゃん?」

 「レティナごめん。フェルとポーラにお風呂を貸してくれない?」

 「えっ、別にいいけど……どうしたの?」

 「……」

 「……」


 俯いたまま答えようとしない二人の代わりに、俺はレティナの瞳をじっと見る。

 心配そうにフェルとポーラを見つめていたレティナは、俺と目線が合うと一度だけ頷いた。


 「……レンくんは部屋で待ってて。後で、呼びに行くから」

 「あぁ。助かるよ」


 そのままフェルとポーラをレティナに預けた俺は、自室へと戻る。

 外套を脱ぎ、レティナが呼びに来るまでベッドに身を預ける。


 目を瞑れば先程の光景が蘇ってきて、思わず身を縮めた。


 (ねぇ、お父さんだよね!? ねぇ!)


 必死におじさんの身体を揺らすポーラは、明らかにその事実に確信を持っているようだった。

 いつものほほんとしているポーラと天真爛漫なフェル。

 その二人にお父さんと呼ばれていた至高の焼きそばを作るおじさん。


 あの三人に何があったのかは今は分からない。

 なので、今はレティナを待つことしかできない。


 「はぁ……」


 短いため息をついた俺は、瞳を開けて天井をぼーと見つめていた。



 それから数十分後、部屋の扉がコンコンとノックされて、俺は上半身を起こす。


 「レンくん……入ってもいい?」

 「いいよ」


 キィーっと開かれた扉からひょっこりと顔を出したレティナは、なんだか気まずそうな表情を浮かべていた。


 「あの……レンくん。部屋まで来てくれる?」

 「う、うん。いいけど……事情は聞けた?」

 「それがね? "なんでもない"って言うだけで、何も教えてくれないの」

 「なるほど……」


 俺は顎を触って思考に耽る。


 なんでもないはずがない。

 二人は俺が声をかけても反応できないほど泣いていたし、おじさんのことをお父さんと呼んだのだ。

 何も喋りたくないかもしれないが、このまま放っておくこともできない。


 「……レティナ。今、二人はどうしてる?」

 「えっと、ルナちゃんが見てくれてるよ?」

 「分かった。じゃあ、一旦ルナを呼んできてくれない? 俺はカルロスたちを呼びに行くよ」

 「うん。分かったけど……この部屋にみんなを集めるの?」

 「あーそっか。この部屋じゃ狭すぎるか……じゃあ、カルロスの部屋に集合ね。フェルとポーラには少しだけ待っててって言っといて」

 「うん。分かったよ。じゃあ、少し待っててね」


 そう告げたレティナはゆっくりと扉を閉める。


 先程あった内容をみんなに伝えるかどうかは悩むところだが、きっとフェルとポーラに何を言っても"なんでもない"で済まされるだろう。

 なら、先にみんなに話しておいた方が何かと話を進めやすい。


 そう思った俺はベッドから立ち上がり、すぐにマリーの部屋へと向かい、扉をノックする。


 「マリー、ミリカ……いる?」

 「あっ、ごしゅじん」


 中からミリカの声が聞こえ、すぐに扉が開かれる。


 「あれ? ミリカだけ?」

 「うん。マリー買い物」

 「そうなんだ……どうしようかな」

 「何かあった?」

 「まぁ……ね。いつ帰って来るって分からない?」

 「分かんない」

 「そっか。今、ミリカは暇?」

 「っ!! 暇。とても暇。すごく暇。デート?」

 「い、いや……違うんだけど……少し話があってね」

 「……把握した」


 言い方が悪かったかもしれない。

 残念そうに肩を落とすミリカは俯き、床を見つめていた。


 二年という短い期間の仲だが、こうなったミリカの気分を上げる方法がある。


 それは頭を撫でるということ。


 俺は優しくミリカの頭を撫でると、ミリカは目を細めて気持ちよさそうにする。


 「じゃあ、まずはカルロスとゼオの部屋に行こうか」

 「把握した」


 いつもの表情に戻ったのを確認した俺は、そのままカルロスとゼオがいる部屋へと向うのであった。






 「それで? 話ってなんだ?」


 幸いなことにカルロスとゼオは部屋で暇を持て余していたようで、今はマリーを除いたみんながカルロスの部屋に居る。


 「あぁ。それなんだけどね」


 俺は覚えている限りの今日あった出来事をみんなに話した。

 淡々と話す俺に対して、みんなは一度も口を挟むことなく最後まで熱心に耳を傾けてくれた。

 数十分掛けて話し終わると、最初に口を開いたのはゼオであった。


 「あの……それでフェルさんとポーラさんは、今レティナさんの部屋で待ってるんですよね?」

 「うん。そうだね」

 「なら、早く行きましょう」

 「おい、待てゼオ。レオンの話聞いてたか? あの二人が口を割らねぇかもしれねぇだろ」

 「それでもです……それでも……みんなで行けば心は休まるはずだと思います……僕もそうでしたから」


 ぽつりと最後に言った一言は、有無を言わさぬ説得力があった。

 口を噤んだカルロスの代わりに、ルナが口を開く。


 「うん。ルナも同じ。レオン? 行こー?」

 「……ん。そうだね。じゃあ、行こうか」


 俺が立ち上がると、みんなが一同に立ち上がる。


 もしも話を聞く事ができなければ、明日また聞きに行けばいい。

 フェルとポーラとは知り合ってまだ四日の仲だが、それでも放置していい問題とは少しも思わない。

 今日入れて俺がこの王都から出るまで、あと四日だ。

 三日後の夜十時には護衛の話をする為に、リリーナの元へと行かなくてはいけない。

 つまり、猶予はそれまで。


 この問題は予想以上に根深いかもしれない。

 そう不安に思っていると、レティナの部屋に辿り着く。


 「フェルちゃん、ポーラちゃん。入るよー」


 声を掛けたレティナはノックもせずに、扉を開けた。

 レティナが部屋へと入るのに続いて、俺を含めたみんながぞろぞろと中に入って行く。


 「あれ〜皆さんお揃いで〜どうしたんですか〜?」


 ベッドで腰を掛けていたポーラは、いつもの覇気のない声で俺たちを見回す。

 隣にはフェルも居るのだが、そのフェルはベッドのシーツをぎゅっと握り俯いていた。


 「話を聞こうと思ってね。俺がみんなを呼んだんだ」

 「まぁ〜そうなんですね〜。ところでレオンさ〜ん」

 「ん?」

 「私〜お腹が空きました〜早くご飯が食べたいです〜。フェルちゃんもですよね〜?」

 「……そうなのじゃ」


 ポーラの表情を見ればなんとなく分かる。

 もう話を掘り返さないでほしい……と。


 だが、それは現実から逃げているだけだと感じた俺は、一度息を吸ってからゆっくりと本題に入った。


 「ポーラ……さっきのおじさんのこと教えてくれない?」

 「……なんの話ですか〜?」

 「お父さんなんだよね?」

 「いえ……違いますよ〜。私の勘違いでした〜」

 「フェルは? どう思うの?」

 「……」

 「フェル……?」


 俺はフェルの近くまで近寄り、膝を落とす。

 ずっと俯いていたフェルは、何かを堪えるように唇を噛んでいた。


 「レオンさ〜ん? あんまり〜フェルちゃんを虐めないでください〜」

 「別に虐めてないよ。フェルの気持ちが知りたくてね」

 「だから〜フェルちゃんも〜勘違いしちゃったんですよ〜」

 「……どうしてそれをポーラが分かるの?」

 「それは〜生まれた時から〜私とフェルちゃんはずっと一緒にいるからです〜」

 「そっか。でも、俺はフェルの口から聞きたいな。フェル……あのおじさんは君のお父さん?」


 真剣にフェルの瞳を見つめる。

 ポーラは何を言っても折れないようだが、フェルは違う。

 フェルはきっと迷っているはずなのだ。

 お父さんという事実を言うか言わないか。


 見つめていた俺にフェルの視線が合うと、フェルは少しだけ震えて小さく答えた。


 「……お父さんなのじゃ」

 「……フェルはどうしたい?」

 「うちは……うちは…………お父さんと話したいのじゃ」

 「そうだよね。じゃあーー「もう無理なんですよ」


 俺の話を遮ったポーラをふと見る。

 まるでこの世の悲しみを全てかき集めたんじゃないかと思わせる表情で、ポーラはふっと苦笑した。


 「レオンさんは捨てられた人の気持ちが分かりますか?」

 「……分かんないよ」

 「ですよね。だから、そうやってぐいぐい踏み込めるんですよ」

 「うん……それはごめん。でも、このまま放置することはできない」

 「……うるさいな。フェルちゃん、もう行こう? マーゼちゃんが待ってるよ」


 フェルの手を握ったポーラは腰を上げる。

 すると、ずっと黙っていたゼオが口を開いた。


 「なんで……認めようとしないんですか?」

 「……はい?」

 「ポーラさんは逃げてるだけですよね?」

 「…………ゼオさんに何が分かるんですか?」


 ゼオに向けてポーラが闘気を放つ。

 カルロスの指導を受けているゼオだ。

 並大抵の闘気じゃ腰を抜かすことも震えることもない。

 怒りで闘気を放っているポーラに対して、普段はそれを許さないカルロスやレティナはその様子を黙って見守っていた。


 「ポーラさん、僕は……」


 ゼオはポーラに歩み寄るように一歩だけ近づく。

 そして、ポーラの瞳をじっと見つめたゼオはそのまま言葉を繋げた。


 「お父さんを二人亡くしました」


 ゼオの言葉にすっと闘気が収まると共に、ポーラの目が見開く。

 ポーラは嘘を見分ける可変魔法で自身の瞳を作り変えている。

 つまり、ゼオが言っていることは真実だとすぐに分かるはずだ。


 何も言わないポーラに対して、ゼオはゆっくりと口を開くのであった。

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