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第91話 ポーラ・レルミッド


 ザァーと降り止まない雨の中、私とフェルちゃんはレオンさんに手を引かれてボロ屋を後にする。


 「やっぱり夢なんかじゃ……なかった……」


 ぽつりと呟いた私の言葉にレオンさんはピクッと反応したが、何も聞こうとはせずに、ぬかるんだ道をただただ三人で歩いていった。











 私は幼い頃の記憶がほとんどない。

 覚えている記憶は朧気で、まるで夢だったのではないかと思わせるそんな記憶ばかり。


 五歳の時に両親から捨てられた私を拾ってくれたのは、信じられないことにこの国の王妃様であった。

 どういった経緯で拾ったかなんて聞いたことはない。

 もしも 「魔法の適正があったから。ただそれだけ」 と言われたら、立ち直れないかもしれないからだ。






 「こらっ。また、お城を走り回っていたでしょ。騎士さんから話は聞いたわよ?」

 「だって、ちゅまんないのじゃ」

 「そうだね〜。おしろたんけんのほうが〜たのしいよね〜」

 「んー、じゃあ、分かったわ。一緒にお庭に行きましょ?」

 「やったのじゃー」

 「わ〜。うれしい〜」

 「マ、マーゼ王妃様……」

 「なに? この子たちが居て何か困ることがあるのかしら?」

 「い、いえ……ですが……」

 「この子たちは私の子供のようなものです。それ以上反論をすると言うのならば……」

 「……はっ。分かりました」



 マーゼちゃんは、いつだって私たちを我が子のように愛してくれた。

 本当ならば国の王妃様に 「ちゃん」 と付けるだけで、不敬罪に当たるはずなのに、そんな事は一切気にせず、いつも優しい笑顔を向けてくれた。


 マーゼちゃんと初めて会った時の記憶だけは、鮮明に覚えている。


 大きな部屋の中で暮らすようになった私たちには、御守りさんが居た。

 今思えばすごく優しい人だったはずなのに、その頃の私たちは何一つ言うことを聞かなかった。

 魔法を教授してくれる人も騎士の人たちも……全員が全員、私たちの敵だと思っていたからだ。


 「きょうはあのひとたち〜こないね〜」

 「うん」

 「じゃあ、なにしてあそぶ〜」

 「おままごとじゃ〜」

 「は〜い。じゃあ、わたしは〜おとうさん〜」

 「え〜。うちもおとうひゃんがいいのじゃ〜」


 フェルちゃんと二人で遊んでいると、不意に扉が開かれた。

 あの瞬間は忘れもしない。


 「わ〜きれい〜」

 「のじゃ〜」


 赤いドレスを身に包んでいるその女性は、ニコッと微笑み私たちの近くで腰を下ろす。


 「フェルちゃんとポーラちゃんかしら?」

 「そうだよ〜。ねぇねぇ、あなたは〜おにんぎょうさん〜?」

 「ふふっ。そう見える?」

 「のじゃ〜」

 「ううん。違うわ。私はね……この国のお姫様よ」

 「えぇ〜ほんと〜?」

 「えぇ、ほんとよ?」

 「お〜。わたしはじめてみた〜」

 「うちも〜」


 それがマーゼちゃんとの初めての出会い。


 あまりの綺麗さに私たちは反抗することも忘れていた。

 マーゼちゃんの青い瞳は宝石のようにキラキラとしており、長いサラサラとした青髪はこの人の容姿にピッタリと似合っていた。

 幼心ながらにこんな人になりたいと思わせるほどのマーゼちゃんに、私たちはすぐに懐いたの覚えている。


 それからマーゼちゃんと何度も遊んだ。

 マーゼちゃんはあまり遊んだことがないらしく、部屋の中でできる遊びをフェルちゃんと二人でいっぱい教えてあげた。


 「おひめさま〜つぎは〜なにしてあそびたい〜?」

 「ふふっ。ポーラちゃん……私の名前はマーゼって言うの」

 「え? おひめさまは〜おひめさまじゃないの〜?」

 「んー、そうね。お姫様でもあるけど……本当の名前はマーゼって言うのよ? もしよければ、二人にそう呼んでもらいたいわ」

 「わかったのじゃ〜。マーゼちゃん」

 「マーゼちゃんって〜かわいいなまえだね〜」

 「ありがとう。みんなには内緒だからね?」

 「のじゃ」

 「は〜い」


 マーゼちゃんはその頃お忍びで私たちの部屋まで来てくれたらしい。

 もしもマーゼちゃんが現れず、あの部屋の中でフェルちゃんと二人っきりだったら、私たちは常識を知らずに大人になっていたかもしれない。






 マーゼちゃんのお陰で、あまり反抗しなくなった私にも、一つだけ心を締め付けるような出来事があった。

 それは大人になった今でも起こるもの。



 「うぅ……おとう……っさん」



 白い髭が特徴的で、私が何をしても優しく頭を撫でてくれるお父さん。

 そんなお父さんの夢を度々見ることだ。


 夢の中では、フェルちゃんと私がお父さんの膝の上に乗って、お父さんは私たちに絵本を読み聞かせてくれる。


 王子様がお姫様を救う話。

 せっせと働く蟻が様々な問題にぶつかる話。

 冒険者が英雄になる話。


 笑顔が絶えない家の中、 「ずっとこのまま居たいな〜」 と願った刹那、目の前がぷつんっと真っ暗になるのだ。


 気がつくと目の前には、鎧を着た人たちが怖い顔で私たちを取り囲んでおり、フェルちゃんと二人で抱き合いながらお父さんが来るのを待つ。


 怖くて怖くて仕方がなくて、早くお父さんの笑顔が見たくて……


 だが、どれだけ待ってもお父さんはやって来ず、私たちはその鎧を着た人たちに連れて行かれる。


 その光景を見た後、決まって夢は覚めるのだが、あんなにも優しかったお父さんが私たちを捨てる訳がないので、その夢は私自身が妄想したものだと勝手に決めつけていた。


 そんな幼少期から月日が経ち、大人になった私たちはある冒険者の英雄譚を聞いた。


 史上最年少でAランクへと昇り詰め、そのまま一年というとても短い期間でSランク冒険者となった者。

 レオン・レインクローズ。


 マリン王国にも伝わったその冒険者に、私とフェルちゃんはすっかり虜になっていた。

 <魔の刻>がやってきた偉業は、人から聞く限りあまり目立ったものはなかった。

 だが、それは伏せられていると私たちは思い、いつかマリン王国まで来てくれないだろうかと何年も思っていた。


 その思いが実ったのは、その日から三年後のことだ。




 噂通りの優しい雰囲気に、何かを隠している……


 そんな第一印象。


 嘘を見破る瞳に変えている私が質問をすれば、全ての事柄を暴くことができるだろう。

 だが、彼の秘密にしようとしているものは、私では到底想像ができない深い闇のようなものを感じた。


 何故か分からないけど……私はそこに親近感が生まれるのであった。


 それからは、<魔の刻>のメンバーと一緒に食事を共にしたり、隠されたレオンさんの冒険譚を聞くことができたりと、物凄く充実した日々であった。


 そんなレオンさんが美味しい食事に連れて行ってくれると言うので、もちろん断る意味なんてなく、フェルちゃんとレオンさんの三人で店へと向かった。


 あまり外食をしてこなかった私は、レオンさんが紹介してくれる店に興味津々であった。

 それは、フェルちゃんも同じだろう。


 違和感を覚えたのは寂れた風景を見た時だ。


 来たことがないはずなのに、何故かその風景を見たことがある。

 それももっと低い視点から。


 思い出せない記憶に立ち止まった私をレオンさんは手を取り、ボロ家の中へと連れて行く。



 懐かしい木の匂いと覚えがある部屋の間取り。



 この家には初めて訪れたはずなのに、過去に何度も訪れた気がした。


 「……ポーラ。ほんとに大丈夫?」


 「………………」



 レオンさんが心配そうな顔をしていたが、私は思い出そうとすることに必死であった。

 そんな時、



 「……やっぱり……ここ見覚えがあるのじゃ」


 「え?」


 「……絶対に来たことないはずじゃ……なのに……なんで……なんでこんなに懐かしいと思うのじゃろ」


 フェルちゃんの言葉で確信に至る。


 やっぱり……ここは………………


 家の中を見渡していると、大きな大黒柱が目に映る。

 すると、脳内を駆け巡るかのように幼い記憶がふっと蘇った。






 (みて〜おとうさん〜わたしがかいた〜)


 (おぉ! 凄いじゃないかポーラ。こりゃ、画家の才能があるかもしれないな)


 (がか?)


 (そうだフェル。ほらっ見てみろ。ポーラがフェルも描いてくれたぞ?)


 (わー。かわいいのじゃ)






 幸せだったその時の記憶を思い出した私は自然と口を開いていた。


 「…………ここに……」


 「……?」


 「…………ここに絵を描きました……」


 私とフェルちゃんと……


 「それで、私は……褒められて……頭を撫でられました」


 「……うん」



 言葉を繋げようとした瞬間、扉が開かれる音がした。



 「おい、レオン。また来たのか?」



 ドクドクと高鳴っていく鼓動と共に、視界がじわりと滲んでいく。


 この声……って……


 ふるふると震える身体をなんとか抑えて、扉を開けた人物にゆっくりと目線を移す。



 「……お……とうさんっ?」



 滲む視界の中、白い髭が特徴的なお父さんの姿がそこにはあった。


 あれは……夢じゃなかった。

 お父さんは……ちゃんと居たんだ。


 夢の中で見た時よりもずっと年老いたお父さんは、目を大きく見開いて私たちを見ている。


 ずっとずっと夢にしか出てこないお父さんが目の前にいる。

 頬を伝う涙の感覚がこれが現実だと知らせてくれる。


 早くその腕で私たちを抱きしめて、優しく頭を撫でてほしい。

 そんな想いで今すぐにでも駆け寄ろうとした私の身体を止めたのは、お父さんの信じられない言葉であった。



 「……何を……言っている?」

 「……えっ……?」

 「誰がお父さんだ。寝言は寝て言え。おい、レオン。こいつらはお前の連れか?」

 「あ、あぁ。そうだけど」

 「生憎だが今日は疲れてんだ。また今度にしてくれ」


 ふっと視線を逸らしたお父さんは、地面に落とした食材を拾い上げ、私たちの前から"また"いなくなろうとした。


 「ねぇ、お父さんでしょ!? ねぇ!」



 身体が自然と勝手に動いていた。



 (もう……居なくならないで)



「……だから、寝言は寝ていいな。嬢ちゃん。今日は疲れたって言ったろ。外は雨みたいだが、もう帰ってくれ」



 (また、昔みたいに優しい笑顔で私の頭を撫でてよ)



 「……私覚えてる……この家も……この土地も……ほらっあの大黒柱に書いた絵だってーー」

 「うるせぇ!!!」



 私の腕を払い除けるお父さんの目は、まるで他人を見ているような眼差しだった。


 なんで? どうして?


 そんな気持ちがぐるぐると巡って……私が知っているお父さんはこんな怖い人じゃなくて……













 そして、気づいてしまった。




 (あぁ……そうだった。この人は私たちを捨てたんだった)





 フェルちゃんが何かを言っている。

 そんなフェルちゃんにもお父さんは、私に向けた目つきをする。


 冷静に考えれば、分かるはずだった。

 夢に見た事が現実なら、お父さんはもう私たちを愛してくれてはいないと。


 その事実に胸が張り裂けそうになる気持ちで一杯になり、言葉より涙が止めどなく溢れた。












 「……お父さ……っん」



 レオンさんに手を引かれながら行き先が分からない場所へと歩いていく。

 もう二度と会うことはないお父さんを思い出しながら。

 

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