表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/300

第90話 偶然の再会


 城を出てから五分ほど。

 外の景色は今朝と変わらず、黒い雲に覆われていた。

 いつ雨が降ってもおかしくない天気の中、俺たちは街の中を歩いていく。


 「楽しみなのじゃ。楽しみなのじゃ」


 るんるん気分で歩いているフェルは、早く店に着かないかと待ちきれないようだ。


 「まだ、少し歩くよ。ちなみに、フェルとポーラって東にある退廃地区には行ったことある?」

 「あ~ないですね〜。マーゼちゃんにあそこは危ないところだから〜と言われていたので〜」

 「そっ……か。今から行く店がそこにあるんだけど……他の店にした方がいいかな?」

 「いや、そこに行きたいのじゃ。レオン様と一緒なら何も怖くないのじゃ」

 「よしっ、じゃあ予定通りに行こうか」


 屈託のない笑顔を見せるフェルに俺はそう言葉を返す。

 あの退廃地区にフェルとポーラが二人っきりで行けば、襲われる可能性があるが今は俺が居る。


 こんなに信頼を寄せてくれるなら、必ず守ってやらないとな。


 そんな事を思いながら、そのまま三人で街を歩いていると、ふとある事に気づく。

 それは時々、視線を感じるということ。


 まぁ……そりゃそうか。

 俺は両隣で歩く二人を見る。

 二人の容姿は整っており、体型は真逆。

 フェルは小さいながらに巨乳で、ポーラはスリムな身体つきをしている。


 そんな二人と横並びで歩いている俺も、やはりと言うべきか少しだけ目立ってしまうようだ。

 フードを被って顔を隠しているせいか、チラリと視界に映る人々は訝しげな表情を浮かべていた。

 ただ、俺はこういう視線に慣れている。

 今更気にしたって仕方がないことだ。


 フードを再度深く被った俺は、先程話していたマーゼ王妃のことを思い出した。


 「そういえば、マーゼ王妃は本当に二人のお母さんみたいだったね。すごく愛しているのが伝わったよ」

 「そう改めて言われると少し照れるのじゃ」

 「そうだね〜。もし拾われてなかったら〜って考えると〜少しゾッとするね〜」


 マーゼ王妃もそうだが、二人も心の底から愛しているのだろう。

 瞳から、表情から、声色から、その全てからマーゼ王妃のことを想っていると伝わってくる。


 「……俺も母さんと父さんに会いたいな」


 心の中で呟いたつもりが、つい声に出てしまっていた。


 「レオン様のお母さんとお父さんは……?」

 「フェルちゃ〜ん」

 「いや違うよ、ポーラ。ちゃんと生きてるから」

 「あ〜そうなんですか〜。じゃあ〜会いに行けばいいのでは〜?」

 「…………うん」


 レティナに隠して一人で会いに行こうと思えば、すぐに会いに行ける。

 ただ、帰った後レティナがどんな顔をするかなんて容易に想像できた。


 きっと……泣いてしまうだろう。


 レティナの泣き顔を思い出すと、心がキュッと締め付けられるような痛みが走った。

 俺は拳をぎゅっと握ることで、それをなんとか耐える。


 二人からの視線を感じつつも、俺は何ともない笑顔を作り口を開く。


 「もうすぐ着くよ。二人とも」

 「……楽しみじゃな」

 「そうだね〜」


 話を流した俺に合わせてくれるフェルとポーラ。

 この気遣いは今の俺にとっては非常に助かった。


 街の中央にある噴水場を大きく逸れて、数十分歩く。

 すると、もう見慣れた景色が視界に映った。


 おじさん今日も居るかな?


 三日連続焼きそばなんて、常人なら嫌がるかもしれない。

 ただ、あのおじさんが作った焼きそばだけは違う。

 塩味、魚介のみの味、おじさん特製の味付けの焼きそば。

 他にも様々な種類の焼きそばに今日は何を注文しようかと考える俺に対して、フェルとポーラの足取りが重くなっている事に気がついた。


 「……なんじゃ?」

 「ん? どうしたの?」

 「……ここ……なんでだろ……見覚えがあるような……」


 完全に立ち止まった二人を振り返って見つめる。

 フェルの瞳は大きく見開かれ、寂れた景色を瞳に映している。

 ポーラもいつもののほほんとした口調が消え、フェルと同じような表情を浮かべていた。


 「えっと……二人とも?」

 「……あっ、申し訳ないのじゃ。なんだかぼーとしてしまったのじゃ」

 「………」

 「あの、ポーラ? もうすぐ着くよ?」

 「……そう……ですね」


 明らかにポーラの様子がおかしい。

 どうしたというのだろうか。


 俺は意識を外へと向ける。

 こちらに襲いかかろうとする者の気配はない。というか、人の気配すら感じない。


 今は俺が居るから大丈夫だ。


 不安になっているかもしれない二人にその事を伝えるため、フェルとポーラの手を握る。


 フェルの表情は少しだけ安心したように感じたが、ポーラは心ここに在らずといった状態であった。

 このまま立ち止まっていても危険が増すだけなので、俺は二人の手を引っ張りながらおじさんのボロ屋へと足を運ぶ。


 「おじさんー? 居るー?」


 ギィーという音と共に開いた扉から顔を出して、中を除く。

 部屋の中からの反応はない。


 ……ポーラの様子もおかしいし、とりあえず中で待つか。


 中は初めて訪れた時と違って綺麗になっており、この家の中だけは外とは隔離された世界に感じる。

 まぁ、掃除は拠点のみんなと一緒にやったのだが。


 「まだ居ないみたいだし、少しここで休もうか。いつもはおじさんが居るんだけど……今は買い出しかな?」

 「……そ、そうじゃな」

 「………………」


 三人で中へと入り、そのまま椅子に腰掛ける。

 フェルとポーラは家中を食い入るように見渡していた。


 「……ポーラ。ほんとに大丈夫?」

 「………………」


 ぼーっとしているポーラの隣でフェルがふと口を開いた。


 「……やっぱり……ここ見覚えがあるのじゃ」

 「え?」

 「……絶対に来たことないはずじゃ……なのに……なんで……なんでこんなに懐かしいと思うのじゃろ」


 俺はこの土地に詳しくはない。

 ここが何故廃れているのかも分からないし、フェルとポーラが何故見覚えがあると言っているのかも分からない。

 だが、これだけは分かる。


 「……ポーラ。一度城へ戻ろうか。少し体調が悪そうだ」


 ポーラの顔色は城に居た当初と違って随分と悪い。

 そんなポーラはある一点を見つめて、ぽつりと呟いた。


 「…………ここに……」

 「……?」

 「…………ここに絵を描きました……」


 ポーラがすっと指を指す。

 それはこの家の大黒柱であった。

 その大黒柱には小さな子供二人と大人一人の落書きが彫られている。


 「それで……私は……褒められて……頭を撫でられました」

 「……うん」


 とりあえず話を聞いてみるしかない。

 そう思った時だった。

 バンっと勢いよく開かれた扉に、俺はビクリと反応する。


 「おい、レオン。また来たのか?」

 「う、うん。買い物?」

 「あたりめぇだ。お前らが腹一杯食うから食材がすぐ尽きちまう。こんな事なら金貨ニ枚くれぇ貰っとけばよかったぜ」

 「んー、まぁいいけど?」

 「はっ。いらねぇっての……ん? 今日は違う嬢ちゃん連れて来てんのか?」


 ポーラとフェルが扉に視線を向ける。

 おじさんの顔を見た二人は瞳を大きく見開かせていた。

 ぽつぽつと外から雨音が聞こえてきたと思うと、おじさんは両手に持っていた食材をドサっと地面に落とした。


 沈黙がこの部屋を襲う。

 聞こえるのは強くなってきた雨音のみ。

 現状が把握できない俺はとりあえず腰を上げようとした。

 その時であった。


 「……お……とうさんっ?」


 おじさんまで聞こえているか分からないほどの小声で呟くポーラ。

 そんなポーラの瞳からすぅーと涙が頬を伝った。


 「……何を……言っている?」

 「……えっ……?」

 「誰がお父さんだ。寝言は寝て言え。おい、レオン。こいつらはお前の連れか?」

 「あ、あぁ。そうだけど」

 「生憎だが今日は疲れてんだ。また今度にしてくれ」


 おじさんが地面に落とした材料を拾い上げ、厨房の方へと向かっていく。

 その様子を見たポーラがガタッと椅子を倒し、おじさんの元へと駆け寄った。


 「ねぇ、お父さんでしょ!? ねぇ!」


 おじさんの腕を掴み、そのまま揺らすポーラの様子は迫真に迫るものがあった。


 「……だから、寝言は寝ていいな。嬢ちゃん。今日は疲れたって言ったろ。外は雨みたいだが、もう帰ってくれ」

 「……私覚えてる……この家も……この土地も……ほらっ、あの柱に書いた絵だってーー」

 「うるせぇ!!!」


 おじさんがポーラの腕を払い除ける。

 その瞬間、俺は瞬時にポーラの側に寄り体勢を崩した彼女を受け止めた。

 ふるふると震えるポーラを見下すような目つきをするおじさんは、厨房へと視線を逸らしてそのまま扉を開ける。


 「……お父さんなのじゃ」


 何も言わずに厨房へと入ろうとしたおじさんは、フェルのその一言で足を止めた。


 「……うち全然覚えてないのじゃ。でも……お父さんなのじゃ」

 「……」

 「どうして……黙っているのじゃ」

 「……うるせぇよ」

 「……どうしてっ…………そんなことっ……言うのじゃ?」

 「……………帰ってくれ」


 おじさんはそう言うと厨房へと入っていった。


 そこから数分間、俺は何もできずに居た。

 開けたままの扉からザァーと激しい雨音と、二人のすすり泣く声がこの部屋に響いている。

 このままここに居てもおじさんはもう出てくることはなさそうだ。

 そう感じた俺はできるだけ優しい声色で二人に声をかける。


 「フェル……ポーラ。とりあえず、出ようか。外は雨みたいだし……風邪ひかないようにフードを被ろうね」


 俺の言葉に反応しない二人にフードを被せて、手を取る。


 レティナたちは居るだろうか。

 きっと今は俺一人じゃなく、みんなが居る方が落ち着けるかもしれない。

 それにこの問題は予想以上に深刻そうだ。

 話を聞くにはみんなと一緒がいいだろう。


 俺は二人の手を引っ張ると、降り(しき)る雨の中、泊まっている宿屋へと向かうのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ