第89話 エルフの奴隷解放
「それでね? フェルとポーラはこのお城で、沢山走り回ったのよ」
「は、はぁ。それは大変でしたね」
「そうなの。ここの騎士もあまり子育てをしたことがないみたいで……私が見る羽目になっちゃってね。ふふっ。懐かしいわ」
「マーゼちゃん……恥ずかしいのじゃ」
「そんなこともあったね〜」
「そういえば、エミリーちゃんもリリーナちゃんには手を焼いたのかしら?」
「いえ、リリーナちゃんは昔から静かな子でしたから、全くそのような事はなかったです。私といる時はべったりで、とても可愛かったですよ」
「お、おい、エミリー。そんな昔のことを喋るんじゃない」
あの決意からかれこれ小一時間。
話の内容はずっとこんな感じである。
エルフの奴隷解放に全く関係ないただの他愛のない話。
……いや、なんで俺呼ばれたんだろう。
まるで女子会を開いているようなこの部屋で、唯一男の俺は居心地が最悪であった。
カルロスとゼオの有り難さを身にしみて感じる。
帰ったら男三人であの焼きそばを食べに行こう。もちろん俺の奢りで。
「ポーラちゃんが五歳、フェルちゃんが三歳の時だったわね……本当にこの城へ招いて良かったわ」
「マーゼちゃん。ありがとうなのじゃ。うちはマーゼちゃんのお陰でこの通り元気に育ったのじゃ」
「ん〜、フェルちゃんは〜違うところが育ちすぎだけどね〜」
「な、なんじゃとー!」
その会話を聞いていた俺は、少し引っかかりを感じていた。
ポーラが五歳、フェルが三歳っていうそんな幼い時に……城へ招いた?
「え、えっと、一ついいですか?」
「ん? 何かしら? レオンさん」
「フェルとポーラを招いたって……」
「あー、うちらは捨て子なのじゃ。幼い時に両親を亡くしてな。たまたま魔法適性があっただけで、マーゼちゃんが城で育ててくれたって話なのじゃ」
「まぁ、その後〜可変魔法の古文書まで読めるなんて〜思わなかったみたいですけど〜」
「そうなんだ……」
捨て子だったという事実に衝撃を受けるも、フェルとポーラが全く気にしていない表情を見て、少しだけ安心する。
両親を亡くした子供は一般的に孤児院へと送られる。
大抵の子供たちはそのまま大人になり、外へと放り出されるのだが、フェルとポーラは幸運にも王妃様の御眼鏡にかなったということだろう。
幸運は幸運を呼んで、誰も読めなかった可変魔法の古文書を読めた結果、今は城のために身を尽くしている、ということか。
大体の内容を察した俺は、再び口を噤もうとしたが、もう一つ聞き忘れていたことを思い出した。
「えっと……もう一ついいですか?」
「はい」
「エルフの奴隷解放の為に俺を呼び出したと思うんですけど……いつ発表されるんでしょうか?」
「えっ? リリーナちゃん言ってなかったの?」
「あっ……すまない。レオン。もうそれは大々的に発表されたよ。私たちが話し合っている内にな」
「……へ?」
思わず、素っ頓狂な声を出した俺にリリーナは続ける。
「国王からギルド、騎士団に命令が下り、市民に告示したんだよ。それと、復讐を企む者の選別も大体は終わっている。後は、その者たちを何処へ送ろうかという話し合いのみだ」
「……う、うん。とりあえず、分かった。それで? 俺を呼んだ理由は?」
「うむ。マーゼ王妃が会いたいと言っていたからな」
「もう〜それだけじゃないでしょ? リリーナちゃんも会いたがっていたじゃない」
「そ、それは言わない約束では!?」
「ふふっ。素直に言った方が好感度は上がるものよ?」
「むぅ」
な、なるほど。
つまり、俺の役目はただの世間話をするということか。
いや、それならそれで最初に言っておこうよ?
心の準備もできたのに。
エルフの奴隷解放が無事告示されたということで、ため息と一緒に安堵の息を漏らす。
「そういえば、レオンさんは最年少でランド王国のSランク冒険者になったのですよね?」
「は、はい。そうですが……」
「レオンさんの冒険譚を聞かせてほしいな~」
「あっ、うちも聞きたいのじゃ〜」
「確かに~まだ聞けてなかった〜」
「ふむ。私も興味がある」
「私もです」
各々が輝く瞳で俺を見つめる。
別に面白い話ではないが、こんなに見つめられると首を横に振れない。
「んー、まぁ色々あるんですけど……どういった話を聞きたいですか? 邪龍を討伐した時の話だったり、大規模な山賊掃討戦だったりありますが」
「時間はまだありますし、どれも聞いてみたいです」
「はい。じゃあ、四年前のAランク冒険者になってからの話ですが……」
俺はそのまま話し始める。
俺がやった偉業などは、正直なところあまり市民に知れ渡っていないものが多いだろう。
何故ならば<魔の刻>のメンバーは俺を含め、みんなが表舞台に立つことが苦手だったからだ。
流石にSランク冒険者になった時の祝議は出ざるおえなかったが、基本は陰でひそひそと依頼をこなしていた。
今思えばあの頃、マスターが俺たちをランド王国の代表として売っていたら、今頃は街も歩けていなかったかもしれない。
時間にして二時間ほどの冒険譚を、思い出せるだけ話し切る。
途中でそろそろ終わろうかなと考えていたのだが、みんながあまりにもワクワクしながら聞いてくれるので、つい調子に乗って長話をしてしまっていた。
最後の話を終えると、俺のお腹がぐぎゅーと鳴る。
「……すみません。少しお腹が空いてしまって」
「いえ、いいのよ。時間を忘れて楽しんでしまったわ」
「凄かったのじゃ。マーゼちゃんの言う通りなのじゃ」
「頭が〜まだぽけっとしてます〜」
「うむ。こんな濃厚な時間を堪能できるなんてね……レオンのことをまた一つ分かった気がするよ」
「確かにレオンさんは話すのが上手でした」
ふむ。
こんな反応されると誰にでも話したくなるな。
熱い視線がまだ俺に注がれているので、俺はその視線から顔を背ける。
テーブルの上に置いてあったティーカップの中身は、いつの間にか空になっており、喉が渇いていることに気づく。
「えっと……俺この辺で失礼させていただいてもよろしいですか? ちょっと用事がありまして」
「あらっ。ここで食べていかないの?」
「あっと……」
城での食事はしたくはない。
王家でいただく食事の礼儀作法なんて知らないし、フォークとナイフで食べることも慣れていない。
マーゼ王妃からの誘いを断ったら不敬罪に当たるのではないか、と考えた俺はそのまま口を閉じる。
そんな様子を見たマーゼ王妃は、会った時と同じように綺麗に微笑んだ。
「ふふっ。無理にとは言いません。また機会があればにしましょう。私もお腹が空きましたし、一度休息を取りましょうか」
俺の心情を察してくれたのか、マーゼ王妃は立ち上がり、手をパンパンと鳴らす。
すると、二人の騎士と一人のメイドが扉を開きマーゼ王妃に近づいた。
「フェルちゃんとポーラちゃんは、外で一緒に食べていくのかしら?」
「えっ……レオン様?」
「うん、いいよ。一緒に食べよう」
「私〜お腹ぺこぺこです〜」
「じゃ、じゃあ、私も……」
「リリーナちゃんはまだ仕事がありますよ。私と一緒にお城のお食事をいただきましょう」
「う、うぅ」
リリーナが悔しそうな表情をして俯く。
そんなリリーナの頭を撫でるエミリーは、まるで本物のお母さんのようだった。
「では、失礼するわ。レオンさん楽しいお話をありがとう。またお暇な時はいらしてください。歓迎しております」
「はっ。ありがとうございます」
そのまま扉が閉められて、俺は数秒待った後、ソファの上で堕落する。
「はぁぁぁ」
「す、すまなかったね。まさかマーゼ王妃も同席するなど、私も知らなくて……」
「いや、別にいいよ。それにしてもリリーナ。マーゼ王妃と仲良さそうだったね」
「うむ。何度もこの城には来させてもらってるから、マーゼ王妃にも国王にも顔は知られているのさ」
「へ〜。流石はプロバンス家の当主だ」
最初はどうなることやらと思っていたことも終わってみれば一瞬だった。
冒険者風情が国王の妃と三時間以上も話していたという事実は、誰に言っても信じてもらえないだろう。
いや、拠点のみんななら信じてくれるか。
堕落した姿勢を元に戻し、腰を上げる。
「じゃあ、そろそろ行くけど、リリーナ。この王都の滞在期間って……」
「あぁ、その事なんだが、四日後の朝にこの地を出るよ」
「そっか。分かったよ」
「うむ。あと、レオン。この地を出る前日の夜、騎士団と帰りの護衛について打ち合わせをするのだ。それに……参加してほしいのだが……」
「参加はしたくないけど……どうしても行かなきゃいけないなら行くよ」
「やはりか……なら、騎士団との話し合い後、来てもらえるか?」
「いいけど、何時くらい?」
「ふむ。夜の十時過ぎになると思う」
「え? え……っと、ちなみに何処で?」
「会議をする部屋は国王の寝室から近いのでな。そこまで遅くとなると……私の寝室になるのだが」
リリーナが顎に手を添えて、俺を真っ直ぐに見つめる。
そこには疾しい気持ちなど微塵もないように見えた。
寝室……リリーナと二人で……夜にね。
普通の男女なら行くとこまで行くかもしれない。
ただ、相手は聡明なリリーナだ。
少し距離が近くなったといっても、国王が住んでいるこの城で、俺が想像していることは考えていないだろう。
俺が思考に耽ていると、隣で座っていたエミリーが口を開く。
「えっと、レオンさん。私も居るので大丈夫ですよ」
「え? 三人でってこと?」
「……」
「……なんだかレオン様の視線がいやらしく感じるのじゃ」
「そうだね〜レオンさん〜もしかしてエッチなこと考えていますか〜?」
「……? 何故レオンがエッ……チな……」
リリーナの言葉が尻窄みに消えていくのと共に、ポーラが言った言葉の意味に気付いたのか、顔がみるみるうちに赤く火照っていった。
そして、ぱっと俺から視線を逸らして、顔を覆う。
そんなリリーナを見るのは、ランド王国の国王に謁見した日以来で、少し懐かしさを覚える。
「レ、レオン。ふ、深い意味はないんだ。すまない。わ、私は……」
「い、いや、リリーナ落ち着いて。俺は何も言ってないから。リリーナが忙しいことも知っているし、その時間で良ければ行こうと思ってるけど……いい?」
「レオンさん〜私の質問に〜答えてください〜」
「ちょ、ちょっとポーラは黙っててね。後で、美味しいご飯奢ってあげるから」
「う〜ん。それなら仕方ないですね〜」
リリーナからの返答はない。
完全に自分の言葉で撃沈しているようだ。
このまま放置すればきっと仕事に支障をきたすだろうと考えた俺は、リリーナの側に近寄って膝を落とす。
「リリーナ……まず、ありがとう。騎士団はあんまり好きじゃないから、リリーナの心遣いは素直に嬉しいよ。だから、夜の十時に会いに行く。それでいい?」
真剣な表情を取り繕った俺は、コクコクと首を縦に振るリリーナをじっと見つめる。すると、手と手の隙間から瞳を覗かせたリリーナと目が合った。
「う、うむ。わ、分かったから、あまり覗かないでくれ……その……恥ずかしい」
もう一度手で目を覆ったリリーナは、もうこれ以上は限界のようだった。
「うん、じゃあ、また三日後の夜ね。後、体調崩さないように気をつけて」
「う、うむ」
「フェルとポーラ行こうか。エミリーもまたね」
「はい。また、三日後にお待ちしております」
「……むむう。リリーナ様羨ましいのじゃ」
「フェルちゃ〜ん。私たちはこの後があるでしょう〜?」
「そうじゃな。レオン様ー、うんっと美味しいご飯が食べたいのじゃ!」
「それは任せて」
そのままリリーナとエミリーに手を振って、フェルとポーラの三人で城を後にする。
美味しい店なんて<虎猫亭>とあのおじさんのところくらいしか知らない。
もはやおじさんの店に関しては、店と呼べるのか怪しいくらいだが、驚くほど美味しいのであそこで昼食を取ろう。
カルロスとゼオを誘いたかったが……まぁ、仕方ない。
焼きそばは一日一食とは誰も決めていないのだ。
夜にまた食べに行けばいいよね。
俺たちは街の風景を見ながら、おじさんのボロ家へと足を運ぶのであった。




