第83話 大きな穴
今の俺たちはまるで食に飢えた獣だ。
無言でただただ焼きそばを頬張る姿は、第三者から見れば喧嘩の最中かと思うかもしれない。
最後のイカを口へと運んだ俺は両手を合わせた。
「ごちそうさまでした。すっごい美味しかったです。今までこんな焼きそば食べたことなかったですよ」
「喜んでくれたなら作った甲斐があるってもんだ」
無愛想にしているが、内面は優しいのだろう。
自分では気づいていないようだが、美味しそうに食べるルナとゼオを見ておじさんの口角が少し上がっている。
「なぁ、おっさん。なんでこんな所で料理人してるんだ? この腕ならどこでも人気が出ると思うんだが?」
いつの間にか食べ終えたカルロスが、お腹をぽんぽんと叩いておじさんを見る。
「……まぁ、この地区にいる奴らを放っておけないんだ。それに……」
「それに?」
「お前らは他所から来た冒険者だろ? この街の冒険者はあまり礼儀を知らんのでな。関わりたくないんだよ」
「なるほどね」
その言葉に俺は手をポンと打つ。
確かに<海男>というパーティーもすぐに喧嘩を売ってきた。
全員が全員あの冒険者たちと同じではないだろうが、最初にあった冒険者があれなのだ。
マリン王国の冒険者が礼儀を知らないという話は納得がいくものだった。
「それにしてもお前ら……さぞ強い冒険者なんだろうな」
「……どうしてそう思うんですか?」
「動作の一つ一つに無駄がないからだ。歩いている時も話しかけた時も……闘気や魔力を抑制してるのもな?」
「へー。そこまで分かるなんて、おじさんも冒険者をやっていたとか?」
「まぁ、少しばかりな」
そんな話をしていると他のみんなも食べ終えたのか、満足そうな顔で手を合わせていた。
「ごちそうさまです。とても美味しかったです」
「あぁ」
「ルナ、こんなに美味しい焼きそば初めて食べた! どうやったらこんな味になるんだろ?」
「それは秘密だ。嬢ちゃんにも満足してもらえたなら良かった」
「本当に美味しかったです。ちなみに、お代はいくらでしょうか?」
「ん~、まぁ、適当でいい。ただ、銅貨二枚は置いてってもらう。じゃないと、こっちがマイナスになるんでな」
おじさんはそう言うと、座っていた腰を上げて空になったお皿を積み上げる。
もしも俺たちがケチな冒険者なら銅貨二枚渡して、この場を去るのだろうが、気前のいいこの人にそんな対応はしたくはない。
俺は魔法鞄から金貨一枚を出して、テーブルの上に置いた。
「お、おい。さすがにこれは多すぎだ」
「いえ。本当に美味しかったので。みんなも凄く満足しています」
「だがなー」
ぽりぽりと頭を掻くおじさんを見て、俺は腰を上げる。
「じゃあ、またここに来ようと思います。その時はただ飯ってことでどうですか? 一週間しか居ないのでまた来れるかどうか分からないですが」
「……まぁ、そういうことなら受け取っておく。お前らならいつでも飯を振る舞ってやるよ」
「ありがとうございます。では、また来ますね」
おじさんに軽く頭を下げて、外へと出る。
みんなも俺に追随して街の中央まで戻るのだった。
「レンくん! レンくん! これはー?」
「う、うん。似合ってるよ」
「レオンー。これはー?」
「あ、あぁ。可愛いね」
「レオンちゃんこれどうかしら?」
「す、すごい綺麗だと思う」
「ごしゅじん。ミリカは?」
「お、おおー。ミリカも可愛いなー」
俺の言葉を聞いたレティナ、ルナ、マリー、ミリカは、納得がいかない表情をして散っていく。
そんな俺は俯きながらこの店の中で気まずい思いをしていた。
何故ならこの店にいる男は俺一人なのだ。
レティナが 「明日の水着を買いたい!」 と発言した後に、水着を買える専門店へと来たのはいいものの、まさか女性専用の水着しか売ってないとは思わなかった。
何かを察知したカルロスはゼオと二人で、露店が立ち並ぶ海産通りへ向かったのだが、今にして思えば、俺もカルロスたちに付いていけば良かったとしみじみ思う。
周りの視線が痛い中、俺は俯いて四人を待っていた。
みんなが持ってくる水着はどれも似合っているのが、あまりにも沢山持ってこられると 「似合っている」 「可愛い」 「綺麗」 などのありきたりな言葉しか言えなくなってくる。
そんな態度によく思っていない四人は、また新たな水着を持ってくる。
もうデッドスパイラル状態だ。
そんな状態の俺を察したのか、レティナが俺の元へと駆け寄ってきた。
「レンくん。私決めたよ」
「え!? ほんと?」
「うん。だから、外で待っててほしいな。見せる時は海がいいの。みんなも決まったって言ってたから……ね?」
「分かった! それなら俺は外で待っているよ!」
女神の言葉でやっと解放された俺は店の外へと出て、新鮮な空気を吸う。
美味しい。ただただ、美味しい空気だ。
訝しげな表情をしてこちらを見つめてくる者なんて、誰一人いない。
まるで、俺が透明人間にでもなった気分だ。
そのまま美味しい空気を味わっていると、海産通りを満喫したカルロスとゼオが笑顔で近づいてくるのが見えた。
「おっ。もう終わったのか?」
「う、うん。二人とも……タイミングいいね。今やっと外に出られた所なんだけど……」
「まぁ、偶然だろ。もしまだかかるようだったら適当な所ぶらついてたわ」
くっ。
仲間を見捨てるなんて酷い奴め。
「た、大変だったみたいですね」
「い、いや、そんなことないよ」
「でも、顔色良くないですよ?」
「……」
ゼオが分かるほど……か。
確かに俺が周囲の目なんて気にしない男なら堂々としていたと思うが、そんな強心臓は残念なことに持ち合わせていない。
ただでさえ、深淵のレオンという名で好奇な目を向けてくる人たちが苦手なのに、それが怪しい人物を見る目に変わったとなると、長年慣れた俺でも多少はくるものだ。
「はぁ……」
「おいおい、レオン。あいつらの前でそんなため息つくんじゃねえぞ?」
「もちろん分かってるよ」
「いいじゃねぇか。いろんな水着が見れたんだからよ」
「…………まぁ、それはある」
「単純ですねっ」
「!? ゼオ!? いつからそんな悪い子に育ったの!」
「え! 聞こえ……じゃなくって、何も言ってませんよ」
ゼオの慌てように俺はカルロスをじっと見る。
俺と視線を合わせようとしないカルロスは、口笛をひゃーひゅーと下手くそに吹いていた。
ゼオもカルロスみたいに戦闘狂になったらどうしよう……
そんな気持ちを抱きながら、レティナたちが来るまで俺たち三人は店の前で他愛のない話をするのであった。
それからその日はみんなで色々な店を回った後、宿屋へと帰った。
一日で久々に沢山歩いた俺は宿屋の食事を済ませて、お風呂にゆっくりと浸かり、ベッドの上で寝転がっていた。
明日は海か……楽しみだな……
そんな思いを抱いていると、やはり歩いたせいだろうか。
ふかふかのベッドの上で瞼が重くなっていくのを感じる。
まだ寝るには早い時間だがこのまま眠りの中へと落ちるのも悪くはない。
拠点のみんなと初めての旅行だ。
思う存分楽しむ為に、もう寝よう。
瞼を完全に閉じた俺はそのまま照明の明かりも消さずに、眠りの中へと落ちていくのだった。
これは夢だ。すぐに理解する。
「レンちゃん。冒険者になろ?」
目の前で唐突に言われた言葉に、俺は思わずたじろいだ。
「い、いきなりどうしたの? 冒険者って怖そうだし、めんどくさそうだから嫌だよ」
「もうー数年前は僕が守ってあげるってカッコよかったのになー」
「いや、危ない所にわざわざ出向くなんてその言葉と反対のことでしょ」
父さんに聞いた話では、冒険者はとても危ないものだと聞かされた。
魔物を率先して狩り、野党や山賊を捕縛したり、時には殺したり。
そんなのに誰が憧れるというのだろうか。
俺の言葉に彼女は、やれやれと首を横に振った。
「レンちゃんはこの村で一生暮らしたいの?」
「んー、まぁ、そうかな?」
「でも、この村以外にも世界は広がっていて……それを見たいと思わない?」
「……」
「でしょ?」
確かに彼女の言う通りこの村以外の世界を知りたいのはある。
ただ、それと冒険者になるのは全くの別物だ。
首を縦に振らない俺に対して、彼女ははぁとため息をついた。
「じゃあ、私一人で冒険者になる」
「え?」
「レンちゃんが一緒になってくれないなら……一人でこの村を出るよ」
「い、いや、ちょっと落ち着いて? まず、なんで冒険者になりたいの?」
「……救える力があるから。弱い人間が罪人に搾取される世界なんて……私は見て見ぬ振りできない」
「そ、そんなの……」
「少しね……考えちゃうんだ。私たちが弱くて……この村の人たちが弱くて……もしもレンちゃんやレティナが殺されちゃったりしたらって。それはとても辛いもので、きっと私一人じゃ立ち直れないなって。だけど、私たちは弱くない。人を守れる力があるから……冒険者になりたいの」
彼女は昔から強い人間だった。
白魔法という後衛の職にも関わらず、剣の扱いは俺と互角。
強い者には弱い者を守る義務がある。
誰が言ったのか分からない言葉だが、彼女の言葉には俺が何を言っても揺るがぬ意志を感じた。
「俺と……離れても?」
「……うん」
「そっ……か……じゃあ、俺ももっと強くならなきゃいけないね」
「……え?」
「父さんに冒険者がすることは危ないぞって教えられたんだけど……まぁ、なんとかなるでしょ」
「いいの?」
「当たり前だろ? レティナにはもう伝えたの?」
「ううん、まだ」
「じゃあ、一緒に伝えようよ。同じ事伝えたら、レティナだって……わっ!?」
突然抱きついてきた彼女を俺は両腕で受け止める。
すると、とても嬉しそうな顔で俺を見上げた。
「レンちゃん、好き。大好きだよ」
「う、うん。俺も好きだよ」
「ふふっ。知ってるー」
あまりにも無邪気な笑顔に俺の鼓動がどくどくと早まっていく。
きっとくっついている彼女にも伝わっているだろう。
「……レンちゃん」
そう名前を呼んだ彼女は目を瞑って、俺の唇にそっとキスをした。
「ずっと一緒に居ようね」
ファーストキスは甘い味がすると聞いたことがあったが、それは嘘だった。
味は全くしないし、ただ、柔らかな唇を感じただけ。
それでも、あの時はものすごい高揚感で夜も眠れなかったっけ。
幸せな記憶の欠片。
□□□□の側にずっと居ると固く決意した瞬間。
なのに……
はっとして目を覚ます。
ごそごそと上半身を起き上がらせた俺は、頬を手で触る。
「やっぱり……ね」
心にぽっかりと穴が空いたこの感じですぐに分かった。
自分が涙を流していると。
涙を拭った俺は部屋にあるお風呂へと足を運ぶ。
こんな顔またレティナに見られたら、悲しんでしまうだろう。
その前にしっかりと元の自分に戻らなくてはいけない。
お風呂のお湯は冷め切っていたが、そんな些細なことどうでもよかった。
頭からお湯を被り、少しだけぼーとする。
悲しみが……空いた穴がいつもより大きい気がした。
自分の身体を抱きしめて、必死に寂しさを紛らわそうとするが、無意味に等しかった。
どんな夢を見ればこんな気持ちになるのだろうか。
本当に思い出せない自分に苛立ちを覚える。
レティナに会いたい。
けど、こんな顔じゃ心配されて泣いてしまうかもしれない。
そんな葛藤の中、俺は数分間そのまま動けずにいたのだった。




