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第82話 観光スポット


 マリーの事件からすぐに寝た俺は、眠りから覚めて宿屋の店主に朝食を頼んだ。

 俺たちが泊まっている宿屋の食事は朝、昼、晩の三食がある。

 宿屋に泊まっている人が、店主に直接言いに行く形で客室へと配膳されるのだが、昨日のように外で食事を取ってもなんら問題はないらしい。

 ただ、先に払った料金自体に食事代も付いているらしく、食べなくても大丈夫だがその分の返金はできない、という注意を受けた。

 まぁ、俺たちはそんな事でいざこざを起こすはずがないのだが、過去に何人かはその事でクレームを言われたことがあるらしい。


 そんな俺は、今部屋のベッドで朝食が来るのを枕に顔をうずめながら待っている。

 昨日は久々にぐっすりと眠れた。お陰で身体の疲労も一切無しだ。


 けれど、もう少し眠りたい。

 だって……このベッド……ふかふかで……き……もち……い


 眠りに落ちるその時、コンコンと扉のノック音が聞こえて思わず身体をびくつかせる。


 「すみませーん。食事できました」

 「あっ、どうぞ」


 おぼんを持った店主が姿を現して、食事を机の上に置いてくれる。


 「ここに置いときますね。食べ終わったらおぼんごと外に置いといて下さい」

 「分かりました。ありがとうございます」


 少し頭を下げた店主はそのままパタンと扉を閉めた。

 その姿を見た俺は、ベッドから起き上がり椅子に座って食事を取る。


 ご飯、目玉焼き、焼き魚、サラダ。

 美味しい料理ではあるが、レティナとルナの料理に比べると少しだけ劣っていると感じてしまう。


 ……まぁ、きゅうりだけより大分ましだが。


 料理を綺麗に平らげた俺は身支度を整えて、おぼんを扉の前へと置く。

 時間も丁度良かったので、そのままレティナの部屋へと向かい、扉をノックした。


 「レティナ、ルナ起きてる?」

 「起きてるよー。ちょっと待ってて。ルナちゃん。ほらっ、ちゃんと付けて」

 「いーや。レオンにやってもらうの」


 タッタッタと駆け寄る音が聞こえ、扉が開かれる。


 「おはよー。レオン。これやってー」

 「おはよ……ん?」


 ルナが俺に向けて手の平にある物を見せてくる。

 それはピンクのリボンであった。


 「可愛いリボンだね」

 「うん! これね? レティナちゃんから貰ったの。だから、付けてほしいの」

 「そうなんだ。いいよ」

 「やたー! じゃあ、はい」


 ルナは手に持っているリボンを俺に渡して、椅子に座る。


 「もうー。私が付けてあげるって言ったのに」

 「まぁまぁ。これくらい俺でも付けれるし、頼ってくれるのは嬉しいよ」

 「……レンくんはほんとルナちゃんに甘いんだから」


 口を尖らせてそっぽを向くレティナの頭を撫でる。


 「ねぇねぇ、早く付けてー」

 「分かった。ちょっとじっとしててね」

 「うん!」


 サラサラな緑の髪を手に取り、それを纏めて大きなピンクのリボンを結ぶ。

 結び終ると、ルナは目の前の鏡で自分の髪型を確認し、期待を胸いっぱいに膨らませた表情で俺を見る。


 「ねぇねぇ、ルナ可愛い?」

 「もちろん。よく似合ってて可愛いよ」

 「えへへ」


 ほくそ笑むルナは、何度も鏡で自分の髪型を確認していた。


 「それにしてもレティナのセンスはいいね。俺はそんなセンスないから羨ましいよ」

 「そう? レンくんも素敵なプレゼントをしてくれたよ?」


 レティナが左手に付けているブレスレットを優しく触れる。

 そのブレスレットは傷一つなく、とても大切にしてくれていることが分かった。


 それだけ大事にしてくれると贈った甲斐があるな。


 レティナの言葉に少し照れていると、部屋の外からカルロスの声が聞こえてきた。


 「レティナ、ルナ。起きてるか? ん? レオンも居るな?」

 「ごしゅじんも……?」

 「!! 昨日あれだけお説教したのに。入るわよー!」


 勢いよく開かれた扉には、身支度を整えたみんなが居た。


 「うわー。お姉ちゃん可愛い。それ昨日レティナさんに買ってもらったリボンだよね?」

 「そうだよー。レオンに付けてもらってたの」


 ゼオがルナに駆け寄り、目をキラキラとさせてルナを見つめている。


 「あの……マリー? 俺は何もしてないよ……?」

 「……まだ、何も言ってないけど?」

 「いや、マリー。お前の顔ものすげぇ怖かったぞ?」

 「黙りなさい、カルロス」

 「……まぁ、なんだ? あんまり眉間に皺寄せるとすぐよぼよぼの婆ちゃんになっちま……いてっ」


 マリーがカルロスに拳骨を下す。

 その様子を隣で見ていたミリカは笑いを堪えていた。 


 「よし。じゃあ、みんなが集まったところで観光にでも行こうか。ちなみに店主から色々聞いてるから、案内は俺に任せて」

 「おっ。やるじゃん」

 「ごしゅじん。ミリカ楽しみ」

 「一応私も聞いたからレオンちゃんが迷っても大丈夫よ」

 「マリーちゃんがそう言うなら安心だね」

 「じゃあ、レオンが迷ったらマリーちゃんにルナ従うー!」

 「僕も心配はしてないですけど……安心しました」

 「……いや、迷わないし」


 俺のことをなんだと思ってるのか。

 ランド王国から離れたことがないといっても、そこまで方向音痴なはずがない。

 これでも<魔の刻>のリーダーを五年間もしているのだ。

 まぁ、三年間はほとんど何もやっていないが、ここは俺が有能だということを証明して見せよう。


 俺はそのまま宿屋を出て、先頭に立ちながらみんなを引率するのであった。









 「んで? ここどこだ? レオン」

 「あ、あぁ。ここも有名らしいよ」

 「いや、そんなわけねぇだろ」

 「レオンちゃん変わる? 私が紹介された場所はこんな所じゃなかったわよ?」

 「い、いや、俺は聞いたんだ。この場所に美味しい海の幸を食べれる店があるって」

 「ふ~ん。まぁ、いいけど」


 おかしい。

 これはあの店主の陰謀ではないだろうか。


 みんなから疑いの視線を受けながら俺は歩みを進める。


 宿屋から出て、最初は上手く案内ができた。


 街の中央にある噴水場。

 この国の英雄だと言われている石像。

 遠くまで見渡せる見たこともない高い灯台。


 みんなは表情から読み取れるほど俺の案内に満足していた。


 その案内に雲行きが怪しくなったのはルナの一言。


 「レオンー。ルナお腹減ったー」


 もちろんおすすめの飲食店なんかも聞いていたわけで、俺は迷わずその店に向かったのだ。

 だが、今の俺たちはなぜか退廃した地区にいる。

 家はどこもボロボロで、路上では酒で酔っ払っている者が地べたで寝ているくらいだ。


 「ねぇねぇ。あの人何してるのー?」

 「お姉ちゃん……もうちょっと静かにしていよう?」

 「えー。じゃあ、いつお店に着くのー? ルナお腹減ったー」

 「も、もうすぐだよ」


 俺は見上げるルナに笑顔を装いながら、退廃した地区を歩いていく。

 確かにルナの言う通りお腹は減った。

 他のみんなも同じ気持ちだろう。

 ここで踵を返して、街の中央まで戻ればご飯にありつけるのだが、それをしてしまうと俺が間違った案内をしたということがばれてしまう。


 「……ふむ」


 俺はその場で立ち止まり、顎に触れて思考に耽る。

 今はルナとゼオもいる。

 強さを見せてくれた二人だが、この危険そうな地区に足を踏み入れたまま進むことはできない。

 それならば、俺が恥を忍んで元来た道に戻った方がまだましだ。


 よし。これは素直に謝ろう。


 「えっと……みんなーー「おい、お前ら」


 突然話しかけられた俺たちは、声を発した人物に視線を移す。

 声の主はこの場所に似つかない綺麗な服装をしていた。

 四十〜五十歳ほどに見えるそのおじさんは、白い髭を触りながら心配そうな表情で口を開く。


 「こんな所で何してる? それも小さな子供なんて連れて」

 「あのね? ルナたちは美味しい店を探してたの」

 「……なるほどな。どうやって情報を仕入れたか知らないが……まぁ、入って来い。ここは嬢ちゃんには危険だ」


 そう言ったおじさんはボロボロの家の中へと入っていった。

 みんなの視線が俺に集まっているのを感じた俺は、一つ咳払いをする。


 「あ、あー。こんな所にあったのか。よしっ、いいおじさんそうだし行こうか」

 「うん!」


 ルナだけの返事を聞いた俺は集まる視線を無視して、おじさんが入っていった家へと足を踏み入れた。

 家の中は散らかってはいるものの、雨風を防ぐのに十分な家だった。


 「適当に座れ。後、嫌いな食べ物はあるか?」

 「い、いや……多分みんなないです」

 「ルナ、苦い食べ物きらーい」

 「あい、分かった。何もない所だが、少し寛いでおけ」

 「は、はい」


 そのままおじさんは扉の中へと姿を消す。

 俺たちは散らかっている家の中から、椅子を持ち丸いテーブルを囲うように座った。


 「なぁ、レオン。本当にここなのか?」

 「そ、そうだよ?」

 「それにしても宿屋の店主がこんな場所を紹介すると思えねぇが?」


 至極真っ当な意見だ。

 だが、入った以上は仕方がない。


 カルロスの言葉に俺は鼻で笑い、ポーカーフェイスを装う。


 「もちろん。あの店主はこの店のことを話さなかった。でもね、この店の料理は美味しいよ」

 「あのレンくん? どうしてここに飲食店があるって分かったの?」

 「まぁ……それは秘密だよ。秘術みたいなものさ」

 「……」


 レティナがあからさまに怪訝な顔を浮かべるが、俺は動揺もせずにただただ真顔を作って見せた。


 「ごしゅじん。やっぱり凄い。ミリカ全然分からなかった。ごしゅじん疑ってた。ごめんなさい」

 「い、いや、謝らないで? 誰にでも思い込みはあるんだから」


 うーん、心が痛い。

 まるで純粋な女の子をたぶらかしている気持ちにさせられる。


 それにしてもどうして迷ったのだろうか。

 <猫虎亭>も紹介されたのだが、昨日食べたと言う理由で東にある有名な店を紹介してもらったのだが。


 「ねぇ、レオンちゃん。ちなみにだけど」

 「?」

 「私が紹介されたのは<海魚亭>って店なんだけどね?」


 俺も同じだ。

 東にあると言われた行列ができる店。

 料理の種類も豊富で、美味しい海の幸が食べられると店主から紹介された場所だ。


 「そこってここから真逆なのよね」

 「へ?」


 マリーの言葉につい間抜けな声を出してしまう。


 お、落ち着け、レオン・レインクローズ。

 つまりだ?

 俺が東と西を間違えたということだろうか?

 いや、そんな事はないと信じたい。

 灯台の景色があまりに綺麗で、思い出しながら歩いていたことは関係ないはずだ。


 ……ないはず……だよね?


 俺がどう返事をすればいいか迷っていると、おじさんが扉を開けて姿を現す。

 そのまま無言で俺たちの前まで来ると、手に持っていた皿をテーブルの上に置いた。


 「……不味ければ俺が食う。味の保証はできないが、代金は貰うぞ」

 「あ、ありがとうございます」


 皿の上にはイカやエビなどの海の幸をふんだんに使った焼きそばが大雑把に盛り付けられていた。

 今できたばかりなのかその焼きそばからは湯気が立ち、美味しそうな匂いが鼻孔を掠める。


 「……レンくん先食べていいよ?」

 「えー。ルナが食べたーい」

 「お姉ちゃん我慢して」

 「ごしゅじん。早く早く」


 そんなに言われたら食べるしかない。

 もし毒を入れられても俺なら少し体調不良になるくらいで、なんら問題はない。

 ゴクリと唾を飲み込んだ俺は、その焼きそばを口へと運ぶ。


 みんなが固唾を飲んで見守る中、咀嚼して飲み込んだ俺は一言呟いたのだった。


 「いや、うっま」



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