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第81話 トラブル

 

 「はぁぁ……疲れたぁ」


 俺は今、<猫虎亭>から徒歩五分で着いた宿屋のベッドで手足を広げて寝ている。

 やはりベッドというものは最高だ。

 ふわふわ感や肌心地は拠点のベッドには劣るが、これならぐっすりと眠ることができそうだ。


 拠点のみんなが取ってくれた宿は、俺の部屋だけ一人用であった。

 四部屋の部屋割りとしてはレティナとルナ。カルロスとゼオ。マリーとミリカ。そして俺。

 俺としては二人用の部屋でも良かったが、みんなが俺の為に取ってくれた一人用の部屋らしい。

 それを断る理由なんかもちろんなく、俺はその善意に甘えることにした。


 「明日の朝から……みんなと観光か」


 一人ぽつりと言った言葉が静寂に呑まれる。

 もちろん観光は楽しみだ。海も無論言うまでもない。ワクワクしていたのも嘘ではないし、拠点のみんなと一緒に居られるのも素直に嬉しい。

 ただ一つだけ言わせてもらうと……寝たい。

 明日の昼まで寝て、遅い昼食をこの宿屋で取って、武器の手入れをして、ごろごろと悠々自適に過ごしたいのだ。

 護衛期間の内のほとんどを立ちながら寝ていた俺は、正直なところを言うと疲れていた。

 それは体調等に特段影響を及ぼすものではないが、ただ単純に護衛から解き放たれた次の日くらいは、ぐっすりと寝たくて……


 そんな事を考えていると、部屋の扉がコンコンとノックされた。


 「レンくん……入っていい?」

 「ん? いいよ」


 自堕落な体勢のままベッドの上で返事をすると、部屋の扉がキィーっと開かれる。


 「レンくん、明日の事なんだけど」


 その姿につい目が奪われる。

 お風呂上がりなのかレティナはもうパジャマ姿に着替えており、猫耳のフードを被りながらトコトコと近づいてきて、俺が寝ているベッドに腰掛ける。

 キシッとベッドが軋む音と共に、髪を耳に掛けたレティナは俺を見つめた。


 「あれ? 少し眠い?」

 「ま、まぁね。でも、大丈夫だよ。パジャマ新しく買ったんだ?」

 「うん、似合ってる?」

 「……似合ってるよ」


 俺はついレティナから目を逸らしてしまう。


 ……なんだ?


 目の前に居るレティナに物凄くドキドキしてしまう。

 今までに何度も可愛いらしい服装を見てきたが、こんなにドキドキすることはなかった。

 いつもと違う部屋だからだろうか。それとも旅行という魔法に掛かっているからだろうか。

 どちらにしても今のレティナは妙に色っぽかった。


 「……レンくんもしかして体調悪い? 顔が赤いよ?」

 「い、いや、大丈夫。ごめん心配かけて。それより、明日の事だよね?」

 「うん、そうだけど……」


 俺は上半身を上げて、ドキドキしている鼓動の音が気づかれないように口を開く。


 「明日はそうだねー。とりあえずこの街のことあんまり知らないし、宿屋の店員にお勧めの観光スポットを教えてもらおうか」

 「あっ、それいいね」

 「それと海にいつ入るかも決めなきゃね」

 「……そうだね」


 よし。いつも通りに接していれてる感じがする。

 これなら多分気付かれてはいないだろう。


 「……レンくん」

 「ん? なに?」

 「……どうして目合わせてくれないの?」

 「えっ」


 レティナの手が俺の頬を包み、無理矢理目と目と目を合わせられる。

 顔を近づければすぐにでもキスできるその距離に、俺の自制はもう限界だった。

 レティナの瞳を見つめながらゆっくりと頬に触れる。

 すると、ぴくっと反応したレティナは頬をほんのり赤く染めてそのまま瞳を閉じる。


 レティナの反応一つ一つがとても愛おしい。


 「レティナ……」


 頬から後頭部に手を回した俺は、囁くように呼んだその名前と一緒に、レティナとの距離を詰めようとした。

 その時、


 「レオーン!」

 「!?」

 「ッ!?」


 急に扉が勢いよく開かれ、幼女の姿が現れる。


 「……」

 「……」

 「……」


 俺の頬を包んでいるレティナ。

 そのレティナの後頭部を押さえて、顔を斜めにしている俺。

 その光景をぽけーっと見ている幼女。


 そんな三人の中で思考がいち早く追いついたのは俺であった。

 少し顔を遠ざけ、レティナの顔を俺の胸に引き寄せる。


 「ぷわっ」


 突然のことにレティナが胸の中でびっくりした声を上げた。


 「あ、あぁ。ルナ。どうしたの?」

 「……何してるのー?」

 「これ? 補給だよ」

 「補給……?」

 「そうそう。前もルナがやってたろ? ぎゅってすると心がほっとするんだ」

 「……」


 ジト目を送ってくるルナは納得していないようだった。

 そんなルナは信じられない言葉を口にした。


 「……レオン。ちゅーしようとしてた」

 「え!?」


 確信を突かれたその言葉に思わず、素っ頓狂な声が出る。


 「あ、あの、ルナ? それいつ覚えたの?」

 「レティナちゃんが前言ってたもん」


 俺はその言葉に胸の中にいるレティナを見る。

 レティナの頭から手を離すと、レティナは頬を赤らめながら俺の耳元でそっと囁いた。


 「前にね。ルナちゃんと歩いていたら……その……そういうところに出くわしちゃって……その時に教えたの」

 「な、なるほど」


 ルナは十歳といってもずっと<迷いの森>で過ごしていたのだ。

 本を沢山読んだということは知っていたが、こういう事情には疎いはず。


 子供にそんな光景を見せるとは……そいつらは末代まで呪ってやろう。


 「あー! 内緒話してる! マリーちゃーーん」

 「ま、待ってルナ!」

 「ルナちゃんー!」


 俺の部屋からタッタッタと出て行ったルナは、マリーを呼びに行ったようだった。

 これはまずい。

 確実にお説教コースになる。


 「レティナ! 行くよ!」

 「う、うん!」


 レティナの手を引いて、出て行ったルナを追いかける。

 マリーの部屋からパタンと閉まった音を聞いた俺は、レティナと一緒にノックもせずその部屋を開いた。


 「マリー! 違うんだ! それはルナのご……か…………いで……」


 部屋の中にはミリカとルナが居た。

 もちろんマリーもだ。

 ただ、いつものマリーとは少し違っていて……


 「…………うむ。綺麗な身体だ」


 フリルのついた黒いブラジャーに黒いパンツ。

 レティナより少し陽に焼けた肌は健康的な印象を持ち、とても艶かしく感じた。


 もうどうすることもできない状況に、俺は顎に手を添えてマリーをじっと見る。

 すると、マリーの頬がかぁと赤くなり、自分の身体を抱きしめてその場にうずくまった。


 怒ると思っていた予想と反した行動に、冷静になった俺はばっと後ろを向く。


 「ご、ごめん。今の嘘! い、いや、嘘じゃないんだけど……その本当にごめん」


 返事は誰からもない。

 これは詰みだ。

 過去に戻れる魔法がもしあるのならば、俺はこの状況になる前の自分に教えたい。


 絶対にノックをしろと。


 俺は部屋のドアノブを握って、静かにドアを閉める。

 隣のレティナをチラリと見つめると、珍しく怒っている様子はなく、それ以上に申し訳ないという顔をしていた。


 それから数分間、俺たちはマリーの部屋の前で待っていた。

 その間にレティナとの会話はなく、ひたすら審判の時を待つ俺たち。

 すると、キィーっという扉の音と共にミリカが顔を出した。


 「ごしゅじん。レティナねーね。もう大丈夫。入って」

 「……分かった」

 「う、うん」


 ミリカが部屋の扉を開けてくれて、俺とレティナは重い足取りで入室する。


 「話はルナちゃんから聞いたわ」


 部屋の中央に腕を組みながら立っていたマリーは、怪訝な顔をしているが、その声色は先程のマリーとは切り替わっている事にほっと胸を撫で下ろす。


 「レオンちゃん、何を安心した顔をしてるの?」

 「いや……うん。そうだね。そのさっきは……本当にごめん」

 「忘れなさい」

 「え……?」

 「レオンちゃんは何も見なかった。そうよね?」

 「あ、あぁ。そうだね」


 マリーの圧に首を縦に振る俺。

 忘れてって言われても…………いや、無理だろあれは。


 「ミリカも何も見てない。ルナちゃんも何も見てない。レティナも何も見てない。そうよね?」


 あまりの圧にみんなが俺と同じようにコクコクと首を縦に振った。


 俺に関しては下着姿を。

 みんなに関しては乙女な部分を見せたマリーを。


 忘れることなんてできないが、頭の片隅に封印することにしよう。

 それが何より俺とマリーの為だ。


 「マリーがそれで許してくれるならそうするよ。じゃあ、明日も早いからまたね」

 「いや、逃がすわけないわよ?」

 「デスヨネ」


 それから俺とレティナは正座をさせられて、数十分間に掛けてお説教をくらった。

 不思議なことにミリカとルナも何故か正座をしていた。


 初日からこんなので一週間大丈夫だろうかと思った俺は、この先の出来事に少しだけ不安になるのであった。

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