第80話 補給とは
あれから髭男は店員さんに食事の代金を渡し、仲間の冒険者の肩を担ぎながら、姿を消したのだった。
店員さんに聞く限り、<海男>は<猫虎亭>の常連さんらしく、別に悪い冒険者ではないとのことだった。 正直あの態度を見た俺からすると信じられないの一言だが、頭を下げる店員さんが不憫で仕方なかったので、俺は笑顔で平気だと伝えた。
そして、今は<海男>たちが居たテーブルと空いている隣のテーブルをくっつけてみんなで食事をしている。
ただ、その食事の席にはルナとゼオはおらず……
「ボウズ。お前すっげえ強いな? エルフは皆そうなのか?」
「わ、分からないです。僕は他のエルフのことをあまり知らないので……」
「きゃー何この子。すっごい可愛い〜」
「……うぅ…………」
「困ってる顔もぐっとくるわね」
二人は<猫虎亭>に居た人たちに大人気であった。
ゼオは剣の腕前を見た屈強な男たちに絡まれ、ルナはお姉さんたちにハグや撫で撫でをされている。
ただ、そこにはエルフのルナとゼオを軽蔑している者は誰一人としておらず、先程の戦いに感銘を受けた人たちだけだ。
その光景を見て、つい頬が緩む。
人間はエルフを軽蔑している。そして、エルフは人間に憎悪を抱いている。
だが、目の前に映っている光景はそんな話最初からなかったのではないだろうかと感じるほどだった。
顔が緩む俺に対して、レティナが肩をぽんぽんと叩く。
「あの……レンくん」
「ん? どうした?」
「ルナちゃんとゼオ君……あのままでいいの?」
「まぁ、いいでしょ。あれはあれで嬉しいと思うよ」
<猫虎亭>に入る前は照れて目も合わせてくれなかったレティナが、俺の隣の席に座り、いつものように話しかけてくれる。
これもルナとゼオのお陰だ。
今日だけは、あの二人を王様のように扱おう。
褒められるというのはどんな人だって気持ちの良いものだから。
「でも、レオンちゃん?」
「ん?」
「あの子たち今にも泣きそうな顔してるわよ?」
「……え?」
マリーの言葉に俺はルナとゼオをじっと見る。
その表情はどこか不安気で、まだ大丈夫そうなゼオに対して、ルナは今にも泣き出しそうな雰囲気があった。
周りを見ていた俺はそれに気づかなかったので、すぐに腰を上げルナの方へと駆け寄る。
「あっ、すみません。もうこの辺で解放してあげてください」
「えー」
「もっとサラサラな髪、触っていたかったのにー」
ルナを抱っこして身体を揺らす。
こんな時は無い胸を張って、自信満々な表情をすると思っていたが、今日は違っていた。
「ルナ、大丈夫?」
「……うん。ルナも……」
「ん?」
「……レオンと一緒にお喋りしたい」
あぁ、なるほど。
俺はその言葉に何故いつもと様子が違ったのかを悟った。
王都に辿り着く前の護衛期間中にルナと話したのは二回だけ。
それも一日中一緒に居たわけでもなく、小一時間ほどの短い時間である。
ブラックが天国へと旅立ってから、毎日顔を合わせていたのだ。
要するに寂しかったのだろう。
俺は上目遣いで見上げているルナの頭を撫でる。
「よしっ。じゃあ、これからの事を話そうか」
「うん!」
「ほらっ、ゼオもおいで」
「あっ、はい!」
空いてる手でゼオの手を握り、屈強な男たちから引き離すと、二人の周りに居た人たちは肩を落として散っていった。
その様子を見た俺はルナを地面に下ろして、ゼオと一緒に席に座らせる。
これで落ち着いて話ができるな。
そう思った俺はごほんっと一つ咳払いをして、話を切り出す。
「色々落ち着いたところで、まずこの一週間で何をやりたいか纏めよう」
「レンくんレンくん。私、海行きたい!」
「私は観光したいわね」
「俺は強ぇ奴がいるなら戦いてぇな」
「ミリカ。なんでもいい。ごしゅじんと一緒なら」
「ルナもー!」
「僕も行けるならどこでもいいです」
みんなが各々に発言した後、中断していた食事を取り始める。
「なるほどね。海と観光。その二つくらいかな?」
「おい、強ぇ奴は……」
「それはまぁ……後で考えよう」
「私は海さえ行ければ、何処でもいいよ」
「何日も滞在するんだから、大方の目的はそんな感じなんじゃない?」
「よし、分かった。じゃあ、明後日から海やら観光やらに行こうか」
俺の言葉にカルロスが何か違和感を持ったのか眉を顰める。
「……ん? なんで明日からじゃねぇんだ?」
「あー、えっと……」
まずはぐっすり寝たいから。
こんな事を言えば、批判的な意見が飛んでくるだろう。
俺はなるべく穏便に済ませる為、ポーカーフェイスを装った。
「そうだね……強いて言えば……補給かな」
「補給。ごしゅじん。それ大事」
「流石はミリカだ。補給の意味を分かるとは成長したね」
「嬉しい」
俺とミリカの間にのほほんとした空気が漂う。
その空気をまるで鋭利な刃で切り裂くように、レティナが口を開いた。
「ねぇ、レンくん……それって寝ることだよね?」
「? 何を言ってるんだレティナ。俺がそんな怠け者なはずないだろ」
「じゃあ、補給って何?」
「…………ミリカ……なら分かるよ」
レティナの顔を見もせずに、ミリカの瞳を見つめる。
俺の思いが伝わったのか、ミリカはコクリと頷いて胸を張った。
その様子は自信満々で 「任せて」 と言葉にしなくても伝わってくる。
流石はミリカだ。こういう時はミリカが頼りになる。どんな時も俺の味方だからだ。
そして、そんなミリカがゆっくりと口を開く。
「……補給。それは簡単。ごしゅじんと身体をくっつける。ベッドの中で。そしたら、癒される」
「……」
うん。忘れてたよ。
君が爆弾少女ってことを。
シーンと静まり返るテーブルの中、黙々と食事をする俺。
視線が痛い。ただ、そんな事気にしてられない。
何故なら、脳が危険危険と警報を鳴らしているからだ。
早く食べて、宿屋まで向かおう。
「?? ごしゅじん」
「な、なに? ミリカも熱々のうちに食べてみなよ。美味しいから」
「は、把握した」
ミリカがみんなの視線に気づいたのか、俺に続いて食事を再開した。
そうだ!
こんな感じで食事を促そう。
それなら先程の言葉も忘れてくれるはずだ。
「ほら。ルナとゼオも食べな?」
「……」
「……」
なるほど。
さっきまで嬉しそうにしてた二人は……もう居ないのか。
寂しいがそれなら仕方ない。
「マリーーー「なに????」
「あっ、なんもないです」
ちょっと殺気は止めようよ。
いくら俺に向けてるっていっても隣にいるミリカを見なよ。
ミリカはプルプルと震えて、箸で掴んだ肉を何度も皿の上に落としていた。
「おい。レオン」
「……ん? カルロスどうしたの? そんな怖い顔して」
とぼけている俺に向けてカルロスは言葉を続ける。
「お前……そんな事の為に明後日って言ったのか?」
「い、いや。待って? さっきのは誤解だよ」
「あ?」
「ミリカの言う補給と俺が言う補給は違うんだ。俺が言った補給ってのはね……言いたくはなかったんだけど……」
俺は困った顔を装いながら、宙を見つめる。
「みんなが楽しめるように、明日は一人で観光スポットを調査しようとしてたんだ」
「ほう?」
「最高の旅行にしたいだろ? だから、明後日って言い方になったんだよ」
我ながら上手い言い訳を考えたものだと感心してしまう。
これなら辻褄が合うし、誰も俺のことを責めようとは考えないだろう。
勝ったと確信した俺は最後の肉を頬張った。
「でも……レンくん……?」
隣にいるいつも優しくて可愛いレティナが口を開く。
口調は穏やかなはずなのに何故だ……
何故こんなにも……冷や汗をかいてしまうのだ。
レティナから次に出る言葉をじっと待つ。
すると、レティナはニコリと笑みを張り付けて口を開いた。
「めんどくさがり屋のレンくんが一人で調査なんて……そんな言い訳通ると思ってるの?」
「……」
「寝たいだけだよね?」
「……」
「寝たいだけだよね???」
「……ハイ」
「だよね。じゃあ、明日はみんなとお出かけしてくれるよね? ねっ?」
「ウン。モチロンダヨ」
「そっか。よかった」
「スコシ……セキハズスネ」
レティナの圧に負けた俺は逃げるようにトイレへと駆け込む。
な、なにあれ……怖すぎるんだけど……
肯定しか許さない凄みのある笑みを思い出し、俺は一人でぶるりと震えるのだった。




