第8話 焼肉パーティー?
シャルを送り届けてから、俺は拠点ではなくギルドマスター室の前まで来ていた。
お腹も空いたしお風呂にも入りたいが、今は我慢する。
コンコンッと扉を叩くと、 「入れ」 という淡白な返事を聞いた俺は扉を開ける。
「ふむ。レオン、どうかしたか? 先程の話なら後日でもいいのだが……?」
「もう分かってるでしょ……」
「何のことだい?」
顎の前に手を組んだマスターは、にやりと微笑を浮かべて俺を揶揄う。
「はぁ……シャルの件ですよ。明日から一週間鍛えてあげます。もちろん報酬は貰いますからね」
「おぉ。それはそれは大変有り難い返事だ」
扉越しに話を聞いていたくせに……
マスターの思い通りになっているのが癪に触るので、俺は虚を突くことにした。
「マスターって公平でなければなりませんよね? でも、シャルの件はあまりにも公平とは思えない言動でした。それをどうお考えになっているのですか?」
マスターは完璧な虚を突かれているのか、口を開けて呆けている。
ふっ。やられたらやり返すのが定石。
どうせ何も言えないだろう。
そう思っていた俺に対して、マスターは不思議そうに口を開く。
「レオン、君はあの純粋な想いを知り、応援してあげたくはないのか? 公平とは別だが、私も人間だ。君もあの想いに応えてあげたいと思ったから、指導する事を決めたんじゃないのかな?」
「……まぁ、はい」
「うむ。分かってくれるならいい」
やっぱりこの人には敵わない。
そもそも今まで会ってから、口では一度も勝てたことがないのだ。
今更やり返そうとした俺が馬鹿だった。
「じゃあ、言いたい事は伝えたので……この辺で失礼しますね」
「レオン……もう少し話したいことが……ある」
マスターの方はまだ言い残したことがあるのか、真剣な表情をしながら口籠る。
「……何でしょうか?」
「……」
何この空気……
……告白ではないよね。
マスターだし……。
うん……期待するだけ無駄だよね。
………………この時間の長さ……まさか本当に告白!?
「……君がSランクの依頼に行かない理由は何故だ?」
はぁ。それね。
見当違いの言葉に、思わず肩を落とす。
「単純ですよ。俺"だけ"がSランクの依頼に行ってもつまらないからです」
「む? なら、レティナや他のメンバーと一緒に行けばいいじゃないか?」
「無理ですね」
「何故だ?」
何故? と聞かれても困る。
その答えはとても曖昧で、俺ですら漠然としたものだから。
「噂で、俺がSランクの依頼に着いていけなくなったと聞きました……ただ、そんな感じですよ」
「それは嘘だな。君は間違いなく他のメンバーより強い。そんなの一緒に冒険をしたことがない私でも言えるぞ」
「……」
マスターの顔は常時真剣だった。
今の言葉にも嘘偽りなく言い切るのは、とても有り難いし嬉しいものだ。
「聞かせてくれないか? 貴族の連中にも騎士団にも言わないと誓う。もちろん<魔の刻>のメンバーにもな」
あまりにも真摯な言葉に、俺が誰にも言わないと誓った信念が……少し揺れた。
「二つ……あるんです。一つは、何か……自分でも分からないのですが、"何か"が足りないんです」
「何か……?」
「はい。冒険を行く時に必ず持っていった物が……いつの間にか無くなったような……そんな感覚で……」
俺は首に掛かっているお守りを握りしめる。
何の変哲もない剣のネックレス。
それは昔レティナに貰った物だった。
握りしめるだけで不思議と安心できる。
「それは……
果たして……”物”なのだろうか?」
怪訝そうな顔を浮かべるマスターの言葉が……
何故か理解できない。
物……じゃ……ない……??
ザザザザッ
急にノイズが走る。
「ぐっ」
「っ!? レ、レオン!? どうした!?」
あまりにも激しい頭痛が襲い、俺は頭を抱えた。
ザザザザザザッ
な……んだ……これ……
ノイズの音が激しくなると共に、
(……ちゃん……ちゃん……)
どこか懐かしい声が聞こえた気がした。
その声に耳を澄ませると、
ザザザザザザザザッ
ノイズは益々激しくなる。
これは警告だ。頭の中でそう理解する。
まるで脳みそを鎖で雁字搦めにしているような痛みに耐えながら、俺は息を整えようとした。
「はぁ……はぁはぁ」
「レオン大丈夫か!? これを飲め!」
マスターを見上げると俺の異常な状態を心配してか、魔法鞄から取り出したハイポーションを差し出してくれる。
俺はそのハイポーションを躊躇せずに受け取ると、一気に飲み干す。
喉から胃に冷たい液体が流れていくのを感じると、謎のノイズと頭の痛みが引いていった。
「はぁ……っはぁ……」
「大丈夫か?」
「……はぁ……は、はい。ありがとうございます、少し落ち着いてきました」
まだ多少ズキズキと痛むが、この調子なら大丈夫そうだ。
「う、うむ。なら良かった。今日は色々あったから、レオンも疲れていたのだろうな……」
「ご迷惑かけてすみません。ちなみにハイポーションって今銀貨何枚程ですか? 先程渡してくれたのは飲んでしまったので」
「”金貨”二枚だ」
……え??
今、金貨二枚って言った??
さ、流石に聞き間違いだよね。
「なるほど。"銀貨"二枚ですね。ちょっと待っててください」
「いや? "金貨"二枚だ」
「……へ?」
思わず間の抜けた声を出してしまう。
いや、どれだけポーション値上げされてんの?
「つまり獅子蛇一匹分の価値があるアイテムだったということだな」
「な、なるほど。分かりました」
俺は自分の魔法鞄の中に手を入れる。
本当は獅子蛇討伐の取り分なんて無い。
シャルを宿屋まで送り届ける途中で、彼女の衣嚢に入れたからだ。
「ふっ、レオン。別に金貨など不要だ」
「え?」
俺が金貨の入っている巾着袋を掴んだ時、マスターはそう言葉にした。
「ハイポーションに関しては、私から君へのせめてもの礼だと思いたまえ」
ふむ。
指導の事か。
「いや、それでも……」
「なんだ? 私の礼は受け取れないのか?」
「それずるくないですか?」
「ふっ、何のことか分からんな」
「……」
これ以上俺が何を言っても、マスターは受け取る気がないだろう。
そう察した俺は、満足そうに笑うマスターを見て、ふっと笑みを浮かべる。
「では、御言葉に甘させていただきます。その代わりちゃんとシャルたちを鍛えるんで、そこは安心してください」
「うむ。頼んだぞ。今日はもういいから早く帰りたまえ」
「はい。では、失礼します」
マスターに一礼したのち、ギルドマスター室を後にする。
汗をかなりかいてしまったので、肌に衣服が纏わりつく感覚が気持ち悪い。
早く帰ってお風呂に入り、夕食を食べたらぐっすりと寝よう。
そう思った俺は先程の頭の痛みなど忘れて、足早で拠点へと帰るのだった。
「ただいまー!」
拠点に帰ると、夕食のいい香りが鼻を抜けていく。
「レンくーーーん! おかえり!」
嬉しそうに駆け寄ってきたレティナは、俺の胸目掛けて飛び込んできた。
「ただいま。レティナ。みんなは今夕食?」
「ううん! まだだよ。レンくん待ってたの。あっ! そうだ!」
腕の中でもぞもぞしながらレティナは、上目遣いに見上げる。
「お風呂にする? ご飯にする? それとも……私?」
最後の言葉は恥ずかしかったのか、ぎゅっと抱きしめた胸の中で響く。
昔母さんに教えてもらったこの台詞は、レティナが上機嫌な時に使ってくる技だ。
「じゃあ、ご飯食べてお風呂に入るよ」
俺は平静を装いながらもレティナの肩に手を掛け、引き離す。
むむぅ、と離されたことが癪なのか、それとも思った答えと違ったのか、頬を紅潮させて悔しそうな顔を浮かべているレティナ。
母さんから伝授されたこの技は 「男を殺す奥義その一」 らしい。
その技を使うことで大抵の男は落ちるらしいが、俺はそんなのには負けない。
し、紳士だからね。
引き離されたレティナは気持ちを切り替えたのか、元気いっぱいに俺の手を引く。
「レンくん、今日は焼肉パーティーだよ! 早く行こっ!」
ダイニングにレティナと一緒に入ると、肉の焼けた香ばしい香りが鼻腔を掠めた。
「ただいま。マリー、カルロス」
「おうー。準備できてるぞ?」
「レオンちゃん遅いわよ? 早く食べましょ?」
マリーは焼いた肉をぷらぷら箸で浮かせて、口へと頬張る。
「んー。さっいこう!」
あまりにも美味しそうに食べるその姿に、俺のお腹がぐぎゅ~っと悲鳴を上げた。
本当は先にお風呂をいただくつもりだったが、目の前の肉を見れば誰でも食したいと思うだろう。
いつもの席に腰掛けた俺は、 「いただきます」 と手を合わせて焼けた肉を掴む。
用意されていたつけダレに、赤みがかった肉を通してご飯に乗せる。
そのままご飯と一緒に口へと運ぶと、噛む度に肉汁が口内へと広がった。
今まで生きていてよかったと実感するほどに美味である。
俺が黙々と食している中、カルロスがふと口を開く。
「レオンよぉ? みんなで行きたい場所決めてたんだが、お前は何処に行きたい? 俺は南の森を抜けてアーラ王国に行きたいんだよな」
「レンくん。やっぱ東のマリン王国に行きたいよね? 海に入ったら気持ちいいよ?」
「レオンちゃん、絶対北のリーガル王国がいいわよ。あそこは美しい街並みをしてるし、ご飯も美味しいから」
みんなの視線が一点に俺へと注がれている。
「ん? 何の話?」
何を言っているのかさっぱり理解ができなかった俺は、口一杯に頬張ったお肉を飲み込んだ。
「だから、レンくん。明日からみんなで旅行に行くって話になったの。それでどこ行きたいかを話し合ってたんだけど……みんな別々の方向だもん。絶対マリン王国がいいと思うのに」
「レティナよぉ。それは海だけだろ? そんなつまらねぇの指導と一緒だぞ」
「そんなことないもん! カルロスさんのアーラ王国なんて闘技会目当てでしょ? そんな私利私欲の為にレンくんを連れてかないで?」
「二人ともさ? リーガル王国で美味しいご飯食べたくないの?」
えっ……いや……え???
何を言ってるのか……まだ理解が追い付かない。
「いや……あのさ? みんななんか盛り上がってるとこ悪いけど……明日は指導だよ?」
「は?」
「え?」
「……?」
全員が全員、俺の言葉に呆気を取られている。
「いや、みんなマスターと俺の会話聞いてたよね? マスターの"命令"なんだから、逆らえないよ」
「それを撤回させる為にレオンが一人で行ったんだろ?」
「……え?」
<魔の刻>のメンバーは、いつだって俺の気持ちを汲み取ってくれる素晴らしい仲間だ。
だが、そんなみんなは今、訝しげに俺を見つめている。
「あのレオンちゃん? <金の翼>が本当に私たちが指導するほどのパーティーだと思ってる?」
マリーは基本的に正論しか言わない。
今の発言ももちろん納得できる。
そして、それはマスターにもきちんと話した。
だが……
「うん。あると思うよ? 少なくとも<金の翼>のメンバー全員とは言えないけど、強くなれると思ったから引き受けたんだ」
俺は引き下がらない。
マスターのハイポーションの善意もそうだが、シャルの純粋な気持ちに応えたいから。
「レンくん……どうして? それは私でもキッパリ無いって言えると思う。獅子蛇相手にあの戦い方はまるでなってないし、何しろレンくんを馬鹿にした人たちだよ?」
指導に納得できないのかマリーとレティナが、珍しく反論してくる。
それを見ていたカルロスは何か分かったような顔で、ぽんと手を打った。
「レオン、さてはお前……シャルに惚れたな?」
爆弾野郎の発言で、俺は身体中から血の気が引くのを感じたのだった。