第76話 王都マルン
「あの……レオンさん聞いてます?」
「あっ、なんだった??」
「はぁ……今日ずっとぼーっとしてますよ?」
「そ、そう? いつも通りだと思うんだけどね」
エミリーが心配した顔で俺を見ている。
レティナとキスをした後、俺はそのまま護衛の為にリリーナの馬車へと戻った。
騎士団もそうだったが、もちろんのことリリーナたちも寝ていた。
俺も興奮冷めやらぬ気持ちを抑えて眠りつき、今に至るわけだが……
こんな状態で敵が襲いかかってきたら……冷静に対処できるんだろうか?
いや、さすがに無理だな。
「そうですか。それならいいんですけど……」
「う、うん。心配かけてごめんね」
昨日の今日だ。
長年一緒だったレティナとキスをした。
子供の頃はよくしていた記憶があるが、正直曖昧である。
アガッゾ村の時だったけ……?
それとも王都に来てからだったけ……
それとも……
考えても思い出せない記憶ではあるが、いつからか俺たちはぱたっとしなくなった。
理由も思い出せないが、今はそんな事どうでもいい。
つい昨日のことを思い出してしまう。
柔らかい唇に熱い吐息。
口から漏れる声は色っぽく、いつものレティナでは考えられないような表情。
全てが俺を鼓動を高鳴らせた。
あぁ……早くレティナに会いたいなぁ。
しみじみそう思っていると、リリーナが怪訝な顔で口を開く。
「おい、レオン」
「……あっ、なに?」
「……あの後、何があった?」
その唐突な言葉に思わずびくっと身体が反応する。
護衛という立場でミリカと一緒にベッドで寝て、マリーを抱擁する。
そして、レティナとキスをした。
……いや、もうこれ護衛失格どころの騒ぎじゃなくない?
こんな衝撃の事実がバレたらと思うと、額に冷や汗をかく。
が、表情に出すことは決してできない。
身体こそ反応してしまったが、まだそこまで不審に思われていないはずだ。
俺はそう考えると、ポーカーフェイスを装った。
「別に何もないよ。それは置いといて……昨日はごめんね。もう怖くない?」
「あ、あぁ。それについては私からも謝る。すまなかった」
「レオンさん……ごめんなさい」
二人して頭を下げるその光景からつい視線を逸らす。
頭を下げるのはこちらだ。
決してリリーナとエミリーが下げるものじゃない。
罪悪感で胸が痛くなりながらも、俺は笑顔を装う。
「いや、もう頭上げてよ。俺は色々慣れてるからさ。あともう少しで着くんだし、お互い気楽に行こう」
「……ありがとう」
「はい」
表情が明るくなった二人を見て、俺は一安心する。
話を逸らせたこともそうだが、俺のことを怖がりながら共に過ごすという事はもうなさそうだ。
リリーナがそのままニコッと笑い、俺もニコッと返す。
「それで? 昨日は何をしてたんだ?」
「……」
話を戻したリリーナは逃がさないといった目で俺を見つめている。
こういう時の対処法はいくつか知っている。
例を挙げるとすれば、
ミリカに話を振る。
ルナを盾として俺の膝に乗せる……なのだが、生憎その二人はいない。
それなら……!
「……ぐぅぐぅ」
窮地に陥った俺はそっぽを向き、寝たふりをするのであった。
その日から五日が経ち、当初の予定より早く王都マルンの大橋へと辿り着く。
王都は海に囲まれており、その王都に入るためには一本しかない大橋を渡らなくてはいけない。
遠目から見える城の前には大きな噴水があり、止まることを知らないそれは俺たちを歓迎しているようにも見えた。
「うわ〜、俺初めて来たけど……綺麗だなぁ」
「ん? そうなのか。確かにここは王都ラードから離れているから、私もあまり来ないが……まさか初めてとはね」
「私は昔に来たことがありますよ。その時は身分を隠して入ったのですが、ここの海の幸は絶品でした」
「へぇ。なら、早く食べたいな」
新天地というのは何故こうもワクワクするのだろうか。
客車の窓から頭を出し、子供のように興奮する俺の姿に二人はくすくすと笑っていた。
馬車はそのまま大橋を渡り、王都の住人や行商人たちとすれ違う。
そのすれ違った人々が 「何事だ?」 みたいな顔をしていたのは、きっとこの馬車にプロバンス家の家紋が施されているからだろう。
普通とは違う俺たちの馬車はドタドタと大きな足音を立てながら、王都の門へと向かう。
「止まってください!」
突如外から聞こえたその言葉に、馬車はぴたりと止まり、少し経つと客車の扉がコンコンとノックされた。
リリーナはその音を聞き、躊躇せず扉を開く。
開けた扉から顔を見せた人物は二人の衛兵で、リリーナと俺、それとエミリーを見てから再びリリーナに視線を向けた。
「すみません。お名前を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「リリーナ・プロバンスだ。話は通しているはずだが?」
「!! も、申し訳ございません。プロバンス家の方でしたか。どうぞお通りください」
「うむ。ご苦労」
衛兵なのだから家紋を見たら分かるだろ。
そんな表情も一切見せないリリーナは衛兵に労いの言葉をかけ、そのまま扉が閉める。
やっぱりリリーナは普通の貴族とは違うな。
そう思っていると、再び馬車が走り出した。
「ねぇ、リリーナ。ちなみにだけど……これどこに向かってるの?」
「もちろん城に一直線だ。早くこの書状を届けたいのでね」
「あー、なるほど。そのまま渡すのか」
俺はちらりとエミリーを見る。
エミリーも俺の思っていることが分かったのか、気まずそうに苦笑した。
「安心しろ、エミリー。この国の王はエルフを軽蔑したりなどしない。城に君が入っても、嫌な顔一つされないよう配慮してくれるだろう」
なるほど。
確かにエルフの奴隷解放を承認するのだ。
王自らがエルフを軽視しているなんて考えられないか。
エミリーはリリーナの言葉に安心したようで、ほっと胸を撫で下ろしていた。
城へと一直線に向かった俺たちの馬車は、王国の騎士に歓迎され入門した。
リリーナとエミリーの三人で広い部屋に案内された後、一人の騎士が謁見の場が整った事を知らせてくれる。
それに向かった二人に手を振った俺は、今一人である。
何かあった時の為なのか、扉の前に騎士が立っている気配がするがそんな些細な事は気にしない。
「はぁぁ……やっと安心して眠れる」
書状を渡せば後は自由だ。
早く羽を伸ばしたいし、早くベッドで眠りたい。
リリーナたちが帰ってくるのが待ち遠しい俺は、高級なソファの上で用意された紅茶を啜る。
絶品だ。おそらく今まで飲んだ紅茶の中で、二番目に美味しいと思う。
もちろん一番はレティナが淹れてくれた紅茶だ。
ポッドに入ってある紅茶を俺は自分のカップに注ぎ、堕落した体制を取る。
誰も見てないんだ。
長旅だったしこれくらい許してくれるよね。
シャンデリアをぼーっと見つめていると、ふと扉越しに話し声が聞こえた。
「むむぅ。なんなのじゃ。うちはそこに入りたいのじゃよ。どいてほしいのじゃ!」
「で、ですが、ここは誰も通してはいけないと……」
「そんなの知らないのじゃ。そこに居るのが分かっておるのに、扉を開けない選択はないのじゃ!」
「お、落ち着いてください。フェルさん。流石にフェルさんと言えど、お通しすることはできないんですよ」
なんだ?
誰かと騎士が言い争いをしている。
俺は声のする扉に顔を向けた。
「フェルちゃ〜ん。ここまで騎士さんが言うなら〜諦めようよ〜」
「むむ!? ポーラもそんなこと言って! ここに居るんじゃよ? 会ってみたいじゃろ」
「ん~、それでもなぁ〜」
まずその会話を聞いて思ったことがある。
いや、喋り方独特だな……
明らかに口調と合っていない高い声色を発している者は、信じられないことを口にした。
「むむぅぅ。こうなったら強行突破じゃ!」
その声と共に勢いよく開かれた扉から、会話をしていた全員が部屋の中へとなだれ込み、俺の目の前で倒れる。
騎士の上に乗っていた二人の女の子は、目をぱちくりさせながら俺を見つめていた。
俺は何が起きたか理解できない現状に、とりあえず笑みを張り付けてその二人に手を振る。
数秒間の沈黙の後、一人の女の子が立ち上がり目をキラキラさせながら俺へと駆け寄るのだった。
「レオン様じゃーーーー!」




