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第75話 レティナと二人、月の下で


 どうして……こうなった?


 俺は今、拠点のみんなの前で正座をさせられている。

 いつもは寝ているはずのルナやゼオでさえ、俺を見下すように腕を組んでいた。


 そうなった現状を振り返る。


 あの後、マリーと二人で夜の草原を歩いた。

 マリーの髪が夜風でなびき、それを抑えて俺に笑顔を向ける。

 思わずきゅんとする心を落ち着かせた俺は、ポーカーフェイスを装いマリーと他愛のない話をした。

 もちろん後ろに山賊たちは居たのだが、誰一人として俺とマリーの会話に横槍を入れる者などいるわけがない。


 そのまま馬車へと辿り着き、起きていたレティナの水魔法で俺の汚れを取り、風魔法で服を乾かせてもらった。


 そう。そこまではいい。


 「じゃあ、レオンちゃん。とりあえず……座って?」


 先程の笑みとはどこか違うマリーの凄みのある笑みに、逆らってはいけないと本能的に感じた俺は客車の椅子に座った。


 「なぁレオン。誰がそこに座れって言った?」

 「へ?」

 「地べたに決まってるだろ? とりあえず正座でな」

 「で、でも……」

 「ねぇレンくん……私たちあの光景見ていたよ……? マリーちゃんと手を繋いでるとこも」

 「はい。分かりました」


 そうして今に至る。

 客車の床で座っている俺から見て右側には、マリーとミリカ、それにレティナが。

 左側にはルナとゼオがぷんぷんと怒っており、カルロスが頭を掻いていた。


 「ひ、一つ言い?」

 「なんだその口の聞き方は」

 「あっ、一ついいですか?」


 いや、俺一応このパーティーのリーダーなんだけど……


 「許す」

 「あの……ルナとゼオは見てた?」

 「えーなにを?」

 「えっと……見てません」

 「じゃあ、なんで怒ってるの?」

 「だって、レオンが悪いことしたって、レティナちゃんが言ってたから」

 「僕もです。悪いことした時は反省しないとダメですよ?」

 「う、うん。そうだね」


 ルナとゼオの話を聞いて少しだけほっとする。

 あの光景を……二人には見せたくなかったから。

 ルナとゼオにはまだ刺激が強すぎる世界であって、何よりも綺麗なものを沢山見せたい。


 「ごしゅじん」

 「ん?」

 「反省。してない」

 「いや、もちろんしてる。マリーさっきはごめん」

 「それはしてる。思う。だけど、違う」


 ??


 今回の件で一番反省したのはマリーを泣かせたことだ。

 俺が思いのまま感情で動いたせいで、マリーを傷つけてしまった。

 女を泣かせる男は屑人間だ、と教えられた俺からすると、今の俺は正にそれである。

 だが、それ以外何を反省すべきなのだろうか。


 顎を触って思考に耽るがいまいち確信がつけない俺に対して、ミリカの表情が暗くなる。


 「ごじゅじん……」

 「ご、ごめん。ほんとに思いつかなくて」

 「……ごしゅじん。何かに……乗っ取られてた」

 「……えっ」

 「いつものごしゅじんじゃない。怖い。心配なった」


 俯くミリカに俺は正座を崩し側に寄る。


 「そっ……か。そうだよね。ごめんミリカ……みんなもごめん」


 この黒い感情のことは、この場にいるメンバーにも話していないことだ。

 話したとしてもどうせ心配されるだけであって、治らないものだと何故かそう思っているから。

 それならいっそ冒険に出ずに、この感情を隠し通そうと思った罰が当たったのだろう。


 頭を下げた後、ミリカの頭を撫でる。

 すると、ミリカは顔を上げて俺の瞳を見つめた。

 何かを探るようなその視線の後、暗い表情が少しだけ明るくなったような気がした。


 「レンくん……あまり無茶しちゃいけないよ?」

 「うん……反省してる」

 「なら、私は許してあげる。もちろん頭撫でてくれたらね?」

 「あっ! 今度はルナが先!」

 「ルナちゃん。こういうのは順序があってね?」

 「お? なら、マリーもーー「カルロス……黙りなさい」

 「あははっ。カルロスさん怒られてる」


 客車の中が笑い声で溢れる。

 俺もみんなの笑顔を見て、つい顔がほころんだ。


 レティナの頭を撫でながら、俺はこの黒い感情について、洗いざらい話そうと考えた。

 だが、そんな俺にレティナは何かを察したのか、真剣な表情で囁く。


 「レンくん安心して。何も言わなくても伝わってるから……私が……ううん。私たちがレンくんを守るから」


 その声色はいつものレティナじゃ考えられないような力強さがあった。


 守る……か。


 「俺も守りたいんだけど……?」

 「ふふっ。レンくんが居るだけでもうみんなは守られてるよ」

 「そっ……か」


 なんだか腑に落ちないが、レティナがそう言うなら従おう。

 この黒い感情が何故出てくるのか自分自身でも分からないのに、レティナが分かるなど到底思えないが、無邪気に笑うレティナを見て、俺はそれ以上のことは口にはしなかった。


 それからみんなで小一時間ほど話した後、俺はリリーナの護衛をする為に客車を出る。

 行きはマリーだったが、帰りはじゃんけんで勝ったレティナが俺に付き添ってくれた。



 「レンくん、あれ見て?」

 「ん?」

 「なんの星だろ……すごく綺麗だね」

 「本当だ……」


 レティナが指を指したその星は、月に負けず劣らずの輝きを放っていた。

 マリーが泣いていた時は見れなかった星空を見上げながら二人で歩く。

 手を繋いで歩いていた為か、ひんやりと冷たい物が手首に当たった。


 「……ずっと付けてくれてるよね。それ」


 俺の目線にレティナが気づき、くしゃっとした笑顔を見せる。


 「もちろんだよ。あの日から毎日に付けてるの。幸せになれるんでしょ? 四葉のクローバーって」

 「まぁ、母さんから聞いた話だけどね」

 「ふふっ。私は今すっっごい幸せだよ。これもこのブレスレットのおかげかな」


 手を離してブレスレットをうっとりと見るレティナ。

 俺はその姿に微笑みながら、ゆっくりと歩いていく。

 夜の静寂が俺たちを襲うが、不安や恐怖などは微塵もなく、それはとても心地いい気分になれるようなものだった。


 すると、隣を歩いていたレティナがぱっと俺の前に出て、上目遣いをしながら口を開いた。


 「レンくん……」

 「ん? どうした?」

 「……ぎゅーってして」


 ……なるほど。

 可愛すぎて襲いかかりたい……が、俺は紳士だ。

 こんな邪な考えを待ってれば、父さんに叱られてしまう。


 俺は一つ咳払いをして、華奢な身体を抱きしめる。

 レティナはそんな俺の背中に腕を回し、小さく笑う。


 「ふふっ。レンくん、ほんとに大きくなったね。昔は私と同じくらいの背丈だったのに」

 「そうだね。アガッゾ村の時はあまり変わらなかったけど……たまには帰らなくちゃな」

 「……」


 もう故郷には三年以上帰っていない。

 父さんや母さんは元気にしているだろうか。


 少しだけ故郷が恋しくなる俺に対して、レティナは違っていた。

 俺の胸で顔を隠し、ぎゅうっと腕の力を強める。


 「レティナはさ……なんで帰りたくないの?」

 「……」

 「お母さんやお父さんが嫌い?」

 「……」


 故郷に帰らなくなった主な原因は、レティナが乗り気じゃなくなったからだ。

 馬車で行けば五日ほどのそう遠くない距離なのに、この三年間でレティナの賛同を得られることはなかった。


 当初は理由が分からなかった。

 ただただ、忙しいから……そう思っていた。


 だが……


 「あそこに……何かあるの?」

 「……っ」

 「レティナの口から聞きたいな」


 俺はレティナの頭を優しく撫でる。

 俺の夢とアガッゾ村。

 おそらくここは繋がっている筈だ。

 どうしてかなんて言われても分からないが、俺の直感がそう言っていた。


 「……」

 「……」

 「あそこは……」


 レティナがふと口を開く。


 「……思い出の場所なの。レンくんと私の……」

 「うん。そうだね……」

 「だから、行きたくないの」

 「……」


 思い出の場所だから行きたくない?

 いや、それは逆だろう。

 レティナの真意がいまだに読み取れずにいた。


 「ねぇ……レンくん。知ってる? 思い出の場所が幸せな場所とは限らないの。人によっては辛い場所にもなるんだよ……」

 「レティナは俺たちが過ごしたあの場所を……辛い場所だと思ってるの?」


 その問いにレティナが大きく震える。

 そして、見上げた瞳に俺を映し出した。

























 「レンくん、やっぱり神様は居るよ。レティナにこんな事を言わせないと気が済まないみたいなの……無慈悲だけど……レティナにはぴったりの罰だね」






 何を言っているのか本当に分からない。

 昔のレティナに戻った口調を懐かしいとも感じない。


 何故なら、それ以上に……


 レティナからこれから出てくるだろう言葉を、絶対に言わせてはならないと思ったからだ。


 「レティナ、一旦落ち着こう? ね?」


 俺の言葉にふるふると首を振ったレティナは、にこっと笑顔を貼り付けた。

 その様子に嫌な予感がして、瞬時にレティナの言葉を言わせないように口を開く。


 「レティーー「あそこは辛い場所だよ。あんなところには行きたくない。お父さんもお母さんも嫌い。あの村が嫌い。レティナが……レティナの手で……何もかも壊したくなるくらいに」


 その目は……その表情は……


 「なんであの場所で育っちゃったんだろ。周りには何もないし、美味しいケーキも食べれない。村の人たちも優しいだけで、これといった特技もないし。つまんない場所だよね」


 「……もう……いい」


 「レンくんとの冒険は楽しかったけど、やっぱり王都で育った方が強くなってた気がするよ。あんなへんぴな村早く滅びちゃえばいいのに……それくらい嫌いなの。それと〜」


 「……レティナ」


 「あっ、あの時もね? レティナは…………っ!?」



 これ以上、聞いていられなかった。




 レティナの唇を不意に奪う。

 突然の事に大きく見開いたレティナの瞳がだんだんと潤っていき、瞼を閉じた瞬間に涙が頬を伝った。

 レティナの瞳から流れ落ちた涙は、月の光によってキラキラと輝き、草の上にぽたぽたと乗っていく。


 俺は少し経ってから顔を離し、紅潮している頬を濡らしているものを優しく拭った。


 「レティナ……もうそんな事言わないで。あの場所には幸せな思い出ばかり詰まってるだろ?」


 アガッゾ村の事を喋っていたレティナの表情は酷いものだった。

 笑顔を貼り付けたその顔には、


 悲しい。切ない。苦しい。虚しい。辛い。


 その全ての感情が詰まっていた。


 そんなレティナは見たくない。

 俺が見たいのは……笑っているレティナだから。


 おでこを合わせて俺の気持ちが伝われと祈る。


 瞳を閉じているレティナに合わせて、俺も瞳を閉じた。


 視界が真っ暗になり、夜風とレティナの吐息だけが聞こえる。





 「アガッゾ村で……レンくんに沢山魔法を見せてあげたよね」


 その声に瞼を開くと、レティナの大きな瞳が俺を見つめていた。


 「初めて見せた時なんて、レンくんすごくびっくりしてて……ふふっ。今でも笑っちゃう」


 「そりゃ驚くでしょ。教会にも行ってなかったのに、目の前でいきなり詠唱するんだもん」


 「ふふっ、そうだったね。その後レンくんってば、僕もできるよって自信満々に言ったのに、何もできなかったよね」


 「……あれはもう思い出さないでよ。レティナが炎の弾(ファイアボール)を俺に当てようとしたの覚えてる? あれほんとに死ぬかと思ったんだから」


 「えへへっ。ついつい、子供心で……」


 「それのせいでトラウマになったのは忘れないけどね」


 「もうー忘れてよ〜」


 二人でくすくすと笑い合う。

 二人の幸せな思い出。

 あの故郷には辛い思い出なんて何一つなかった。


 「楽しかったね……」


 「うんっ……すごく、すごーく楽しくて……幸せだった。レンくんと一緒にいれて……それで……」


 その後の言葉に詰まるレティナ。

 俺はもう求めてはいけないと悟った。

 真実がなんであれ、やはりレティナの口から言えるようになるまで待ってあげようと。


 「レティナ……これだけは約束して」

 「……なに?」

 「もう思ってもないことは口にしないって。あんな顔……二度と見たくないから」

 「……うんっ。約束する」


 俺が小指を出すと、それにレティナの小指が絡まる。

 そして、ぎゅっとした後、俺は絡まっていた小指を離した。


 「はい。じゃあ、これで約束できたし、もうそろそろ戻るよ」


 合わせていたおでこも離した俺はレティナの頭を撫でる。


 「レンくん……」

 「ん? まだ何かある?」











 「もう一回」









 「えっ?」 と聞き返す前に俺とレティナの距離が無くなる。

 唐突ではあったが、レティナの好きという気持ちがその行為で、ひしひしと伝わった。

 月が見ている中、俺はそれに応じてレティナを抱きしめる。

 二人のシルエットが草原に映り、草木が夜風に揺れる。

 まるで世界に二人だけしかいないようなこの時を、俺は永遠に忘れないと心に誓った瞬間だった。

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