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第74話 邪魔な男


 あれから泣き止んだマリーは山賊たちに釘を刺した。


 「あんたたちを街の警備隊に突き出す。数日間は行動を共にするけど……少しでも不審な行動を取れば、その場で斬るから覚悟してね?」


 そんな圧をかけられれば誰だって首を縦に振るしかない。


 今はそんなマリーと一緒に、拠点のみんながいる馬車へと向かうところだ。


 「マリー。もう大丈夫?」

 「えぇ。ごめんなさい……恥ずかしいところ見せちゃったわね」

 「そんなことないよ」


 だって……泣かせたのは俺なんだから。


 今更後悔しても、意味がない。

 俺は拳をぎゅっと強く握り、はっと思い出したことをマリーに告げる。


 「あっ、ごめんマリー。少しだけ待ってて。リリーナたちに話を通してから、レティナたちのいる馬車に行こう」

 「えぇ。分かったわ」


 俺はいつもの表情に戻ったマリーを見て、リリーナのいる馬車へと小走りで向かう。


 ……?


 正面にいる騎士団の様子がおかしい。

 先程までの調子なら、何かと騒ぎ立てているかと思ったが……


 近づいてくる俺に対して、誰一人目を合わせる者は居なかった。


 「リリーナお待たせ」

 「……あ、あぁ」


 客車の中で待っていると思っていたが、リリーナとエミリーは何故か馬車の前で立っていて、手を繋ぎながら俯いていた。


 「……リリーナ?」


 声を掛けても目を合わせようとしないリリーナの顔を覗く。

 その表情は、何かに恐怖していた。


 何に……?


 と思ったが、自分の身体を見て俺しかいないことに気づく。

 山賊たちの返り血で真っ赤に染まった外套。

 きっと、俺の顔も悪虐非道を繰り返した極悪人のような血の浴び方をしているのだろう。


 「……ごめん。怖いよね」

 「ち、違う!」

 「でも……震えてるよ」

 「……っ」


 手を繋いでいる為、リリーナが震えているのかエミリーが震えているのか分からない。

 どちらも震えているように見えなくもなかった。


 「レオン……さん。お疲れ様でした」

 「エミリーも無理しなくていいよ……まさか見られてるとはね」


 相手は山賊と言えど、殺戮の限りを尽くした光景はさぞ恐ろしいものだったのだろう。


 だから、騎士団も目を合わせなかったのか。


 あまりにも静寂なこの場を早く抜け出したくて、俺は笑顔を取り繕う。


 「リリーナ……申し訳ないけど少し汚れを落としたいんだ。レティナに水魔法を掛けてもらうつもりだから行ってもいい?」

 「……うむ」


 騎士団の中には水魔法を行使できる者もいるだろう。

 それは、リリーナやエミリーにも該当するかもしれない。

 ただ、今は拠点のみんなと一緒に居たかった。


 リリーナの了承を受けた俺は踵を返し、マリーの元へと歩き出す。

 騎士団や馬車の横を通り過ぎたところで、突然後ろから聞きたくもない声が聞こえる。


 「おい、深淵のレオン」

 「……はぁ」


 俺は歩みを止めて、ため息をつく。

 振り返るとその男は俺の背後へと回り、腕を組みながら大きく笑った。


 「はっはっは。やればできるではないか。まぁ、私一人でもあの惨状にはできたがな」

 「そっか。俺とリリーナの会話聞いていたよね? どいてくれる?」

 「ん? 何を言ってるんだ。貴様はリリーナ様の護衛だろう? 離れて仲間と遊ぶことなど許さんが?」




 ドッドッド。



 抑えろ。




 感情に振り回されるな。


 「だから、遊びじゃないって。この格好のまま居ても迷惑になるだろ」

 「なら、私がその汚れを洗い流してやる。純水(ウォーター)


 頭から唐突に掛けられたそれを避けることもできず、俺の身体がびしゃびしゃになる。


 「はっはっは。綺麗になったな? ふむ。何か惨めにも感じるが気のせいであろう」


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 先程の高揚感を思い出したいのか、黒い感情が沸々と俺の心を蝕んでいく。

 俺はそれを唇を噛み締めながら抑制した。


 「……感謝の言葉もないのか。これだから冒険者というのは」

 「あ、あぁ。ありがとう。じゃあ、マリーを待たせてるからもう大丈夫って伝えてくるよ」

 「はぁ……あんな奴放っておけ。貴様の依頼はリリーナ様の護衛だからな」


 あ……んな……やつ???


 マリーの悲しい瞳が。

 マリーの悲痛な声で俺を呼ぶ声が。


 全てを鮮明に思い出す。



 「……だめだ……」


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 「ん?」


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 「……抑えなきゃ…………いけない……」

 「貴様……何を言っている?」


 目の前の男を殺したい衝動があまりにも強すぎて、身体がブルブルと震える。

 右手が無意識に腰に携えた剣を握ろうとするのを止められない。


 「なんだ……? まだ殺し足りないのか?」


 気持ち悪い笑顔だ。


 もう……げん……か……







 「レオンちゃん、大丈夫。大丈夫だから……落ち着いて」



 ふっと柔らかな髪が俺の鼻をくすぐる。


 「……マリー?」

 「えぇ。大丈夫よ? 早く……戻りましょ」


 俺の心を癒してくれるかのように、優しく抱きしめてくれるマリー。

 そのお陰かもう限界だった黒い感情が、すぅっと何事もなかったかのように消えていった。


 「……うん。そうだね」


 俺の返答に身体を離したマリーは俺の瞳を見つめる。

 そして、じっと何かを探った後、ぱっと笑顔になった。


 「んっ、もう大丈夫ね」

 「……心配かけたね」

 「ふふっ。レオンちゃんが私たちに何度心配をかけさせたか……もう慣れっこだわ」

 「俺もしっかりやってるつもりなんだけどな」


 こんな不甲斐ない俺がSランクリーダーなんて、鼻で笑ってしまう。

 それにこんなにも恵まれた仲間がいて、余程前世でいい行いをしたんじゃないか?


 「おい、両刀。ここに遊びーー「黙ってくれない?」


 冷たく言い放った言葉にルキースがびくっと反応する。


 「レオンちゃんは少し息抜きが必要なの。分かる? 分からないわよね? あんたみたいな自分のことしか考えられない頭じゃ」

 「なっ! 貴様!!」

 「はぁ……うっさいなぁ。いつも冒険者を目の敵にして鬱憤を晴らさないでくれる? 正直、目障りなのよね。あんた」


 ふむ、いいぞマリーもっと言ってやれ。


 行きも帰りも騎士団とは一緒に同行するので、俺の口から言えば面倒事は避けられなかったが、マリーは俺とは話が違う。


 俺は冷めた口調で言い放つマリーの頭をつい撫でてしまう。


 「貴様……言わせておけば……いいか!? 深淵のレオンはリリーナ様の護衛だ。それを途中で投げ出すことは許さん!」

 「投げ出すって誰が言ったのかしら? いい加減うざいんだけど。散って? 今すぐレオンちゃんの前から消えて?」

 「ぐっっ貴様!」

 「……なに? やろうっての? いいわよ。私もあんたを殺ーー「そこまでだ!」


 先程の聞きたくもない声とは違い、凛とした透き通る声が夜の草原に響き渡る。

 マリーと俺が一緒に振り返ると、客車の前に居たはずのリリーナが、エミリーと二人でこちらに歩いて来ていた。


 「ルキース団長殿。私が行っても良いと発言した。それを聞いていただろう? 主を守る騎士が私の言うことに異議を唱えると……?」

 「で、ですが……」

 「今のレオンは水で濡れている。その姿で私の客車の中へ入れなんて……馬鹿にしているのか?」


 ぐぅの音も出ないのかルキースは、反抗するようにリリーナではなく俺を睨みつけた。


 「レオン……行ってきたまえ。私は寝ているだろうが、有能な騎士団が守ってくれる。そうだね?」

 「……はい」

 「レオン……必ず帰ってくるんだよ」


 ニコッと綺麗に微笑むその姿は、もう震えてはいなかった。


 「あぁ……ありがとうリリーナ。マリー行こうか」

 「えぇ」


 キッとルキースを睨みつけるマリーの手を引いて、拠点のみんながいる馬車へと歩き出す。


 リリーナが場を抑えてくれなかったらどうなっていただろうか。


 騎士団より俺一人を擁護してくれたことに、俺はつい笑みを浮かべてしまう。


 「ふふっ。いい貴族ね。レオンちゃんが肩を貸すだけはあるわ」

 「そうでしょ?」

 「まぁ……女の人ってのが気になるけど」

 「あ、あぁ。リリーナが女の人でも男の人でも関係ないよ」

 「ふ〜ん」


 興味を失ったようにすんと凛々しい表情になったマリーを横目に、俺はなんとも言えない気持ちのままマリーの歩幅に合わせるのであった。

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