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第72話 蹂躙

 

 プロバンス領を出て一週間が経った。

 つまり、あと一週間程でマリン王国の王都マルンに着くということ。

 あれから特に何事もなく移動をしていた俺たちは、いつも通りに野営を始める。

 もちろん俺は何もしないのだが。


 「ねぇ、リリーナ。途中に一回でも宿場町はあるの?」

 「あぁ、あるよ。小さいが二つほど。明後日にはそこに着くだろう」

 「そっか。じゃあ、もう後は安心だね」


 壁にもたれて思考に耽る。

 リリーナに聞くところによると、王都マルンの滞在期間は一週間ほどらしい。

 となると、待っているのは至福の時だ。

 リリーナが書状を渡せた後は、ベッドで気持ちよく寝て、拠点のみんなと遊び呆ける。

 そんなことを考えたらワクワクが止まらなかった。


 「レオンさん、楽しそうですね」

 「まぁね。拠点のみんなも楽しみにしてるんだ」

 「ほう……なるほどね。<魔の刻>はとても忙しかったとルーネから聞いている。何処かに出かけるということもできなかったということか」

 「そうそう」


 まぁ、俺だけは暇だったんだけど。

 もちろんそんなことは言わない俺は、いつも通りに客車の中で寛ぐ。

 八人用の馬車なので、足を伸ばしても目の前の相手の足に当たるということはない。


 騎士が持ってきた夕食を平らげ、みんなが眠りにつく時間になったところで、護衛のために客車の外へと出る。

 いつもならそのまま寝る俺だったが、今日に関してはリリーナとエミリーに 「二人だけで話すことあるから寝てていいよ」 と言われたので、その言葉に甘えた結果、時間にして四時間程の睡眠をしてしまった。

 つまり、誰よりも目が冴えていると言うことだ。


 こんな体たらくを騎士団に見られていたら大変なことになってたかもなぁ。


 そんな事を思いながら馬車にもたれていると、リリーナとエミリーの寝息が聞こえる。

 これはこれで安眠効果があるなと思いつつ、何気なく森を見た時、


 ……?


 三十から四十人程だろうか。

 山の方からこちらに走って来ている者たちがいる。


 ……かなり多いな。


 「……!? おい!! 起きろ!! 山賊だ!」


 見回りをしていた騎士がそれに気付いたのか、カンカンと小さな鐘のようなものを鳴らした。

 すると、眠っていた馬車の中からぞろぞろと騎士たちが出て来る。

 その中にはルキースの姿もあった。


 山賊との距離はまだ遠い。

 灯り(ライト)を行使しているのか、その者たちの周辺は明るく照らされている。

 これでは気づかれても仕方ないのに、闇討ちをしてこなかった理由。


 黒い感情がどっと溢れる。


 「……自信あるのかな」


 一人ぼそっと呟いた俺の後ろで、エミリーとリリーナが客車の扉から顔を出した。


 「レ、レオン。大丈夫か?」

 「あ、あの……」

 「あぁ、安心して。騎士団が頑張ってくれるさ」


 その言葉を耳にしたのだろうか。

 横目に見ていたルキースがにやりと気持ち悪い笑みを浮かべて、大声を張り上げた。


 「おい! お前ら! ここは深淵のレオンがやってくれるそうだ!」

 「……はっ?」


 黒い感情を抑制しつつ、ふざけたことをぬかしたルキースを睨む。


 「なんだぁ? その目は。貴様はまだ一度も戦闘をしていないな。今日も魔物と騎士団は戦ったのだ。疲労している者もいる」

 「ル、ルキース団長殿。レオンはあくまで私の護衛と……」

 「リリーナ様。護衛ということは目の前の敵を葬る使命があります。これも護衛の一種ですが? まさか……深淵だけは休ませてもいいとお考えなのでしょうか?」

 「そ、そんなことは……」


 リリーナはルキースの言葉に口を閉じる。

 エミリーもその様子を見て、リリーナの肩に手をぽんと置いた。


 「そ、そうだ!! 今度こそ我らは戦わないでいいのだ!」

 「だよなぁ! 深淵のレオンばかりサボってて、イライラしてたんだよ!」

 「ルキース団長。流石です!」


 おい……お前ら。

 もうすぐ敵がここまで駆けつけるんだが……何故背中を見せてる?


 馬鹿みたいに盛り上がる騎士団を見て、俺はもういいかと諦める。


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 黒い感情がずっと叫んでいる。


 「……皆殺しだ」

 「レ、レオン?」

 「……じゃあ、行ってくるね」


 俺は笑顔を張り付けて、山賊たちに向けて歩きだす。


 「これでやられたらどうする?」

 「馬鹿。助けるわけねえだろ」

 「だよな。冒険者は市民と違うしな」

 「き、貴様ら何を言っている!?」


 後ろでリリーナが騎士(ごみくず)たちに、もしも俺が危険に晒された時は助けるようにと言い聞かせている。


 優しい人だ。

 リリーナとエミリーだけは必ず守ってあげよう。


 山賊たちと俺との距離が縮まり、走っていた山賊たちは俺が一人であることを確認して足を止めた。


 「ひゃひゃ。一人で来るなんてさぞ騎士たちから嫌われてるんだな?」

 「うん……まぁ、そうだね」

 「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ」


 内面の醜さが表に出ているような笑い方をする男に続いて、他の山賊たちもどっと笑い出す。


 「ひゃひゃ。可哀想な男だな…………殺されたくなければ命乞いをして、地べたに這いつくばれ」

 「したら帰ってくれるの?」

 「……はぁ、つまんね奴だな。なわけねえだろ。女は犯して、男は殺すつーの」


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 良かった。

 本物の罪人みたいだ。

 これなら……


 思わずにやりと口角が上がる。


 「へぇ、いいね。俺も同じこと思っていたんだ。女の子は……あっ、ちゃんと居るね」


 後ろにいる女の子に手を振ると、その子はまるで不気味な者を見る目つきで、俺の行為に引いていた。


 「なんだてめぇ!」


 先程まで笑っていた男が剣を握りしめる。

 そこで中央に陣取っていた大男が、ズカズカと俺の前に現れた。


 「おい、油断するな。こいつは恐らく……強いぞ」

 「はっ。それでもこれだけの人数いるんだ。後ろにいる何処かの騎士たちも蹂躙できるさ」


 こいつがリーダーか。

 ボサボサの髪の毛に大きな身体。

 手に持っている大剣は刃こぼれを起こしており、叩き潰す物だというのが分かる。


 ただ……



 「なんだ……雑魚か」

 「……なに?」

 「さっさとかかって来いよ……もう抑えられないんだ。ふふっ。君たちは女は犯すと言ったけど……ごめんね。俺は違うんだーー「炎の球(ファイアボール)!!」


 話を強引に遮られる形で、女魔術師から放たれた魔法が俺へと向かう。

 その低級魔法を俺は剣で掻き消した。


 「なっ!?」

 「はぁ……まだ話の途中だったんだけど……ね?」


 集団の中に瞬時に入り、女魔術師と距離を詰める。

 そして、剣の切先を女魔術師の首元に突きつけた。







 ……あぁ。最高の時間が始まる。







 「や、やめ……ぐひゃ」


 女魔術師の首を切り裂くと汚い声を発して絶命した。


 「て、てめぇぇぇぇ」


 周りにいた山賊たちがその様子を少し遅れて確認し、一斉に襲い掛かってくる。


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 右から来る者の腹に剣を突き立て抜き、左から来る者の首を飛ばす。


 「ぐおっ」

 「ぐぎゃぁぁ」

 「うぉおおおおおっ……!?」


 「ははははっ」


 笑いが止まらない。

 最高だ。


 一人二人三人四人。

 山賊の死体が徐々に増えていく。


 「水の槍(ウォーターランス)!」

 「炎の球(ファイアボール)!!」


 その魔法を俺は真上に飛び、回避する。

 そして、そのまま魔術師に向けて剣を振り下ろした。


 「ぎゃ」

 「ぐ…………っは……」


 二人の魔術師が絶命すると、辺りを照らしていた灯り(ライト)が消える。

 月の光で周りが見れるのか、山賊たちはなんの怯えもなく俺に向けて襲い掛かった。


 いいね。それでこそ罪人だ。


 ドッドッドと上限なく溢れる黒い感情。


 その感情に身を委ねた俺は、山賊たちを容赦なく屠っていった。










 戦闘が始まってどれくらい経っただろうか。

 一分か、二分か……それとももっと短い時間か。

 気がつくともう襲いかかってくる山賊は誰一人居なかった。


 「えっ……? もう終わり?」


 あまりにも呆気ない。

 俺は……まだ足りないのに。


 山賊の死体を見てにやりと笑みが溢れる。


 「…………ば、化け物……う、うわぁぁぁぁああああ」

 「ひぃぃいいいいいい」

 「こ、こ、こんなはずじゃぁぁぁああああ」


 うるさく喚きながら、山に逃げ帰ろうとする山賊たち。


 「……逃すわけないでしょ」

 「わぁぁあぐぎゃっ」


 一人。


 「ぃぃぃうぐぎゅっ」


 二人。


 「いたっ……ひっ! や、や、やめて……」


 三人目の女が無様に転ぶ。

 そいつと距離を詰めた俺は何も思わず剣を振り下ろす。

 が、ガキンッと鈍い金属音がしたかと思えば、俺の剣は刃こぼれした大剣によって防がれていた。


 「に、逃げろ! こいつは俺が殺る!」

 「わ、分かった。お願い!」


 大男の言葉で女は立ち上がり、再び走りだす。


 「ふふっ。山賊にも仲間意識はあるんだ」

 「だまれぇぇぇええええええ」


 大振りした大剣を難なく受け止め、脇腹を右足で蹴り込む。


 「ぐがぁぁ」


 バキバキという骨が折れる音と共に、大男は吹き飛んでいく。


 「ガ、ガ、ガルさんを守れぇぇええええ」


 残っていた山賊が俺へと向かって来るが、今はこいつらじゃない。


 「君たちは後回しだよ」


 俺は走っている女との距離を縮め、そのまま心臓を貫いた。


 「ぐっ……はっ…………」

 「おやすみ。精々地獄で罪を償うんだね」


 女の亡骸に突き刺さっている剣を抜き、俺は後ろで萎縮する山賊たちを見る。

 どいつもこいつも対面した当初と全く違う表情は、酷く滑稽で思わず口角が上がってしまう。


 「こ、降参だ。もう俺たちは何もしない……」


 脇腹を抑えて手を上げる大男に続き、もう十人もいない山賊たちが一斉に武器を落とす。


 あぁ、くだらない。


 「ねぇ……武器を取りなよ」

 「な……なにを……」

 「許されると思ってるの……?」


 (殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。)


 「い、いや思ってない。だが、もう勘弁してくれ」

 「黙れよ……武器を取らないならそのまま殺す。武器を取ってもそのまま殺す……さぁ、選んで?」

 「な、なんでだよ! 俺たちは……っ!?」


 最初にイキリ散らかしていた醜い男の首を飛ばす。

 ふあーんと宙に浮かんで落ちた首は、その男にお似合いな最後であった。


 「……悪魔だ……」


 武器を落として突っ立っていた一人の男が、わなわなと震えてその場に膝を落とす。


 「はぁ……それが最後の言葉なんて……可哀想だね」


 リーダーと思われる大男はもう抵抗する意思がないのか、手を地面に付けて全てを諦めていた。

 ブルブル震えている者。俺に許しを乞うように手を合わせている者。白目を剥いて失神している者。

 戦意喪失しているそんな山賊たちを見て、俺はこの最高な夜が終わりを告げるのだと残念に思った。


 「……まいっか」


 つまらなくなったこの状態を早く終わらせる為、俺はリーダーとの距離を詰め、首元目掛けて剣を振り下ろす。



 その時だった。


 「っ!?」


 とてつもない速さで走って来た者が大男と俺の間に入り、振り下ろした剣を受け止めた。















 「はーい、レオンちゃん。そこまで」





 まるで山賊たちの救世主のように駆け付けた彼女は、にこりと綺麗に微笑んだのだった。



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