第71話 プロバンス領②
この街は平和だった。
王都のような大きさはないが、立ち寄った宿場町やその辺の村よりは頭ひとつ飛び抜けた大きさがあり、人々もプロバンス家のお陰なのか活気づいていた。
警備隊も市民の安全を守るために頑張っているのか、見回っている姿を何度も視認した。
そんな街で一番印象に残っているのは、やはり昨日食べた肉ジャガイモだ。
この街の名産品であるそれはまるで本物の肉のような味わいで、歯ごたえがあり噛めば噛むほど味が出る非常に美味なものだった。
……そんな昨日に戻りたいと心底思う。
平和な街なはずなのに、今居るこの部屋だけはまるで世界の終わりを彷彿させるような雰囲気だ。
俺の胸に顔をうずめているミリカは少しだけ震えている。
そんなミリカを心ここに在らずの状態で頭を撫でる俺。
部屋に上がり椅子に座ったリリーナはそんな俺たちを見て、訝しげな表情で口を開いた。
「さぁ、レオン。どんな言い訳を聞かせてくれるんだい?」
こうなったらもう腹を括るしかない。
俺は先程までの動揺を抑えて、ポーカーフェイスを装う。
「リリーナ。勘違いしてるよ」
「何が勘違いなんだと言うんだ?」
「この子はメイドだ。そうだよね?」
もう無茶苦茶過ぎる誤魔化しだと自分自身で理解している。
ただ、良い言い訳が思いつかない状態じゃ焼け石に水だとしても言葉を続けるしかない。
ミリカは俺の言葉にコクコクと頷く。
「へー。じゃあ父上と母上にこの状況を見てもらおう。それで、その子がメイドということを顔を見せてもらって確認しようか」
「そ、それは困るね」
「何故?」
「……こ、この子は空からやってきたんだ。つまり、メイドではあるけどこの屋敷のメイドかどうかは分からない」
「……」
リリーナが額に手を乗せて、馬鹿を見るような目で俺を見つめている。
ただ、そんなことで挫いていられない。
俺はリリーナから視線を外し、胸の中にいるミリカに目線を落とす。
「屋敷を間違って入って来た。そうだろ?」
「うん、間違えた」
ミリカはそうぽつりと呟く。
「ふっ、それならそれで大事だね。その子にどんな理由があるにせよ無断でこの屋敷に入ったということだ。警備隊に話して牢獄で反省してもらおう。例え空を飛んできたとしても……ね?」
くっ。明らかに馬鹿にしている目だ。
確かに誤魔化しにしては酷過ぎる。
俺の頭がどうかしていると言われても過言じゃない程にだ。
それでも俺はめげずに続ける。
「いや、それはダメだ。そうしたらプロバンス家が、こんな純粋無垢な子を屋敷まで気づかずに入れさせてしまった、という話が広がってしまう。それじゃリリーナも困るでしょ」
「……」
リリーナの無言の圧に少し冷静になってから思う。
俺は何を言ってるんだろう……と。
「レオン……」
首を振って諦めろといった様子をしているリリーナに対して、黙っていたミリカが口を開いた。
「ミ……わ、私……ごしゅ……レオンに会いにきた。わ、私が全て。悪い」
「……」
「ごめんなさい……消える。許してほし……っい。寂しかっった……っ……そっ……れだけ」
ミリカの身体の震えが大きくなる。
きっとミリカは自分のせいで、俺にあらぬ疑いをかけられてしまうのが怖いのだろう。
護衛中に女の子と二人で逢い引き。
それもその依頼人の屋敷の中で。
普通に考えればミリカではなく俺が罰せられる。
それが怖くて怖くて仕方がないという想いが伝わってくる。
あまりに大きく震えているミリカを俺は優しく抱きしめた。
屋敷に無断で入ったのはもちろんダメなことだ。
でも、それはあくまで俺の為であり、そんなミリカを罰しようとするならば……
二人で一緒に逃げるしかない。
ミリカの震えがだんだんと収まっていく。
その様子を見た俺はミリカから視線を逸らし、リリーナを見つめた。
「無断で入ったのは本当にごめん。この子も悪気はなかったんだ。俺が寂しくないかって確認しに来ただけで……」
「……うむ」
「俺はさ、守りたい人が沢山いる。この子もその一人で……だからもしこの子が悲しい思いをするなら……逃げるしかなくなる」
自分勝手。我が儘。一方的。
俺の言葉は正にそれであった。
ただ……どんなことを言われようがこの想いを譲ることはできない。
リリーナは俺の言葉に呆気を取られていたようだったが、すぐに元の表情に戻る。
そして、何故か悲しそうな瞳で俯いた。
「……なるほどね。魔女以外にも……か」
「……?」
言ってることが分からない俺に対して、リリーナは顔を上げる。
その瞳には先程見せた悲しさはもう見えず、いつもの凛とした表情のリリーナであった。
「ん~、まぁ今回だけは許してあげよう」
「えっ!? ほんと?」
「あぁ。だから早く離してあげてくれ。父上と母上に見つかったら、それこそもう擁護することができないんだ」
俺はリリーナの言う通りにミリカを離す。
すると、ミリカはすっと立ち上がり
「ごめんなさい。でした」
と一言いい窓から出て行った。
リリーナはそんなミリカを見て、動揺した声色で俺へと視線を移す。
「レ、レオン。し、心配ないと思うが……あ、あれは大丈夫なのか?」
「ん? 大丈夫って?」
「いや、ここから地上に降りるという……」
「ああ。それなら大丈夫だよ」
「なるほど……レオンの側にいる子は化け物揃いということか」
い、いやそんなことないけど。
ルナとゼオも居るし。
そう思いながらも俺は、リリーナの優しさに頭を下げる。
「リリーナありがとう。それにごめん」
「……うむ。本当は逃がしてはいけなかったのだがね……レオン」
「ん?」
「……その……あの中に私は含まれているのだろうか?」
リリーナは少しだけ頬を紅潮させながら、視線を窓の方へと向け、横顔を見せる。
……?
一体なんの話をしているんだろ?
あの中……いや、どの中?
「えっと……それはどう言うこと?」
「……先程言った守りたいと人の中に私は……」
俺はその言葉に手をポンと打つ。
そんなの決まっている。
「それはもちろんだよ。今回はリリーナとエミリーを守る為に来たんだ。主を守るのが護衛の役目だろ?」
「そ、それはそうだけど……えっと、んー」
何か納得のいってない様子のリリーナは、顎に手を添えて考え込んでいる。
すると、部屋の扉がコンコンとノックをされた。
「レオンさん、朝ですよ。入りますね」
「……えっ?」
俺の返事を待たずにエミリーはドアノブを回し、顔を覗かせる。
が、俺とリリーナを視認した瞬間、ニコッと綺麗な笑顔を浮かべて再び扉を閉めた。
「ちょ、ちょっと待って! エミリー!」
「エ、エミリー! これは違うぞ! 私たちは何もしてない!」
急いでドアを開け、立ち去ろうとするエミリーを後ろから呼び止める。
「……えっと、なんかすみません。昨晩レオンさんに朝起こす事を伝えたので来たのですが……お邪魔でしたね」
「い、いや、誤解してるよ。エミリー。ねっ? リリーナ」
「そ、そうだ。私の純潔はまだ守られているぞ!」
いや、この人なに口走ってるの。
俺はリリーナの爆弾発言に気づかない振りをして、訝しげな顔をしているエミリーに言葉を続ける。
「さっきはリリーナに相談を乗ってもらっていたんだ。騎士団のことでね」
「う、うむ」
「はい。そう言うことにしておきます。大丈夫ですよ。シーツは私が洗っておきますので」
「いや、ほんとに勘違いだけど!?」
あまりの必死な様子にエミリーは俺とリリーナの瞳をじっと見る。
その何かを見透かすような行為に俺は思わずぶるりと震えた。
「ん~、確かにその慌てようには怪しい点が見られますが……これは白ですかね」
えっ……目を見て何が分かったの?
ほっと胸を撫で下ろすリリーナを横目に、俺はこの人だけには隠し事はできないと悟った瞬間であった。




