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第70話 プロバンス領

 

 王都を出てから半月が経った。

 騎士団の陰口は止まらなかったが、正直なところSランク冒険者になってから言われ慣れてきたそれを引きずる俺ではない。

 あくまでも行き帰り共にする者たちだった為、友好関係を築こうとしただけで、それが不可能と分かればもうどうだってよかった。

 俺にはリリーナとエミリーが一緒の馬車に居てくれるだけでいい。


 黒い感情が溢れ出したあの日から、ルキースがリリーナに 「帰りは私たちだけで守ります」 とふざけたことを抜かしていたが、もちろん了承は得られず、ぶつぶつと小言を呟いていたがそれ以上は何も言わなかった。

 まぁ大貴族と騎士の関係なんてそんなものだ。

 そして、なんだかんだでプロバンス領へと着いた俺たちは、リリーナから今後の行動について一通りの説明を受けて、解散となった。

 騎士団は一目散に宿屋に押しかけていくのが目に映る。

 俺もそうする予定だった。


 なのに……今はリリーナとエミリーの三人。







 ではなく、リリーナの両親含めて五人で、プロバンス家の屋敷の中、食卓を囲んでいた。


 いや、なんで??


 「はっはっ。レオンくん。あまり緊張しないでくれ。リリーナから話は聞いているのでな。今回は護衛を引き受けてくれて本当に感謝している」

 「は、はい」

 「レオンくん。私からもお礼のつもりと言ってはなんなのだけど、今日は頑張って沢山料理を作ったの。ささっ、召し上がって?」

 「は、はい。いただきます」


 なんだこの状況は。

 ひとまず整理しよう。


 俺はテーブルに並べられている料理を頬張る。


 まず、プロバンス領に着いたのいい。

 マリン王国までの距離があと半分ということもあり、この地で身体を名一杯休めれると言われた時には天にも登る気持ちだった。


 その間に宿場町などに泊まってはいたものの、リリーナとエミリーの護衛ということもあり、俺はベッドで休むことができなかったのだ。

 常に扉の前で待機し、立ったまま眠る。

 リリーナは、 「ベッドで休んでいいぞ?」 と気を利かせてくれてはいたものの、流石にそれは断った。

 何かあった時に遅かったなどと、悔やんでも悔やみきれない思いをしたくないからだ。

 だから、プロバンス領に着いてから俺は、本当の意味でゆっくり休めれると思ったのだ。

 リリーナとエミリーは屋敷の中で安心して眠れるし、もちろん俺は外の宿屋で眠りにつける。


 それがまさか、


 (レオン、一緒に行こう。少しでも側に居てくれれば私は安心できる。それと、父上と母上にも紹介しておきたいのでね)


 などと言われるとは思ってもみなかったのだ。






 「それにしても……レオンくん。あの宣言は素晴らしかった。正直この年にもなって震えあがるほど感動するとは思わなかったぞ」

 「ふふっ。そんなに凄かったなんて、私も見てみたかったわ」

 「母上が居たら意識が飛んでいたと思います……」

 「うむ。確かにな」

 「は、はは」


 一家団欒の中に俺という異分子。

 愛想笑いをする俺はあまりに唐突なことすぎて、頭の回転が追いついていなかった。


 と、とりあえず何気ない会話をしながら、この場を乗り切ろう。


 俺はそう心に決めて、紳士であるように振る舞う。


 「それにしても本当に美味しいです。流石はリリーナ様のお母様。このトマトスパゲティなんて店に出せるほどだと思います。とてもまろやかでもちっとした弾力が癖になりそうで……」

 「あっ、それだけは料理人に作ってもらったの」

 「……」


 だめだ。

 きっと何も言わない方がいいと神が言っている。

 まさか数ある料理の中からこのトマトスパゲティだけ料理人が作ったなんて……そんなことある?


 「ふふっ。リリーナが帰ってくるのだから、真心込めて作ったのだけど、少し手が足りなくってね。男の子だから一杯食べるでしょ?」

 「は、はい。もちろんです」

 「はっはっは。母さんの張り切りようと言ったら凄かったんだぞ」

 「母上、とても美味しいです」

 「ふふふっ。ありがとう」


 和気藹々としているこの食卓は、まるで普通の家庭のように感じた。

 きっと一般的な貴族は料理なんて自分で作らないのだろう。

 それこそ、先程言った料理人に作らせて黙々と食事をするイメージが強い。

 ただ、プロバンス家は違う。

 みんなが笑顔で食事を取り、その中にはエミリーも一緒にいる。

 たかがメイド、それもエルフという世間では軽蔑されている種族なのにも関わらず、長旅であったということで嫌な顔を一切せずに受け入れられた。

 こんな家庭だからこそ、リリーナも心優しい人に育ったのだろうと思う。


 その事が分かった俺も思わず笑みが溢る。


 ずっと嫌いだった貴族にも一部、このような温かい貴族もいる。

 自分勝手で傲慢な貴族の印象が少し変わった瞬間であった。





 沢山の料理を見事に平らげた俺は、リリーナに案内された部屋のベッドで横になる。

 久しぶりのベッドは流石貴族の物で、俺のベッドと同じくらいふかふかであった。


 正直なところもう動けそうにない。

 何故なら、食べ過ぎてお腹がはちきれそうだからだ。


 ちなみにこの屋敷の滞在期間は今日だけ。

 いち早くマリン王国に着く為に、明日の朝にはこの地を出立するそうだ。


 「ふぁぁ」


 大きな欠伸をした俺は瞳を閉じる。

 まだこのベッドで明日も休みたいが、そうもいかない。

 リリーナは今二つの国の書状を預かっているのだ。

 いつまでも居たい居心地のいい場所といえど、長居してしまってはそれだけ危険が増える。


 それでも……明日出発なんて早すぎるよなぁ。


 俺は明日からまた立ったまま眠ることになるのか、と憂鬱になりながら、眠りの中に落ちていくのであった。







 ご………………ん…………



 (……?)



 …………ご……………………しゅ…………じ…………



 なんだか聞いたことある声だ。



 …………ご……しゅ……じん。



 (え?)



 ……ごしゅじん。ごしゅじん。



 その声が耳に届き、思わずはっと瞳を開ける。

 いや、そんなことあるわけない。

 だって……ここは……


 「ごしゅじん。おはよう」


 その子はベッドの上で、膝を崩しながら俺の顔を覗いていた。


 「うん、おはよう。いい朝だ。でも、ダメだよ? 勝手にメイドがベッドに上がってきちゃ」

 「?」

 「なんか俺の知り合いに似ているけど、リリーナに怒られてしまうからね」

 「……ごしゅじん。ミリカ。忘れた? 嫌いなった?」


 俺の言葉にミリカと瓜二つのその子は少しずつ瞳を滲ませる。


 いや、こんなことあるわけがない。

 ミリカがプロバンス家の屋敷に潜入して、俺を起こしに来るなんて……

 こんなの見つかったら、投獄間違いなしの案件だ。


 「……」

 「……ごしゅ……っじん……?」

 「……」

 「……ご……っしゅじんがっ……記憶っ……喪失……っなった…………うっ……うっ……うわぁーー「ミリカ!」


 大泣きしようとしたミリカの口を思わず手で塞ぐ。


 「ご、ごめんミリカ。ちょっと信じられなくて。もちろん覚えているよ。ミリカは俺の大切な仲間だ」


 ミリカの涙がすっと止まり、起き上がった俺を見つめる。

 モゴモゴと何かを言いたげであったので、俺はゆっくりとミリカの口から手を離した。

 数秒の沈黙の中、ミリカは一呼吸入れて話し出す。


 「ミリカ来た」

 「う、うん。えっと、なんで?」

 「レティナねーね。言われた」

 「……なんて?」

 「ごしゅじん。寂しくなるかも。側に居て。って」


 ふむ。

 確かにあれから拠点のみんなとは会っていない。

 寂しくないと言われれば嘘になるが、そこまで俺も子供ではないのだが……


 「な、なるほどね。ちなみにいつから居たの?」

 「ごしゅじん。眠った後」

 「そ、そっか。ミリカのことだから大丈夫だと思うけど、誰にも見られてないよね?」

 「うん」


 ほっと胸を撫で下ろす。

 でも、まだ油断は禁物だ。

 今、突然部屋の扉を開かれたらそれこそ終わりである。


 「よし。ミリカありがとう。俺はもう平気だ。みんなのところに戻っていいよ」

 「……把握した」


 コクリと頷いたにも関わらず、ミリカは俺をじっと見つめるだけで動こうとはしない。


 「えーと……ミリカさん?」

 「ごしゅじん。補給」


 なるほど。

 ミリカは撫で撫でをご所望なのか。


 頭を少しだけ下げ、上目遣いに見上げているミリカの頭を撫でてやる。

 そのまま肩まで届かない黒い髪を俺は優しく梳く。

 へにゃと表情を崩れたミリカはいつも以上にご満悦のようだった。


 その様子を見ていた俺もこのまま時が止まればいいのにと思ってしまう。


 レティナは当然のように大好きだが、ミリカ、カルロス、マリーも大好きだ。

 「私のこと好き?」 なんて聞かれれば 「もちろん大好きだよ」 と即答できるくらいである。

 ただ、カルロスがそんなことを言ってきたらと思うと、少しだけ引いてしまうだろう。


 いや、普通に引くな。


 いつの間にか考え事をしてた俺は、油断していたのだろう。

 それは当然ミリカも同じで、髪を梳いて気持ち良くなっているミリカが人の気配を察知できるわけがなかったんだ。







 「……レオン。何をやっている」


 なんでいつもこんな目に遭うのだろうか。

 俺は悪いことなんて何もしてないのに。


 その言葉にミリカはびくっと大きく反応して俺の胸に顔をうずめる。


 「あ、あのノックは……?」


 「あぁ。しようと思ったのだが……何やら話し声が聞こえてきてね?」


 「な、なるほど」


 「その子はなんだ?」



 考えろ。

 考えるんだ。

 俺は知謀のレオン(仮)と言われた男。

 護衛である俺が部屋に女の子を連れ込み、あろうことがベッドの上で髪を梳いている。

 この光景を天才的な言い訳で乗り越えるんだ。


 俺ならできる。なぁ? そうだろ。




 「……あっ……えっと……あの…………」


 俺はあたふたとするだけで、ただの挙動不審になることしかできないのであった。


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