第68話 出立
それから二日が経ち、ついにマリン王国へと出立する日が来た。
俺は時間に間に合うよう少し早めに拠点を出る。
拠点のみんなは一応東門で先に待ってるようだ。
「おはよう、レオン」
「おはようございます、レオンさん」
「おはよう。リリーナ、エミリー。やけに人が多いね」
プロバンスの屋敷の前に辿り着き、辺りを見回すと二十人ほどの騎士団と五台分の馬車が待機していた。
「あぁ。事が事だけにね」
「……もしかして俺はあの騎士団と一緒に乗ることになる感じ?」
「いや、安心してくれ。レオンは私たちの馬車に乗ってもらう」
「そっか、よかった」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
冒険者と騎士団が同じ馬車に乗るなんて正直考えられない。
あいつらは俺たちのことを嫌っているし、俺たちもあいつらのことを嫌っている。
一ヶ月間同じ馬車で移動をするなら、小走りでマリン王国を目指した方がいいくらいだ。
「深淵のレオン。お前が一番遅いぞ。腑抜けているな」
その聞き覚えのある野太い声に俺は顔も見ずに肩を落とす。
「はぁ。ルキースがなんでいるの? 見送りなら結構なんで、お帰りください」
「ふっ。見送りなどではない。私も同行するのだ」
「へー。別に必要じゃないんで、帰ってもらえる?」
「なっ! 貴様!」
「お、おい。レオン」
リリーナが珍しくあたふたしている。
表情を見る限り、俺の言った要求は呑めないようだ。
はぁ……めんどくさい。
「まぁいい。貴様の力……この一ヶ月で見させてもらうぞ」
そんな意味不明な言葉を言ったルキースは、騎士団と共に馬車に乗り込んでいった。
「レ、レオン。心臓が飛び出るかと思ったぞ」
「ごめんごめん。少しあの人とはそりが合わなくてね」
「いや、少しじゃないと思いますが……」
よりにもよって第一騎士団と一緒か……他の騎士団は何してるんだよ。
心の中でぼやきつつも、まぁなんにせよ俺の出番はほとんど無さそうだなと感じた。
ルキースは性格に難はあるが、この王国の団長を務めているだけあって腕は確かである。
もし強力な魔物が出没しても、あいつなら何とかなるだろう。
「とりあえず私たちも乗るか。騎士団とは長旅になるだろうから、あまり厄介事を起こさないように」
「……善処するよ」
「ふむ。では、行こうか」
俺たちが馬車に乗り込むと、そのままバタバタと東門に向けて走り出す。
前にルキースの馬車ともう一台の馬車。後ろには食料を積んでいる馬車と騎士団が乗っている馬車が、その間にいる俺たちをいつでも守れるように足並みを揃えていた。
東門が近づき、一台の馬車がそこに待機しているのが見える。
きっと<魔の刻>の馬車だろう。
今回は長旅になるということで普通の馬より力強く、それなりに値が張るペルシュートを旅の相棒と決めたようだ。
その馬車とすれ違い、御者席に座っていたマリーが俺に手を振っていた。
なるほど、交代交代で御者を回していくのか。
俺は客車の中で身体を伸ばし、壁に背中を預ける。
みんなが居ないのは寂しいが、こちらはこちらで御者をやらなくて済む。
どちらがいい? と聞かれたら、やはり安心できる<魔の刻>のメンバーと居たいが、護衛なのでそこは我慢するとしよう。
何気なく隣を見ると、リリーナが不機嫌そうな顔をしていた。
「リリーナどうしたの?」
「ふん。私ですまないね」
「い、いや、俺何も言ってないよ?」
「レオンが……羨ましそうにあっちの馬車見てた」
そっぽを向いて俺の顔を見ようとしないリリーナ。
そんなに表情に出ていたか?
俺はリリーナとエミリーの三人でも嫌ってわけじゃないんだけど……
「い、いや見てたけどさ……」
「……」
「こっちはこっちで俺は嬉しいよ?」
「…………ほんとか?」
「もちろん。嫌いな人の護衛を俺がすると思う?」
「思わん」
「でしょ?」
「ふむ」
リリーナは納得してくれたのか、そっぽを向いていた顔を元に戻す。
「これから長くなるんですから、リリーナちゃんも嫉妬なんてしないの」
「べ、別にそんなつもりじゃ……」
「はい。これで仲直り」
エミリーが俺の手を握り、リリーナの手に重ねる。
これはこれで少し恥ずかしいが、年長者のいうことに従おう。
俺なんかよりずっとリリーナのことを分かっているはずだから。
王都を出てから何度か魔物の襲撃があったものの、騎士団が討伐してくれたお陰でやはりと言うべきか、俺の出番が来ることはなかった。
そして、太陽が沈み始め騎士団が野営の準備を始める。
「俺も何かしたほうがいいかな」
「いや、レオンはここに居てくれ。何かあった時に私だけじゃ対応できないかもしれない」
「そっか。それならそうするよ」
リリーナの言う通りに俺はその場で待機する。
外で夕食を作っているのか、いい匂いが鼻孔をくすぐりついお腹が鳴る。
「お腹減ったなぁ」
「そうですね。私はずっと座っていたのでお尻が少し痛いです」
「じゃあ、散歩でもする? 俺は平気だけど、少し動いたほうがいいと思うよ」
「うむ。では、少し外の様子を見てくるか」
客車の扉を開けて、外に出る。
周りでは騎士団たちが火を起こし、周囲一体がその炎で照らされていた。
俺たちはそれを見ながら歩き出す。
「そういえば、<魔の刻>で旅をする時は誰が見張りをしていたのだ?」
「見張りなんて誰もいないよ」
「えっ?」
「えっ?」
リリーナとエミリーが俺を見つめる。
「いや、殺気でみんな起きるから、見張りなんて俺たちには必要ないんだよ」
「ほう……流石はSランク冒険者だ。私では怖くて眠れないかもしれない」
「わ、私も……何が来るか分からない所で寝ることなんてできないです」
確かに生きるか死ぬかの冒険をしてない二人には、難しいことかもしれない。
修練次第で身につくものだが、プロバンス家の当主とそのメイドが命を賭けて会得するものでもない。
「だから、俺が眠っていても不安に思わないでほしいかな」
「……だが、レオンの眠りは深そうだったが?」
その言葉に思わず、げっとした表情を浮かべてしまう。
「あ、あれは殺気がなかったからね。扉の前で立ったまま眠るから大丈夫だよ」
「なるほど」
二年前にミリカが暗殺しに来た時でも、瞬時に起きれたんだ。
それからブランクはあるが、俺はそこまで落ちぶれてもいないだろう。
少し散歩した後に、一人の騎士が走ってくるのが見えた。
「夕食の準備ができました。ここで食べられますか?」
「いや、客車の中でいただこう」
「はっ」
「じゃあ、戻ろうか」
兵士が去って行き、俺たちは夕食を食べる為に客車の中へと戻る。
長期の移動ということで、量は多くなかったもののそれなりに美味しい夕食を平らげた俺は、見張りをする為に外に出る。
「まだ居ていい」 とリリーナが言っていたが、騎士団たちが働いているのに俺だけずっと座っているようでは、反感を買うかもしれない。
腕を組み馬車にもたれかかっていると、俺の嫌いな人物が近寄ってくるのが気配で分かった。
「何の用?」
「別に用などない。貴様がちゃんと働いているのか見に来ただけだ」
「あぁ、そっか。じゃあ、戻っていいよ」
「ふっ。まぁ、精々さぼらんようにな? 今回は貴様の尻拭いをしている仲間は居ないからな」
いちいち癪に触る男だ。
「……」
「なにも言い返せんとは……これがSランク冒険者など<月の庭>も落ちぶれたか」
「……おい、用がないなら元の配置に戻れよ。いい加減目障りだ」
「ふっ。ではな」
本当に煽りに来ただけなのだろうか。
ルキースはそのまま踵を返し、騎士たちの元へと戻っていく。
「レオン、気にすることじゃない。私は君がいてくれて本当に良かったと思っている」
俺とルキースの話し声が聞かれていたのか、リリーナの声が扉越しから聞こえる。
「ありがとう。別にいつものことだよ」
そう。昔からあの男は変わらない。
最初こそ受け流していた俺も会う度にあの態度で話しかけてくる為、このような劣悪な関係と化していった。
そして、あの事件も……
俺はこれから何度ルキースと顔を合わせないと行けないのだろうかと考え、はぁとため息を吐きながら瞳を閉じるのであった。




