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第65話 この空気どうしよう……


 ガタガタと馬車が揺れる中、俺は膝に手を置き、リリーナの様子を伺っていた。

 彼女は俺と目線を合わせずに街の風景を眺めている。


 これは……怒っているよな。


 もしも本当に怒っているのならば、思い当たるのは一つだけ。

 勝手にリリーナの夢を暴露したことだ。


 「リ、リリーナ……?」

 「……」


 返事はしてくれない。


 さて、こうなった時に人はどうすればいいのか。

 俺は長年の経験で培った人心掌握術を使うことに決めた。

 正直これをしてしまえばこっちのものだ。


 「ごめん」


 そう。素直に謝るということ。

 俺の言葉にリリーナはぴくっと反応して、こちらを振り向く。

 その瞳は赤く充血しており、涙を流していたという事実が俺の心にぐさっと刺さる。


 「……」

 「リリーナ、その……勝手に夢の話をしてごめん」

 「……レオン」

 「ん?」

 「私は君のなに?」

 「? 俺の?」

 「あぁ」


 質問の意図が分からない。

 全神経を使って脳に血を送る。

 考えろ。リリーナは俺にとって何かを考えろ。

 これは巧妙の光。リリーナと仲直りできる唯一の光だ。


 「リリーナは俺の……」

 「……」

 「主?」

 「……っ」


 えっ? なにその表情……


 俺の言葉が正解だったのか不正解だったのか分からないが、リリーナは腕で顔を隠すと、ぱっと目線を逸らした。


 「もういい。許す」

 「えっ? ほんとに?」

 「あ、あぁ。だから、今から屋敷に戻って今後の話をするよ」


 どうやら巧妙の光をなんとか手繰り寄せたようだ。

 リリーナの声色から察するに、先程の事は許してくれたらしい。

 俺は心の中でほっと安堵した。

 もしこのままギスギスした状態で、マリン王国の護衛を一ヶ月してくれと言われても、俺には到底無理な話だ。

 きっとそれはリリーナも同じであろう。


 窓の景色を再び眺めているリリーナを横目に、俺は姿勢を崩して瞳を閉じるのだった。










 お…………い……レ………………


 (ん? なんだ?)


 …………つ……い……た……


 (着いた? どこに?)



 レ……オ…………ン……レオン……レオン! もう着いたぞ!


 鼓膜に届いたその声に俺ははっと瞼を開く。

 視界には心配そうに俺の肩を揺するリリーナの姿があった。


 「あっ……リリーナおはよう」

 「お、おはよう。着いたよ」

 「あー、もう着いたのか……」

 「まったく……びっくりさせないでくれ。もう眠りから覚めないんじゃないかと思ったぞ」

 「ごめんごめん。次からは気をつけるよ」


 リリーナの護衛であるにも関わらず、寝るなんて……相当疲れてたのかな……


 「では、行くぞ」

 「はい」


 リリーナは馬車から降りると俺に手を差し出してくる。


 いや、それ逆じゃない?


 あまりの自然な仕草に俺はついたじろいでしまう。


 「どうした?」

 「ううん、なんでもない。ありがとう」


 紳士になれって父さんに言われてたけど、リリーナの方がもしかして俺より紳士なのでは?


 そんな事を思う俺はリリーナの手を取り、馬車から降りる。


 「あ、あぁ……えっとリリーナ?」

 「む? なんだ?」

 「んーと、このまま行くの?」

 「不満か?」

 「い、いや不満じゃないよ」

 「よし、なら行こうか」


 リリーナは俺の手を引っ張りながら、屋敷へと入っていく。

 出迎えた執事がニコニコではなく、ニヤニヤしていたのはきっと俺の見間違いだろう。


 俺とリリーナはそのまま玄関を上り、待合室へと足を運ぶ。


 「爺。エミリーを呼んできてくれ」

 「はい。かしこまりました」


 待合室に着いた俺はソファに座る為に、リリーナの手を離す。


 「あっ……」

 「えっ?」

 「い、いやなんでもない」


 今あからさまに残念そうな顔してなかった?

 き、気のせいだよね。


 俺はそれ以上のことは考えずに、ふかふかのソファに座った。


 「えっ……と……」

 「よし、レオン。これからの話なのだが……」

 「ちょ、ちょっと待って? リリーナ。これおかしくない?」

 「何がだ?」


 いや、明らかにおかしい。

 だって、俺が座ったらリリーナは対面に座るはず。

 話し合いをするのにそれが普通だからだ。


 なのに、なんで隣に座ってるの?


 「あのリリーナ? これって話しにくいよね?」

 「いや? むしろ話しやすいと私は思うが?」

 「でもさ?」

 「不満か?」

 「い、いや不満じゃないよ」

 「では、このまま話を続けよう」


 もう何を言っても無駄だろう。

 諦めかけたその時、コンコンと待合室の扉がノックされた。


 「入っていいよ」


 リリーナの言葉に扉が開かれ、エミリーが姿を現す。


 「あれ? レオンさん、こんにちは」

 「う、うん。こんにちは」

 「その……私が呼ばれていると聞いたのですが……出ていった方がいいですか?」

 「い、いや! ここに居ていいよ? ねっ? リリーナ」

 「うむ」


 エミリーが眉を顰めて、扉を閉める。


 「よしっ。では、話を始めよう」

 「その前に……リリーナちゃん。こっちに座りなさい。レオンさんが困っているでしょ?」

 「だ、だが、レオンは不満はないって……」

 「それはリリーナちゃんが言わせてるだけじゃないんですか? だめですよ?」

 「むぅ」


 この子は女神だろうか。

 前会った時と違い、距離感が凄く近くなったリリーナを優しく叱るエミリー。

 何だかこう見ると親子のように思える。


 不満気に対面に座るリリーナの横で、当たり前のようにエミリーは腰を下ろす。


 「……では、話を続けようか」

 「う、うん」


 意識を切り替えたのか、何ともなかったかのようにリリーナは口を開く。


 「まず、マリン王国へと旅立つ日は陛下が決めることになっている。リーガル王国からの書状はもう届いているので、いつでも出立ができるようにしてほしい」

 「あぁ。分かったよ」


 さすがに明日とかはないよな?

 事前に拠点のみんなに伝えたいし。


 「それと護衛はレオンだけではなく、王国の騎士もつくことになっている」

 「まぁ、そりゃそうだよね」


 二ヵ国の重要な書状を持ち運ぶのだ。

 冒険者一人の護衛で大丈夫でした、なんてのは騎士団たちの面目が立たないのだろう。


 「ん~、あとは進行ルートや寝泊まりする場所など細かいところになるのだが……」

 「あっ、それは任せるよ。俺は野宿でも大丈夫だからね」


 まぁ本当はふかふかのベッドに身を預けて心ゆくまでごろごろしたいのだが、そうは言ってられない。


 俺は精一杯の虚勢を張りながら笑顔を取り繕う。


 「あぁ、助かるよ。本当にレオンで良かった」

 「まだ安心するのは早いからね。書状を届けるまで気を引き締めていこう」

 「うむ。そうだね」

 「あ、あの……」


 そこでずっと放置されていたエミリーが口を開く。


 「私が呼ばれたのは?」

 「あぁ。エミリーにもついてきてほしいんだ」

 「えっ……? いいんですか?」

 「いいも何も、これからは外を自由に歩けるんだよ? エミリーも屋敷にばかりいて退屈だっただろう」

 「そ、そんなことは……」

 「もうエミリーも素直になりなよ。レオンも一緒に居るから大丈夫だよ」


 そんなに信頼されると応えてあげたくなる。

 俺は真剣な表情で、人生で一度は言ってみたかった台詞を口に出す。


 「あぁ。安心して。君たち二人を守るなんて、ただの日常となんら変わらないから」


 よし、確実に決まった。

 この台詞は少し恥ずかしいのが難点だが、とてもかっこいい。

 噛まずに言えたことにこの場で拍手を送りたい気分だ。

 

 しかし、俺の予想とは違いリリーナとエミリーは苦笑を浮かべていた。


 「あ、あぁ。そうか」

 「あ、あはは。ありがとうございます」

 「……」


 もう一生言うものか。

 子供の頃に母さんが作った漫画とやらで、感動した幼き頃の自分を呪ってやる。


 「ま、まぁ今のは言い過ぎたけど、ちゃんと守るれるように頑張るよ」

 「うむ。期待しているぞ」

 「よろしくお願いします」


 やはり、俺の感性と他の人では違うのだろうか。


 料理に続いて、俺がかっこいいと思っていた台詞も封印することにしようと心に決める。


 「では、レオン。また日が分かれば改めて連絡する」

 「うん。あっ、それとリリーナ。俺の方からも二つほど話があるんだけど」

 「ん? なんだ?」

 「一つ目はエミリーに会わせてあげたい人がいるんだ」

 「私にですか?」

 「そうそう」


 ルナはエルフに会ってみたいと言っていた。

 奴隷の首輪を付けていないエミリーなら気軽に話せるだろう。

 それにゼオと一緒に会わせれば、喜ぶこと間違いなしだ。


 「レオンそれは……」

 「あぁ、大丈夫だよ。その子たちは優しいから。エミリーも心配しないで」

 「はい。楽しみにしておきますね」

 「じゃあ、そうだな……明後日にまた来てもいい?」

 「明後日か……うむ、分かった。それと二つ目は?」

 「あぁ、それなんだけど……」


 これは正直言おうか迷った話だ。

 だが、言わずにいてもどの道ばれてしまう。


 「<魔の刻>のメンバーが旅行をするんだ。行き先はマリン王国なんだけど……同行させちゃっていいかな?」

 「ふむ……それは護衛という役ではないということだね?」

 「うん。そうだけど……やっぱりダメ?」


 これが了承を得なかった場合、みんなにはなんて言おう……


 リリーナは少しだけ考えた後に、ふっと微笑んだ。


 「まぁ、旅行の行き先が同じならば仕方ないな。マリン王国に着いて書状を渡せた暁には、レオンも自由にしていいぞ。あっ、でも、帰りは騎士団だけじゃ心細いので一緒に居てくれると助かる」


 この人はなんて優しいのだろう。

 正直なところマリン王国滞在時も護衛の為、リリーナたちの側に居なければならないと思っていた。

 別にリリーナたちが嫌と言うわけではないが、拠点のみんなが俺との旅行を楽しみにしているのだ。

 もちろんそんな俺もみんなと観光やら海やらに行きたかったので、その配慮のある言葉に喜びで飛び上がってしまいたくなる身体を何とか抑える。


 「ありがとう、リリーナ。帰りはもちろん一緒に居るよ」

 「うむ。こちらこそありがとう。これからもよろしく頼むよ」


 一通りの話を終えた俺は、リリーナとエミリーの三人で他愛のない話をした後に屋敷から出る。

 国王の謁見という胃が痛くなるほどの体験をして疲れたのだろうか、うつらうつらになりながらなんとか眠気を耐え、拠点へと到着する。


 そのままなんとか自室に入ることができた俺は、睡魔の赴くままに深い眠りへとつくのであった。


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