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第64話 謁見


 その後、マリン王国の話を一通り終えたみんなを見て、俺はルナとゼオにエルフの真実を話した。

 これで人間を憎むようになれば元も子もないと思ったが、そんな思いは杞憂であった。

 ルナとゼオはエルフが置かれている現状をしっかりと理解した上で、俺が説明した奴隷解放の協力に激しく同意した。

 その顔つきは真剣で、涙など微塵も出ることはなかった。

 「強い子に育てただろう?」 と天国のブラックが胸を張っているのが想像できる。


 そして次の日、カルロスたちがマスターにマリン王国へと旅行に出掛ける話をしたそうだ。

 正直なところその提案は却下されると思っていた。

 マリン王国は近隣の国の中で距離が一番遠い。

 馬車で行き帰りを含めても二ヶ月以上は掛かるほどである。


 まぁ、その途中にあるプロバンス領や宿場町を経由していけば、俺たちはそれほど苦労はしないだろうが、マスターは違う。

 依頼を率先してこなしてくれる優秀な冒険者が、二ヶ月以上もの間この王都から離れるのだ。

 俺がマスターの立場だったら無理にでも引き止めているだろう。

 だが、マスターは<魔の刻>全員が王都から離れることに不安を持ちながらも、ずっと働き詰めだったみんなに 「羽を伸ばしてこい」 と了承したらしい。

 俺との器の違いを確認されたようで少し恥ずかしい思いはあったが、流石はマスターだと感嘆したものだ。


 それと、国王の謁見の日にちはカルロスたちが<月の庭>へと向かった直後に、伝魔鳩(アラート)にて伝えられた。

 六日後の午後一時にプロバンス家からの馬車が拠点へと来るといった内容であった。



 悠々自適な生活は一瞬で終わりを告げる。


 あと五日もあるなぁ。

 あと四日か。まだ大丈夫だな。

 あと三日……か。

 あと二日……

 あと一日…………はぁ。


 日が進むにつれて、俺の気分は滅入るばかりだった。

 そして、その日がついに訪れた。




 俺は黒いタキシードに着替え、黒いネクタイを結ぶ。

 こんな正装をしたのは実に三年振りであった。


 「レンくん、かっこいいよ!」

 「なんか黒い王子様みたい!」


 黒い王子様ってなんだ……?


 レティナとルナは俺の姿を見て、とろんとした表情をしている。

 これはこれで悪い気はしない。

 むしろ、気分は絶好調だ。

 ……この後の事を考えなければだが。


 「レオンちゃん。馬車が着い……た……」


 マリーが開いていた扉からひょこっと顔を出し、固まる。


 「……う、うん。これはかっこいいわ」

 「あ、ありがとう」


 もう普段着はこれにしようかな。


 みんなの眼差しがいつも以上に熱い。


 「ごしゅじん。やはり最強」


 よしっ、ミリカには一から言葉を教えないと。


 拠点の女性陣がそんなに良いと言うのだ。

 カルロスやゼオにも見せてあげたくなる。

 俺はるんるん気分でダイニングへと向かった。


 「カルロス、ゼオ、これどう!?」


 食事をしていたカルロスとゼオに、俺は両手を広げて見せつける。


 「ぶっ……なんだそれっははっ。おい……レオンっ。孫にも衣装ってっ……感じでいいと思うぜ? ……ぶっ、はははっ」

 「カ、カルロスさん……」


 カルロスは俺の衣装に笑いが止まらないのか、腹を抱えて笑っている。

 ゼオはそんなカルロスと俺を交互に見ながらあたふたとしていた。


 もう……この衣装は封印しよう。


 先に見せたのが女性陣で良かったと心の底から思った。

 もしカルロスから先に見せていたのならば、俺は今頃このタキシードを破り捨てて不貞寝しているところだ。





 「じゃあ……行ってくるよ」


 みんなが笑顔で手を振るのを見ると、俺はとぼとぼとプロバンス家の用意した馬車に乗り込む。


 「あれ? リリーナも乗っていたの?」


 馬車の中では、前に見た青いマントを羽織っているリリーナが座っていた。


 「あ、あぁ。レオン。今日はよろしく頼む」

 「うん、こちらこそ」

 「それにしてもレオン……その格好は……」

 「えっ!? なんか変?」


 カルロスに見せた直後だ。

 これでリリーナにも笑われるようなことがあれば、近くの服屋で適当に着替えよう。


 「い、いやそうじゃなくてだね……すごく似合っていると思うよ」


 窓に視線を向けるリリーナの頬は少し紅潮していた。


 「あ、ありがとう。リリーナも綺麗だね」

 「……以前会った時と格好は同じだと思うんだが?」

 「……」


 なんだか気まずい空気の中、馬車が動き出す。


 「レオン。陛下に進言する言葉は考えているか?」

 「えっ? あ、あぁ。もちろんだよ」

 「ふむ。ならいいのだが」


 エルフの奴隷解放に賛同します。的なことを言えばいいのだろう。

 まぁ、なんとかなるはずだ。


 「……今回は非常に重要な場だからね。凄く期待してるんだ」

 「そ、そっか。期待に添えられるよう頑張るよ」


 リリーナの言葉は本心なんだと思う。

 だが、今の俺には重圧でしかなかった。

 国王に冒険者が謁見するなんて前代未聞の事だろうし、正直なところ俺が上手く言えるかも定かではない。


 ま、まぁ、大丈夫だよね……


 胃がキリキリと痛む中、俺たちは城へと向かったのだった。



 <月の庭>を通り過ぎて十分程。

 馬車の揺れが収まり、城門前まで着いた事を知った俺たちは、そのまま地面に降り立つ。


 「では、行こうか」

 「う、うん」


 城門を守っている憲兵に軽く頭を下げて、城へと入る。


 「リリーナ様、レオン様よくぞおいでくださいました。陛下が待っておりますので、このまま階段をお上がりください」


 入門した俺たちを騎士が出迎え、綺麗にお辞儀をした。


 ルキースにもこれくらいの配慮をもってほしいものだ。


 「あぁ。では、行くぞ。レオン」

 「う、うん……」


 あれ……?

 さっきから俺 「うん」 しか言ってないような……


 階段を登るにつれて、国王がいるであろう大きな扉との距離が近づく。

 どくんどくんっと心臓が速まるのを抑えて、なんとか平静を装う。


 「大丈夫か? レオン」

 「あぁ。これくらいなんともないね」


 ……帰りたい。

 今すぐふかふかのベッドで寝転がって、ごろごろしたい。


 「では……開けてよい」

 「はっ」

 「はっ」


 二人の騎士がズズッと大きな扉を開く。

 左右一杯まで開かれた扉の中の光景に、思わず顔が引き攣った。


 そこには国の貴族であろう人たちが左右に並んでいた。

 もちろん玉座には威厳のある国王が。


 目の前でリリーナが跪くのを見て、俺も同じように真似をする。


 「陛下。レオン・レインクローズを連れて参りました」

 「ふむ。ご苦労であった。もっと近くまで寄るが良い」

 「ははっ」

 「は、ははっ」


 あれ……?

 これ俺大丈夫?


 リリーナが立ち上がり歩き出す。

 俺はリリーナの後に続いて、胸を張った。


 国王との距離が縮まり、リリーナが立ち止まると俺はその場に跪く。


 こ、この距離で合ってるんだよね……?


 「リリーナ伯爵。下がってよいぞ」

 「ははっ」


 リリーナは俺を置いて、貴族たちと同じように右側へと並んだ。

 俺もそこに混じりたいのを必死で我慢する。


 「レオン・レインクローズよ。面をあげよ」

 「はっ」


 うわ……国王ってこんな顔してたっけ?

 凄い怖い顔してるけど、本当に賢王なのかな……そ、そんなに見つめられると緊張するから止めてほしいんだけど……


 「ふむ。その瞳。昔から変わっておらぬな」

 「はっ。有り難きお言葉でございます」

 「ふっ、そんなに畏まらんでもよい。いつも通りに振る舞え」


 これは試されてるのだろうか。

 いつも通りでいいって……まぁ、そっちの方が楽なんだけど。


 「では……少しだけ」

 「うむ。それで……エルフの件についてだったな」

 「はい。私レオン・レインクローズはリリーナ・プロバンス様が考えたエルフ奴隷解放の件に、全面的に協力をするつもりです」

 「何故だ?」


 え……?

 何故ってそんな質問されるの?

 聞いてないんだけど……


 「……」

 「レオン・レインクローズ。貴君の噂は私も耳に入っておる。貴族になびかぬ冒険者。そんな貴君が何故今になって、専属冒険者となった?」


 専属冒険者になった理由ね……そんなの決まっているだろ。

 ルナとゼオの笑顔が見たいから。

 それと……


 「ふっ。王よ。私はリリーナ様の夢に心を打たれたのです」

 「……夢?」

 「はい。皆が笑って暮らせる世界。つまり世界平和という夢ですね」


 俺の言葉に貴族たちがざわめきたつ。

 ちらりと横目でリリーナを見ると、口を押さえてあわあわと身体を震わしていた。


 「ふむ」

 「その夢の第一歩がエルフの奴隷解放です」


 ざわざわとした貴族たちの中、リリーナの夢を馬鹿にしたように笑いを堪える者もいた。


 「陛下。少々お時間をくれませんか? 少し……周りがうるさくてね」

 「……よかろう」


 俺は王の了承を受けると馬鹿共に向けて闘気を放つ。

 笑いを堪えている者からひそひそと話す者、全員が全員その場にへたり込んだ。


 「一つ貴方たちに言っておく。リリーナの夢を馬鹿にする奴らは俺の敵だ。いや、<魔の刻>の敵だと言ってもいい。この意味分かるね?」


 貴族たちがへたり込んでいる中、笑いを堪えていた者が口を開く。


 「お、王よ。此奴は今脅しをかけておられるぞ!」

 「あぁ……勘違いしないでくれる? どこの誰かも知らない貴方が、どんな権力を持っているか知らないけど……俺はリリーナを……いや、主を嘲笑う無礼な輩に警告をしているだけだ」


 リリーナにだけ闘気を飛ばしていない為か、へたり込んでいる貴族たちの中、リリーナは一人でその場に立ち、涙を滲ませながら俺を見つめていた。


 「なぁ……人の夢を笑うなよ。みんなが笑って暮らせる世界なんて、誰もが願っているはずだ。それを嘲笑う貴方は、何を考えてこの国を支えようと思っているんだ?」

 「……くっ」


 勝手にリリーナの夢を暴露した事を、後で謝らなければいけない。

 だが、この場で証明したかったんだ。

 君の夢は馬鹿にされるものじゃない。本当に素晴らしいものなんだって。


 「この場で宣言する。レオン・レインクローズは、主であるリリーナ・プロバンスの夢を嘲笑う者を許しはしない。その夢の第一歩であるエルフの奴隷解放に、私は同意を示す為にここに来た」


 シーンと静まり返る玉座の間に、俺の頭は段々と冷静になっていく。


 これは……確実に失敗した。

 周りを見れば分かる。

 ほら、あの人なんて泣きそうな顔してるし……


 あぁ……お腹痛くなってきたな。


 「ふっはっはっはっはっ」


 突然の国王の高笑いに、思わずびくっと身体を震わす。


 「はっはっ。貴君は本当に面白い男だ。私の専属冒険者になってくれても構わんぞ?」

 「へ、陛下……」

 「ふっふっふ。冗談だ。エルフの奴隷解放……賛同しようではないか。誰か反対意見の者はいるか?」


 明らかに嫌そうな顔をしている貴族もいる中、この状況下で口を開こうとする者は誰一人いなかった。


 「では、話は決まったな……私もリリーナ伯爵の夢……素晴らしい志をしていると感嘆した。世界平和か……うむ。よいな。その為の第一歩をこの国で示そうぞ!」


 国王の発言にパチパチと手を叩く一人の貴族。

 その貴族から他の貴族にそれは広がり、玉座の間に大勢の拍手が響き渡る。


 な、なんとか……最悪の結果だけは回避したのか?


 リリーナの様子を見ると、身体を震わせながら両手で顔を覆っていた。


 俺の暴露に泣いているのか、はたまたエルフの奴隷解放に同意を得られたことに対する嬉し涙か……


 とりあえず後で謝るのは確定だな。


 「では、リリーナ伯爵と共に下がって良いぞ。レオン・レインクローズ。貴君のこれからの活躍に大いに期待する」

 「ははっ」


 俺はその言葉に一安心すると、リリーナの手を取り、脱兎のごとく城から抜け出すのであった。

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