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第63話 こんなにも言いにくいことってある?


 もう太陽が沈みそうな時間帯に、拠点の玄関に着いた俺は扉を開ける。


 「た、ただいま〜」


 シーンと静かな拠点に俺の声が響く。

 すると、二階の扉が開く音が聞こえ、タッタッタという足音が近づいてきた。


 「レンくん、お帰り」

 「レオーン、おかえりなさ〜い」


 レティナとルナが出迎えてくれた事に、不思議と笑みが溢れる。


 「ただいま。二人とも……みんなは?」

 「まだ帰ってきてないよ? あっ!」

 「ん?」

 「お風呂にする? ご飯にする? それとも……私?」


 なるほど。今日のレティナは上機嫌なのか。


 「ねえねぇ。それなぁに?」

 「ふふっ。ルナちゃんにはまだ早いかもね」

 「え〜。ルナもそれくらいできるもん」


 ルナは負けず嫌いなのか、レティナと同じポーズを取り、上目遣いに俺を見上げる。


 「えっと、お風呂にする? ご飯にする? ……それともルナ?」

 「よしっ! 今日はルナだ」


 あまりの可愛らしさに、俺はルナの脇を持ち上げて抱っこする。


 「えへへっ。ルナの勝ち〜」

 「……ロリコン」

 「へっ!?」


 い、今なんて言った……?


 「あ、あの……レティナ? それ誰に教えてもらったの?」

 「レンくんのお母さんからだよ?」


 よしっ。帰省したらあの親のお説教から始めるか。

 俺の純粋なレティナを汚した罪は重い。


 「と、とりあえずダイニングにでも行こうか。もうすぐみんな帰ってきそうだし」

 「はーい……」

 「うんっ!」


 拗ねているレティナと嬉しそうなルナ。


 女心は難しい……。


 そのままダイニングで他愛のない話をしていると、みんなが続々と帰宅する。


 「たっだいま〜。おっ、レオンちゃんが起きているなんて珍しいわね」

 「いや、そんなに珍しくはないでしょ」

 「おっレオン起きてんのか。珍しいな」

 「……い、いや」

 「ただいま帰りましたって、あれ? 帰ってきてレオンさんが起きてるの僕初めて見ました」

 「……」

 「ごしゅじん。よしよし」


 四人とも同じ時間に帰ってくる方が珍しいのに……


 ミリカに頭を撫でられた俺は咳払いをする。


 「と、とりあえず、みんな席に座ってくれ。大事な話があるんだ」

 「あっ、私からも話があるの! 先に言っていい?」

 「うん。いいよ?」

 「えっとね? 一週間後の模擬戦をする場所を決めたの。昔みんなで修練していた場所あるでしょ? あそこはどう?」

 「おっ、いいなそれ」

 「確かにあの場所なら、少し暴れても問題ないわね」

 「ミリカ。賛成」


 各々が和気藹々と話す中、俺だけは冷や汗が止まらない。


 「えっ、えっと……」

 「じゃあ、俺からもいいか? 模擬戦はトーナメントを辞めようと思ってんだ。レオン対一でレオンを負かした奴が旅行の決定権を得られる。どうだ?」

 「いいわね。それ」

 「カルロスさんのそれでいこ!」

 「ミリカ。賛成」


 ……これもう収束不可能じゃない?

 みんなの笑顔とは異なり、俺だけはだらだらと汗をかいていた。


 「レオン、大丈夫?」


 ルナは俺の表情に違和感を持ったのか、不安そうな瞳で見つめてくる。


 「あ、あぁ。ま、まぁね」

 「うんっ。大体決まったし……レンくんの話は?」


 不意に振られたレティナの言葉にびくっと反応してしまう。

 話……話……ね?

 模擬戦は中止だよって話なんだけど……


 「あぁ〜……あれ〜なんだっけ〜」


 ……いや、言えるわけないでしょ。


 「ごしゅじん。なんか。様子変」

 「えっ!? そ、そう?」

 「確かにレオンちゃん……何か隠してる?」

 「い、いや別にそんなこと……」

 「ごしゅじん。その様子。なんか……っ!!」


 ミリカは俺をじーっと見つめた後、身体をぶるりと震わした。


 「模擬戦……中止?」

 「なっ!?」


 お、俺の表情からそこまで行き着くなんて……

 ミリカは成長したな〜。


 ミリカの成長にのほほんとした俺は、周りの様子を伺うことができなかった。


 空気が凍っている。


 まるでここだけ雪国に迷い込んだみたいだ。


 「……おいレオン」


 カルロスが冷たい口調で俺を呼ぶが、俺は聞いていないふりをする。


 「な、なんか汗かいちゃったなー。お風呂にでも入ろうかなー」

 「棒読みよ? レオンちゃん」

 「レンくんっ?」


 おいおい、みんなそんな顔するんじゃない。

 ルナが震えてるじゃないか。可哀想に。


 俺は俯いているルナを膝の上に乗せ、まるで盾のように自分の顔を隠す。

 ルナが一点として見つめられているが、大丈夫だ。

 みんなの視線と合わないように、俺とルナは向かい合っているのだから。

 ……瞳が少し潤んでいるのは気のせいだろう。


 「レンくん。ルナちゃんを離してあげて?」


 声に圧を込めるレティナの顔さえ見れない。

 俺の味方は現時点で、ルナだけのようだ。


 「ル、ルナ……離してほしい?」


 コクコクと頷くルナを渋々解放してあげる。

 そして、ルナはそのまま床に立ち、レティナの方に逃げると服を掴んで俺を恨めしく見つめた。


 俺の味方はもう誰一人居ないのか。

 こうなれば仕方ない。

 俺も男だ。腹を括ろう。


 「よしっ。みんな聞いてくれ」

 「いや、ずっとレオン待ちだっつーの」

 「う、うん。そうだよね。ごめんね……」


 今の俺はきっとルナよりも小さく見えてるだろう。

 けど、仕方ないじゃないか。

 獰猛な獣に囲まれているんだから。


 「あの……非常に言いづらいんですが、模擬戦は中止になります」

 「はぁ」

 「はぁーぁ」

 「はぁぁ」

 「……はぁ」


 皆が皆俺の言葉にため息をついている。

 ……まぁこうなるとは思ってたけど。


 「聞いてください。今回は俺も被害者なんです。ずっと模擬戦を楽しみにしてたのは本当のことなんです」


 長年共にしてきた仲間に対して、俺は許しを請うように話し続ける。


 「確かに俺はプロバンス家の専属冒険者になると言いました。ですが、国王への謁見の日が一週間後ということを知らなかったんです」

 「おいおい、待て待て、今なんて?」

 「ちょ、ちょっと情報量が多すぎるわ……」

 「レ、レンくん……? 次は何に首を突っ込んだの?」

 「……ごしゅじん」


 ふむ。端的に話しすぎたか。


 「つまり、俺はプロバンス家の専属冒険者になったということ。分かった?」


 その言葉に<魔の刻>のメンバー全員が眉をひそめた。


 「おいレオン。てめぇ……貴族の飼い犬になったのか?」

 「レオンちゃんが……ねぇ? プロバンス家って言ったら有名だし……潰すのに時間がかかりそうね」

 「うんうんっ。でも、数日あればなんとか大丈夫だよ。私準備してくるね」

 「……暗殺対象。誰」

 「ちょ、ちょっと待って! みんな落ち着いて? いや、俺の言い方が悪かった! これには理由があるんだ」


 席を立とうとしたレティナの肩を押さえて、俺は話を続ける。


 「エルフの奴隷解放に協力する。専属冒険者になる期間は約二ヶ月。一週間後の謁見では、その事を話すんだ」


 エルフの奴隷解放という言葉を聞いたルナとゼオは、ぴくりと反応をする。

 正直な話この二人が眠っている時に話したかった。

 だが、この状況を抑えるには今言うしかない。


 ルナとゼオにはエルフが軽蔑されている存在という事を伝えてはいるが、奴隷になっているという話はしてはいなかった。

 そんな話をすれば、悲しい思いをしてしまう事が明白だったからだ。


 「エルフの奴隷解放って何ですか?」


 ゼオが不安そうな表情で俺に尋ねる。


 「あぁ。ゼオ……ルナ。後でその事について話をするよ。みんなは意味が分かったね?」

 「……まさかそんな話が上がってるとはな」

 「私も驚いた……でも、それなら仕方ないかぁ」

 「いきなりでごめんね。でも、ここで協力しないという手はなかったんだ」


 マリーとカルロスは、はぁとため息をつく。


 「レンくん、理由は分かったけど……あまり一人で先走らないで?」

 「……うん。ごめんレティナ。模擬戦楽しみにしてたのに」

 「ううん。ルナちゃんとゼオ君の為だもんね」


 理解してくれたレティナは俺に向けて微笑む。


 あぁ……癒されるなぁ。


 「ごしゅじん。専属冒険者の期間。約二ヶ月って?」

 「あぁ、プロバンス家の当主の護衛を任されてね。マリン王国に行くんだ。今のところはその間だけって感じかな」

 「把握した。なら、ミリカ。行く」

 「……ん?」

 「ついていく。旅行」


 あれ? 話聞いてた?


 「わっ! ミリカちゃん賢い。じゃあ、みんなでマリン王国に行こうよ」

 「いいわね。それ」

 「はぁ……アーラ王国がよかったんだが……仕方ねぇか」

 「あ、あのみんな? 俺は護衛の任務があって」

 「だから、その後に遊べばいいだろ? マスターには俺から言っとくわ」

 「私もついてってあげる」

 「じゃあ、私も〜。ルナちゃんとゼオ君も来る?」

 「うんっ!」

 「僕も行きた〜い!」


 先程までの凍った空気はなくなり、みんながあれやこれやと話している。

 だが、俺の耳には届かない。

 それは何故か。


 リリーナの護衛はマリン王国に着いて、 「はいさようなら」 というわけではなく、帰りも含まれている。

 優雅に楽しむなんてできるはずないだろう。


 俺はその言葉を言えずに、ただただ笑顔を取り繕うことしかできなかった。

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