第62話 冷や汗が止まらない
「みんなお待たせ。遅くなってごめんね」
プロバンスの屋敷から出て<月の庭>に着いた俺は、休憩スペースで休んでいた<金の翼>と合流する。
「あっ、レオン。お疲れ様。あれから大丈夫だった?」
「うん、まぁね」
大丈夫か大丈夫ではないかと問われれば、大丈夫ではない。
ただ、ここで意地を張らなければ、シャルが自分のせいだと引きずってしまう可能性がある。
俺は笑顔を取り繕い、シャルの頭を撫でる。
「報酬はもう受け取った?」
「う、うん。レオンにも渡そうと思って」
「いやいや、俺はいらないよ?」
「で、でも……その……」
ん?
どうしたんだ?
シャルの表情もそうだが、なんだかセリアとロイも少しだけ浮かない顔をしている。
「あまり貰えなかった……?」
「いえ、違うんです……その逆です」
「逆??」
「師匠……その……金貨十枚も貰ったんです」
「え!?」
咄嗟に出た声に周囲の冒険者が俺を見つめる。
「し、師匠声が大きいですよ」
「あ、あぁ。ごめんごめん。それで……本当なの?」
「……えぇ。流石に私たちだけでって話にはいかないわ」
「ふむ……」
貴族というのは少しばかり金銭感覚が狂っているみたいだな。
確かにシャルの言う通り、このまま<金の翼>に渡してもみんなが納得しないだろう。
俺は一つ咳払いをして、話を纏める。
「じゃあ、俺が半分貰うことにするよ。それでいい?」
「えぇ。もちろん異論はないわ」
「私も大丈夫です」
「師匠。大金っすね!」
<金の翼>メンバーの同意を得て、俺はシャルから金貨五枚を受け取る。
「レ、レオンその……」
「ん? 何かまだある?」
「えっと……ね?」
シャルはもじもじしながら上目遣いに俺を見上げた。
いつ見ても綺麗な瞳の色だ。
「また、何かあったら遊びに行ってもいい……?」
「なんだそんなことか。もちろんいいよ。いつでも大歓迎だ」
俺の言葉にまるでぱぁと花が開くような笑顔を見せるシャル。
「あれ? でも、いつでもって……師匠暇じゃないんですよね?」
ロイは時々痛いところを突いてくる。
が、俺はポーカーフェイスを装いながら、切り返す。
「あぁ。俺がいる時は大歓迎って話だよ……あっ、俺マスターに話があるんだった。じゃあ、またね」
これ以上追求されたらきっとボロが出る。
そう感じた俺は逃げるように<金の翼>メンバーに手を振り、二階へと駆け上がるのだった。
コンコン。
「誰だ?」
「レオン・レインクローズです。話があってお伺いしました」
「む? まぁ、入れ」
マスターの了承を得た俺は、ドアノブを回し、そのまま入室する。
「レオンの方からここに来るなんて珍しいな。明日は雨でも降るんじゃないか?」
「はっ。ご冗談を。俺はいつだって……」
……あれ。確かに何気に初めてじゃない?
依頼関係じゃない用事で自分から来るの。
「……まぁ、座れ」
マスターにそう促された俺は、ふかふかのソファに腰を下ろす。
腕を組んで俺を見つめるマスターの表情は、どこか不安気に見えた。
まぁ、俺がギルドマスター室に来るなんて……厄介事を持ち込んだと思われても仕方ないか。
黙っていても話が始まらないので俺は口を開く。
「単刀直入に言いますね。プロバンス家の専属冒険者になりました」
「…………す、すまない。聞き間違えだと思うのだが……今なんと言った?」
「はい。プロバンス家の専属冒険者になりました」
「ふ、ふむ。明日は……雨ではなく厄災が国を襲うのか。市民に避難の指示をしなくてはならないな」
「……」
いや、その目……本気じゃない??
マスターは冗談でもなく、真剣な表情で俺を見つめている。
「何故……今になって?」
俺が専属冒険者になるということが、そんなにおかしいのだろうか。
……うん。まぁ、おかしいよね。
「エルフの話を聞きましてね」
その言葉に目を見開いたマスターは、ぽんと手を打った。
「あぁ、なるほど。<金の翼>と一緒にプロバンス家の依頼に出たのか。それで、奴隷解放の話を聞いたと」
「は、はい……」
「そして、リリーナがあと一歩のところで実現できるという言葉を聞き、協力しようと考えたのだな?」
「……はぃ」
いや、もうこの人怖いんだけど。
どうしてそこまで分かるの……?
俺にその脳みそ半分だけくれないかな。
「なるほどな。それなら十分納得できる」
「まぁ専属冒険者と言っても二ヶ月限定なんですけどね」
「ふむ、そうか。では、また一週間後を楽しみとしておく」
……一週間後に何かあるんだろうか。
嫌な予感が俺の頭の中にこびりつく。
「あ、あの……一週間後とは?」
「ん? 国の重鎮たちがその日に集まるんだよ」
「えっ?」
マスターの言葉で完全に思考が止まる俺。
「んん? レオンは何も聞かされてないのか?」
……
………待て待て待て。
一週間後といえば、模擬戦の日だが??
不思議そうな顔をするマスターに、俺は隠しきれない動揺を見せる。
「え、えっと……国王との謁見の場を設けるとしか……聞いてないんですけど……」
「ふっ。なるほど……リリーナも考えたな」
「いや、笑い事じゃなくて……その……日にちずらすとか……」
「できんだろうな」
ふ、ふむ。
ひ、冷や汗が止まらないが一旦落ち着こう。
まず考えなければいけないのは、拠点のみんなをどう説得するかだ。
このまま何も言わず、当日になって、 「今日は予定があるんだった。うっかりしてたよ〜」 なんて言えば、各々の怒りで拠点が崩壊すること間違いなしだ。
それをなんとか回避する為には……
いや、待てよ?
今回の件に関しては、俺が故意に約束を破ったわけではない。
一週間後という日が運悪く重なっただけだ。
つまりこの話を素直に言えば、マリーもカルロスもミリカも、それにレティナだって納得してくれるはずだ。
……そう信じるしかない。
俺が心の中で結論を出した時、マスターがんー、と身体を伸ばした。
「いやぁでも、レオンが協力してくれると知って私は嬉しいぞ」
「……まぁ、ルナとゼオのことを考えたら、断る理由なんてなかったですよ」
「ふむ、そうか。これでリリーナも夢に一歩近づくな」
「夢?」
「あぁ……」
マスター何か懐かしむように目を細める。
「リリーナの夢は世界平和なんだ。何不自由なく皆が過ごせて、迫害も差別もない笑顔が溢れている世界を目指しているそうだよ」
「それはまるで……夢物語ですね」
「そうだな。でも、確実に一歩進んだんだ」
自分の事のように話すマスターは、本当に嬉しいのだろう。いつものキリッとした表情ではなく、柔らかな表情で微笑んでいた。
リリーナの優しさの根幹が分かった気がする。
世界平和。
その夢はランド王国の重鎮といえど、一人で達成できるものではない。
その夢を嘲笑う者も多くいるだろう。
そんな中でリリーナはそれを実現させようと本気で目指し、その過程に必要な事ならば冒険者にも頭を下げる。
並の貴族ではできない根性であった。
「レオンもできることなら応援してやってくれ……ただ、プロバンス家の専属冒険者になるってのはやや不安だな。君じゃ、さぼるだろうから」
マスターの目から俺はどう映っているんだろう。
そ、そんなにはっきり言わなくてもいいのに……
「…………さぼりませんよ」
少しだけ反抗するようにそう言葉にした俺は、その後しばらく談笑してから退室した。
とりあえずだ。
マスターにプロバンス家の話は通した。
そして、リリーナが目指している夢も応援してあげようとは思う。
あとは……
はぁ……めんどくさい。
拠点で待ち構える恐怖に、俺は重い足取りで帰路へとつくのであった。




