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第61話 予想外の人物

 

 「はぁ……」


 俺は今、貴族の屋敷のソファで堕落していた。

 深く被っていたフードも取り、これから確実にめんどくさい事になるだろうという気落ちからである。

 隣のソファで腰掛けているシャルは、擁護できなかった為か、申し訳なさそうな表情をしている。


 「レオン・レインクローズ。君だったとはね。驚いたよ」

 「あっ、はい。堅苦しいの苦手なんで、レオンでいいですよ」

 「では、レオン。正式に私の専属冒険者になってほしい」

 「嫌ですね」

 「報酬は納得する額出すつもりだ」


 いや、額とかそういう話じゃないんだよね。


 「プロバンス家なら強い冒険者なんていくらでも雇えるでしょ」

 「……それではだめなんだ。君なら……レオンだから、私は欲しいのだ」


 ううむ。そんな必死に言われてもね……


 「少しの間だけでいい……二ヶ月……いや、一ヶ月でもいい」

 「……」

 「頼む……お願いだ。私には力が必要なんだ」

 「申し訳ないですが……俺が貴族嫌いということを知っていますよね?」

 「……あぁ」

 「なら……」

 「そこをなんとか……頼む」


 プロバンス家の当主が冒険者に頭を下げる行為。

 それは傍から見れば俺が脅しをかけているんじゃないかと思わせるような異常な光景である。


 「はぁ……俺は<魔の刻>のリーダーです。リリーナ・プロバンス様も知っていますよね」

 「リリーナで構わない。それに砕けた言葉遣いでいい。君が<魔の刻>のリーダーということももちろん知っているよ」

 「じゃあ、その言葉に甘えて話すけど、そんなどこの貴族にもなびいてない俺が、今日会っただけの貴族の要求を呑むと思ってる?」

 「っ……それでも」


 リリーナが俺を欲する意味。

 絶対にめんどくさい事に決まっている。


 だが……


 「……はぁ。さっき一ヶ月でも二ヶ月でもいいって言ってたね。何をしてほしいの?」

 「っ!! <金の翼>は席を外させても構わないか?」

 「俺はいいけど……」


 ちらりと横のシャルを見る。


 「あっ、私たちなら大丈夫です。レオンごめんね……?」

 「ううん。シャルのせいじゃないから……先に<月の庭>に行ってて」

 「えぇ。待ってるわ。では、失礼します」

 「あぁ。助かった。ありがとう」


 シャルたちが席を立ち、部屋を出て行く。

 ニナも執事に耳打ちをされた後に、シャルたちに続いて姿を消した。


 「爺……呼んできてくれ」

 「かしこまりました」


 呼ぶ……? 誰を……?


 「……レオンが優しい人であると私は感じている。そして、信じている」

 「は、はぁ」


 言葉の真意が読み取れず、思わず眉を顰めてしまう。


 「それで?」


 話を切り出してくれなくては進まない。

 俺はリリーナを見つめた。

 すると、コンコンと扉のノック音が響く。


 「……入っていいよ」


 砕けた口調になったリリーナに対して、ノックした者が姿を見せた。





 「……えっ?」




 その者の姿に思わず、動揺してしまう。



 「リリーナちゃん……その……これは?」

 「まず座って? エミリー」

 「う、うん」


 その女性はリリーナの隣に腰を下ろし、俺をチラチラと見ている。


 緑色の頭髪で薄緑色の瞳。そして、ツンと尖った耳。

 華奢な身体には、黒と白で統一されている一般的なメイド服を着ていた。



 「エルフ……か」



 俺の言葉にビクッと反応したその人はリリーナに身を寄せた。


 「あっ、ごめんごめん。怖がらせる気はないんだ。少し驚いちゃってね……綺麗な髪の色だね」

 「あ、ありがとうございます」


 褒められて嬉しいのはどこの国でも同じだ。

 俺は警戒心を抱かせぬように、最新の注意を払って言葉を選ぶ。


 「リリーナ。それでこの綺麗な人をここに呼んでどうしたいの?」

 「……良かった」


 俺の対応に安堵したのか、リリーナは肩の力を緩めた。


 「やはりレオン。君は私が思っていたような人物だったみたいだ」

 「あ、ありがとう?」

 「最初に君と話してからびびっと来たんだ。この人ならエミリーに優しく接してくれるってね」

 「なるほど……」


 前の冒険者は解雇したと言っていた。

 血の気が多いのが理由と話していたが、エミリーも何かしら関係しているのかもしれない。


 「力が欲しいと言ってたね。あの時の俺は闘気を抑えてて、ただの一般人に見えたと思うんだけど」

 「ふっ。Bランク冒険者にそんな者が混じっているはずがないだろう? それに本当に何もなくても……君が側に居てくれるなら何故かやれると思ったんだ」

 「……やれる?」

 「あぁ」


 リリーナはすぅと息を吸い、信じられないことを呟いた。





 「全エルフの奴隷解放をね」

 「はっ!?」


 思わず、腰を上げてしまう。


 「驚くのも無理はないか。人間はエルフを軽蔑している。だが、これは昔の考えなんだ」


 俺はリリーナの言葉に耳を傾けて、浮かせた腰をゆっくりと下ろした。


 「陛下にはもう話を通していてね。リーガル王国もそれに同意してもらっている」

 「ちょ、ちょっと待って……突然すぎて混乱してるんだけど、国王はなんて言ってるの?」

 「あぁ……賛成ではあるが、まだ保留なんだ。本当に後一押しってところ。マリン王国の方は、ランド王国がするなら同じようにエルフたちを解放をすると言っている」

 「な、なるほど」


 ルナとゼオの顔を思い出す。

 あの子たちが怖がることなくこの世界で安心して顔を出し、歩けるようになるかもしれない。

 そんな夢物語が実現まであと一歩のところと知って、気分が上がらない俺ではない。


 「いいよ」

 「えっ……?」

 「だから、リリーナの専属冒険者になろうって話」

 「ほ、本当か!?」

 「うん。力になるよ」


 リリーナはふるふると震えて、隣のエミリーを見る。

 エミリーは俺がどんな人なのか知らないのだろう。

 リリーナの様子を見て、きょとんとしていた。


 「エミリー。やっと……やっと君が自由に暮らせる時が来るんだ」

 「えっ……? リリーナちゃん。それ本当?」


 今までエミリーがどんな扱いを受けていたのか知らない。

 ただ、リリーナの表情を見るにいい思いは決してしなかったのだろう。


 「二ヶ月でいい。頼む」

 「うん、それはいいけど、俺は何すればいいの?」

 「あぁ。まずは陛下と謁見する場を設ける。もちろん国の重鎮も集めるように取り計ろう。そして、君が直接話してくれれば、陛下も他の納得してない重鎮たちも首を縦に振ること間違いなしだ。なにせ、最近では龍の討伐もしてくれたのだからね」

 「あ、あ、あぁ〜。なるほどね〜」


 う、うん。なるほどね。

 さっき言い訳でお腹を痛めたふりしたけど……本当に痛くなってきた。


 「それから私はマリン王国に行く手筈になるだろう。リーガルとランド、この二つの国が承認するということを私自ら伝えに行く。その護衛として一緒に来てほしい」

 「そ、それは……マリン王国の王様にも俺が会うって話じゃないよね?」

 「あぁ、違うよ。あくまでレオンは護衛だけだ」

 「な、なるほどね。分かったよ」


 これでルナとゼオが笑顔になってくれる。

 それはもちろん嬉しいことだ。

 けど……


 国王に謁見するなんて……荷が重すぎるよ……


 話を聞くだけのつもりが、あまりの大事に俺の胃がキリキリと痛みだす。


 「やはりルーネに、信頼できる冒険者を手配してほしいと頼んで正解だった……」


 リリーナは胸のつかえが取れたのか、ソファにぐでんと身体を預ける。


 「……これで……長年辛い思いをしたエルフたちを解放できる……」


 そんな言葉を吐くリリーナに、エミリーはそっと頭を撫でる。


 「エミリー。もう私は子供じゃないぞ?」

 「ふふっ。リリーナちゃんは私から見たら子供ですよ」


 仲睦まじいその姿に顔が綻ぶ俺だが、胃の方は未だに治る気配はなかった。




 それから大体の話が終えた俺は、リリーナの屋敷を後にする。


 「では、レオン。本当にありがとう。謁見の場の詳細はまた折り入って伝えるよ。ルーネもこの事は知っているのだが、どうする? 私が直接君たちの拠点を訪れた方がいいか? それとも伝魔鳩(アラート)を送ろうか?」

 「あ、伝書鳩(アラート)の方で……」

 「分かった。では、またよろしく頼む」

 「はい……」


 大きく手を振るリリーナと頭を下げるエミリーを見て、俺はとぼとぼと<月の庭>へと歩き出す。


 ……まずはマスターに話をして……

 ……それで……<魔の刻>のみんなにも話をして……


 その後はベッドで何も考えずに寝よう。



 何日期間があるのだろうか。

 一週間後にはみんなが待ちに待った模擬戦がある。

 その間に伝魔鳩(アラート)が来ないことを祈るしかない……



 俺は嫌な予感を遮りながら<月の庭>へと早足で向かうのだった。

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