表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/300

第60話 幽霊騒動③

 

 「レオン!」

 「レオンさん!」

 「師匠っ!」


 みんなが俺を咄嗟に呼ぶ。


 「ふふっ。もう無駄よ。貴方たちの声は彼には届かないわ。今は私の魅了(チャーム)に掛かっているからね」

 「そ、その魔法は……」

 「そう。私たちサキュバスにしか扱えない魔法。掛けられた人間は、私の思うがままになるの。例えば……ここで死んでと言ったら……分かるわね?」

 「くっ……そんな……」


 みんながサキュバスの言葉の意味を理解したのか、悲痛な声を上げていた。


 「レオンさん……」

 「師匠を……助けるしかない。シャル、セリア、今は言う通りにしよう」

 「えぇ……」

 「そうするしか……」

 「サキュバス。何が望みだ!」


 いや、望みってここを離れたくないって言ってなかったっけ?

 ロイに声を掛けようとするが、あまりにも真剣な声色に口を噤む。


 「私の望みは一つだけ。ここを住処にしたいの。貴方たちは雇われた冒険者でしょう?」

 「あ、あぁ」

 「なら、依頼人には何もなかったと言えばいいわ。もし約束を破るようなことをすれば……彼を殺すから」

 「なっ……」

 「私の魅了(チャーム)に掛かった者は、永遠に私の操り人間になるのよ。だから、もしも怪しい動きをするようなら……」

 「そ、そんな……じゃあ……レオンはっ……ずっと……」


 俺の背後でシャルが悲しげな声を出す。


 いやいや、魅了(チャーム)はそんな強力な魔法じゃないから。

 効力はあって数十分でしょ……


 「貴方……もしかして彼に惚れているのかしら?」

 「えっ!?」

 「ふふっ。私は人の好き嫌いに関しては鋭い方なの。彼……見るからに優しいものね」

 「……うんっ」


 あ、あの……


 「貴方たちが約束を守るなら私は何もしない。危害を加えようとも思ってもいないし、ましてや貴方の恋人を殺すようなことは絶対にしないわ」

 「こ、恋人!?」

 「え? 違うのかしら」

 「は、はい」

 「ふ〜ん。なら、貴方……今は彼の意識がここにないわよ」

 「え、えっと」

 「察しが悪いわね。貴方が思ってる恋人みたいなこと……今ならできるわよ?」


 いや、待って?

 話が凄い勢いで進んでいくから口を挟まなかったけど、俺は<金の翼>のみんなに言ったよね?

 耐性がついてて、状態異常魔法なんて効かないよって。

 魅了(チャーム)に関しては全くの初見だったけど、何も感じないし。


 ま、まぁ、ちょっとくらい様子見してもいいけどさ……

 まだ何か隠し持った魔法を持ってるかもしれないから……一応保険としてね?


 俺は心の中で自分に言い聞かせて、直立不動で二人の会話を黙って聞く。


 「レ、レオン……その……聞こえてる?」

 「……」

 「本当に意識がないんだ……」


 シャルが俺に近寄って来るのが分かる。


 「ロ、ロイ……ちょっとだけ向こうむいておこう?」

 「お、おう。そうだな」


 セリアとロイは無駄に空気を読んでいる。


 サキュバスと向き合ったままでいると、シャルがすぐ近くまで寄ってきたことを感じた。

 シャルはそのまま俺のお腹に腕を回し、身体をぴったりとくっつける。


 「レオン……私が必ず助けるからね」

 「……」

 「レオンが困った時に駆けつけるって約束したもの……」


 そういえば……獅子蛇(キマイラ)の討伐報酬をシャルに渡した時にそんな話したな。


 「そんなのでいいの? 何でもできるわよ?」


 サキュバスがシャルの甘い行動に横槍を刺す。


 「で、でも……」

 「貴方……恋はいつだって競争よ? 彼の周りには恋敵が多いんじゃないのかしら?」

 「っ!!」


 シャルはその言葉に抱きしめていた腕を離す。

 そして、俺の正面まで回り上目遣いに見上げた。

 先程泣いたせいだろうか。

 その山吹色の瞳は少しだけ潤んでいて、キメが細かい頬は赤みを帯びていた。


 「レオンっ」


 愛おしそうに俺の名前を呼ぶシャルをつい抱き寄せたくなる。

 だがしかし……


 今の状況は非常にまずかった。

 まず、俺はサキュバスの魔法なんかに掛かっていない。

 もしも、今俺が動き出して  「あっごめんね。全部演技だったんだ」 などと発言しようものなら、これから先<金の翼>のみんなは俺のことを信用してくれなくなるかもしれない。

 それに今頬を赤らめているシャルなんて、恥ずかしさのあまりもう顔も見せない可能性すらある。


 それだけはなんとか回避しないと。


 この場を脱出する方法。


 っ!! 


 「その手があったか!」

 「えっ?」

 「えっ!?」


 まるで神様から受けた天命のような考えを受け取った俺は、つい言葉に出してしまった。

 そんな俺をサキュバスとシャルが見つめている。


 えっと……これどうしよう。


 「あ、あの……サキュバスさん……レオンは?」

 「え、えぇ。確実に喋れないはずなんだけど……」


 いや、君たち敵同士じゃなかったの?

 なんでそんな普通に喋れてるのさ。


 そんな思いを抱くものの今は絶体絶命の危機だ。

 こうなったらもう気合いで乗り切るしかない。


 俺はぐぐぐっとっ何かから抵抗するように、身体を大げさに動かす。


 「くっ……この魔法……凄まじい……が……俺なら……」

 「わっ。レオン凄い!」


 俺の演技にぴょんぴょんとその場で飛び跳ねるシャル。


 心が痛い……


 「はぁ! ふぅ。久々に本気を出してしまったよ。やるね?」

 「そ、そんな……私の魔法が……」

 「流石師匠っ!」

 「レオンさん凄いです」


 ロイとセリアは俺が魔法から解放されたのを見ていたのか、近寄ってくる。

 その瞳は尊敬の念が込められており、キラキラと輝いていた。


 そんなに眩しい瞳は見ていられない。

 俺はサキュバスに視点を移す。


 「大人しく捕まってくれる? 痛い目は合わせたくないんだ」

 「…………えぇ」


 セリアの束縛(バインド)で拘束されたサキュバスと一緒に依頼主の元へと戻る。


 「でも、初めて私の魅了(チャーム)が破られたわ。貴方……レオンって言ったわね。相当な実力者なのかしら?」

 「ど、どうだろうね」


 珍しいこともあるものだ。

 俺を知らない者がこの王国に居るとは。

 まぁ俺が成した偉業も三年前だしなぁ。



 執事に事の顛末を話し、待合室に再度案内される。

 そして、扉がガチャリと開かれると依頼主が姿を現し、サキュバスを確認した後に対面のソファに座った。


 「話は爺から聞いた。声の主はそのサキュバスだったと言うことか」

 「はい。そうです」

 「あの離れを確認に行かせたのは皆、男だった。なるほど……魅了(チャーム)で誰も居なかったという催眠を掛けたのだね?」

 「えぇ。そうよ」


 サキュバスはそっぽを向いて答える。


 「何故、あの場所に居たんだ?」

 「……」

 「答える気がないなら……このまま警備隊に押し付けるしかないのだがね」

 「……私は」


 声を振る絞るように言葉を吐き出そうとするサキュバスに、みんなが耳を傾ける。


 「……サキュバスだから。姿を見られたら決まって襲われるのよ。サキュバスの食料は男の精気って言われてるらしいけど……今は違うの」

 「……ふむ」

 「普通の人間のように何かを食べればお腹が一杯になるし、寝れば体力だって回復する。精気が必要ってわけじゃないのに……」


 その言葉には言い訳のようなものは感じられなくて、ただ安心して居座れる住処が欲しかっただけというのが、声色や表情からひしひしと伝わる。


 「なるほどね。では、ここで住むといい」

 「……えっ?」

 「ずっとあそこで住んでいたんだろう? そのまま使えばいい。だが、一つ条件を出してもいいだろうか?」


 はっきりと 「出す」 という言葉ではなく、サキュバスに問いかける辺り彼女の優しさが垣間見える。


 「え、えぇ」

 「まず、君の名前は?」

 「ニナ」

 「じゃあ、ニナ。あの屋敷を誰でも住めるようにしてくれ。もう少し人を雇おうと思っているのでね。あっ、もちろんそこに住む者はメイドたちだから安心してほしい」

 「……それだけ?」

 「あぁ。それ以外何もないよ」


 ニコリと綺麗に笑う彼女に、俺はほんの少しだけ見惚れてしまった。

 俺の時もそうだが、どれだけこの人の懐は広いのだろう。

 その優しさの根幹を担っているものに、貴族らしい強欲さは微塵もないように思えた。


 「良かったね。ニナさん」

 「えぇ……っ。ありがとうございます」


 シャルの言葉に少しだけ震え声で答えるニナ。


 「今まで大変だっただろう。皆には私から伝えておくよ」


 騒ぎの主は幽霊ではなかったけど、これはこれで良かったなと感じる。


 「<金の翼>の皆、ありがとう。報酬は<月の庭>で受け取ってくれ。もう渡してあるのでね」

 「はい。分かりました」

 「それと……レインが専属の冒険者になってくれれば言うことはないのだが」


 まだその話を引きずっているのか。


 「すみません。俺もこのパーティーの一員でして……まだ抜けたくないんですよね」

 「そうか。レインだけじゃなく、<金の翼>皆でもいいのだが……納得しないだろうね」

 「はい。すみません……」


 諦め気味な表情を浮かべる彼女を見て、ほっと息をつく。

 すると、その会話を聞いていたニナさんが不思議そうに口を開いた。


 「? レインってこの子のこと? 確か……レオンって言ってなかった?」

 「っ!?」

 「ん……? レオン?」

 「えぇ。私の前ではレオンって呼んでいたわ」


 まずいまずいまずい。

 頭の中で警報が鳴る。


 「レイン……レオン……レオン・レインクローズ……」


 はっとして俺を見つめる彼女。


 「あ、あぁ〜お腹痛くなってきたな〜。では、これにて失礼します!」


 席を立った俺は、周りの反応を見もせずに扉を開ける。

 が、執事が扉の前に立っており、俺はその場で立ち止まることしかできなかった。


 はぁ……めんどくさい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ