第58話 幽霊騒動
シャルたちから聞いた話によると、廃墟になっている屋敷は北東の貴族街にあるらしい。
俺たちはその貴族街まで徒歩で向かっていた。
「レ、レオン……どうしたの? 凄く楽しそうに見えるけど……」
「えっ!? いやいや、そんなわけないでしょ?」
……早く着きたいけど……貴族かぁ。
正直なところ貴族とは顔合わせをしたくない。
俺たち<魔の刻>がAランクになった頃から、あいつらは目を付けたのか、どうにかして傀儡にしようと媚を売ってきた。
強い冒険者はそれだけで、貴族の後ろ盾になる。
最年少でSランク冒険者になった俺を自分の物にすれば、地位も名誉もそれだけ大きくなれるのだ。
関わっても碌でもないその貴族たちを相手にしたことはない。
だが、今はそれよりも好奇心の方が上回っている。
幽霊騒ぎとか男の冒険心をくすぐるからね。
「レオンやっぱり今日おかしいよ? ずっと顔がにやけてるもの」
ポーカーフェイスを装ったつもりでも、俺の感情が表に出てきているのだろう。
ふっ、困ったものだ。
「シャルはさ? 幽霊って居ると思う?」
「えっ!? い、居ないに決まってるじゃない」
「セリアとロイは?」
「わ、私もシャルに同意です……」
「師匠。俺は居ると思ってます」
幽霊を信じているのは……ロイだけか。
「流石ロイだ。ちなみに俺も居ると思ってる」
「えっ……そ、そ、そんなの……居ないわ……」
ん? なんかシャルの様子もおかしくない?
俺はワクワクしているけど、なんかシャルは逆に……
「レオンさん……その……シャルは昔からそういう話は苦手で。私も少し怖いです……」
あぁ、なるほど。
俺はシャルの様子に納得して、手をぽんっと打つ。
「大丈夫だよシャル。もし幽霊が襲いかかって来ても、俺が守るから」
「……あ、ありがとう」
シャルは身体をもじもじとさせて、俯いた。
「まぁ、実態が無いものだから、守れるかどうかも分からないけど」
「……」
背中にシャルの拳が飛び、俺はそれを甘んじて受け入れる。
シャルが怖がりなのも悪くない。
「し、師匠……もうちょっと女の子の気持ちを考えた方がいいですよ……」
お、俺はただ緊張を解そうと思っただけなのに……
ロイにまでダメ出しを受けるとは思ってもみなかった俺は、先頭に行ったシャルの後ろをとぼとぼとついていくのだった。
<月の庭>から出て数十分歩くと、目的地に着いたようで、シャルは大きな屋敷の前で立ち止まった。
「レオン。ここよ」
「ここかぁ……ちなみに依頼者の前では、その名前で呼ばないでほしい」
「ん~、じゃあ、なんて呼べばいいかしら?」
「そうだな……レインでいいよ」
「分かったわ。レイン」
可愛く微笑んだシャルは、大きな屋敷のチャイムを鳴らす。
柵越しに見える玄関の扉から、執事が俺たちを確認し、そのままゆっくりと近づいて来る。
俺は<金の翼>メンバーの後ろに身を隠しながら、フードを深く被った。
「ようこそいらっしゃいました。屋敷の調査に来られた冒険者様で御座いますね?」
「はい。そうです」
「依頼を受けていただき誠に有難う御座います。さぁ、中にお入り下さい。主に申し伝えますので、皆様は応接室までご案内させていただきます」
「分かりました。お願いします」
シャルは律儀にお辞儀をする。
その所作からは、まるでどこかの御令嬢のような品があった。
執事に連れられて、俺たちは応接室へと案内される。
「うわぁ凄いですね。師匠」
「う、うん。そうだね……」
ロイは目をキラキラさせながら、辺りを見回している。
まぁロイが興奮するのも分からないわけではない。
この屋敷は貴族街の場所に建っているだけはあって、玄関広間やこの応接室に至るまで様々な装飾が施されていた。
そして、屋敷の広さも想像よりずっと大きく、柵から玄関口までに歩いて一分程かかり、この屋敷の敷地がどこまであるのか見当もつかない。
俺は<金の翼>メンバーの興奮をよそに、一人でため息を吐く。
こんな大きな屋敷を所有している主は、きっと並の権力者ではない筈だ。
王都の重鎮と言われても、 「はい。そうですよね」 と切り返せるくらいに煌びやかな屋敷であった。
そんな者にはたして顔を隠しながら話し合えるものだろうか。
数分間待っていると、応接室の扉が開かれる。
俺たちは失礼がないように腰を上げた。
「待たせてすまない。私がこの屋敷の主、リリーナ・プロバンスだ」
「初めまして。私は<金の翼>のリーダーをしています、シャルロッテ・グラウディと申します。今日は<月の庭>の依頼でこちらをお伺いさせていただきました」
「あぁ、すまないね。腰を下ろしてくれて構わない」
その主の言う通りに俺たちは腰を下ろす。
プロバンス家。
俺でも聞いたことがある。
プロバンス家はこの王都に昔から支えていた家柄で、王都を幾度となく襲った危機を己の才覚で王に進言し、何度も救ったと言われている。
だが、その名を名乗った主はあまりにも若すぎると感じた。
年は俺より少し上くらいだろうか。
背中まである長い銀髪に、凛々とした橙色の瞳。
女性貴族らしからぬピシッとした黒服を着ており、羽織っている蒼いマントは、彼女の為に作られたと言っても過言ではないほどに似合っていた。
「じゃあ、早速話を始めよう……と思ったが……君、それは失礼に値するのではないか?」
ちっ。
できればこのまま何事もなく、話を進めてほしかったのに……
ん~、どうしよう。
「……無視か?」
「あ、あぁ。すみません。あまり人にお見せする事ができない顔なんですよ……」
「? 何故だ?」
「……酷い火傷の後があってですね……これを見せると大抵嫌がられるんで……」
今考えた言い訳にしては完璧だ。
自分をこの場で褒め称えたいと思うが、それをなんとか抑える。
「そうか……大変だったんだね。でも、私は大丈夫。君の顔を見せてくれるか? 私が依頼を出したのだ。報酬とはまた別で、私ならなんとかできるかもしれない」
えっ? いや……あの……初対面なのにいい人すぎない?
ちょっと胸が痛くなってくるんだけど。
「い、いえいえ。プロバンス家の御当主様に、そこまで気を遣わせるわけにもいきません。俺のことは気にせず、話を進めましょう」
「ふっ……当主ね」
彼女は薄ら笑いを浮かべて、椅子の背もたれに身を預けた。
これ以上探っては絶対に面倒な事になる。
直感でそう思った俺は、何とか誤魔化せるように口を開く。
「本当にお気遣いなく……それと、失礼になりましたら申し訳ないです。貴方は初めて会った私に親切にしてくれました。それは誰でもできることじゃないと思っています。だから……その……あんまり悩まない方がいいですよ?」
彼女の表情から察するに、プロバンスという名に何かしらの重圧を受けているのだろう。
正直俺からしてみると、そんなものに気落ちしないで自由にやればいいのにと思うが、立場上そうはいかないと思う。
俺の言葉にぽかんとした表情を浮かべた彼女は、ふっと綺麗に笑った。
「君は優しいね。そんな言葉を言われたのは生まれてこの方初めてだ……なぁ、君の名前はなんと言う?」
「レ、レインです」
「そうか。では、レイン。私は君が気に入った。もし良ければ、私の専属冒険者にならないか? 前の冒険者は血の気が多くて、解雇してしまってね」
一般の冒険者なら即答で 「はい」 と答えるのだろう。
プロバンス家の専属冒険者になれば、富も名声も上がる事は間違いない。
でも、俺はその一般という部類からかけ離れている。
どう断りを入れようか。
と悩んでいると、様子を見ていたシャルが口を開いた。
「あの申し訳ございません。レインも困っておりますので、どうかその辺でご容赦ください」
ふむ。
マスター、アリサさんに続いて、これはもうシャルにも頭をあげることはできなくなりそうだ。
「あ、ああ。すまないね。気に入った者は手に入れたくなる性分で。では、本題に入るとしよう」
いや、そんなこと言わないでよ。
普通に怖いから。
シャルが居なかったら今頃どうなっていたかを想像したら、自然と身体がぶるりと震えた。
やっぱり貴族というのはめんどくさい。
そう思った俺は、当初楽しみにしていた幽霊騒動の本題が耳から耳へと抜けていき、集中して話を聞くことができないのであった。




