第57話 日程
「うしっ、じゃあ、色々話し合うぞ」
レティナが落ち着いてから俺たちは、ダイニングへと行き席に座った。
瞳を充血させているレティナを心配そうに見つめるマリーをよそに、カルロスが話を始める。
正直、今はカルロスの存在がありがたい。
「どうしたの?」 と聞かれても 「何でもないよ」 と答えることしかできないのだから。
「まずは、レオン。大方<迷いの森>の件は片付いたか?」
「うん。それはもう大丈夫だよ」
「よしっ、ならいい。次にルナ。なんか話したいって言ってたな?」
「うん! レティナちゃん……ルナに魔法を教えてほしいの」
「えっ? もちろんいいけど……突然どうしたの?」
「あのね? ゼオも頑張ってるからルナも頑張りたいなって」
「そっかぁ。じゃあ、時間が空いてる時、ルナちゃんに魔法を教えてあげるね」
「やったぁー!」
俺はレティナとルナの話を聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。
指導の件を受け入れてくれた事もそうだが、先程の事をレティナは引きずっていないようだった。
「おっ、ルナ良かったな。じゃあ、次マリー」
「はいはい。少し暗い話になるけど大丈夫?」
「却下だ。次ミリカ」
「殺すわよ」
「お、おう。冗談だっての。言ってみろ?」
いや、今のカルロスの表情……明らかにめんどくさそうな顔してたけど……
「今日<月の庭>へ行ったんだけど……一つ気になる話を聞いたの。レオンちゃん。赤い仮面の事、詳しく教えてくれる?」
あ〜、確かに昨日の会議では、スカーレッドの話はほとんどしていなかったっけ。
「分かった。じゃあ、一つずつ話していくね。まずその赤仮面の名前はスカーレッド。身長は俺よりも少し下。マリーと同じくらいかな。ただ、気配や髪の毛を変えられるって言ってたから、身長も変えられる可能性はある」
みんなが俺の言葉に黙って耳を傾け、一点として見つめる。
「闘気はカルロスと同格。あまり俺との戦闘は好き好んでいない様子だったかな」
「……なんで殺らなかったの? レオンちゃんならその場で処理できたでしょ?」
「状況が状況だったんだ。ルナも居たし、弱っているブラックは格好の的だった。俺が殺ろうと思えば殺れたけど……ルナとブラックを守りながらってなると厳しかったね」
「なるほどねぇ」
「そんくらい強ぇ奴が居るなんてな? ランド王国じゃなく、他の王国からこっちに来たんじゃねぇか?」
「あぁ。それも十分あると思う。ただ会って分かったことは、対話が望める相手ということ。なんの目的があって行動をしているのか分からないけど、出会ったら注意するように。後、殺しではなく捕縛してほしいかな」
最後の言葉にマリーとカルロス、それとレティナまでもがはぁとため息をついた。
「レンくん……そんなに強い相手を捕縛なんて、それこそ無理じゃない?」
「んー。まぁみんななら大丈夫でしょ。信じてるよ」
「レオンちゃんのその台詞……卑怯よね」
「あぁ。それに関しては同感だ」
各々が肩を落とす中、ルナとゼオとミリカはきょとんとしていた。
「あっ、そういえば聞いてなかったけど、ミリカはスカーレッドっていう名前に何か聞き覚えないかな?」
「ない。ミリカ。ランド王国の冒険者知ってる。けど、そんな人居ない」
ふむ。
表情で分かっていたことだったが、ミリカでも知らないとなると他の王国から来たという説が有力か。
「まぁ、いいや。スカーレッドの話はここまでで。カルロス続けていいよ」
「おう。じゃあ、次はミリカ」
「把握した。ミリカ。旅行行きたい。行き先。何処でも良い」
「流石ミリカちゃん! その話を待っていました」
ミリカの発言にレティナがぱんっと手を叩く。
「行き先はカルロスさんがアーラ王国。私がマリン王国。この二つは候補としてあるの。マリーちゃんはこの前リーガル王国に行ったんだよね? また行きたいの?」
「ん~、もう美味しい物も食べちゃったからね。私はミリカと同じ何処でもいい派にするわ」
美味しい物か……
レティナの料理は全て美味しいが、たまには俺もその土地でしか食べれない名物品を食したいな。
「じゃあ、ルナちゃんとゼオ君は?」
「えっ……? 僕たちも行っていいの?」
「当たり前だよ。二人でお留守番は悲しいでしょ?」
「ルナはレオンと一緒なら何処でもいいよ!」
ふむ。なんて可愛い回答だ。
百点満点があるなら百二十点ってところだな。
俺は思わずルナの頭を撫でてしまう。
「なるほど……私もレオンちゃんと一緒ならって言えば得点が高かったのね……勉強になるわ、ルナちゃん」
マリーが今更勉強をして何になるんだろうか。
もう六年くらいは一緒にいる仲なのに。
「こりゃ話が纏まりそうにねぇな。じゃあ、まず模擬戦から日程組むか」
俺が黙っているのをいいことに、話はどんどんと加速していく。
まぁ、言ったのは俺だし嫌とは言わないけど……少しだけこの拠点で自堕落したいんだよね……
そんな事を口走れば、非難の目が殺到するのが分かりきっているので、俺は口を噤んだままみんなの話を聞いていた。
そのまま一時間ほど話し合った結果、模擬戦の日程が決まった。
なんと俺の思いが通じたのか、十日後という思っていたより遅い日にちになったのだ。
理由は単純明快。
<魔の刻>のメンバーは、俺以外多忙な日程を組んでいるから。
そんなみんなの都合が合う日が、最短で十日後しかないとのことだった。
日にちが決まり、各々が解散をする。
ぐっすりと寝ていた俺は、レティナが作った夕食を一人で食べる。
夕食の時に起こしてくれれば良かったのに……と少し寂しい気持ちを抱きながら、それを食すのであった。
あれから三日経ち、俺は今自室のベッドで寛いでいる。
レティナとカルロスはルナとゼオの指導に。
ミリカとマリーは二人で依頼に。
つまり今の拠点には俺だけしかいないのだ。
ふ〜む。
ここ三日間、待ち待った悠々自適生活を過ごしてきたが、最近色々あった為かつい身体を動かしたくなる。
ただ一人で外出するのもめんどくさいし、拠点で何かをしようと思っても楽しいことは微塵も思いつかない。
寝るしか……ないか。
そう諦めた俺はそのまま瞳を閉じる。
すると、拠点のチャイムが鳴った。
ん? 誰だ?
チャイムを鳴らすということは、この拠点に住んでいる者ではないということ。
まぁ、暇だし行ってみるか。
そう思った俺は、とぼとぼと玄関へと向う。
「はーい。どちら様?」
「あっレオン。こんにちは!」
「おぉ、シャル。久しぶりだね。どうかした?」
シャルの隣には当然ロイとセリアもいる。
「師匠。お久しぶりです!」
「こんにちは。レオンさん」
……あれからまた成長しているみたいだな。
俺はシャルから視線を外し、ロイとセリアを見る。
二人とも指導後から修練を重ねているのか、魔力や闘気を綺麗に抑制できていた。
「こんにちは。それでどうかしたの?」
「レ、レオン……今って暇?」
「あ、あ~、ん~と、まぁ今日だけ暇かな?」
俺の自堕落生活を<金の翼>に知られるわけにはいかない。
ポーカーフェイス装い、いつもの虚勢を張る。
「あのね……少し依頼を手伝ってほしいの」
「……ん? 依頼?」
「だから、シャル。師匠はいつだって忙しいんだから、休日くらい休ませてやろうって。あそこは俺がなんとかするから」
「ロイだけじゃ不安しかないわ。ねっ? セリアちゃん」
「う、うん……レオンさんが来てくれるなら安心するかも」
「ちぇっ。セリアもかよ〜」
全く話が読めない。
頼むから俺を置いていかないでくれ。
「ちょ、ちょっと待って? 依頼ってなんの依頼?」
「<月の庭>の依頼よ?」
「う、うん。それは分かってるけど、その内容は?」
シャルは俺の言葉に少しだけ俯いて、上目遣いで見つめる。
「あ、あの……ね? ……その……もう廃墟になった屋敷で……人の声が聞こえるらしいの……その調査なんだけど」
「……詳しくお願い」
「え、えぇ。その屋敷では時折、女の人の声が聞こえるという話なの。様子を見に行ってもそこには誰もいないって……詳しい内容は依頼主から聞かなきゃ分かんないんだけど……」
なるほど。
その話……乗った!!
「よし。今からすぐに行こう。俺準備してくるから、みんなはリビングで寛いでて」
「ほんとに!? 来てくれるの?」
「うん、いいよ。じゃあ、上がって」
俺は<金の翼>の 「お邪魔します」 という声を聞きながら、一目散に自室へと向かう。
幽霊。
この世に未練がある死者が、まだ現世に居座りたいという思念が作り出す実態のないもの。
魔法でもなく、魔物でもなく、手品でもない。
もし存在するなら一目見たいとずっと思っていた。
わくわくが収まらない俺は、外套を着て、
「異空間」
剣を取り出す。
ものの数分で身支度を整えた俺は、るんるん気分でリビングへと足を運ぶのだった。




