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第56話 お姉ちゃんの夢

 

 レンくんがどこへも行ってしまわないように、私はその身体にしがみつく。


 「レティナ泣かないで……心配かけてごめん。なんともないいからさ……」


 その優しい声色が、私を安心させるように撫でている手が……何もかもが愛おしかった。




 レンくんが寝てる間に、私はみんなと旅行の行き先を話し合う。

 リーガル王国。アーラ王国。それにマリン王国。

 レンくんと一緒に行ければ、正直何処でも良かった。

 でも、やっぱり行きたいのはマリン王国。

 だって、海があるってことは水着を着れる筈だから。

 そうしたら、レンくんも私にどきまぎする事間違いなしだと思った。


 もうすぐ起きるかな?


 ダイニングでそう思った私は、


 「レンくん起こしてくるね」


 とみんなに告げて、席を立つ。


 逸る気持ちを抑えながら、階段を登る。


 レンくんは寝たらちょっとやそっとじゃ眠りから覚めない。

 これは三年前の件が起因していた。

 夜に私やミリカちゃんがベッドへ潜っても、反応すらしないレンくん。


 だから、いつもみたいに声を掛けるんだ。


 レンくんって。


 そうしたら、いつもの寝ぼけた顔で優しく微笑んでくれる。


 今日もそのいつも通りだと思っていた。


 なんでもっと早くレンくんの側に居てあげられなかったんだろう。

 久しぶりの旅行に浮ついた私への罰が当たったのだろうか。


 「レンくん起きてる?」

 「あ、ああ」


 あれ? もう起きてるんだ。


 レンくんの了承を受けて、扉を開く。

 薄暗い部屋の中、一人で上半身を起こしている姿に旅行のことしか考えてない私は、照明の灯りを付けてレンくんの側に近寄り、話し始める。


 そこである違和感に気づく。


 いつもなら優しい瞳で私を見つめてくれるのに今は違う。

 顔を背けて何かを隠しているように思えた。


 横から見える瞳は少し潤んでおり、その頬は何かを拭ったように濡れていた。


 ……きっと夢を見たんだ。


 彼女の……お姉ちゃんの夢を。


 三年前から今にかけて、たまに思い出すのだろう。

 そして、夢を見た後にレンくんは堪らず泣いてしまう。

 私はそれを気づかせない為に、レンくんのベッドで寝るようにした。

 もちろん側に居たいっていう気持ちもあるのだけど、レンくんが何に泣いているかを悟らせないように、私が涙を拭ってあげることができるから。


 <金の翼>と一緒に獅子蛇(キマイラ)討伐に出掛けた朝もレンくんはベッドで泣いていた。

 自分では気づいていないその姿を見て、私は咄嗟にレンくんの涙を拭い、おまじないを言ったんだ。


 (今日も元気に過ごせますように)

 って。


 お姉ちゃんが、レンくんや私にしてくれたみたいに……


 でも、今日はそれができなかった。

 大好きなお姉ちゃんの夢を見て、きっと何も覚えてない様子に自然と涙が溢れる。


 思い出せないという枷が、どれだけ辛いことなんだろう。

 私には到底想像も付かないが、それでもレンくんは私に何も聞いてこない。


 それが今はとても有難いのと同時に、罪悪感で胸が一杯になった。


 レンくんが大好き。

 この気持ちは誰にも負けない。

 でも、レンくんの気持ちは少しだけ違う。


 今は私を一番に思ってくれている。

 それこそ、マリーちゃんやミリカちゃん、シャルちゃんではなく、私を第一に考えてくれる。


 でも……それは今だけであって、お姉ちゃんが居たら現実は違うんだ。






 「レンくん……きっとレティナよりお姉ちゃんの方が好きだよね……」


 幼少期にそんな想いをお姉ちゃんにぶつけたことがある。


 「ふふっ。ん~、まぁそうだね~」

 「むぅ……お姉ちゃんなんて嫌いっ」

 「そんな事ちっとも思ってないくせに。また夜に思い出して、一人で後悔するんでしょ?」

 「そ、そんな事ないもん……」


 どんな時でもレンくんみたいに優しく笑ってくれて……私が言った酷い言葉なんて聞き流してくれて……


 「じゃあさ、レティナ。二人でレンくんのお嫁さんになろうよ」

 「えっ……?」

 「レティナはレンちゃんが大好き。私もレンちゃんが大好き。じゃあ、二人でレンちゃんのお嫁さんになろ?」

 「で、でも……レティナは……」

 「レティナは嫌? 独り占めしたい?」


 ううん。そんな事なかった。

 大好きなお姉ちゃんと大好きなレンくんが、ずっと一緒に居てくれるならどれだけ幸せか。


 ただ、あの時の私はまだ幼かった。


 「それは……したい……よ。お姉ちゃんよりもレティナのこと好きになってもらいたいもん」

 「そっ……か。レティナは可愛いね」

 「もうっ! また子供扱いして」

 「ふふっ、ごめんごめん……でも、そっか……私はレティナと二人で、レンちゃんを支えたいのにな……」


 寂しく笑うあの顔は今でも忘れられない。


 お姉ちゃん……会いたいよ。

 あの時の話をもう一度しよう?

 今の私ならお姉ちゃんを抱きしめて、すぐに 「うん!」 って言えるから。


 ねぇ、お姉ちゃん……ごめんね。


 レンくんの腕の中に包まれているのに、私の涙は留まることを知らなかった。



 私とレンくんを守るために行使したお姉ちゃんの魔法は……祈りは……完全ではない。


 いつかレンくんが思い出す時が来るのだろう。


 その時に、きっと私は……ううん、レンくんは……

 どっちにしても……








 私は断罪への階段を一歩一歩上っている。


 今はその途中なだけであり、甘い幸せな時間なんて永遠に続くわけがない。



 レンくんと後どれくらい一緒に居れるのだろうか。

 十年? 一年? それとも一週間後?


 どれだけ時があろうとなかろうと、私が裁きを受ける事だけは確実なんだ。



 ごめんねカルロスさん。

 ごめんねマリーちゃん。

 ごめんねミリカちゃん。



 ……っごめんなさい、レンくん。




 ……っごめんなさい……っお姉ちゃん。


 何度謝罪をしたか分からない言葉をもう一度心の中で唱える。


 せめて……今だけはレンくんの隣に居させて。


 自己中心的な私は泣きながらレンくんのことを抱きしめるのだった。

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