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第55話 白魔法

 

 「うわぁ〜なにこれ! 凄いっ凄いっ! これ全部ルナが食べていいの?」

 「もちろん。ルナの為に頼んだんだから」


 あれから<月の庭>を出た俺たちは、拠点から歩いて十分程にあるアイスクリーム屋に立ち寄った。

 興奮しているルナの目の前には、チョコレートアイス、バニラアイス、イチゴアイスの三種類が机の上に並べられている。

 俺の言葉を待ってましたと言わんばかりに、ルナはスプーンを持ちそれを一つずつ口の中に入れた。


 「ふわぁ、口の中が幸せでいっぱい~」

 「ふふっ。そっかそっか。そんなに美味しいか」

 「うん! これがご飯でもルナは文句言わないよ!」


 いや、それは流石に言い過ぎでは。


 「ルナはさ、これからどうするの?」

 「ん? レオンと一緒に帰るんじゃないの?」

 「ううん。そういう意味じゃなくって。何かこれからしたいことあるのかなって。ほらっ、ゼオはルナを守るために、カルロスの指導を受けてるでしょ? そんな感じで」

 「あぁ~、ん~」


 スプーンを口の中に入れながら、ルナは宙を見上げる。


 できることならルナがやりたいことを率先してやらしてあげようと思う。

 今までルナは、あの狭い迷いの森(世界)で生きていたのだ。

 魔法の指導をしたいならレティナに、剣の指導をしたいならマリーに任せれば一般的な冒険者より頭一つ抜けるだろう。


 も、もちろん俺に教わりたいと言われれば、やぶさかではないが……


 「あっ! ルナね? ルナと同じエルフに会ってみたい」

 「それは……」


 ……無理だ。


 最後まで言おうとしたが、ルナのウキウキとした表情を見て、口を噤む。


 エルフは基本的に奴隷である。

 それも数が非常に少なく、この広いランド王国でもその姿を見たことがなかった。

 だから、ルナとゼオに初めて会った時、俺は内心物凄く動揺をしていたのだ。

 奴隷の象徴である首輪をしていないエルフなど聞いたこともなかったし、居るとしたら西の森に住処を変えたエルフたちだけだと思っていたから。

 ルナが言う 「エルフに会いたい」 という願いを叶えたとしても、奴隷の首輪を付けているエルフなんてルナに見せたくはない。


 もちろん西の森にも行く気はない。

 ただでさえ、人間を憎んでいる者たちだ。

 ルナとゼオが居るからといって、攻撃されないという確証はない。


 「レオン……?」

 「あ、あぁ。ごめんごめん。そうだね……いつか会えたらいいね」

 「なにそれ〜。レオンが聞いたのに」


 むすっとしたルナは再びアイスをパクパクと頬張る。


 エルフに会いたい……ね。


 「他にはないの?」

 「んー。やっぱり、ルナもゼオと同じで指導を受けたいな」

 「なるほど。それはいいね。じゃあ、拠点に帰ったら俺からレティナに伝えておくよ」

 「やったー!」


 両手を上げて喜ぶルナを俺は優しく見つめるのだった。






 「はぁぁぁぁ。つっかれたぁぁ」


 ルナとアイスを食べた後、一通り王都の案内をした俺は、今ベッドに倒れ伏している。

 時刻は午後三時を回り、ルナは昼寝をするためにレティナの部屋へと入っていった。

 つまり、今の拠点はほとんど俺一人という状態。


 まず、やることは……そうだな。


 「寝るかっ」


 一人の時にやることなんてほとんどない。

 剣の手入れしたり、ぐうたら過ごしたり。

 お腹空けばご飯を食べ、夜には至福のお風呂につかり、ふかふかのベッドで寝る。

 人生の無駄遣いと言われればそれまでだが、これが俺にとっての最高の過ごし方である。


 ……カルロスたちの模擬戦は後で考えればいいし、旅行の話もその時に決めればいい。

 ルキースに会ってしまった事やマスターへの報告などが重なり、予想以上に気疲れしてしまった……みんなが帰ってくるまで身体を休めよう。


 そう思った俺はふかふかのベッドに身を委ねて、うとうとしながら瞼を閉じたのだった。























 これは夢だ。すぐに理解する。




 「らんらんらんらんっ。らんらんっ」


 僕の右手を繋いでいる幼いレティナが嬉しそうに鼻歌を歌っていた。


 「ちょっとレティナ。そんなに浮かれてたら死んじゃうよ?」


 僕の左手をぎゅっと握りしめてレティナに向けて注意する彼女。


 「う、浮かれてないよ〜」


 明らかに浮かれているが、僕はそれ以上言わないであげてと彼女に目線を送る。


 「はぁ……レンちゃんもレティナに甘いんだから」

 「冒険なんだから楽しまなきゃ」


 右にレティナ。左に□□□□。

 両隣に大切な人が居るだけで幸せな気分になれる。

 僕もレティナと同じできっと浮かれているのだろう。

 二人と冒険することはとても楽しくて、飽きることはないから。


 「そういえば、レンちゃん。なんか魔法の本を読んでるって言っていたけど全部読んだの?」

 「うん、読んだよ! それで僕にも使える魔法があったんだ」

 「え!?」

 「はぇ!?」


 二人が急に立ち止まる。

 その様子に僕は鼻を高くして胸を張った。


 「ふふ~ん。前にレティナの前で、格好悪い所見せちゃったからね。僕なりに練習してみたんだ」

 「すごーい! レンくん! 初級魔法の炎の弾(ファイアボール)も打てなかったのに」

 「そ、その事はもう忘れてよ……」

 「じゃあ、レンちゃん。その魔法見せて?」


 二人がキラキラとした瞳で僕を見つめる。


 「分かった。じゃあいくよー! 異空間(ゲート)


 二人の手を離した僕は、目の前に向けて魔法を唱えた。


 「わぁー! すごいっ! ほんとにーー「レンちゃん!!」


 レティナの声を遮った大きな声に、僕とレティナはビクッと身体を震わす。

 彼女は僕の肩に手を乗せて泣きそうな顔をしていた。


 ……どうして?


 「レンちゃん……どうもない? 何か変な感じしたりしない?」

 「えっ……し、してないよ?」

 「本当に? 大丈夫なの……?」


 あまりの必死さに僕はたじたじとしてしまう。

 レティナも彼女の迫力に涙を滲ませていた。


 「どうしたの? 僕はなんともないよ……?」

 「……そっか……うん、そうだよね。レンちゃんだもんね」


 何を言ってるんだろう。

 僕は……二人の笑顔を見たかっただけなのに。


 「あっ、ごめんね。ちょっと驚いちゃって。でも、レンちゃん。その魔法は他の人には絶対見せちゃダメだよ」

 「う、うん。分かったよ」

 「約束しよ?」


 彼女が小指を突き出す。

 その小指に僕は自分の小指を絡めた。


 「あっ。お姉ちゃんずるいっ! レティナも!」

 「ふふっ。レティナは甘えん坊さんだなぁ……じゃあ、私も覚えた魔法見せてあげる」

 「えっ?」

 「はぇ?」


 彼女は僕と小指を絡めたまま、左手を僕たちに向けた。





 「治癒(ヒール)







 あぁ。そうだ……そうだった。


 レティナが白魔法以外の魔法を。

 俺が闇魔法を。





 彼女が……白魔法を。





 三人が別々の魔法を扱えたのだった。

 綺麗な魔力。幼心ながらにそう思った瞬間だった。


 俺が闇魔法を行使した時、何故彼女は必死だったんだということが今になって分かる。


 闇魔法。それは禁忌。人の心を蝕み、廃人とさせる。


 その闇魔法の根本を彼女は分かっていたのだろう。

 それでも、彼女は俺を信じていてくれた。

 俺が闇なんかに負ける筈がないと。



 そんな白魔法が行使できる彼女は今はいない。

 その理由も思い出せない。

 名前さえ分かれば……全て思い出せる筈なのに。


 隣で笑顔を浮かべている彼女はとても可愛くて……












 世界で一番好きな人だった。











 はっとして目が覚める。

 周囲は薄暗く、もう太陽が出ていないという事に気づく。


 また……夢か。


 心にぽっかりと穴が空いた感覚。


 身体を起こし、頬に違和感をもった俺は手の甲でそれを拭った。


 「はっ……は。なんで……泣いてるんだよ……」


 すると、タイミング良いのか悪いのか自室の扉がコンコンとノックされる。


 「レンくん? 起きてる?」

 「あ、あぁ」

 「……入ってもいい?」

 「……いいよ」


 一人で泣いていたなんて恥ずかしくて言えない。

 だから、俺はレティナが入って来る前にその涙を服の袖で拭った。


 「レンくんあのねあのね? 旅行の行き先なんだけど!」


 部屋に入ってきたレティナは、照明を付けて俺に近寄る。


 「やっぱりね。マリ……ン王……国……」


 そう言いかけた言葉は尻すぼみに消えていった。

 悟られてはいけない、と顔を背けていた俺の頬をレティナは手のひらで優しく包んだ。


 「レティナ……それ恥ずかしいから止めて」

 「レンくん、どうしたの……?」

 「な、なんでもないよ? ほらっ、いつも通りだろ?」


 俺は笑顔を装って、レティナの顔を見る。


 大丈夫。涙は拭った筈。


 「レンくん……」

 「な、なんでそんな顔するの……? 大丈夫だって。だから……そんな泣きそうな顔しないでよ」

 「……っごめんね。レンくん」


 何に対して謝っているのか分からない。

 レティナは俺の背中に腕を回して、子供のように泣きじゃくる。


 「レティナ泣かないで……心配かけてごめん。なんともないいからさ……」

 「っ……ごめんね……ごめんねっ」


 俺は今になって後悔する。

 あの時にレティナを部屋に入れさせるべきではなかった。

 レティナが泣いている理由は、間違いなく俺の夢が原因だろう。

 心がぽっかりと空いてしまったような感覚を、きっとレティナは知っている。


 何がこんなにも切ない気持ちにさせるのか知りたいとは思った。

 だが、レティナをこんなに悲しませる原因を聞くようなことはできない。


 俺はひたすら謝罪を繰り返すレティナの頭を優しく撫でて、抱きしめる事しかできないのであった。


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