第54話 晴れた心
ルナが泣き止んでから、俺は<迷いの森>の真相を全てマスターに告げた。
ブラックが転移魔法陣で人を呼んでいた事。
その理由はブラックが黒絶病を患っていて、先がもう長くない事を自身で知り、ルナとゼオを任せれる人間を探すためだったという事。
そして、ルナとゼオが何故ブラックに育てられたかという経緯も話した。
もちろんルナに了承を取った後にだが。
一通りの話を終えた俺は、姿勢を崩し、ソファの背もたれに身を預ける。
「なるほど。大体の事は分かった。表ではレオンがルキースに言った話だけを通そう。それと<迷いの森>の件に関しても、冒険者の勘違いだったということで、王国に報告する」
「それは大変有り難いのですが……色々大丈夫です?」
「あぁ。王国は私への信頼が厚いからな。それもレオン・レインクローズが行って問題がなかったと報告すれば、騎士団も王国も納得するだろう」
なるほど。まぁ、そこは俺が心配することじゃないか。
「分かりました。俺の名前ならいくらでも使って構いませんので。あっ、ただ呼び出しとかは勘弁してくださいね」
「う、うむ。善処しよう」
歯切れの悪い返事に、俺は一応釘を刺す。
「呼び出されても、行かないですからね?」
「あぁ。分かったから、あまりめんどくさそうな顔をするな」
「なら、いいです」
よし。これで本当に全ての件が終わった。
ルナの表情もすっきりしているし、マスターに会わせて本当に良かった。
「あぁ、そういえばレオン。良い報告があるのだ」
「なんですか?」
「以前に話したポーションの価格のことだ。まだ元にとはいかないが、少しずつ戻りつつある」
マスターのその言葉に、伝え忘れていた件をはっと思い出す。
「あっ! その件なのですが、マスター。スカーレッドという人物に心当たりはありませんか?」
「スカーレッド……? ふむ……聞き覚えはないな。その者がどうかしたのか?」
「……<迷いの森>で出会ったんですよ。白い仮面の集団と一緒に」
「なに?」
マスターは俺の言葉に訝しげな表情を浮かべた。
「ただ、その時はルナとブラックが居たので、不用意な行動はできませんでした……」
「つまり捕縛はできなかったと?」
「えぇ。カルロスもゼオが狙われたからといって、殺ってしまったらしくて」
「……あの脳筋馬鹿が」
呆れるように肩を落とすマスターに話を続ける。
「その集団のリーダーがスカーレッドという名前だったんです。一人だけ赤い仮面を身につけているので、すぐに分かると思いますが……冒険者に伝えてください。あいつとは戦ってはいけないと」
「……それほど強いのか?」
「えぇ。俺と同じSランク冒険者なら対処が可能でしょうが、Aランク冒険者じゃきっと殺られますね。一度だけ話し合っただけなのですが、あの闘気は尋常じゃないです。ただ、スカーレッドはあまり交戦的ではないように感じたので、抵抗しなければ命までは取らないと思います」
「……そうか。分かった。そのように冒険者たちに伝えておこう」
マスターはスカーレッドという者について全く知らないみたいだ。
つまり、白い仮面の集団もスカーレッドも未だに足取りを掴めていないのだろう。
まぁ、商人が襲われる事態もなくなったようで、今はとりあえず一安心か。
そこで口を噤んでいたルナが、ぽつりと呟いた。
「あの人間……」
「ん?」
「なんかね? 分かんないけど……悲しかったの」
「? スカーレッドに魔力でも感じた? 俺は特に何も感じなかったんだけど……」
「ううん。魔力は感じなかったけどね? なんかいろんな感情がぐちゃぐちゃってなってて……ルナに話しかけた時も優しさっていうか……ううん、やっぱりなんでもない」
いや、そこまで言ったら凄く気になるのだが。
「ルナちゃんはその人のこと怖かったのかい?」
「う、うん。凄く怖かったの。でも、それ以上になんでか分かんないけど、悲しかったの」
「……な、なるほど」
ルナの曖昧な言葉に、俺はとりあえず相槌を打つ。
悲しさとか優しさなんかは俺には一切伝わらなかった。
分かったのは、異様な雰囲気と卓越した闘気のみ。
(また会えると思うよ……近いうちに)
スカーレッドはああ言ってたけど、う〜ん、あんまり会いたくはないな。
大人しく罪を償って人助けでもしてくれないかな……
ルナの表情は少し優れない。
せっかくブラックに笑顔を見せたのに、これじゃまたあいつを不安がらせてしまう。
そう思った俺は腰を上げて、ルナに笑顔を見せる。
「まぁとりあえず今日は帰ろうか、ルナ」
「うん!」
マスターの膝の上を乗っていたルナは、ぴょんっと飛んで、俺に駆け寄ってくる。
そんなルナを抱っこして、俺はマスターに視線を向けた。
いや、そんな悲しそうな顔しないでよ……
「マ、マスター。じゃあ、スカーレッドのことは頼みましたよ」
「あ、あぁ。ルナちゃん……また遊びに来てくれ」
「うん! ルーネまたね。今度はいっぱい遊ぼうね!」
ルナがマスターに手を振り、俺は少しだけ頭を下げる。
そのままギルドマスター室から出た俺たちは、<月の庭>を出る為に階段を降りた。
「話も終わったことだし、甘い物でも食べに行こうか」
「あっ! うん!」
「忘れてたなら、このまま拠点に……」
「え~、レオンのいじわる~」
「わ、分かったからフードを引っ張らないで」
抱っこしているルナと戯れていると、四人の冒険者が俺たちに近づいてくるのを感じる。
今からルナに美味しいアイスクリームを食べさせてあげようと思っているのに、一体何の用だろうか。
まぁ、殺気が無いことが何よりの救いだが。
「あ、あのすみません」
「はい……?」
あれ?
この声どこかで聞いたような……
「深淵のレオンさん……ですよね? 私、<迷いの森>を調査した者です。覚えていますか?」
「えっ?」
俺はその言葉に思わず、間の抜けた声が出る。
確かに聞いたことがある声だと思ったが、まさか声を掛けてきた四人組が、<迷いの森 >の調査をしたパーティーとは思ってもみなかった。
「あ、あぁ。覚えているよ。<迷いの森>の件はとりあえず、片付いたから安心して。それより怪我した二人は復帰したんだね」
「はい。お陰様で。結局あの現象はなんだったのでしょうか?」
「あ~、まぁ霧で道に迷ったんじゃないかな」
俺と女冒険者との会話に、怪我をしたであろう当事者二人が食ってかかる。
「いやいや、道に迷ったって……」
「俺たちはAランク冒険者だぞ? そんなことあるわけねぇじゃねえか」
基本的に冒険者は血の気が多い。
魔物とも人とも殺し合うのだ。
それくらいの気迫がなければやっていけないが……
俺はめんどくさそうな事になる前に、何かを言って去る予定だった。
すると、抱っこしていたルナが俺の耳元で囁く。
「あの二人ね。ルナを襲った二人なの。嫌い」
へ~?
そういえばそんなことブラックが言ってたな。
黒い感情が沸々と湧き上がるが、なんとか抑える。
「……君たちは<迷いの森>で幼女を見たとか言ってたね?」
「あ、あぁ」
「もし、霧で迷子になっていないなら……その幼女に気絶させられたことになるけど? それも<月の庭>に所属しているAランク冒険者が。ふっ、それが本当なら……Fランクからやり直しなよ」
俺の煽りに男二人は目の色を変える。
顔はみるみるうちに赤くなり、その様子は今にも殴りかかるように思えた。
「お前いい気になるんじゃねえぞ? Sランク冒険者だからって、そんなこと言ってると痛い目に合うからな?」
「……はぁ。本当にこれがAランク冒険者かよ……君が言ってることは悪党のそれだな」
手を出してこい。
そしたら……
「ちょっとそこの冒険者たち。何やっているの!?」
不意に掛けられた声に視線を向ける。
「あっ、アリサさん」
「えっ? レオンくんじゃない。どうしたの?」
皺一つも無い服装に、赤い眼鏡を掛けているその姿を見るのは約二ヶ月ぶり程であった。
「えっとですね……この冒険者に喧嘩を売られまして……」
「て、てめぇ! 売ってきたのはそっちだろうが!」
「お、落ち着いてロブ」
前のめりになる男を女冒険者が抑える。
はぁ……こいつらは確かブラックのブレスで気絶させられたんだっけ?
何にしてもプライド高すぎるだろ。
もっと温厚にしてほしいな。
この現状を理解したのか、アリサさんは眼鏡を上げ手をパンパンと二度ほど叩いた。
「はいはい。冒険者同士の喧嘩はご法度ですからね。散って散って」
その言葉に女冒険者は、怒りで我を忘れている二人を押しながら、俺に向けて頭を下げた。
「すみませんでした。あと深淵のレオンの噂……あれが嘘って事が分かって良かったです。これからも応援してます!」
四人の冒険者はそのまま<月の庭>の扉から出て、姿を消した。
「はぁ……レオン君。あんまり騒ぎを起こさないでちょうだい」
「うっ……すみません」
「でも、良かったわね。一人でもレオン君のこと分かってくれて」
……?
分かってもらったところで、別に何も思わないが。
「いや、別に俺の噂なんて今更どうでもいいですけどね」
「そう言っても貴方、嬉しそうな顔してるじゃない」
「えっ!?」
俺はつい隠すように、空いている左手で顔を覆う。
「あっ、本当だ! レオン嬉しそう」
……そんなことはきっとない……うん、きっとだ。
楽しそうに俺の顔を覗き込むルナから視線を外す。
そんな俺にアリサさんは口を開く。
「龍を討伐したんだってね。ありがとう」
「え、えぇ……」
それはあまり言わないでほしい。
ルナが悲しい顔をしてしまうから。
「うん! レオンは凄いんだよっ! あと優しいの!」
……えっ?
普段と変わらない声色でアリサさんに話すルナの顔を見る。
ルナは龍の討伐という言葉に、なんの引っかかりも感じてないようだった。
「あらあら。貴方もレティナちゃんと同じで、レオン君にぞっこんね」
「ぞっこん?」
「そう。惚れ込んでいるって意味よ」
「うんっ! ルナはレオンのこと大好きだよ!」
そんな屈託のない笑顔を見せられると少し照れてしまう。
俺は顔を背けながら冒険者たちが出て行った扉を見る。
きっとマスターがルナの悲しみを浄化させたのだろう。
心の中でお父さんと呼べなかったあの時を後悔しているなんて、少しも察してあげられなかった。
その想いをルナが吐露した事によって、全てとは言わないが、前に進めれるだけの気持ちを掬い上げたのだろう。
天国で見ているか? ブラック。
君が育てた二人は絶望せずに懸命に生きようとしているよ。
<月の庭>の大きな扉から見える空は、どこまでも澄んでいて雲一つない晴天であった。




