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第52話 ギルドへの報告


 ギルドマスター室の前まで来た俺は、手を繋いでいるルナに小声で話しかける。


 「ルナ。今から言うことを聞いてね」

 「うん」

 「まず、そのフードは取っちゃダメ。後、ルナに何か聞かれても俺が喋るから、少しの間だけお喋りしちゃダメだよ?」

 「うん! 分かった」

 「よしっ、なら入ろうか」


 俺は一度深呼吸をして、扉をコンコンとノックする。


 「誰だ」

 「レオン・レインクローズです。話があって伺いました」


 ……あれ? 聞こえたかな?


 普段と同じ声量で言ったつもりなのだが、マスターからの返事は帰ってこない。


 「……入れ」


 少し間があったその言葉に俺は多少の疑問を持つが、何も考えずに扉を開けた。


 ……はっ?


 目の前の光景を見てすぐに扉を閉じる。


 なんであいつが居るの??


 まず、第一に思ったのがそれだった。

 次に思ったことは、時間を変えて来れば良かったということ。

 ただ、もう全てが遅いのだが。


 「おい、深淵のレオン。逃げようとするな」


 部屋の中から野太い声が返ってくる。


 「めんどくさいなぁ」


 心の中で呟いたつもりが、声に出ていたようだ。


 「何がめんどくさいだ。早く入ってこい」


 俺の独り言に反応した男の声色は、少しだけ苛立っている様だった。

 俺は深いため息を吐きながら、ドアノブを回す。

 そこには甲冑を来た三人の騎士が居た。

 二人は全く知らない。ただの付き添いだろう。

 問題は右側のソファの中央で座っている者だ。


 ルキース・リスレイガ。


 王国騎士団第一団長であるその男は、腕を組みながら俺を睨みつけていた。

 三十代とは思えないその顔は、子供が見たらすぐに泣くほどの強面であり、背中に背負っている大剣は、顔に似合わず綺麗に手入れされているようで、窓から差し込む陽の光に照らされて輝いている。


 俺とルナはそのルキースの対面に座る。


 「深淵のレオン。その子は?」

 「あぁ。別に気にしなくていいよ。この子が居ない体で、話を進めてもらって構わない」

 「ふん。なら、いい」

 「んで? なんで第一騎士団の団長様がここにいらっしゃるんですか? 早くお帰りになってもらわないと。ねぇ? マスター」

 「……そうはいかない。今日は一昨日に突如として現れた龍について、議論の場を設けているのだ」

 「ふ〜ん」


 正直その辺はもう心底どうでもいい。

 この場からさっさと抜け出したい。ただその一心であった。

 何故かと言うと、理由は単純。

 俺はこの男が嫌いだからだ。

 いや嫌いという言葉だけでは収まりが効かない程に、俺はこの男を忌み嫌っている。


 騎士団と冒険者は決して仲良くはない。

 一般人よりも冒険者への取り締まりは厳しく見られ、何より昔からこの男は、俺に散々いちゃもんを付けてきた。

 「お前は実力不足だ」 とか、 「やる気が足りない」 だとか、カルロスと同じ熱血な所があるが、方向性はまるで別物だ。


 それだけならまだ許容できた。

 こいつを視界に入れたくない程嫌悪しているのは、ある事件がきっかけである。

 それは……




 魔物に襲われて、助けを呼んでいた冒険者を見殺しにしたことだった。


 (……せ)


 感情がざわざわし始めた俺は、癒しを求めようと空いた左でルナの頭を撫でる。

 ルナは少しだけ顔を上げて、嬉しそうな表情を浮かべた。


 「それでレオン。その子の話は置いておくとして、話とは?」


 心が落ち着いてきた俺にマスターがそう尋ねる。


 「あぁ。<迷いの森>の件は解決しました。とりあえず、詳細な情報は後日話しますね……じゃあ、ルナ行こうか」


 俺は腰を上げ、ルナの顔を確認されないように抱っこする。

 ルナがエルフだとルキースに知られてしまうと、めんどくさい事になるというのは分かりきっているからだ。


 「きゃっ」


 短く悲鳴を上げたルナは、俺の胸に顔をうずめた。


 「おい待て。深淵のレオン」

 「何?」

 「貴様、今この国がどんな状態か分かっているだろう。噂ではただの龍ではなく、邪龍だったという話も出ている」


 邪龍という言葉にルナがぴくっと反応する。


 「邪龍ともなると国の一大事だ。お前も力を貸せ。邪龍を討伐して人々を安心させねばならない」

 「”冒険者”の俺と”騎士団”のあんたが?」

 「あぁ、そうだ。市民を安心させるためには仕方のない事だ」


 こいつどの口で言ってるんだ??


 ルキースは罪を犯した。

 国からは無罪という審判が下されたが、確実にこいつは……

 

 俺は思考を振り払い、笑顔を取り繕う。


 「じゃあ、俺は俺で動くよ。団長様はそっちで動けばいい」

 「貴様っ!!」


 俺の言葉にルキースはテーブルを強く叩いた。

 がちゃっとテーブルの上のコップが揺れ、同じようにルナの身体も震える。


 「邪龍は災害だ! 皆が協力して殺らなくてはならない! なのに貴様は!」


 もういい加減にしろよ……?

 言わせておけばごちゃごちゃと。


 「ルナ。耳を塞いで」


 俺の言う通りにルナは、震えている手で耳を塞いだ。

 その姿を見て、沸々と黒い感情が湧き上がる。


 「深淵のレオン。お前も協力しろ。いいな?」

 「うるさいな……ルナが脅えているから少し黙れよ」

 「なっ!? 貴様!」


 ルキースの手が大剣に触れる。

 先に相手が手を出した場合、俺がその相手を殺めてしまっても正当防衛になる筈だ。

 思わずにやりと笑みがこぼれる。


 そんな一触即発の場面で、その様子を見ていたマスターが、わざとらしくこほんっと咳をした。


 「レオン。とりあえず座りたまえ。<迷いの森>で何があったか今聞かせてくれ」


 黒い感情がすっと消え失せる。


 マスターもあの事件の事はもちろん知っている。

 そんなマスターが、真剣な表情をして俺を見据えているのだ。


 一個人としての感情を優先する事なく、ギルドマスターとしての職務を全うするマスターの姿を見て、俺ははぁと一つため息をつき、再び腰を下ろす。

 ルキースがいる手前、真実を話したくはないが、マスターから言われてはもうどうしようもないか。


 「じゃあ、まず一つ。龍について。あれはもう大丈夫ですよ。俺が討伐しましたから」

 「なんだと!?」

 「レ、レオン……それは本当か?」

 「はい。まぁ噂に言われている邪龍ではなく、普通の龍だったので、討伐することに関しては簡単でしたが」


 俺の言葉にルキースは不満そうな顔をする。


 「ほう……?」

 「だから、市民に安心するよう早く広めてくれ。俺の話はそれだけです、マスター」


 これで話が終わると思っていた。

 マスターは俺のことを信用しているし、何より転移の話をここで出すような事でもない。

 だが、ただ一人納得できない男が居た。


 「……その証拠は? 龍を討伐したのなら素材を持ち帰っているのだろう?」

 「俺は別に龍の素材なんて必要ないから、死体のまま放置したよ」

 「ふっ。何を戯言を。そんな冒険者がいると思うか? 虚偽の討伐申告を防ぐために、冒険者は皆|魔法鞄≪マジックポーチ>を持っている筈だ。それは貴様も同じだろう?」


 ルキースはどうやら俺の話を疑っているらしい。

 本当にめんどくさい奴だ。


 「あぁ。それは持っていかなかったよ。そもそも俺は魔物討伐の為に<迷いの森>へ行ったわけじゃないから。あくまで調査だ。その調査中に龍と出会って討伐した……何も不思議じゃないだろ?」


 今考えた誤魔化しにしては言ってることに辻褄が合うし、いい線をいってると自分で思う。

 そんな俺に、マスターは少し申し訳なさそうな顔をして口を開く。


 「……ふむ。レオン。別に疑っている訳ではないが……今から素材を取りに行くことはできるか?」

 「無理ですね。あそこにいる魔物に今頃食い尽くされているでしょう」

 「ううむ」


 やはり証拠が無いのが引っかかるのか、マスターは考え込むように腕を組み、瞳を閉じた。


 もう一押しでこの話を終わらせることができると感じた俺は、話を続ける。


 「なら、そうですね……もしこの王都に……いや、このランド王国にもう一度同じ龍が来たのなら、俺が責任を持ちますよ」

 「責任とは?」

 「Sランク冒険者の剥奪でもいいし、虚偽の申告をしたということで、牢獄にでも入れてくれればいいです」

 「……と言っているが、ルキース団長殿」


 ルキースは俺を威圧するように見た後、満足そうに鼻で笑った。


 「ふっ。なら、いいだろう。今回はそれで納得してやる。ただ、万が一このランド王国に再び龍が襲来したなら……必ずお前を牢獄にぶち込んでやるからな。覚悟しておけ。行くぞお前ら。市民に龍が討伐されたという吉報を広めるぞ」

 「はい!」

 「はい!」


 ルキースたちはそのままギルドマスター室を出て行く。


 "同じ"龍が襲来したら……な?

 あいつのことだから龍なら見境なく俺のせいにしようとするだろうが、マスターがきっとそこに関しては味方になってくれるはずだ。


 それにしてもあいつ本当に騎士団の団長か?

 俺はともかくマスターには何か言ってから出て行けよ。


 まるで嵐が過ぎ去ったように感じるギルドマスター室のソファで、俺はそのまま堕落した姿勢を取った。


 「レオン……すまなかったな」

 「いえいえ……俺の方こそ申し訳なかったです。時間を変えればよかったんですけど」

 「ふむ。まぁ、とりあえずは難を逃れたということかな?」

 「どうでしょう……」


 いつもと変わらないマスターの表情。

 だが、何処か少しだけ憤りのような感情が読み取れた。


 「……まだ引きずっているんですか?」

 「んっ? 何をだ?」

 「一年前の件です」

 「……っ」


 マスターが少しだけ俯き、唇を噛む、


 冒険者五人のパーティーが魔物に襲われ、四人が死亡。

 魔物に襲われている冒険者に気づいていたはずのルキース第一騎士団は、職務放棄として審判に掛けられた。

 だが、証拠不十分として無罪が確定。


 この内容にマスターは何度も司祭に再審を要求したと聞いた。

 司祭はルキース第一騎士団が冒険者たちに気づいていたのか、気づいていなかったのかを焦点に置いたようだが、気づいていたに決まっている。

 何故ならそのような話をしていたルキース第一騎士団と、依頼帰りのカルロスが偶然その時すれ違ったからだ。

 一人だけ冒険者が生き残ったのもカルロスが叫び声を耳にして、助け出せたからであった。


 「……もう終わった話だ」

 

 ぽつりと呟いたマスターの表情はやるせなさに満ちていた。


 証拠としてはカルロスの証言のみ……いや、確か生き残った冒険者も何かしら訴えていたんだっけ。

 どちらにしてもカルロスが嘘をつくはずがない。


 「……そうですか。無粋な事を聞いてしまってすみません」


 これ以上は考えるのも億劫になってしまう。

 マスターもきっと同じだろう。


 椅子の背もたれに身体を預けて、天井を見つめたマスターは静かに口を開く。


 「レオン。再度聞くが本当に龍は討伐したのだな?」

 「……はい。本当です。命に誓って、もうここには来ないでしょう」

 「そうか……それなら良かった。本当に良かった」


 ここ二日間、マスターは相当気苦労したのだろう。

 その言葉には、心の底から安堵しているように感じた。


 <迷いの森>の件も伝えれたし、龍の件も解決した。

 これでもう問題は全て無くなったと言うことだ。


 「マスター。じゃあ、そういうことで俺たちは帰りますね」


 そう言って席を立とうとした、その時だった。


 「なぁ、レオン」



 「はい?」



















 「何故……君がエルフの子と一緒にいる?」


 信じられない言葉を告げたマスターに、思考が止まった俺は何も言い返すことができなかった。


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