第51話 目立つ
ぐっ。身体が重い。なんだこれは。
窓から差し込む陽の光に当てられて、俺は瞼を開ける。
ぐっすりと眠った筈の俺の身体は、何故かとても重かった。
それは身体だけではなく、右腕と左腕も拘束されたような感じがして、思うように動かせない。
俺は枕から顔だけ上げて周囲を確認する。
はぁ、なるほど。
俺の布団がもこもこと盛り上がっている事を確認し、身体を拘束している者を起こすように、少し大きめな声を上げた。
「はい、みんな。朝だよー!」
右と左とお腹の上。
同時にぴくっと反応を示す。
そして、布団がもぞもぞと動き出したかと思えば、各々が顔を出した。
「レンくん……おはよぉ」
「ごしゅじん、おはよ」
「レオン、おはよー」
「うん。おはよう……とりあえず起きようか?」
右に寝ているレティナがふわぁと大きな欠伸をしながら、ベットから起き上がる。
左に寝ていたミリカはすっと綺麗に膝を折り、俺を見つめた。
お腹の上にいるルナはまだ寝足りないのか、未だに俺のお腹をぎゅうっと掴んでいる。
「あっ、ルナちゃんダメだよ〜。レンくんが起きてって言ったら、起きなきゃいけないの」
「えぇ~いやだぁ」
「ルナ。起きる。ミリカも起きた」
レティナは駄々をこねているルナの脇を持ち上げて、無理矢理起き上がらせる。
「は~い、ルナちゃん起きようね~」
「んん~」
ルナは瞼を擦りながら、レティナを恨めしく見つめている。
流石はレティナだ。
俺も時にはこういう強引さが必要なのかもしれない。
「ルナちゃん、お腹の上はやっぱりダメみたい」
「ん? なんで~?」
「朝は男の子も色々と大変なんだよ」
「っ!?」
俺はその言葉に上半身を起き上がらせ、思わずレティナに視線を向けた。
その表情には恥じらいや照れなどはなく、母性溢れた微笑みを浮かべている。
い、いや……レティナさん?
それが分かってるなら、そもそも自分の部屋で寝てくれませんか?
「ふ〜ん、そうなんだ。じゃあ、ルナ今度から気をつけるね」
レティナをじーっと見る俺に向けて、ルナはそう言葉にした。
聞き分けのいい子で本当に助かった。
もし理由など聞かれても、レティナも俺も具体的な事は言えないのだから。
「うん、じゃあみんな部屋に戻っーー「ねぇ……朝から何やってるの?」
その聞き慣れた声に、俺は思わず飛び上がる。
視線を扉の方へ向けると、マリーが訝しげな表情を浮かべて、ひょこっと顔だけを出していた。
「マ、マリーおはよう」
「おはようレオンちゃん。それで? この状況は何?」
冷めた口調。
少しの殺気。
光を映していない瞳。
うん、この場から逃げ出したい。
「あ、あぁ。なんかみんなが夜の間に忍び込んだらしくてさ……お、俺はいつも止めてるよ?」
真実を言ってるだけなのに、なぜか言い訳みたいに聞こえてしまうのは気のせいだろうか。
「へー。まぁ、別にいいけど……この拠点に住んでるのが、レオンちゃんだけじゃないってのは覚えといてね」
「はい、おっしゃる通りです」
俺はマリーの言葉に深く頭を下げながら周りを見る。
レティナは知らない振りを決め込んだのか、鼻歌を歌って窓の方を見ている。
ミリカとルナはマリーの圧が怖いのか、身体をプルプルと震わせていた。
「じゃあ、カルロスが朝食作ったから早く降りてきなさい。みんなもちゃんと着替えてからくるのよ」
俺が反省したのを見るや否や、マリーは微笑み扉を閉めた。
「みんな聞いた? ダメだよ。次からはベッドに潜りこんじゃ」
「じゃあ、ルナちゃん、ミリカちゃん。部屋に戻って着替えようか」
「うん!」
「把握した」
えっ!? 返事は!?
レティナとルナがベッドから降り、出て行こうとする。
無視された事に動揺する俺だが、ここでびしっと言わねば男が廃る。
「あ、あの……!」
「ごしゅじん。着替える。またね」
「う、うん。またね……」
パタンっと閉まる扉。
独り扉に向けて手を振る俺。
……父さん……出来の悪い息子でごめんね。
少し悲しくなった俺は、そのまま布団に包まるのであった
「みんなおはよう」
いつもより人が多いダイニングで、俺は朝食が並んでいる自分の席に座る。
「おう、レオン。朝から大変だったみたいだな?」
爆弾野郎再臨。
何故だ。何故この男ははこんなにも空気が読めないんだ……
マリーの顔が見れない俺は、肩をがくっと落としながら朝食をいただく。
「ははっ。別にマリーは怒ってねぇぞ? だから、そんな顔すんじゃねえよ」
「えっ?」
俺はカルロスの隣に居るマリーを見る。
「ん? レオンちゃん私が怒ってると思ってたの?」
「……違うの?」
「ふふっ。別にそんな事で怒らないわよ。ただ、あれ以上の事をされちゃうと、少し気まずくなっちゃうでしょ? だから、強めに言っただけよ」
な、なるほど。
確かに本気で怒っているマリーならもっと追及してくるか……
心の中で納得した俺は、申し訳ない気持ちで口を開く。
「そっか。ごめんねマリー」
「ううん、いいわよ」
綺麗に微笑むマリーをよそにレティナとルナ、ミリカは素知らぬふり。
……くっ、俺がもっと男らしかったら。
そんな事を思う俺に、
「それで? 今日はどうするんだ?」
と、カルロスが聞いてきたので、とりあえず昨日考えていた内容を話す。
「あぁ。今日はマスターに<迷いの森>の件について報告しに行こうと思う」
「それ俺も付いて行った方がいいか?」
「ううん。カルロスはゼオの指導があるんでしょ?」
「あぁ、まぁな」
「なら、俺一人で行くよ」
カルロスが付いて来てくれるなら正直安心するが、今回の件だけは俺の口から言わなくてはいけない。
マスターの信頼にしっかりと応えるために。
「で、でもレンくん」
「ん? どうした?」
「私とマリーちゃん、それにミリカちゃんは今日も依頼で出かけるの」
「ふむ……」
つまり、この拠点に<魔の刻>のメンバーは誰一人居なくなる。
それは、ルナが一人ぼっちで留守番をすると言うことになるわけだ。
俺は隣にいるルナを見下ろす。
ルナは瞳を大きく見開き、不安なのか瞳をじわっと滲ませた。
「じゃあ、ルナは俺と一緒に行こうか」
「行っていいの?」
「うん……でも、少し辛いお話になるから……」
そう。今回話す内容は<迷いの森>の件が解決したという報告とブラックの件。
邪龍は俺が討伐したという報告をマスターにする予定だった。
だが、ルナがその場に居るとなると、泣いてしまうかもしれない。
俺は顎を触って思考に耽る。
ルナと一緒に居ながら、マスターにしっかり報告できるような状況はないだろうか。
すると、ルナはいつもの表情に戻り、口を開いた。
「じゃあ、ルナはお耳塞いでるね」
この子は天才か!?
俺の考えじゃ思いつかない事を言ったルナに、俺は思わず頭を撫でる。
「よし。じゃあ、そうしよう。朝食を食べたら出発だ」
「うん!」
気持ちのいい返事を聞いた俺は、カルロスが作った美味しい朝食を平らげるのでだった。
「んー、やっぱりあんまり人が居ないなぁ」
王都の大通りをルナと手を繋いで歩いていく。
「え? いっぱい居るよ?」
「ルナにして見ればそうかもしれないけど、本当はもっと人が多いんだ」
「へ~。これよりもっと多いなんて考えられないや」
外套を着ているルナはキョロキョロと周囲を見回している。
エルフの特徴である長い耳と綺麗な薄緑色の髪は、フードを被り隠しているので、今のところは怪しい視線などを感じない。
「マスターの報告が終わったら、何か食べに行こうか」
「うん!」
「ルナは食べたい物ってある?」
「ん~、甘い物が食べたいな。ルナは森の果物しか食べたことなかったから」
「そっか。じゃあ、ルナが食べたことない美味しい物食べさせてあげるよ」
「うわー! 楽しみ!」
瞳をキラキラと輝かせているルナの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩く。
ルナにとっては全てが新鮮なのだろう。
瞳には見慣れた風景が映り、口をぽかーんと開けている。
そんな様子を見た俺は、つい笑みが溢れるのだった。
そこから数十分掛けて到着した<月の庭>は、いつもより冒険者が多く居た。
「ルナ、フードを深く被って」
「う、うん」
そうルナに言い聞かせてみても、俺たちはあからさまに目立ってしまう。
そりゃそうだ。
ここは冒険者ギルド。
子供を連れて入っていくような場所ではない。
それにフードで顔を隠している為か、多くの冒険者たちの視線が向けられていることを感じた。
早くマスターに会いに行こう。
そう思い、二人で階段を上った時だった。
「あっ! すみません! そこのお方。止まってください」
声を掛けてきた人物が俺たちに近づいてくる。
「申し訳ございません。今はギルドマスターから誰も二階へ通すなと言われていて……」
俺はその言葉を聞いて、ルナに耳打ちをした。
「ルナは前を向いていてね。振り返らなくていいから」
こくりと頷いたのを見て、俺は後ろを振り返る。
声を掛けてきた人物は<月の庭>の受付嬢だった。
「ええと、急用がありまして……」
「は、はぁ。それならわたくしがお話を伺います」
「えっと、貴方ではなく、マスター本人に報告しなければならないんです」
「申し訳ございません。今は……」
第三者からして見れば、俺はただの厄介者だろう。
冒険者たちが俺と受付嬢の話に、聞き耳を立てているのが分かる。
はぁ……めんどくさい……
「ちょっと耳を貸してください」
「は、はい」
「俺はSランク冒険者のレオン・レインクローズと申します。龍の件でマスターに報告があって来ました」
「えっ!?」
受付嬢は驚愕の表情を浮かべた後、腰を低くして俺の顔を確認する。
「も、申し訳ございません。レオン様だとは思ってもみませんでした。ギルドマスターからは、貴方なら通しても良いと言われております」
「あっ、そうですか。では、行かせていただきますね。ご迷惑かけてすみません」
俺は受付嬢に軽く頭を下げて、ルナの手を引っ張る。
「レオンは有名なの?」
「……まぁね」
「へ~」
俺の名前を知らない人は、この国に居ないんじゃないかと思うくらいは有名だ。
だが、そんなもの俺にとっては何も誇れるものではないし、有名にならない方が何かと過ごしやすかったとは思う。
まぁ、ルナが嬉しそうな顔してるから今だけは良かったって思えるけど。
そんな事を思いながら、俺はそのままルナと一緒にギルドマスター室へと足を運ぶのだった。




