第50話 談笑
カルロスの部屋まで着いた俺は扉をノックする。
「二人とも入ってもいい?」
部屋の中からタッタッタという足音が聞こえて、勢いよく扉が開かれる。
「レオンっ!」
「おっ、ルナ。さっきはごめんね。少し話があってさ、もう終わったから改めて仲間を紹介するよ」
俺のお腹に抱きついてきたルナは首をコクコクと縦に振った。
「ゼオも待たせちゃったね」
「ううん、僕は大丈夫だよ」
俺はルナの手を握り、ゼオと三人でダイニングへと再び戻る。
「じゃあ、まずは先にルナとゼオから自己紹介してみようか」
「うん。ルナって言います。年は十歳です。ゼオとは双子で……その、あの……魔法も使えます」
みんながルナの自己紹介にぱちぱちと拍手を送りながら、次にゼオを見つめる。
「僕はゼオって言います。年はお姉ちゃんと同じ十歳です。今はカルロスさんに剣の指導を受けています。ただ、今の僕じゃまだまだお姉ちゃんを守れる力がないので、えっと……もっともっと強くなりたいと思ってます。皆さんよろしくお願いします」
ゼオの言葉に感嘆した<魔の刻>のメンバーは、拍手を一層強める。
その拍手が鳴り終わると俺はごほんっと一つ咳払いをした。
「じゃあ、今いるメンバーを紹介するね。この子はレティナ。ルナには前話したかな?」
「……あっ!」
「そう。魔法がとても得意なんだ。この王国でも随一の腕を持ってるから色々教えてもらうといいよ。あとは、なんといっても料理が上手い」
「えへへ」
俺の褒め言葉に、レティナは頬を紅潮させて照れている。
うん、凄く可愛い。
「んで、こっちはマリー。とても優しくていい人だよ。相談事なんかはマリーに話すと気持ちが楽になるから、何かあれば乗ってもらうといい。それと、剣の腕前はカルロスに引けを取らないし、とても足が速い。俺よりも速いからね」
「へ〜! レオンさんよりも早いんだ!」
ゼオは目をキラキラとさせてマリー見つめている。
マリーは昔からあまり褒められる事に慣れていない。
顔を背けているが、その頬はレティナと同様に紅潮させていた。
一通りの自己紹介が終えた時、玄関の扉が開かれた音がした。
そして、すぐにダイニングの扉からミリカが顔を出す。
「あっ、ミリカお帰り」
「ごしゅじん、ミリカ。椅子、買ってきた」
「うん、ありがとう」
「撫でて。あと、ごしゅじん。おかえり」
「ただいま。ミリカ」
俺は空いている左手で、ミリカの頭を撫でる。
目を瞑って気持ちよさそうにしているミリカは、ご満悦のようだ。
「最後にこの子がミリカ。気配を消す事が俺たちの中で一番上手いんだ。あと、少し口下手なところがあるけど、勘違いしないであげてね」
「うんっ! ミリカちゃん。私ルナって言うの。仲良くしようね」
ミリカの身長はルナより頭一つ分大きい。
ただ、他のみんなよりは小柄で、ルナとゼオに負けず劣らずの童顔である。
だからなのか、ルナはミリカに親近感を覚えたようだった。
「把握した。ミリカ、ルナと仲良くする」
「僕はゼオって言います。よろしくお願いします」
「把握した。ミリカ、ゼオと仲良くする」
ミリカは単調な声でルナとゼオに返事をする。
その様子に違和感を感じたのか、二人は俺を見上げた。
「安心して。ミリカはとてもいい子だよ。俺は嘘をつかないからね」
俺の言葉にルナとゼオは笑みを浮かべるが、ミリカの表情は何故か少しだけ曇った。
俺……ミリカに何か嘘ついたことあったっけ?
ミリカの表情に動揺する俺だったが、なんとかポーカーフェイスを装い、三人を椅子に着かせるのであった。
「へ〜、ルナちゃんは初級魔法を無詠唱で唱えれるんだ? ちなみに魔法は何種類行使できるの?」
「ええと、四種類かな?」
「えっ!?」
まぁ、そういう反応になるよね……
自己紹介を終えた俺たちは、ルナとゼオの緊張をほぐす為、椅子に座りながら談笑をしていた。
ちなみに、ルナの椅子は俺とレティナの間に、ゼオの椅子はカルロスとミリカの間に配置した。
「レオンも驚いてたけど凄いの?」
「うん。凄いよ! 普通の魔術師は一つの属性しか扱えないからね。二つ行使できる人は優秀。三つ行使できる人は一流。四つ以上はあまりいないかな」
「へ〜、ルナあんまり分からないや。他の人間の魔法見たことないもん。あっ! でも、レオンの魔法だけは見たことあった!」
ルナのその言葉にレティナとマリー、それとミリカが俺を一点として見つめた。
「ルナ……? 言ったよね。それは秘密だよって」
「……あっ、ごめんなさい。ルナ、何も考えてなくて……その、あの……レオン? 怒った……っ?」
ルナは俺との約束を思い出したのか、大きな瞳を少し滲ませ、不安な表情を見せる。
「ううん。怒ってないから大丈夫だよ。でも、他の人には言っちゃダメ。約束守れる?」
「うんっ」
「なら、良し。次から気をつけようね」
ルナの頭を優しく撫でる。
これが拠点内ではなかったら、どう言い訳しようかと考えていたところだが、<魔の刻>のメンバー全員、俺が闇魔法を行使できることを知っている。
ルナに釘を刺した今、もう二度と約束を破ることはしないだろう。
その様子を見ていたカルロスが、空気を変えるように手をパンパンと叩いた。
「はい注目。おめぇらにとっておきの情報がある」
「何よ。カルロス」
「これはすげぇぞ? 震えるぞ?」
「はぁ……勿体ぶってないで早くいいなさい」
カルロスが何を考えているのか、目をキラキラとさせて俺を見る。
ん? 本当に何の話だ?
「レオンがな? 俺たちに模擬戦をしてくれるってよ」
「えっ!?」
「えぇ!?」
「ごしゅじんと?」
あっ……すっかり忘れてた。
「あぁ。だから、対戦形式を話し合おうぜ?」
「いや、ちょっと待ってカルロス」
話が進みそうになるのを思わず止める。
「ま、まぁ、してもいいけど、今はやる事が沢山あるんだ。だから、その話はまた後日しよう。ね?」
「あっ! そうだね、レンくん。旅行の話もあったもんね」
あっ……い、いや忘れてなんていないよ……?
「そうねぇ。私たちで勝ち抜いた人が旅行の行き先を決めるってのはどう? 楽しそうじゃない?」
「ミリカ。マリーに賛成」
俺の思いとは裏腹に、話はどんどんと進んでいく。
「レンくんとはあんまり戦いたくないけど……勝った報酬が旅行の行き先ってなると……本気で殺らなくちゃ」
あのレティナさん?
その殺気を少しは抑えようよ。
ルナとゼオの目を見て?
もう、魔物の巣に置いていかれたような表情してるよ?
「俄然やる気になってきたなぁ? レオンの後処理が終わるまでは、みんな待機っつーことでいいな?」
「はーい」
「分かったわ」
「把握した」
みんながやる気になっている中、俺はひたすらプルプルと震えているルナの頭を撫でることしかできないのであった。
その後、俺たちは少しだけ会話をして解散とした。
ルナとゼオをレティナとカルロスが自室まで連れて行き、それを見送った俺は自室のベッドに倒れ込む。
今日は昼から夜にかけて寝ていたが、ふかふかのベッドに身を預けると、自然と睡魔が襲ってきた。
明日はマスターに報告しなくてはならない。
もちろんダイニングでは談笑していただけではない。
ブラックがこの王都まで来たことで、どれだけの騒ぎになっているかも聞いた。
まず、<月の庭>と王国騎士団はブラックの噂を聞きつけて、討伐隊を結成してるらしい。
いつこの王国が襲われるかも分からないので、冒険者と王国騎士団で手を取り合い、次の襲来に備えているのだとか。
そして、ブラックを見ていない一般市民にも龍の存在は知れ渡っているそうで、他の国に避難をしようとする人も少なくないらしい。
あとはルナとゼオの件。
人間はエルフを軽蔑している。
二人で街に出歩かせ、人間からの悪意に襲われるようになれば、ルナとゼオの心が傷つくことは容易に想像できる。
なので、二人が外に出歩く際は、<魔の刻>のメンバーの誰かが付き添う事となった。
その話を少しだけ悲しい表情で聞いていたルナとゼオ。
二人に隠すという選択肢もあったが、人間とエルフの関係性を知らないよりは、知った上でもしそのような事態に陥ったとしても、まだ傷は浅くすむだろうと俺は考えたのだった。
スカーレッドの話も少しだけ話題に上がったが、それはまた話が長くなりそうなので、今夜は保留とした。
はぁ……それにしても、明日<月の庭>に行くのめんどくさいなぁ。
人が消えるというマスターの依頼自体は解決したのだが、他の問題が山ほどある。
まぁ、明日また考えればいいか。
俺は思考に耽るのを止めて、そのまま睡魔に降参し、ゆっくりと眠りに落ちるのだった。




