第47話 最期の時間
「うわー凄いキラキラしてる〜」
「ねぇねぇお姉ちゃん! お城があるよ!」
「ほんとだ! ルナもあんなところに住みたいなぁ」
ルナとゼオは王都の街灯を目に映しながら、頬を紅潮させていた。
来てしまったならもう仕方がない。
そう割り切るが、俺は地上を見ることができなかった。
「なぁ、レオン。これ思ったけど少しやばくねぇか?」
今更眉を顰めているカルロスを、俺は訝しげに見つめる。
いや、ずっと言ってただろ……
「ま、まぁ、なんとかなるでしょ。うん。邪龍が来ても王都が襲われなかったら……あんまり騒動にならないと思うよ」
口ではそう言っても、現実はそうではない。
はぁと一度ため息を吐き、俺は意を決して地上を見る。
「なんだあれ!?」
「きゃぁぁぁああああ」
「家に隠れろぉぉおおお」
「うぇぇぇぇんん」
王都は当然の如く、阿鼻叫喚の真っ只中であった。
これは<月の庭>にも報告がいくだろうな……
俺はこれ以上ここに居てはいけないと思い、ブラックの背中を叩く。
「ブ、ブラックごめんね。もう戻ろう。流石に住人たちが不安になってる。ルナとゼオもいいね?」
「うん! ルナは満足」
「僕はもっと見たいけど……レオンさんがそう言うならもう大丈夫です」
「ありがとう二人とも。じゃあ、ブラック……帰ろう」
「……あぁ」
上空を旋回し、まるで王都と別れを惜しむかのようにしているブラックは、俺の言う通りに<迷いの森>目掛けて飛行した。
ルナとゼオにとっては最高の思い出となっただろう。
もちろん俺とカルロスにとっても同じだ。
最後に不安の種を蒔いてしまったが、とりあえず見て見ぬ振りをしておこう。
あっ、そういえば……
俺は颯々たる風の音に負けないように、声を少しだけ張り上げる。
「ブラック、話が変わるんだけど、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「あのさ……真龍ガルティアって知ってる?」
「!? あ、あぁ……知ってるが、懐かしい名だな。あやつがどうかしたのか?」
「今何処に居るとか……流石に分からないか……」
「うむ。前に会ったのは数百年前の話であるからな」
「そっか。ありがとう」
ブラックは十年間ルナとゼオを育ててる為に<迷いの森>で過ごしていた。
一応ダメ元で聞いてみたが、やはり居所は分からないらしい。
「あやつはあまり行動を起こさないので有名であるからな。しかし、あやつの居場所を知ってどうするつもりであったのだ?」
「いや、どうするとかじゃなくてね……幼い頃に一緒に遊んでさ、大人になったら会いに来いって言ってたんだけど、居場所が分かんないんだよね」
俺はしみじみと思い出す。
あれは俺の中でも数少ない死を意識した一つだ。
レティナと二人で冒険に出かけたある日に、たまたま寝ているガルティアに会ったのだ。
あの時は、黒いオーラが邪龍。白いオーラが真龍。など知る由もなく、レティナを守る為にガタガタと剣を握った記憶がある。
目を覚ましたガルティアは凄く温厚で、攻撃の動作も一切見せず、背中に乗せてくれた。
その日から毎日会いに行くようになったのだが、用事ができたと別れてからというもののそれから一度も会うことはなかった。
あぁ、また会いたいなぁ。
昔のことを思い出している俺にブラックは、
「そ、そうか。ガルティアと知り合いとは……レオン。貴様は我が思う想像以上の人間であるな」
と顔を引きつらせて困惑していた。
「そ、そうかな?」
褒められたのか貶されたのか分からない言葉に俺は頬をポリポリと掻く。
そんな俺を放置して、ブラックはルナとゼオに他愛のない話を振っていた。
まぁ、どちらにせよガルティアの居所が分からないならこれ以上話しても仕方がない。
俺はそう思うと、<迷いの森>に到着する時間まで、みんなと一緒に和気藹々と談笑するのであった。
……それはまるでこの先待ち受けている事から目を逸らすように。
大広間まで戻ると、時刻は午後十時前だった。
魔法を行使してから二時間弱。
もう頃合いだろう。
カルロスも同じことを考えていたのか、肘で俺を小突いた。
目の前の光景を見る。
ブラック、ルナ、ゼオが大広間に帰ってからも、楽しくお喋りをしている。
その様子からはまだ離れたくないという想いが痛いほど伝わった。
だが、もう告げなくてはならない。
「ブラック……そろそろ時間だ」
俺の言葉にルナとゼオがぴくっと反応を示す。
「うむ……そうであるな。最後にこんな思いをできるとは思ってもみなかった。レオン、カルロス。貴様たちが来てくれた事……心の底から感謝する」
「あぁ。別に俺は何もしてねぇが……ブラック。お前と出会えて良かったぜ」
カルロスは寂しい顔を見せたくないのだろう。
無理矢理笑顔を作り、天井を見上げた。
「じゃあ……これで……「やっぱり嫌だ!」
ゼオが立ち上がり、ブラックを守るように両手を広げる。
「僕は……僕はまだブラックと居たい!」
「ごめんね。それはできないんだ」
「僕が二人を守るんだ……これからもっと強くなって……それをブラックにも見てもらうの!」
「……うん。そう……だね」
俺は拳をぎゅっと握りしめる。
「レオ……ン……っ。ほんとに……ブラックはもうダメなの……っ?」
ルナが涙混じりの声で、俺を見つめる。
痛覚遮断の効力はいつまで続くか予想ができない。
絶対という保証の二時間はもう過ぎてしまった。
俺がここで心を鬼にしなくてはこの状況からずっと抜け出せずに、突然ブラックは死ぬことになるかもしれない。
そんなのあまりにも残酷すぎる。
「ルナ、ブラックは俺の魔法で動いているって言ったろ? もうさよならする時なんだ」
「……うぅぅ……うわぁぁぁぁんんっやだぁぁぁあ」
ルナの表情が崩れるのと同時に、ブラックに抱きつく。
ゼオは涙を堪えながら、俺を睨みつけていた。
ブラックはそんな二人を見て、ゆっくりと口を開く。
「ルナ……ゼオ。我はな……この十年という月日が今まで生きた数千年より、最も価値があるものだと思っておるのだ」
昔を懐かしむような表情をするブラックは、もう決心がついてるようだった。
「本当に……本当に……幸福な時間であった。ルナ、ゼオ。二人が我に向けて、一番最初に発した言葉はなんだと思う?」
ゼオがブラックに振り向き、泣いているルナの側に寄る。
「なにっ……?」
「お父さんと……そう呼んだのだ。一度だけでも呼ばれたくてな……ずっと二人に話しかけておった。我の名はお父さんと……だが、少しこそばゆかったわ」
「……は……はっ。変なっ……ブラックっ」
「ふっ。だが、その言葉を聞いた時に……二人を永遠に守ってやろうと誓った」
「な、ならぁ……」
「すまない、ゼオ。我が一生側に居るという約束は果たせそうにない。だが……」
「……っう……うっ」
「我はずっと見守っておる。ルナ、ゼオ。二人は我の宝物だ。それはどんな輝く宝石よりもずっとずっと大切なものである」
「ほ、ほんと……?」
「あぁ、本当だ。ルナとゼオの幸せが我の一番の希望なのだ」
ブラックが優しく微笑む。
そのブラックにルナとゼオは寄り添い、一言一言噛み締めているように頷いた。
「だから、我が逝ったからといって、嘆くのは止めて前を向け。我は……二人の笑顔をいつまでも見ていたいのだから」
「……ぅんっ……うんっ……」
「それなら最後に……笑ってくれるか?」
ブラックの問いにルナとゼオは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、この世界の誰よりも幸せそうな笑みを溢す。
「うんっ……っブラックっ、大好き」
「うっうっ……ぼ、僕もブラックが大好きだよ。絶対、ぜーーたいっ忘れないから」
「ありがとう。二人とも……では、レオン」
「あぁ……」
「感覚がないからといっても首を両断するということは、二人の前でやめてほしいのだが……」
「知ってるよ。そうだな……じゃあ、最後に最高の魔法を見せてあげる」
これが本当に最後。
ルナとゼオも一応は決心がついたのか、俺をじっと見つめていた。
俺はぎゅっと握りしめていた拳を開き、手の平をブラックに見せる。
ブラックはその様子を見て、期待に目を輝かせた。
「最高の魔法か……それは楽しみだな」
「うん。期待は裏切らないと思うよ」
俺はそのまま言葉を続ける。
「じゃあ、ブラック。短い間だったけど、ありがとう。君はきっと天国へ行けるはずだ。俺が神様ならそうするね」
「ふっ。それならいいのだがな……二人の事任せたぞ、レオン」
「分かった。安心して眠るといい……二人の事、天国で見守ってあげて」
ブラックが頷いたのを見て、俺は魔法を行使する。
「秘術 眠り姫」
俺の手の平に闇が浮き上がり、一歩後ずさる。
その闇はみるみる内に大きくなり、一人の少女が膝を抱えながらゆっくりと目を覚ました。
少女はそのまま地面に降り立ち、目の前のブラックを見つめる。
「ふっ……これはなんと……綺麗な……」
ブラックが感嘆の声を出し、瞳を閉じる。
少女はブラックに敵意がない事を知ると、ふっと微笑んだ。
そして、そのままゆっくりと近づきブラックの頭を撫でる。
その様子を見ていたゼオもブラックを優しく撫でた。
「ブラック……僕がルナを絶対守るからっ。ゆっくり休んでね……今まで育ててくれてありがとう……っお父さん」
ゼオの言葉にぴくっと反応したブラックは、最後に幸せそうな表情を浮かべた。
「ふっ…さいごに……また……きけ……る……と……は…………」
ブラックの息遣いが止まり、少女はすぅと消えていく。
ルナとゼオはブラックが天国へ旅立った事を知り、泣きながらいつまでも身を寄せ合い続けていた。
それを見ていたカルロスが、ふと俺の肩をぽんぽんと叩く。
「お疲れさん」
「あぁ……」
俺は自分でブラックを殺ると心に決めていた。
この秘術ならブラックを安らかに逝かせることができると思ったからだ。
だが、いざ現実に直面すると精神的にくるものがある。
幸せそうに眠っているブラックを見て、俺は涙を必死で堪えるのだった。




