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第43話 仮面


 ルナに真実を告げてから一週間が経った。

 ブラックの容体は日に日に衰弱してるようで、言葉を交わす事も少なくなっていった。

 もう十日目だ。

 猶予はあと五日しかない。

 後はブラックの病気を話すだけなのだが、ブラックはずっと伝えられないでいた。


 いつも通りの朝食を終え、ルナと一緒に片付ける。

 カルロスとゼオは日課になっている指導をするため、外へと出かけた。



 「ねぇ、レオン……ブラック大丈夫かな?」


 不安そうに俺を見上げるルナに対して、俺はお皿を洗ってる手が止まる。


 「……どうだろう」


 曖昧な返事しかできない自分に腹が立つ。


 「レオン、お願いがあるの。白魔法使いを連れてきてほしいの。ブラックは大丈夫だよって言ってたけど、やっぱりルナ心配。ねぇ、レオンダメ?」


 元々ここに人を転移させていた理由は、ルナにしてみれば白魔法使いを呼ぶ為。

 ただそれは本当は違い、ブラックの処理とルナとゼオを頼める人間を呼ぶ為であった。


 それをルナはまだ知らない。


 俺から伝えてはだめだ。

 いくらブラックが言いにくい事でも本人が言わなくては、二人は納得できないだろう。

 ……言ったところで受け入れられない事実かもしれないが……


 俺は何も言わずに笑顔を装い、濡れた手を拭いて、ルナの頭を撫でる。


 ルナは何も言わなかった。

 白魔法使いを呼ぶことができないと察したのだろう。

 悲しい表情を浮かべて、お皿を拭く。


 今日はブラックとカルロスの三人で、夜一緒に話し合おう。

 もう先延ばしにはできない。


 そんな事を思った時だった。


 転移魔法陣の扉が開かれた音がする。


 「あれ? 二人とも忘れ物かな? ルナ見てくるね!」


 ルナは無理矢理笑顔を浮かべてキッチンから出ていく。

 キッチンにいてもその音が聞こえるなんて、ルナは普通の人よりは耳がいいのだろう。




 その時の俺は油断していた。

 ここを訪れる者なんてルナと同じで、カルロスとゼオくらいにしか考えていなかったのだから。


 気づいた時には遅かった。




 気配が……多い?



 「ルナ!! 戻れ!!」


 俺の声が大広間に響くが、足音は近寄ってこない。

 その代わりに二十〜三十人程の集団の足音が大広間で聞こえる。


 「ちっ、異空間(ゲート)


 声を出してからすぐに闇の空間から剣を取り出し、すぐに大広間へと駆けつける。






 そこには異様な光景が広がっていた。

 白の仮面を付けている集団がブラックの近くに並び、ルナはそのブラックを守るように両手を広げている。


 俺は一瞬でルナの前へと駆けつけて、両手を広げているルナを守るような位置取りを取った。


 「ねぇ、君たち……何者?」


 俺の静かな問いに仮面の集団がぴくっと反応する。


 この人数か……殺るには余裕だな。


 「おい、なんか言いなよ。人の家に勝手に入るなって親に教わらなかったの?」


 白の仮面を付けている集団は、俺の言葉に全く反応しなくなり、目の前で整列しているだけ。


 なんだこいつら……? 何が目的なんだ?


 そう思った時だった。


 「まぁまぁ、ちょっと落ち着いてよ。深淵のレオン」


 ふと、転移魔法陣の部屋から声が聞こえ、白の仮面を付けている集団がその場に跪く。

 すると、扉ががちゃりと開かれ、声を発した人物が現れた。


 赤色の仮面を付けて、ぶかぶかの白い外套を着ているその人物は、ぱっと見て男か女かの判断がつかない。

 声色から察すると女だが、この現状では性別なんてどうでもいいことであった。

 何故ならその人物が放っている闘気は、並の冒険者ではまるで歯が立たない程に卓越したものだったからだ。


 俺は動揺を悟らせないように、ポーカーフェイスを装う。


 「君がこの集団のリーダーだね……その仮面……マジックアイテムかな?」

 「いやー流石深淵。そうだよ? 凄いでしょ」


 赤仮面は自分の顔を指差し、その場でクルクルと回っている。


 「効果は……何かの隠蔽? 気配を自在に操作できる……とかかな?」

 「うわー凄いな。そうだよ。ちなみに声と髪型も変えられるんだ。好きな髪型にできたりして、結構気に入ってるものなの……この声可愛いでしょ?」

 「……うん、そうだね」


 なるほど。

 赤仮面が言ったことが本当か定かではないが、気配に関しては俺の想像通りだろう。

 闘気は本物。

 だが、気配は奴のものじゃない。

 何故なら、奴からする気配は人間のものではないから。


 この気配にカルロスが気づかないわけがないので、今はこいつの気を引くことが優先だ。


 俺がブラックとルナを守りながら戦えるような相手ではないことは分かる。


 「それで何の用? あと、初対面なんだから自己紹介くらいしなよ」

 「あぁ、それはごめんね。僕はスカーレッド。それと後ろに隠れているのはネネだ。あとは有象無象だから覚えなくていいよ」


 スカーレッドという者の後ろから、ちょこんと顔だけ出す青い仮面の者。

 思わず、心の中でちっと舌打ちをする。


 スカーレッドほどじゃないが、青い仮面の闘気もそれなりにできる奴であった。

 シャルと同等かそれ以上。


 俺一人ならなんてこともない相手だが、今は状況が悪すぎる。


 「……はぁ。それで? なんのためにここに来たの?」

 「そりゃ……その後ろにいる邪龍だよ」


 なるほど、ブラック目当てか。

 てか、早くカルロス来てよ!

 こんな歪な気配に気づかない奴じゃないだろ。




 「あっ、それと真槍は来ないよ」




 俺の心を読んだようなその言葉に、流石の俺も動揺してしまう。


 「……何の話?」

 「いやいや誤魔化さなくていいよ。真槍と深淵の二人相手に勝てるわけないじゃん。真槍は今、陽動部隊と追いかけっこの真っ最中だろうね」

 「へ~、殺されなければいいけどね」

 「えっ? いや、確実に殺されるでしょ。まぁそれでも足は速いから時間は有意義にあるって事」


 なんだこいつは。

 殺される前提で仲間を見捨てたのか?


 「仲間思いじゃないといつか痛い目見るよ、君」


 俺の言葉に呆気を取られたのか、スカーレッドがぽかんとする。


 「ぷっ……あはは。仲間って……あいつらはただの山賊だよ。どうでもいいし、寧ろ殺されるのが当たり前だと思ってる。君もそう思うでしょ?」

 「……まぁ」


 俺はスカーレッドに気づかれないように、後ろで震えているルナに向けて小声で話す。


 「逃げれる……? キッチンでも自分の部屋でもいい」

 「……う、うん」

 「じゃあーー「そこから動くな。エルフが動いたら斬る。君が動いても斬る。行動を起こした瞬間にその邪龍かエルフは死ぬよ」


 唐突に放たれたその言葉に、ルナの身体が震える。


 「それを……させると思う?」


 黒い感情が沸々と湧き上がる。


 ルナとブラックを斬る?

 誰の前で言ってるんだ?


 「うん。まぁ、僕は抑え込まれるかもしれないが、周りを見なよ。今の君は敵だらけだ」

 「ブラックは渡せないよ。もちろんルナも。君は少しだけできるけど、後は塵屑だ」

 「まぁまぁ落ち着きなよ。今の君、怖い顔してるから」


 その言葉にすぅと黒い感情が収まり、冷静さを取り戻す。


 敵……だよな?


 敵意がまるでないスカーレッドに対して、俺はそんな疑問を抱いてしまう。


 「渡せと言ってるんじゃない。少しだけ血が欲しいんだ」

 「ふ〜ん。それを信じるバカがどこにいるの?」

 「バカでも何でもない君自身だよ」

 「ス、スカーレッド様! もうお戯れはやめてこいつら……を……っ!?」

 「黙れ」


 後ろにいるルナの手を引き、俺の背中に引き寄せる。

 白の仮面を身につけている集団は、本当に奴が言った有象無象なんだろう。

 話し終わる前に言葉を発した一人の首が飛んだ。

 そして、スカーレッドの手元には背中に背負っていたであろう、双刃刀が握られている。


 「それが君の武器……ね」


 刃が二つあるその武器は扱いが難しく、一歩間違えれば自分の身を傷つけるような物だ。


 俺の言葉にため息を漏らしながら、スカーレッドは口を開く。


 「はぁ……教育はしたつもりなんだけどな〜。まだ新人だったから仕方ないか」


 身のこなしといい雰囲気といい、力はカルロスに匹敵するかもしれない。


 俺はその場でできることを考えた。


 今、奴を殺すことは可能。

 だが、状況が相当厳しい。

 集団で遅いかかって来られたら、動けないブラックは格好の的。

 ルナ一人だけなら守りきれるが……


 思考を巡らせていた俺に対して、スカーレッドは再度口を開いた。



 「ねぇねぇ、血くらい分けてくれてもいいじゃん。どうせ黒絶病でそいつ死ぬんだし」

 「……は?」



 理解が追いつかない。


 何故こいつが分かった?


 ブラックの体表は黒一色だ。

 俺やカルロスでさえ、黒絶病だと気づかなかった。

 なのに……


 「……えっ?」


 ルナが一呼吸置いて、声を出した。


 「あれ? 深淵、その子に言ってなかったの? ルナちゃんだっけ? その邪龍はもうすぐ死ぬよ」

 「だ、黙れ!」

 「ごめんね。でも、現実は突きつけないといけないよ。レオン」

 「……ねぇねぇ……なんの話してるの……? ブラックが死ぬって……どういうこと?」


 俺の袖を掴み、見上げているルナを落ち着かせるよう頭を撫でる。

 このままでは最悪な伝え方になってしまう。

 ブラックは息をするのがやっとなのか、薄目を開けてその様子を見ていた。


 「……優しいだけじゃその子は救われない。分かるでしょ? ルナちゃん。もうそこの邪龍は死んでしまうんだ」

 「ルナ聞くな……」

 「だから……っ!?」


 俺はスカーレッドに距離を詰め、腰に携えていた剣を抜き、刃を向ける。

 俺の攻撃は双刃刀で防がれたが、完璧に虚をつかれたのか、スカーレッドは体勢を崩した。

 それを見逃す俺じゃない。

 体勢を崩したスカーレッドの首元に剣を振り下ろす。


 完璧に殺ったと思った。


 だが、俺の予想とは違い、刃は首元寸前で防がれる。

 そのままスカーレッドは後ろに退き、難を逃れる。


 「助かったよネネ。ありがとう」

 「はい。スカーレッド様」


 俺の剣を受け止めたネネという奴は、そのままスカーレッドの後ろまで退き、ぴったりとくっつく。


 不意打ちで殺れると思った俺の判断ミスだ。


 スカーレッドに攻撃を仕掛けた結果、白い仮面の集団が跪いていた腰を上げ、臨戦体制を取っている。


 もしこれ以上戦闘を続ければ、もう後戻りはできないだろう。

 逆に言えば、今ならまだ許される。


 スカーレッドとは初対面のはずなのに……不思議とそう感じた。


 「もういいのかい? 僕は君と争うつもりはないんだけど」

 「あぁ……そうみたいだね」


 どちらにしても手詰まりだ。


 そう思った時、後ろでずっと黙っていたブラックが口を開いた。


 「もうよい、レオン。ここで争わないでくれ……頼む」

 「……分かった」

 「矮小なる人間よ。我の血を欲するならば好きなだけ持ってゆけ。だが、まだ争うと言うのならば……」

 「いや、そもそも僕たちは君の血が欲しいだけだから、安心してくれよ。ポーションの瓶一個分。少し痛いだろうけど、我慢して」


 スタスタと動きに無駄がないスカーレッドとすれ違う。


 その一瞬で感じた。


 こいつは男じゃない。確実に女だと。

 何故そう思ったのかは分からない。

 ただ……何故か確信できるものがあった。


 スカーレッドがブラックの足を薄く斬り、流れる血を採取する。

 ポーションの瓶一本分の採取が終わると、スカーレッドは踵を返し、転移魔法陣の方へと進んだ。


 「本当に血の採取だけなんだね」

 「うん……僕にはこれが必要だから。君と殺し合ってでも……ね」

 「次は必ず殺すよ。覚悟しといた方がいい」

 「うん……そうだね。また会えると思うよ……近いうちに。ネネ行くよ、お前らも。あっ、後その死体持ってこう。邪魔になるだろうしね」

 「……」


 その言葉と共に、仮面の集団が姿を消した。

 カルロスと鉢合わせになって殺ってくれればいいけど……多分そんなことも起きないだろう。


 大広間に残った俺は振り返り、ルナを見つめた。


 今日で全てが終わるかもしれない。




 この幸せだった日々が。






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